「春に告げるキモチ」
あの日 何ヶ月ぶりに彼女に呼び出された
約束の場所に向かう途中 桜色のアーチの下をいくつもくぐった
季節が変わった事を感じながら 花見の人々の中に彼女の姿を捉えた
距離を置いた恋人同士のぎこちない挨拶はなく
普通に ごく普通に 二人の会話は距離を縮めた
そして彼女は 日常会話の中に別れ話を織り込んだ
いつ別れ話に切り変わったのか分からないくらいスムーズだった
そうか… 気持ちの整理がついたんだな
だからこんな天気のいい日を選んだのも納得がいく
私と違う景色を見る事を選んだ君の新たな門出の日なんだね
一応の区切りを得たこの瞬間から 私ではない誰かの元へ
君の心は飛んでいく
こんなにも青空と桜が満開の日に酷いなぁ… と仰ぎながら
頭上の桜ではなく足元に咲く桜に目を落とした
この桜の花びらは 人々の頭や肩にそっと舞い落ちることはないんだな…
ガラにもない事をつぶやく心は やはりダメージは隠しきれない
私は沿道の出店で少し高い缶ビールを買い
あらかじめ用意していた慰めの言葉を引っ張り出して
軽く酔いを回すことに専念したのを今でも記憶の片隅に残ってる
この日から 私は芝桜が好きになった
「世界が消えた日」
いつからだろうか 君のセリフに世界という言葉が消えたのは
付き合い始めた頃は 「世界で一番好き」「世界一愛してる」 と言ってくれたのに
最近はさっぱりキミの口から聞かなくなった
まぁ 4年も経てば そんなキラキラフレーズを言ってたことも
過去の恥ずかしい汚点にでもなってるのかな
僕しか見えなくなるという魔法が解けて
冷静に周囲が見えるようになった今なら
僕より輝いてる人がいっぱい見えたんじゃないかな
ふと考えてしまう 僕は今 世界で何番目なのだろう…
いや もはや範囲は世界じゃ無くなってるかもしれん
日本で… いや 県内で何番くらいかな
そんなのん気な戯れ言で気を紛らわしている間に
僕は置いていかれた
有頂天の日々が 君への心遣いを忘れていたんだね
久しぶりの君の電話で呼び出され
私たちしばらく距離を置いたほうがいい と言われた
ワンクッション置いているが これは紛れもなく 終わるパターンだ
君はもう 僕のいない別の世界の1番に夢中になり始めている
キミと過ごした楽しい世界が今… 泡のように消えた
「あなたは間違ってない」
若い頃は気持ちが大切だった
好きだという気持ちが最優先で生きていけた
安定と経済力を欲する君が選んだのは別の道
そんなもの 愛があれば乗り越えられると思ってたから
何もかも用意された 旅館やホテルにでも泊まりに来るつもりでいるなら
キミのおとぎ話の続きを見せてくれる奴のところへでも行けばいい
キミの両親が納得して喜ぶ人のところへ…
お互いの気持ちを修正しようともせず
強気で突っぱねていたら 落とし穴に突き落とされたように断ち切られてしまった
今ならわかる 顔から火が出るほど愚かな考えを
己の不甲斐無さを 愛というこ言葉で誤魔化そうとしていたあの頃
わかっていなかったのは僕だけだった
だから君は正しい 僕以外の居心地を求めて正解だったよ
「春の宵」
君と別れてから1年目の春
陽が落ちるちょっと前 あの時の桜並木を歩いてきた
きれいさっぱりと忘れようとしても なかなか剥がせなかった記憶の付箋
気がついたらなくなっていた
ちょっと残念な気もするが ごく自然な流れで過ぎ去ってくれた
玄関のドアを閉めると 上着の肩に乗っていた桜の花びらが
ひらりと舞う
薄暗くなった部屋のカーテンを閉めて 部屋の電気をつける
もう心の中はスッカラカンだ 君の面影は一つも残っちゃいない
強引に取っ払いたくなかったから 理想的な幕引きができてよかった
さっき肩からこぼれた花びらを手のひらに乗せ
これも宵闇桜のおかげかなと 礼を言いながら発泡酒を口に運ぶ
こんな晩はツマミなんかいらない このまま酔いつぶれよう