もんく [とある南端港街の住人になった人]

虫の一生

朝目覚めたらボクは虫になっていた。
ボクは仕事に出かけた。
同僚たちも皆、虫だった。

彼らは群れを為して仕事場目指して歩いていた。
ボクもその群れに従った。
それが自然だったから。

しばらく行くと正面に大きな石が転がっていた。
先頭の虫が右に避けて歩いた。
ボクたちは従った。

またしばらく歩くと上から枯葉が落ちてきた。
ボクたちは必死になってそれをかわした。

群れの歩く方向は真っ直ぐからちょっと左に逸れたようだったが、ボクたちは気にしなかった。また歩いた。

さらに行くと大きな水溜りがあった。
群れはさらに水溜りを左に迂回した。
なぜ左に行ったかはわからない。
でもボクは群れについて歩くべきだと思った。

夜になった。
寒くなってきたのでボクたちは歩くのを止めた。
地面に接した6本の足が次第にかじかんで体温を奪い始めたから。
ボクたちは円陣を組んで互いに体温を与え合った。
これで朝まで凌げそうだ。

ボクは考えた。
朝目覚めてボクは何処に行こうとしていたのだっけ。
いくら考えても思い出せなかった。

ただ、ボクには人間だった時代がある事はわかった。
人間だった時にはもっと視野が広かったと思う。
ボクの立っているこの地面の向こうに街があり、その先の草原には花が咲き、さらにその先には山があり、鳥や動物達が住んでいた。もっと先には海がありたくさんの魚が悠々と泳いでいた。そしてもっともっと先には見たことのない大陸が広がりサイやカバやライオンやキリンなどの野生動物が暮らしていた。そこに広がる大空の高い高いところから丸い地球を眺めることも想像できた。その先には宇宙がどこまでもどこまでも広がっているようだった。その宇宙は長い長時間をかけてできたものらしかった。その時間から見れば人間の歴史はほんの少しの時間であった。そのほんの少しの時間の中でも人間は多くの発見をし多くの発明をし多くの文明を築き、そして歴史を作りあげてきたのだった。


ただ、今のボクにはそんなものはどうでも良いものだ。
今ボクに必要なのは歩いて行った先に出現するあらゆる危険を避け、餌を探して歩き回ることだけだ。鳥に啄ばまれる危険を避けるために群れから離れないようにせねばならぬ。風に飛ばされないように手近な何かに捉まったり何かの陰に隠れるのだ。

うまく行けば死ぬまで生きられる。
それが今のボクの人生なのだ。

コメント一覧

☆お洒落ふぁくとりぃ☆
http://ameblo.jp/r229/
あけましておめでとうございます☆ブログに立ち寄らせてもらったのでこれから読ませていただきますね。
ちはや

ずいぶん生きたなあ・・と振り返ったとしても、どこから歩いてきたのか思い出せないから、どこまで歩いてきたのかもよくわからないですね。
ただ、今ここにいるだけ。
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