90歳である。
元気な90歳で本当に助かっている。
かかりつけの医院から誕生日おめでとうのカードが届いた。
今日は近くの温泉からチェックアウト後、時間つぶしに昼食、その後卓球に行ったそうだ。
5.6分だが末の妹と卓球をしている動画を撮ったのを私の妹から見せてもらった。
驚きの90歳である。
しかし、何の努力もなく元気な90歳になっている訳ではない。
尊敬に値する生き方である。
「ボケない」「寝たきりにならない」この二つが目標だという。
超前向きだった母が老いてから自分自身を見つめるようになるのは後ろ向きの娘にしては少し辛いものがある。
先を見ないで今を生きて欲しい。
でもそういう風に生きていては今の母の目標は遠のくのだろう。
母は強固な気持ちで頑張り中である。
天然の幸せ、天然の人が自分自身に気づく悲しさのようなものを感じてしまう。
若い時に気づかなかった欠点に老いて気づく欠点は私からすると大して差は無いと思うのに。
自覚があるだけそれが老いたためだと思う母が辛いだろうな〜と思うのだ。
母と一緒の時間が一番長いものとして、幸せも悲しみも共感できることがポジティブに感じられれば良いことであり、逆であれば悲しすぎることになる。
今日も母は私と妹に言った。
「幸せで有難い」と。
最終章が幸せであることはこの上のないことである。
母親の徳がそうしているにちがいない。
歳をとり老いていくごとに立派になっていく母を見ている。
それでも「元気なままで最期を迎える人はいない」のだ。
夫が笑いながら言ったことばである。
これからの母のそばにいる我々には大きな使命がある。
が、恩返しができるよう、まず我々の健康をキープし、何時でも大丈夫という強い気持ちを準備することが必要であるな〜。
私もそこが達成できれば何の後悔もなく人生を終えられるにちがいない。
記憶も気力も母の方が今の所優れている。
これからの人生、大きな頑張りが必要なのは結局未熟者の私なのだ。
もう18日になってしまった。
今日の夜中に夫は帰り、娘からの恒例の誕生日プレゼントであるカニと海老は届いている。
しかしながら料理人がいないので19日が誕生パーティーになる。
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