改めて放射線の怖さを語ります。
630シーベルト(以後Sv)ね。 スンゴイ線量です。
フクシマ第一原発は事故後少しも収束に向かっていな
いばかりか、今後まだまだ未知の部分の状況が明らか
になるにつれ、日本が袋小路に追い込まれていく事と
思います。
この線量の恐ろしさを認識するために過去の3つの放
射線事故を挙げます。
先ずはアメリカのロスアラモスで起きた臨界事故です。
研究所では「クロスロード作戦」に使用する原爆の6.2㎏
のプルトニュームの塊を研究に使っていました。そのプ
ルトニュームの塊を研究者たちは「デーモン・コア(悪魔
の塊)」と呼んでいたそうです。
一回目の臨界事故は実験中に発生し、タングステンで「デ
ーモンコア」を覆い中性子線を測定する実験中に反射板の
タングステンをプルトニュムのデーモン・コアの上に落と
してしまいその瞬間即座に界し実験をしていた研究者が推
定5.1Svの放射線を浴び25日後放射線障害で死亡。
2回目の事故も実験中に発生し、デーモン・コアが臨界に達
し青い光と共に実験をしていた研究者が21Svの放射線を浴び
9日後に放射線障害の為に死亡。
次に、1999年に茨城県東海村で発生したJOC臨界事故です。
JCO 東海事業所の核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウ
ラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生。作業に従
事していた3名が臨界発生時強烈な放射線を浴び被曝。
3名の内1名が推定16Svから20Svの放射線を浴び放射線医学
総合研究所に搬送され治療を受けるが83日後多臓器不全で
死亡。
同じく作業に従事し手いた別の作業員は推定6Svから10Sv
の放射線を浴び被曝し射線医学総合研究所で治療を受ける
が、211日後多臓器不全にて死亡。
他の1名は推定1Svから4.5Svの放射線をあび被曝し白血球数
がゼロになり骨髄移植治療を受け回復。約80日後に退院。
フクシマ第一原発2号機内の630Svがどんな数字かを確かめる
為に過去の放射線事故の死亡例をあげました。
ロスアラモスのデーモン・コア絡みの事故の2例のうち最初
の事故は推定5.1Svの被爆で25日後に死亡。630Svの123.5/1
の量。2回目の事故は30/1の量。
東海村JOC事故のうち83日後に死亡した作業員の被曝量を
16Svとして約40/1の量、211日後に死亡した作業員の被曝量を
6Svとして、105/1の量。
ここに上げた死亡例は5Sv〜21Svですので、630Svと比べると
桁違いに低い線量にも関わらず浴びたら最後健康な人でいる
ことをその瞬間から奪われ、生きる事を全う出来ない事を意
味します。
630Svの放射線を発生させているデブリが今現在福島県の双葉
町・大熊町に紛れもなく事実として存在しています。そこに在
るのです。・・・この日本に在るんです。恐ろしいことこの上
ない状況です。
余談ですが放射線の急性被曝による半数致死量(LD50 :"Lethal
Dose, 50%"の略)は4.0Sv(亜致死線量)で2 - 6週間で被曝者
の50%に死をもたらし、6.0Sv(致死線量)では2週間以内に90%
が死亡するとされています。
先日発表された、ニュースは福島第一原発2号機の状況です。
忘れないでください。福島第一原発では他に1号機・3号機・
4号機の建屋が破壊され、4号機以外には格納容器の中の膨大
な量の核燃料の他に使用積み核燃料が在る事になっています。
事故は現在も進行中で、さらに酷い状況が待ち受けている可
能性が有ります。
赤ちゃん、子供たち、青少年の命を守るのは大人の義務です。
残念ながら、盗電・霞ヶ関・永田町は国民の命・財産を守る気
など微塵もありません。電気使用量と税金を徴収出来れば良し
としているところです。
国が原発事業を止めない姿勢でいる限り、事故後の福島県も推
進に利用されるているのが現状です。県内の疾病が増加しても
特に原発事故とは関連付けずに、スルーされて終わりでしょう。
権威が一言「この病気は事故とは因果関係は無いですね。」と
言われてしまえば個人は手も足も出ません。
「命」や「幸せ」はお金では替えられませんヨ。
後悔した時はすでに遅いのです。
630シーベルト(以後Sv)ね。 スンゴイ線量です。
