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今日も一人で葬いケーキを食べた。
私は新聞を滅多に読まない。
ましてやお悔やみ情報に目を通すのはほんとうに嫌いで、意識して見ないようにしている感さえする。
お悔やみ情報を知るために新聞をとっているという人に会うと自ずと無口になってしまう。
それなのにどういうわけか玄関に母が取り込んだ新聞を手にした。
導かれるようにお悔やみ欄に目をやると、そこに、かつて私を慕ってくれた人の名前が大文字で目に飛び込んできた。
数ヶ月前に夫が電話で話し、私の母のことを気遣って元気ですかと言っていたと夫から報告を受けたその人である。
その後、友人のNからしばらくぶりでM君の顔を見た、ボランティアを始めたそうだと聞いたばかりだったので余計にMの死は驚きだった。
私より10歳ぐらい若いMの一生は、噂に聞くだけでも波乱に満ちていた。
Nから直ぐにラインが入り、Mと話したいと思い、ボランティアの日を待っていたのだけど一度きりだったと聞かされた。
そしてNからの余計な情報が私の心を曇らせた。
「恋する男は辛い」
そしてその余計な情報は、私に葬いケーキを作らせた
お悔やみ欄でM の死を知ったその日にケーキを焼き、その日から告別式までの3日間を私の葬い日に決めた。
思い出と感謝を込め、数少ないレパートリーの中の「アベマリア」を心を込めて弾いてからケーキで弔った。
オシャレだったMが一番、似合いそうにない経帷子を着る日にも、行事の一つ一つを想像し苦いケーキを食べた。
3日目の告別式、テレビでは100分で名著「モモ」が放送されていた。
ミヒャエル・エンデのこの「モモ」は、私がMに貸した事のある童話である。
夢見がちなMは1番真っ直ぐな心を私に表現できたのかもしれない。
どんななくなり方をしたのかわからない。
ただ、Mの死によってMの存在をより意識するようになってしまったことは確かである。
残る人生、このように人との別れが心に「なにか」が残ってしまうのは忍耐が必要であり、苦手である。
人と交わる分、喜びも多い。
しかし逆に人との別れは、憂や哀しみを増長させ、哀しみは喜びより持続時間が長すぎるのが困る。