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第10回勉強会 実施報告 (MOFA出前講師の講演 記録)

2010-08-29 10:53:22 | 連合会からの連絡(関連情報)
第10回ODA民間モニターOBOG会
日時:2010年8月21日(土)10:15~17:00
場所:APIC国際協力プラザ(新大塚)                          

第8回MOFA出前講師勉強会
 テーマ:サンビアのお話
 講師:外務省領事局政策課 政策課長鈴木幸太郎さん
H20年9月まで3年間ザンビア大使館に勤務されていた。
              ご専門は中東とのこと

(註)本記録は、OB/OG会事務局による講演記録で、OB/OG他、参加者のレビューのために纏めたもので、講演者の言動を一言一句再現したものでも、講演者の意見を忠実に表記したものでもありません。あくまで聴講者用の備忘録としてご認識ください。

1. ザンビアという国
・位置
南部アフリカの内陸、アフリカのほぼ真ん中に位置し、7つの国と国境を接している。海のない内陸国である。
・気候
日本より少し気温が高めだが、比較的穏やかで過ごしやすい。雨季の3ヶ月雨が降る。
・水
・ザンベジ川という大きな川があり、水は豊富。
・観光資源となっている高さ100メートル幅2キロというビクトリア瀑布(写真2枚)という水量豊富な滝があり、世界遺産となっている。滝の侵食が続き現在のビクトリア瀑布の地形は数万年前にできた。“モシオツニア(雷鳴轟く煙の意味)”と呼ばれている。
・カリバ湖は水が豊かなので水辺に住む動物(写真)が多い。カバ(写真)が多く生息しているが、川へ人を引き込むと言われ、地元では恐れられている。
・土壌と鉱物
  土地は肥沃で、銅資源がある。
・ 国土と人口
75万平方kmで、日本のほぼ2倍の面積。人口は13百万人で日本の1割ほどである。
・人々(写真)
ベンバ、ニャンジャ、トンガ、ロジなど73部族からなる。
・言語
  それぞれの部族で言葉が違い、村落・家庭では部族の言葉が使われているが、部族間の意思の疎通は英語であり、英語が公用語となっている。
・宗教
  8割がキリスト教プロテスタント諸派で、土俗宗教も残っている。
・歴史
  ・19世紀になり、欧米人が足を踏み入れた。
  ・英国人宣教師・探検家のリビングストンが理想的なキリスト教社会建設をめざした。
  ・1924年、北ローデシアとして英国直轄植民地になり、1920年代末に銅鉱床発見される。
・1964年、イギリスから独立し、ザンビア共和国となり、建国の父と呼ばれるケネス・カウンダ初代代大統領(写真)となる。当時の治世形態だった社会主義一党独裁を行う。
  ・1970年代後半より経済が悪化する。
・1991年に、やむなく複数政党制を導入し、第2代大統領にチルバが就任したが、経済は低迷(写真)、民営化を図るが、国民の職場はなくなり、政府の腐敗に国民の不満が募る。
  ・2001年、第3代大統領にムワナワサ。任期8年目に心臓病で倒れる。
  ・2008年、ルピア・バンダ第4代大統領。共和制(大統領任期5年)、国民議会(150議席)
現在80代後半で存命。
・国内勢力間の武装対立、周辺諸国との武力闘争もなく、5度の総選挙を平和裏に実施している。対立が起きる前に宣教師が解決したり、アフリカではめずらしく、ザンビア人は穏やかである。
・対外政策
・独立以降、アフリカ民族主義を通し、旧社会主義国と密接であったが、西側諸国とも安定した関係を保っている。周辺7国とは友好的に付き合い、地域の安定に努力し、仲介役を務めている。首都ルサカでは近隣諸国の紛争の調停協定などを行い、平和的である。奇跡的なことである。
・経済
・70年代まではある程度まで成長したが、その後低迷。安定したようにも見えたが、一次産品価
格下落で経済は疲弊した。財政的には重度の債務超過に陥り重債務貧困国になる。
・2000年代後半に入り、一次産品価格が回復し、IMF・世銀の指導下で構造調整プログラムに取り組み、状況は好転した。
・産業と貿易
・主要な輸出品目は、銅であり、6~7割を占めている。希少メタルはない。
・日本からは中古車が輸入されている。繊維製品も中国から輸入している。
・ 産業構造
鉱業部門に次ぎ、農業、サービス業、製造業であるが、建築分野は未発達で、70年代に建設された高層ビル(写真)が残っている程度である。
・経済の規模・水準(写真)
・一人あたりGNIは、950ドル、国民の5割が一日1ドル以下で生活している。
・この数年で活気が出ているが、バブルの懸念もある。
・社会開発
   ・出生時平均余命は45歳。高い乳児・5歳未満児の死亡率、エイズ・結核・マラリアなどの感染症が原因となっていて、WHOの統計では下位に位置している。なお、マラリアは現地では病気と考えられていない。
・保健システムができていないので、大学病院などへの技術協力が必要。
・感染症対策 
・HIV/AIDSの影響が深刻。
   ・啓発、予防、診断、治療への対策が必要。
・基礎医療、保健システム
・システムとともに救急医療体制の整備が必要。
・救急医療・消防
・都市部では切実となっている。病人は、自分たちで運ばなければならない(写真)。警察も同様で、一般治安が悪い。
・日本のNGO「難民を助ける会」などが支援し、中古の救急車が送られている。中古の自転車も。
   ・病院機材・専門家について支援が必要だが、治安・救急が整っていなければ技術協力も難しい。
・飲料水
・地方村落部で生活上死活的(写真)
・井戸を掘っている(写真)
・日本が掘った井戸は、良い水を得るため、水質検査をし、汚染を防ぐための囲いをつくったりしているので、信頼性があるが、その分コストがかかっている。沢山掘ればいいわけではない。(写真)
・食糧
あまり困っていない。
・村落開発
・ザンビア人の指導者育成が必要。
・教育 (写真)
・初等教育就学率は、95%以上で進んでいる。(写真)
   ・宣教師が聖書、賛美歌を読むための読み書き教育を始めていたため、それを基礎とした初等教育は進んでいる。
・啓蒙し、基本的人権の一つとして始められたが、発展がなく終わっている。
・理数教育の必要性がある。教材を使っての実験の取り入れや、専門家のなど。協力隊員の活躍がある。
