災害によって、被害を受けた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
また、日々、いろいろな犯罪や事故も起きています。その被害を受けられた方にも、心よりお見舞い申し上げます。
多くはここで、一日も早いご回復をと書くのでしょうが、このコラムでは書きません。ご自身のペースで、ご自身をいたわりながら、日々お過ごしくださいますよう、お願い申し上げます。
最近、いろいろなことが起こりすぎて、「トラウマ」「PTSD」と言う言葉を、日常でも口にし、耳にすることが多くなりました。
上記のような状況にあわれた方も身近にいらっしゃるようになりました。
また、阪神淡路大震災の後から、そして東日本大震災以来、ご自身が被害にあったのではなくとも、ニュース等によってショックを受けられ、「トラウマ」という言葉を口にする方々です。実際、生き方を変えられた方も多くいらっしゃいました。
そして、ちょっとショックなことにあった時に、「トラウマだ」とか、「PTSDになっちゃうよ」という会話も簡単に出てくるくらい日常語になりました。
人は生まれてから今日まで、傷つきがない方などはいらっしゃいません。お腹がすいてミルクが欲しくて泣くと、すぐにお腹が満たされるときもあれば、いろいろな事情の中、満たされないで泣き疲れて寝てしまうというようなこともあったでしょう。他にも、友達が思うような反応を返してくれなかった。狙っていた仕事に就けなかった。すべてが思い通りになる人生なんてないでしょう。でも、思い通りにならなければ傷つきます。
カウンセリングの基になった精神分析の祖・フロイトの治療を受けた方の中にコップから水が飲めない女性がいました。治療を始めた頃は思い当たることはありません。自由連想と言う治療を受けているときに、あるお宅のペットがコップにペロペロと舌をつけて、水を飲むのを見た時に、とても不快な気持ちになったことを思い出しました。ペットは家族とおっしゃる方々には当然のことでも、それほどペットに思い込みがない人にとっては不快です。でも、19世紀の淑女だったその女性は、不快感を押し殺しました。その時のことを思い出して、不快感を治療の場で表現し、そのことについて批判もなく、𠮟られなかった後からは、コップから水を飲めるようになりました。このような不快を押し殺すことも、前意識の中に隠されて、ご本人が意識しないまま、日常生活に悪影響を与えます。
そういうことを考えると、一般的に会話に出てくるように、あらゆることがトラウマになりうる可能性はあるかもしれません。
治療的には、私は、そういう視点を持ちながら話を伺っています。
ところが、そうも言っていられない現状もあります。
被害を受けた方というくくりになると、加害があって、賠償・補償の問題が絡んできます。あれもこれも賠償・補償を行うわけにはいきません。もらう方となればいいかもしれませんが、払う身となったら…。身体的な怪我や、財産の損失等は、目に見えるものを基準に査定しますが、心は目に見えません。そして、上記のように、生きてから負ってきた傷と、今回の傷とをどう分けるかと言うのも難しいことです。
なので、初期の診断基準には、「命の危険を感じるような…」という文言が入っていました。
でも、それだけではありません。
例えば、虐待・DV・いじめ・パワハラ・カスハラ・セクハラ・拷問etc。一つ一つの出来事は「命の危険…」まで言っていなくとも、トラウマと言えるほどの傷を負っている方々がいらっしゃいます。小さな綿だって、積もり積もって1トン集まれば、圧死させるくらいになるでしょう。複雑性トラウマと言っています。
そして、医師・警察官・消防署員・自衛官etc。命を懸けて業務に当たるというだけでなく、亡くなった方や瀕死の方々のお世話をします。転落事故にあわれた方を救急車で運ぶ、焼死した方の身元を確定する情報を集めるために、焼けただれたご遺体の身長等を測り、特徴を調べる。ご自身が死ぬ危険があるわけではありませんが、そのような状況に向き合うことも、トラウマになります。
対人援助者の中にも、代理トラウマといって、トラウマを背負う方々がいます。トラウマを抱えている方の経験を共感をもって聞いているうちに、そのトラウマを引き受けてしまうのです。
なので、トラウマ・PTSDも、定義するとなるととても難しい概念になります。
☆トラウマ的な出来事に出会ったら。
「トラウマ」という言葉が出ると、合言葉のように「PTSD」という言葉が出てきます。でも、トラウマになるような出来事にあったすぐあとに、いろいろな症状がでるのは、心の反応としては当然のことです。急性ストレス障害(ASD)/急性ストレス反応です。大体4週間以内に自然治癒する一過性の反応と言われています。安全・安心を確保してあげて下さい。
