広大無辺の大宇宙よりも
更に心は大きい。
(中村天風)
本当は、そうかもねぇ~と思います。
だって、見えないんですから…
見えない分、
何でも何でも入れられる。
知識も、考えも、
喜びも、苦しみも。
その大きさを邪魔しているのは、
ここにいる自分だけ。
中村天風は、
こんなことも言っています。
「酸いも甘いも噛みわけているはずの
年配者の方が悟りが遅い。
余計なこだわりが多くあるためである。」
これが、心という宇宙を
狭めている原因でしょうね。
余計なこだわりが、
入るものを限定しすぎている。
いや、たしかに、悪いものを
入れる必要はないけど、
人間は、妙なこだわりで、
いいものさえも受け付けていない
時があるでしょう、多分。
心の引き出し、という表現がある。
その引き出しがいくら無数にあっても、
それらがスルっと開け閉め
出来なければ、使いものにならない。
広いはずの心が、
狭いように見えるのは、
そういうことなんでしょうね。
過去をスルっと閉め、
未来をスルっと開けられる、
そんな心でありたいものです。
更に心は大きい。
(中村天風)
本当は、そうかもねぇ~と思います。
だって、見えないんですから…
見えない分、
何でも何でも入れられる。
知識も、考えも、
喜びも、苦しみも。
その大きさを邪魔しているのは、
ここにいる自分だけ。
中村天風は、
こんなことも言っています。
「酸いも甘いも噛みわけているはずの
年配者の方が悟りが遅い。
余計なこだわりが多くあるためである。」
これが、心という宇宙を
狭めている原因でしょうね。
余計なこだわりが、
入るものを限定しすぎている。
いや、たしかに、悪いものを
入れる必要はないけど、
人間は、妙なこだわりで、
いいものさえも受け付けていない
時があるでしょう、多分。
心の引き出し、という表現がある。
その引き出しがいくら無数にあっても、
それらがスルっと開け閉め
出来なければ、使いものにならない。
広いはずの心が、
狭いように見えるのは、
そういうことなんでしょうね。
過去をスルっと閉め、
未来をスルっと開けられる、
そんな心でありたいものです。