チャイコフスキー庵 Tchaikovskian

有性生殖生物の定めなる必要死、高知能生物たるヒトのパッション(音楽・お修辞・エンタメ・苦楽・群・遺伝子)。

「桜(サクラ)と偽客(サクラ)、日本のものは何でも韓国起源説への憐憫」

2011年04月21日 00時40分17秒 | 歴史ーランド・邪図
スィンスィナティ・レッズのアロルディス・チャプマンが106mphを投げたらしい。
171km/hである。さっそく、You Yubeで見たが、
針の穴を通す超高速糸である。
打者は「カーヴ」のような「緩い球」にヤマをはってることはできない。
全部、この100マイル以上の速球で押してくるのだから。英語の慣用句に、
"Hobson's Choice(ホブスン'ズ・チョイス=ホブソンの選択)"というものがある。
テューダー朝の時代、英国ケンブリッジに、
Thomas Hobson(トマス・ホブスン、1544-1631)という
「配達業者」がいた。ロンドン・ケンブリッジ間の郵便配達業務をしてた。が、
その配達に使用する馬のロウテイションをホブスンはきっちり守って、
客の選り好みを許さなかった。そのことから、
選択肢があるようでいて、しかし、実際には
「順番通り」のものしか得れないことを
「ホブソンの選択」と言うのである。

私の地元のひとつである西麻布の交差点の角店に、
アイスクリームの「ホブソン'ズ」がある。毎年春には季節限定で、
「さくら」という商品を出してる。私の好物である。この店は、
1985年に開店したとき、長蛇の列ができた。が、それが
いわゆる「サクラ(偽客)」を雇って演出したものだと、のちに
明らかにされた。ちなみに、
こうした「エセの客」のことをなぜ「サクラ」というのか、
書物およびウェブサイトのどこを探しても正しいことは載ってない。
一般には、
<芝居で役者に声をかけるよう頼まれて、
その代わりにただで見物できた無料の客のことで、
昔から桜の花はどこででも只で見ることができたから、あるいは、
パッと派手に景気よくやってパッと消えることから桜の性質になぞらえて
只で見る客をサクラというようになり、
露天商が雇い者と示し合わせて客のふりをさせて
他の客の購買心をそそるようなこともサクラというようになった>
と説明されてる。が、これでは説明が片落ちである。
役者から銭をもらって掛け声を発する、というのは正しい。
今でも関西には掛け声の会に所属することを条件に
木戸御免の許可証を発行してる劇場があって、
役者から些少な礼金が出る場合もあるらしい。が、
桜はタダで見れるとかパッとやるとこが桜の開花&散花に似てる、
などとは、日本をはじめとする世界各国の文化や徳への
「韓国起源説」並みに愚にもつかない。

芝居=歌舞伎は「桜」が関連する出し物が多いが、舞台には
「釣枝」といって、桜や梅や紅葉の造花木を一線に釣り下げて、
芝居の華やかな雰囲気を盛り立てる装飾が
江戸時代から現在に至るまで施されてるのである。
とくに「桜の釣枝」が飾られる出し物は相当に華やぐ。で、
昔の芝居小屋にはその下手(しもて)側、つまり舞台上に、
「羅漢台」「羅漢」などと呼ばれる最低の木戸銭の席があった。やがて、
その位置の上に2階席が設けられると、そこは
「吉野」と言われるようになった。なぜなら、その眼前に
「(とくに桜の)釣枝」が飾られてたからである。
江戸中期に駒込染井の藤堂家下屋敷周辺で
お抱え植木職人をしてた伊藤伊兵衛(襲名)が
サクラの人工交配を重ねた末にその子孫が幕末に生み出したのが
ソメイヨシノである。だから、当時は
サクラといえば吉野の山桜のことで、その席も、
桜=吉野、という江戸っ子の駄洒落によって生まれた呼び名である。
この席の客に小銭を与えて掛け声をかけさせたから、
そういう行為を「サクラ」というようになったのである。
「いよっ、待ってましたっ!」
とサクラが発すると、声を掛けられた役者はすかさず、
「待ってたとはうれしいじゃぁねぇか」
などと応えて、小屋じゅうがドッとわくのである。

ときに、
朝鮮人(いわゆる韓国人)は、日本の文化のことごとくを
"韓国起源"というウソに挿げ替えて主張する。
ソメイヨシノもそのひとつである。済州島に
"自生(つまり自然交配して育つ)"してる
"王桜(ワンボッコッ)""王桜木(ワンボンナム)"なるものが
日本のソメイヨシノの起源だと言い張る。
DCポトマック河畔のソメイヨシノも韓国のもので、"日帝時代"に
その島から採集等して日本に持ち帰ったものが
結実して増えたものだ、と。
ソメイヨシノが「接ぎ木」でしか育たない、つまり、
クロウンであることすら知らないのが実態である。
美容整形を平気でするのも、その独特の容姿や、
新羅・高麗以降の今の朝鮮(韓国)民族
(百済・高句麗・任那あるいは伽羅は別民族。日本人の低学層の上の部類も、
百済なども現在の韓国人と同一だと思い違いしてる。
桓武天皇の母が百済王の子孫だから天皇家は韓国人の血が入ってる、
というウソも真実だと思い込まされてる)が
2000年に亘って中国の属国として虐げられ、
漢民族・満州族・モンゴル族らに孕まされ
そのDNAを注がれててきた歴史などを慮れば致し方ないと憐れに思うが、
れっきとしたはずの学者や新聞やTVなども、
そのようなウソの主張をし、国民もそう信じる。そして、
「ヒトのものを自分のもの」
にして平気な神経や性根は、同様に
ウソで固めたトクド説による竹島実効支配にも向けられてるのである。本来、
少しでも自国の歴史を正しく勉強すれば、
そんなウソは恥ずかしくて口にもできないはずである。

ソメイヨシノをはじめ、日本の桜の原種はヒマラヤザクラらしい。文字どおり、
ヒマラヤに生えてるサクラである。ちなみに、
「ヒマラヤ」とは「雪があるところ」という意味だそうである。
[またや見む。交野のみ野の、桜狩り。花の雪散る、春のあけぼの]
と俊成が詠んだように、桜の花びらは雪の結晶に喩えられる。
日本人がサクラの花を愛でるのには、その
「ヒマラヤ・ルーツ」も潜在的に関連してるのだと思う。ともあれ、
そうしたとこに生えるサクラは、
寒緋桜(カンヒザクラ)となって日本にも広まった。近年、
東京でも相当数が植えられてる河津桜もその一種だという。
これらはその「性質上」、いわゆる「早咲き」である。いっぽう、
ソメイヨシノよりあとに咲くのがヤエザクラである。
私が生まれたときに横浜の家の庭に紅白一本ずつのヤエザクラを
親が植えた。毎年、今頃満開になってた。が、
葉桜になったあとが大変だった。毛虫だらけになるからである。
木の下にいてうっかりすると毛虫が腕とかに落ちてきて、
桜の下にて貼る至難、なくらいかぶれた。それから、
母は普通の芝だった庭の裏手を白いシバザクラで埋めつくした。
それもやはり、この時期に一面に花を咲かせて、
まるで雪をかぶったようにきれいだった。
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