 ・高等教育を受けても、産業がないので就職先がなく、頭脳が流出してしまう。大学はいくつかつ
  くられた。優秀な人間は、医者、弁護士、金融業に働き口を捜し、ザンビアにいても利益にならない現実がある。
   ・職能・技能教育等の実学が充実していない。職業訓練校は教育省の管轄でなく、普遍的教育の先
  が整っていない。
   ・学校建設は、やる気を促すのでザンビアの人たちには大変よい。(写真)
・農業(写真)
・雨季には自然に食糧が手にはいる。ルサカではマンゴーがたくさんとれる。
・高いポテンシャルはあるが、前近代的農法で、灌漑が整っていない。
・収益を増やし、付加価値を付けるため、品種、土壌、施肥、灌漑、農法など農業技術が必要。肉のパックなど加工品は南アから輸入されているのが現実である。
・ザンビア大獣医学部(写真)
・畜産分野では、ザンビア大(日本の無償援助)獣医学部があり、技術協力、日本の大学に留学したり、獣医学の専門家を育成し、研究に重点を置いている。
・教育研究体制の確立と充実(技協)をはかり、専門家派遣、教員の研修 、機材供与もしている。
・サンビア大からは、優秀な卒業生が輩出され、同国農政の指導層となっている。近隣からの留学生も多い。
・現在、学部長以下教授陣はザンビア人で、指導体制が確立され、日本獣医学学会との連携が強い。
・北海道大学獣医学部からは、ザンビアに留学しフィールドワークにたずさわっている。
・同大人獣共通感染症センター は、鳥フルエンザなど動物起源の病理の研究をしているが、日本ではみられない病気があり研究ができないので現地で高レベルの研究をしている。
   ・ODAのレベル以上のことであり、ODAとして発展させる必要があるのか?
・援助
   ・国際的には、科学の最前線に欧米を中心に多数の援助主体がある。  
   ・我が国は主要ドナーの一つだがトップドナーではない。
   ・中国、インドは、何をしているかわからないが巨額の援助をしている。
   ・多数の内外NGOが活動している。
・わが国の援助方針
   ・農村開発を中心とする貧困削減への支援
   ・費用対効果の高い保健医療サービスの充実 ばらまいて終わりではない
   ・均衡のとれた経済構造形成の努力に対する支援 銅だけに依存しない
   ・自立発展に向けた人材育成・制度構築   
・エネルギー
・水力に依存→水力発電 (カリバ湖のダムと発電所)(写真)
・石油については、内国なのでパイプラインを作らなければならず、高コストとなっている。
   ・変電施設、送電網メインテナンスをしていないため、停電がしばしば起こる。
・地方部では電化率が依然著しく低いので、小規模発電所を建設している。
   ・既存の発電設備の整備の必要がある。   
   ・日々の生活では、バッテリーでラジオは聞けるが電力不足でテレビは見られない。枯れ木で煮炊きはできる。 病院では、治療ができず、薬品の冷蔵保存ができない。
・輸送・交通
   ・鉄道は、コスト的に建設困難である。空港はある。
   ・道路は、都市間幹線道路が、各国支援で整備(舗装)が進み、日本のルサカ首都圏道路(過去)は評判がよく、他国からも依頼がきている。(写真)工事中のときの看板が残っていて、日本のODAとわかるが、撤去の話も出ている。(写真)
   ・一方、都市部主要道路は、舗装されているが老朽化が著しい。70年代のままの道路も残ってい
る。(写真)
・地方部と都市内生活道路の多くは未舗装で穴だらけ(写真)なので整備の必要がある。
・野生動物もよく通る(写真)
・投資促進・産業開発
   ・アジアとの投資・貿易関係を促進する。
   ・観光業(写真)へのポテンシャルはあるが、ホテルマンなど人材の問題がある。
   ・ザンビアでの製造業の振興は可能か?(写真)
立地(原材料、販路)、インフラ、人材について障害がある。(写真)
 ・打開の方向があるか?あるとしたら、鉱業関連か、農業関連か?
   ・「アジアの経験」は活かせるのか? 
    ・産業政策支援はなくていいのか?
・「プロジェクトX」を放映した。大統領も見て泣いていた。
・製造業がないのはなぜか?自転車、オフィス機器なども輸入している。
・インフォーマルセクター「非公式部門」には欧米諸国からの援助はない。
・援助協調とその課題
   ・「調和化」パリ宣言とその現地化の流れが生まれた。2005年
   (有償協力悪者論、プロジェクト型協力悪者論、タイド型援助悪者論)
・財政支援への移行の潮流
・自らが学校建設するためへの財政支援という形ができてきた。
・プロジェクト型単発案件からプログラム型援助へ
   ・セクター財政支援、一般財政支援へ  
国家財政の作成をさせ、きちんと使えるようにする。結果を見てその後の支援を決める。
    「プールファンド」と説明責任の観点、援助吸収・消化能力の強化「CD」
・ドナー間調整の必要性 
タンザニア・ガーナで先行していた。ザンビアではどうするか?
HIVについては、予算が多く使い切れないほどだが、他には使えない。(写真)
  分野別の棲み分け、各分野内での協調など、ルール決め「MOU」が必要
              代表への委任 「リードCP」
   ・Technical Assistance(技術支援)については、日本の技術協力と違いがある。 
    「TA」を減らし、現地にその費用をあげれば、という考えがある。
    日本の支援・協力とは違うのでは?
・対ザンビア共同援助戦略(JASZ)
   07年、18か国・機関が署名
・援助をめぐるさまざまな論点(写真)
   ・日本が何をすべきか? 政府は?  産業政策
    橋、井戸、ワクチン NGOレベル
   ・カネか、モノか、「ヒト」か
   ・質なのか量なのか
   ・いまなのか、明日なのか…人道援助と開発援助
    繰り返しとなっている。
    例、中東とザンビアとの子供の物乞いの違い
      中東では、お金をもらうため物を売りに来るが、ザンビアでは手をだすだけ。
   ・国づくりの視点
・チャリティと自助努力
    支援はチャリティではない。
・「オーナーシップ」と「パートナーシップ」
理解に違いがある。
    日本の視点は、彼ら自身が自分の社会をどう作り上げていくかを問題としていて、未来を助けることに置いている。
   
