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便牽牛
池波正太郎の作品を読んでいると、よく昔の表現に出くわすことがある。猿を「ましら」、蛇を「くちなわ」という類だ。
「鬼平犯科帳 14」(文春文庫)の『あごひげ三十両』にも、“便牽牛”(べんけんぎゅう)というのが出てくる。池波正太郎は、この言葉がよほど好きらしく、他の作品でも度々顔を出すようだ。
その箇所を引用してみると…
「鉄さん。相手の女というのは、どんな女なのだ?」(「鉄」→原文の文字は、金偏に「夷」)
「おれは見ていないが、深川では便牽牛(べんけんぎゅう)のお兼とかよばれているそうな」
「べんけんぎゅう……何だ、それは?」
「牛蒡(ごぼう)のことだそうな」
「おれたちが食っている?」
「うむ。つまり、牛蒡のように躰が細くて、色が黒い女だということよ」
……本所の鉄こと平蔵と左馬之助とのやりとりだ。
便牽牛とは漢方の用語らしく、漢方の方では「びんけんご」と読ませるようだ(「音訳の部屋
」というサイトを見ていただきたい)。
つまり牛蒡は薬だったのだ。野菜辞典によれば…
食物繊維を多く含んでいるため、整腸作用がある。また、食物繊維は腸の中の発ガン物質を吸着する働きがあるので、大腸癌の予防にもなるし、コレステロールを低下させ、動脈硬化を予防する効果がある。更に、ごぼうに含まれている糖質は、体内でブドウ糖に変化しにくく血糖値を下げる効果があるため、糖尿病にも有効だと言われている。
[効能]としては、整腸、便秘予防、ガン予防、動脈硬化予防、糖尿病など
ごぼうは、ヨーロッパ、シベリア、中国に分布しており、日本へは数百年前に中国から薬草として紹介されました。ごぼうを料理に使うのは日本だけ。一部、韓国料理でも使われますが、日本に比べて微々たるものです。
…だそうだ。しかし、ベルギーなどでは食べるらしいが、同じ牛蒡と言っても種類が違うとのことだった。
話は脱線するが…これに関して、笑うに笑えない話が残っている。太平洋戦争時に、日本軍は欧米の捕虜に「たまには‘キンピラ’が食べたいだろう」という親切心でキンピラを食わせた。
ところが欧米人にとってはあまり馴染みのない野菜であり、これが悲劇に繋がった。
第二次大戦後、横浜の戦犯裁判で「捕虜虐待」の罪に問われ、日本軍元陸軍中尉が、「アメリカ人に木の根を食べさせた」として無期懲役の判決を受けている。
捕虜達への心づくしの牛蒡料理は木の根にしか見られなかった。文化の違いは怖ろしい。
脱線ついでに…もうひとつ、キンピラとは人名である事をご存知の方は少ない。
坂田金時の子、金平に由来している。強壮作用がある事から怪力金平の名を借りたらしい。
最後に「ごぼう抜き」という言葉の語源・由来を記して擱筆したい
ごぼう抜きの語源・由来
より
ごぼう抜きの意味は大まかに分けて三種類あるが、棒状のものを抜く意味や、人材を抜く意味で用いられる「ごぼう抜き」は、単に「ごぼうを抜くように」といった形容の意味からと考えられる。
マラソンなどで一気に抜く意味として使われる「ごぼう抜き」の語源には、二通りの説がある。
1.ごぼうは他の野菜に比べ細くまっすぐ伸びているため、長い割りに容易に抜くことが出来ることから、「ごぼう抜き」と言うようになったとする説。
2.ごぼうは抜きにくく大変な作業であることから、抜きにくいものを一気に抜く意味で、「ごぼう抜き」になったとする説。
この二説は全く正反対な語源となり、一般には「1」の説が多くみられる。
ごぼう抜きの作業が、実際には容易なのか困難なのかであるが、これはごぼうの栽培地や品種によって異なる。
砂質壌土や火山灰地であれば容易に抜くことができ、一般の畑の土で育ったごぼうは抜きにくい。
堀川ごぼう 画像元URL http://manganzi.exblog.jp/1633713
堀川ごぼうのような関西ごぼうは短根で抜きやすく、主流となっている滝野川ごぼうのような関東ごぼうは長根で抜きにくい。
一般的に栽培地や品種では、ごぼうは抜きにくいものと考えられ、「2」の説が有力と考えられる。
また、「意外にも簡単に抜く」という意味では「1」の説も考えられるが、「実際にそれほど難しいものではない」といったニュアンスを含むため、競走などで抜く場合に用いられる「ごぼう抜き」の語源は、「2」の説が有力と考えられる。