フクシマ第一原発は事故後少しも収束に向かっていな
いばかりか、今後まだまだ未知の部分の状況が明らか
になるにつれ、日本が袋小路に追い込まれていく事と
思います。
この線量の恐ろしさを認識するために過去の3つの放
射線事故を挙げます。
先ずはアメリカのロスアラモスで起きた臨界事故です。
研究所では「クロスロード作戦」に使用する原爆の6.2㎏
のプルトニュームの塊を研究に使っていました。そのプ
ルトニュームの塊を研究者たちは「デーモン・コア(悪魔
の塊)」と呼んでいたそうです。
一回目の臨界事故は実験中に発生し、タングステンで「デ
ーモンコア」を覆い中性子線を測定する実験中に反射板の
タングステンをプルトニュムのデーモン・コアの上に落と
してしまいその瞬間即座に界し実験をしていた研究者が推
定5.1Svの放射線を浴び25日後放射線障害で死亡。
2回目の事故も実験中に発生し、デーモン・コアが臨界に達
し青い光と共に実験をしていた研究者が21Svの放射線を浴び
9日後に放射線障害の為に死亡。
次に、1999年に茨城県東海村で発生したJOC臨界事故です。
JCO 東海事業所の核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウ
ラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生。作業に従
事していた3名が臨界発生時強烈な放射線を浴び被曝。
3名の内1名が推定16Svから20Svの放射線を浴び放射線医学
総合研究所に搬送され治療を受けるが83日後多臓器不全で
死亡。
同じく作業に従事し手いた別の作業員は推定6Svから10Sv
の放射線を浴び被曝し射線医学総合研究所で治療を受ける
が、211日後多臓器不全にて死亡。
他の1名は推定1Svから4.5Svの放射線をあび被曝し白血球数
がゼロになり骨髄移植治療を受け回復。約80日後に退院。
フクシマ第一原発2号機内の630Svがどんな数字かを確かめる
為に過去の放射線事故の死亡例をあげました。
ロスアラモスのデーモン・コア絡みの事故の2例のうち最初
の事故は推定5.1Svの被爆で25日後に死亡。630Svの123.5/1
の量。2回目の事故は30/1の量。
東海村JOC事故のうち83日後に死亡した作業員の被曝量を
16Svとして約40/1の量、211日後に死亡した作業員の被曝量を
6Svとして、105/1の量。
ここに上げた死亡例は5Sv〜21Svですので、630Svと比べると
桁違いに低い線量にも関わらず浴びたら最後健康な人でいる
ことをその瞬間から奪われ、生きる事を全う出来ない事を意
味します。
630Svの放射線を発生させているデブリが今現在福島県の双葉
町・大熊町に紛れもなく事実として存在しています。そこに在
るのです。・・・この日本に在るんです。恐ろしいことこの上
ない状況です。
余談ですが放射線の急性被曝による半数致死量(LD50 :"Lethal
Dose, 50%"の略)は4.0Sv(亜致死線量)で2 - 6週間で被曝者
の50%に死をもたらし、6.0Sv(致死線量)では2週間以内に90%
が死亡するとされています。
先日発表された、ニュースは福島第一原発2号機の状況です。
忘れないでください。福島第一原発では他に1号機・3号機・
4号機の建屋が破壊され、4号機以外には格納容器の中の膨大
な量の核燃料の他に使用積み核燃料が在る事になっています。
事故は現在も進行中で、さらに酷い状況が待ち受けている可
能性が有ります。
赤ちゃん、子供たち、青少年の命を守るのは大人の義務です。
残念ながら、盗電・霞ヶ関・永田町は国民の命・財産を守る気
など微塵もありません。電気使用量と税金を徴収出来れば良し
としているところです。
国が原発事業を止めない姿勢でいる限り、事故後の福島県も推
進に利用されるているのが現状です。県内の疾病が増加しても
特に原発事故とは関連付けずに、スルーされて終わりでしょう。
権威が一言「この病気は事故とは因果関係は無いですね。」と
言われてしまえば個人は手も足も出ません。
「命」や「幸せ」はお金では替えられませんヨ。
後悔した時はすでに遅いのです。
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