ザンビアは未来を展望できる時期に来ている。30年後にどうなっているか?(写真)
                           …なぜ援助するのか?

Q1
内陸部で経済発展が大変だが、銅資源で経済発展ができるのでは?
A.
精錬まではできる。銅線までできれば、収益になる。ここ数年でできるようになった。重要な分野である。

Q2
日本の経済援助がザンビアで知られていないが、、。
A.
日本は、積極的に発言していないし、援助について意見を言っていない。経済協力について言わなければならない。周知努力が必要である。

Q3
製造業について、車の修理など技術力があるのに、育っていないのはなぜか?
A.
それらに着目した援助ができていない。国全体として育成できていない。

Q4
日本から中古救急車を送ったが、現地にガソリン、電話がないのでは?
物よりも維持費がかかるのでは?
A.
維持費は自治体から、税金から抽出している。
隊員については育成した。

Q5
救急車に医者が同乗できたら?
A.
医者が足りていない。病院へ行けば何とかなる体制はできている。

Q6
救急など、政府ではやりにくいことは?
A.
治安機材、救急資材の支援。
届けるだけでなく、人材のネットワーク作りも大切な仕事

Q7
入りこみすぎると援助は切れにくくなるというのは?
A.
いつまでも続くと援助が切れない。自立したところで切る。