子どもでよくあるのは、保護者の方から離れない、夜泣き・夜驚・おねしょ、外に出られなくなる、赤ちゃん返りなどでしょうか。お友達と遊ばなくなるというのもあります。いつもと違う様子に戸惑われるご家族が多いです。
叱らないでください。抱きしめて、「一緒にいるから大丈夫だよ」とか、「怖かったことはもう終わったよ」とか、その子が安全・安心を感じられるような言葉をかけて下さい。まだ、災害の途中で逃げいる時ならどう声をかけましょうか。私なら、「あなたを守るために今がんばっているからね」かな。他によい言葉かけがあると思うので、その言葉をかけて下さい。できれば笑顔でお子様の目を見つめて声をかけて下さるとありがたいです。周りに状況を確認するために目を合わせられない、お子さんの言葉に返せない状況なら、ぎゅっと抱きしめたり、手を握ったりすることで、お子さんを忘れていないことを教えてあげて下さい。言葉を発せない子でも、意外に聞いた言葉は理解している子もいます。何が起こり、保護者の方がどうしようとしているのかを教えてあげて下さい。できれば、保護者がパニックになっていて金切り声をあげたくなっていても、深呼吸して落ち着いた態度・声で対応したほうが株は上がります。お子さんがパニックになって騒いでいたら、このブログの「暴れる?」を参考にしてください。
そのうえで、安全が確保できているのなら、見守りながら、一緒に作業しながら、普段の生活を送らせてください。お手伝いをさせるのも良いですね。誰かの役に立ち、「ありがとう」と言われることは、自分の有用性に気が付き、自信がついていきます。
もちろん、心理職に声をかけていただければ、ご一緒にケアの方法を考えます。
保護者の方から、家から、離れられるくらいになると、事件を再現するような遊びをする子どもが出てきます。USAでバスジャックから救出された子どもたちは、バスジャックごっこを繰り返したという報告があります。阪神淡路大震災の後、机を積み重ねて地震ごっこをした子どもたちが報告されています。東日本大震災では津波ごっこが報告されています。
もし、お子様や、お子様のお友達が、このような遊びをしたとしても、𠮟らないでください。たんに禁止すると、ショックが心のうちに籠ったり、大人が見ていない場所でやろうとするので、かえって危険です。為す術がなかった圧倒的な出来事に対抗する術を見つけるために、同じ遊びをして、安全なことを確認して、出会ってしまったショックを和らげる作業だと言われています。”ごっこ”遊びなので、怪我がないような危険を回避する工夫ができます。本当に怖くなる手前で止められます。そして何より、いつも遊んでいる仲間と対処できます。机を重ねて地震ごっこのように、怪我する危険性がある遊びもありますので、怪我がないように見守ってください。ショックな出来事直後は興奮しているので体の刺激を求める子もいて、より危険なことをしようとすることもあります。でも、落ち着いてくるにつれ、マットを使ったり、砂場だったり、工作だったりとより安全な遊びに変わり、いつもの遊びに変わってくるはずです。彼らの気持ちに沿って、誘導できるといいですね。
もちろん、心理職に声をかけていただければ、ご一緒にケアの方法を考えます。
話すこと。なにかトラウマのような出来事があると、最近はすぐに、「臨床心理士を派遣して心のケアを」と動くことが多くなりました。私も、要請を受けて、話を聞いています。
話をすること。カウンセリングを受ける事。心のケアにはとても大切です。でも、話せばよいというものではないのです。
阪神淡路大震災の後、多くのボランティアが現地入りをし、その被害に圧倒されました。助けようと尽力したにも関わらず、力が及ばなかった事態を経験した方もいらっしゃいました。そのような経験をされた方々が、ボランティアの宿泊所に帰ってきたとき、誰ともなしに、その心の内を語り合いました。そこで、お互いの気持ちを伝え、共感しあった方々は、ASDやPTSDの症状が出ることが少なかったということがありました。それで、この心的デブリーフィングが有効だと言うので、いろいろな場所で取り入れられました。話したくない人にも、「予防だから」と強制するところもありました。ところが、この強制されて話させられてしまった人の中に、深刻なPTSDの症状を呈する人がたくさんでたという報告が次々に出てきました。
なので私は、ケアが必要だと思われる方が、話したいと思って、話をされる場合は、ひたすら話を聴くにしています。
そして、話したくない様子だったら、強制はしません。黙って一緒にいることもあります。他のことを話したいというのなら、その話を一生懸命聴いています。こちらの質問に答えてくれるようでしたら、眠れているか、食事は摂れているか、疲れていないか、日常生活で困っていることはないかなどを訊いています。そこでも、この項目を全部訊くのではなく(尋問ではありませんから)、ご本人の意思に任せています。今回のことではなく、それ以前からの困りごとが話させる場合もありますが、その時も傾聴します。安全・安心を保障することを心がけています。お子様だったら、絵を描いたり、粘土細工をしたり、コラージュしたり、絵本を読んだり…、プレイセラピーをします。
