迷走する枕茶屋

曖昧なメモリー



 





街の小さなミニコミ誌の仕事をしている彼女は、俺の高校の時の同級生。

特に親しかったわけでもないのだが、昔からカメラが趣味だった俺は、
 
たまたま街で取材中の彼女に出会ったのがきっかけで、彼女の取材にカメラマンとして

臨時で雇われる…いや、安いギャラでこき使われる羽目になった。


元々は弁護士志望だった彼女は、司法試験に2回落ちただけで、挑む壁が高すぎることに

気が付いた。一度は目標を失った彼女だが、今の仕事に小さな生きがいを見つけたらしい。

そんな彼女は仕事がら何でもかんでもメモをする。 

いつでもどこでもサッとメモ帳を取り出して書き記す。 覚えておかなければいけないこと、

街にあふれる必要な情報のあれこれ、その時感じた心情なども細かく書き込むのだ。

元弁護士志望だったことだけあって、裏付けを取ったり証拠を集めるのは得意だった。 

そんなメモ魔の彼女が、ある日俺に「これを読んでみて…」と

目をそらしたまま気まずそうにメモ帳を差し出した。

中を見てみると、相変わらずびっしりと町の情報が書き込まれていた。

激辛カレーの店に取材に行った時に、俺も付き合わされて10倍激辛カレーに挑戦したが、

辛いの苦手な俺は、たったひと口でギブアップした。 その時のことが詳しく書かれており、

その詳細の後に “ 男のくせにだらしない ” と付け加えられてあった。

町内会のお祭りで、みこしの担ぎ手が足りなくて俺が臨時でかつがされたことがあった。

その時の様子を書き込んだ文章とは別に”ふんどし姿がウケる~ッ”と書いてあるが、

その下に、でもちょっと男らしいかも。とも書かれてた。

商店街の福引で、俺がサクラ(偽客)で試しに引いてみたら、いきなり金沢の旅1泊2日が

当たってしまった。 しかもペアで。 メモには ”サクラが特賞とるなよ!空気読め!”と

書かれていた。 でも一緒に行く相手がいないからといって旅券を親戚にあげてしまった

俺に対し。 彼女は “ そんなもったいないことしなくても、相手がいなかったら

私を誘えばいいじゃん。やっぱり空気読めない奴”と、書かれていた。

といった具合に、いちいち俺の名前が出てくる。 後半になってくると、取材のことよりも

ほとんど俺のことばっかりだった。 俺が彼女の顔を見て「なんだこれ?」と言うと、

そうなんだよね~ 読み返してみたらあなたのことばっかり書いてある。変だよね~

「え? 自覚ないの?」

「うん…  気がついたらあなたのことばかり目で追ってる。これってどういうことだと思う?」

「どういうことって…  そりゃぁ~ 無意識に目で追うってことは…  
 やっぱ好きなんじゃないの」

「私が?… あなたを? やっぱそう思う?」

「ま…  まぁ 普通そうなんじゃないの?」

「じゃあ そうだとして、私はどうすればいいと思う?」

「どうすればって…    つ、付き合っちゃえばいいんじゃない。」

「いいの? 付き合っちゃって?」

「い…  いいんじゃないかな、俺もどっちかというと君のこと嫌いじゃないし…    てか、

 前々から好きだったというか…」

「じゃあ…   私たち付き合っちゃう?」

「そ… そうだな。 付き合うか 」


「てな具合に、ママからの告白でパパはママと付き合うことになった。

 そして半年後に結婚したんだ」

「ふ~~ん…   そうなんだ。」と、娘が慣れた感じの返事をする

「ちょっと待って! 私からは告白してないから!」

と、台所で洗い物をしてるママから異議の申し出があがった。

「いや、あれは明らかに君から好きって言ってきただろう」

「違う。 私から好きだとは一言も言ってない。 よ~く思い出してみて」

「いやいや。 だって俺と付き合いたいみたいなこと言ってたじゃん」

「言ってない。 付き合おうってあなたが先に言った」

「いや、それは…  君が俺に言わせたんだろ」

「そんな事実はどこにもない」

「あるだろうここに」と言って、小さな引き出しから使い古されたメモ帳を取り出した。

「ホラ、これを読めば、君が俺に好意を持ってたことが明らかに記されてる」

「そこに書かれているのは、あくまでもその時の心情であって、実際に発言したことでは
 無いでしょ。 好きとか付き合いたいなどの文字は一切書かれていない。
 よってそれは物的証拠としては認められません」

「 だっ…   だったら俺が先に言ったと言う証拠はあるのか? あるんなら出してみろ。
 それもないだろう」

「その前にわたしが先に言ったと言う証拠を先に出してちょうだい」

「まったくもう! 君はどうしてそう頑固なんだ!」

「頑固はあなたでしょう」

「まぁまぁまぁ。もうそのへんにしといたら」 と、いつものタイミングで娘が止めに入る。 

「この話になるとパパとママはいつもケンカになるんだから」と、
 まるで子供をたしなめるような言い方になる娘。 

「もうさぁ、どっちが先に告白したとか、どうでもいいよ。 だって二人とも
 とっても仲がいいモン。 そうやっていつも楽しそうにケンカしながらじゃれあってる」

これだけはハッキリ言える。

ママはパパのことが大好き。 パパはママのことが大好き。

娘のわたしが証言します。











 有川浩の小説とか読んでいると、こんな感じのストーリー書きたくなるんだよね。



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