ハルも手伝いながら作る。
なかなか子どもをうまく誘導しながら手伝ってもらうというのは
誰でもができることではない。
その子の側と自分の側の要求とがうまい具合に合致しなければ
子どもは足手まといになるばかりである。
相当頭を使い子どもを上手に動かす必要がある。
大抵の大人は、自分の仕事のペースが遅れるという理由か、大人側の力が
ないことでお手伝いはさせたがらない。
子どものお手伝いはお手伝いにはならないからだ。
当たり前のことである。
しかし、伯母さんに当たる娘はうまくさせていた。
レタス、ハム、ポテトサラダ、卵とマヨネーズとマスタードを混ぜたもの、
トマト、キュウリ。
最後に使い切るのはパンとサラダとサンドイッチの具である。
食事終了後は、すっかりきれいに片付けることに全員で集中した。
忘れ物点検係はハルにした。
二日目に洗濯し、管理室から借りてきたロープをロフトに吊るし扇風機
で風を送り、翌日朝にはうまく乾かしてしまったそのロープもハルが外した。
10時チェックアウトなので9時ぐらいにはすべて完了していた。
なかなかの立つ鳥後を濁さずであった。
そんな家族を誇らしく思った。
最後の夜は、ロフトに寝ることを経験した。
息子が朝が気持ちいいよの言葉に触発された。
相当高い所に梯子で登るのは怖いが、上がってしまえば広いので落ち着く。
ハル親子はリビング、そしてずっと階下だった夫も最終日はリビング
に移動してきた。
別荘にきての一人部屋はちょっとさびいというのが理由だ。
3日目は、そういうことで、リビングにハル親子と夫、ロフトに娘と私
という具合に寝所を設けた。
朝、西と東側の窓からは木々の緑が見え、太陽が昇るのも近くに感じた。
ロフトが一番気持ち良かったと私は思った。
長野駅に娘を降ろし、駅前の店で少しのおみやげを買った。
いつもなら振り返ることをしない娘もハルがいたためか3回も振り返り帰って
行った。よくハルと遊んでくれたというか本気で遊んでいた。
長野から高速に乗り、新潟に向かった。
向かう先は、新潟の海水浴場である。
いつものようにしりとりが始まった。
阿賀野川の泥色は心配だったが、海水浴場は開いていた。
流木が浮き、きれいな海とはいえない。
あんなに期待していた日本海である。
ハル親子はそのきれいとはいえない海で、流木を持ち、バッティングを
したり、パパの背中に乗って海で遊んでいた。
1時間ほど遊んだろうか、満足して海から上がってきた。
3泊4日の旅がこうして終わりに近づいた。
ハルのパパは遊びが得意とハルは言ったが、普段一緒に暮らしていない分、
父親でなければできない遊びを十分すぎるほど一緒に行動したと私からは見える。
別荘前の道路でバトミントン、トランプでの手品、コマ遊び、買い物、
地上8メートルのアドベンチャー、海遊び。
3年生のハルのパパとの思い出として沈殿され、そこで輝くことであろう。
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