そして時間があったら、未来のこととか、その方が努力していること、うまくいったこと、好きなことなどを聴いて別れるようにしています。トラウマで粉砕されるのはその方の有用感です。為す術の無いことに遭遇して、自分は何もできないと思わされてしまう。その手当をしたいと思っています。そのことによって、自己治癒力が高められることを目標としています。
とはいっても、長く話せばよいというものではありません。人や、その方の状況にもよります。とても混乱していたり、罪悪感等を訴える場合は落ち着くまで寄り添うこともあります。ですが、このような状況で、本当は話すつもりのなかったことまで話す、パンドラの箱を開けてしまうような時は、お話を聴きながら、最後に希望が出てくるのか、見つかるのに1時間以上かかりそうならば、程よいところで箱を閉めるようにすることもあります。ある程度心の健康な部分が働いているときに、心の中の探索をした方が、お話してくださっている方の負担は小さいので。そして、精神科受診をされている方もあまりお話を引き出さないようにしています。お話してくださっている方の負担を考えて、15分~20分くらいを目安にしています。
☆PTSD
上記のような反応が1か月以上続く場合、PTSDと言います。自己治癒力がうまく機能していない状態なので、応急処置ではなく、治療が必要です。とはいえ、すべてのPTSDが治療を必要としているのではなく、医療的な治療は日常生活に支障が出ているときです。心理職としては、日常生活に支障が出ていなくとも、気になるようでしたらお声をかけて下さると嬉しいです。でも、なんでも完璧に治さなくてはいけないものではないです。一病息災という考え方はありだと思います。
上記に1か月以上続く場合と書きましたが、不思議なもので、直後はなんでもなかったのに、数年後にPTSDの症状が現れることもあります。数年後どころか、数十年後と言う時もありました。
心の作用で、危険な記憶をタイムカプセルのように包み込んで、心の中のどこかに埋め込んでいるのでしょうか。そして何かの拍子にタイムカプセルが開くのでしょうか。
その一つに、記念日反応をいうものがあります。東日本大震災後、ある方が、「最近地震の夢をよく見るようになった。予知夢では?」その方がそのような経験をするのは初めて(今まで予知したことがない)と確認しました。その相談があったのは、3月10日。記念日反応とお伝えしました。そのお電話の直後は地震はありませんでした。親友を亡くした方が、命日近くなって、その方の影をいたるところに感じると訴えてきたこともありました。これも記念日反応のひとつです。
記念日反応以外にも、きっかけがあることもあります。レイプされた方が、満員電車の中で、まったく別の方のポマードに臭いに反応して、レイプされた時の恐怖が蘇るとか。今まで思い出さずに日常生活が送れていたのに、それがきっかけで電車に乗れなくなりました。勿論、レイプされた場所は電車ではありません。
もっと、困ってしまうのは、記憶が万華鏡の中に入っている破片のようになっていて、エピソードとして思い出せない。エピソードとして思い出せないと、そのトラウマの出来事に対抗する術が立てられない。苦しんでいるご本人が、何が起こっているのかわからないのですから。記憶がバラバラになってしまうのも、その方の心を守るために、なんだかわからないようにした心の機制なのですが、それが漏れ出てきて、日常生活を困ったことにしているとなると、治療が必要です。
治療法はいろいろと開発されています。何が優れているかではなく、貴方の助けになるのは何かです。
☆持続エクスポージャー療法について
PTSDの治療に有効とされている療法の一つです。極力簡単に言うと、避けているシーンを再体験させて克服する方法です。
上記の”ごっこ遊び”のように、再体現して、無能感を払しょくして、自分がその事態をコントロールできるのだと有用感を取り戻させる方法です。
それを聞いて、再体験させればいいのだと、無理強いして悪化させる場合があります。
”ごっこ遊び”は、回復のレディネスが整った子どもが、自発的に行うもので、無理強いではありません。
治療としての持続エクスポージャー療法は、訓練・精通したプロフェッショナルが、ご本人の安全・安心感とその方のレディネスを慎重に確認しながら行うものです。
早く治したいとご本人や、ご本人を心配されている方が、耳学問だけで行うものではありません。かえって悪化しているケースはたくさんあります。
信頼できる治療者を見つけて、治療を受けて下さい。
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