ぺるちえ覚書

兎追いしかの山… 懐かしい古里の思い出や家族のこと、日々の感想を、和文と仏文で綴ります。

Omerta「沈黙の掟」とNon-dit「暗黙の了解」そして「書くこと」について

2021-05-15 08:01:05 | 読書

昨年11月から2ヶ月ちょっと滞在した東京を発ち、パリに戻った今年18日のこと。CDG空港まで迎えに来てくれた夫の車の中でラジオから流れてきたのは前日7日に発売になったばかりのカミーユ・クシュナー(Camille Kouchner)著、ノンフィクション「ラ・ファミリア・グランデ」("La familia grande" éditions du Seuil 2021)の話題。「知ってる?こっちでいま大騒ぎになってる本だけど」作家業も兼ねる夫いわく、発売当日から書籍ボックス・オフィス1位で30万部を売るベストセラー本とのこと。もちろんフランスの出版のことなど日本で話題になるはずもなく、私はこの本のことは全く知らなかったけど、「クシュナー」の名前は知っていました。著者カミーユはあの「国境なき医師団」の創設者であり政治家でもあるベルナール・クシュナーの娘さんなのだ。帰宅後、私も早速読んでみた。


著者の母親は大学教授で政治学者だったエヴリン・ピジエ。女優のマリーフランス・ピジエは著者の叔母にあたる。いずれも既に故人のピジエ姉妹は女性解放の運動家でもあり、70年代には姉妹ともキューバに渡り、著者の母である姉エヴリンはフィデル・カストロの愛人になったという伝説的女性。後に夫となる著者の父であるベルナール・クシュナーとも同じ時にキューバで出会っている。著者の両親はいわゆる68年学生闘争・自由解放運動世代インテリゲンチャのエリート達なのだ。しかし本の内容はショッキングなもので、著者の双子の弟が義理の父から子供時代に被った性虐待の告発である。義理の父は本の中で名指しにこそされていないが、フランスの現知識階級や政界にも影響力を持っていた憲法学者のオリビエ・デュアメルである。現代フランスの上流社会での出来事であり、この本が社会に及ぼした波紋は大きかった。オリビエ・デュアメルは本書の出版後、告発の内容を認め「後悔はない」とした上で、全ての役職から退いている。


著者がこの本で告発するのは、もちろん子供の信頼を裏切る近親者からの性虐待そのものが第一であるが、その周りにひかれたOmerta「沈黙の掟」でもある。当時周囲にいたほとんどの人物にこの未成年への義理の父からの性虐待は知らされていた、にも関わらず、彼らは沈黙を守った。母親エヴリンに至っては、子供達の訴えを受け入れず夫の擁護にまわったのである。そんな母を傷つけるにおよばず、その死後にようやく告発するに至った著者は、本書の冒頭で「ママ、私達はあなたの子供だったのよ」と訴える。そして著者自身が長いこと「沈黙の掟」に逆らうことができなかった深い罪の意識も当書の中で語られている。


著者にこの本を出す決意を促したのは、政界にも多大な影響力をもつエリート・サークル「Le Siècle*」の会長に義父オリヴィエ・デュアメルが就任したことだそうだ。


L’injustice.


彼女にとってそれは許しがたい最後の一押しだったのである。


ペンは剣より強し。勇気を持って書くことの大切さを思う。世の中にいかにこのような「沈黙の掟」そして「暗黙の了解」の多いことか。そのほとんどが本来許されるべきではないコトである。しかし、それを書くには社会における正義を信じる勇気がいる。フランスに限らず、社会はその勇気に答えるべきであろう


(*) https://en.m.wikipedia.org/wiki/Le_Siècle_(think_tank)