☆つる姫の星の燈火☆

つる姫のナイトメアー ~ホテルのおじいさん~

数年前の、都会の木々も色づき始めた11月半ばのこと。

 

急に旅に出たくなり

新緑の頃に訪れて以来、お気に入りになった奈良に行く事にした。

一人旅の宿は、大概安いビジネスホテルである。

急な事もあり、また紅葉の時期だからであろう

観光スポットへのアクセスに都合のよいホテルは満室で

奈良市内から離れた街のビジネスホテルが、やっととれた。

 

家族も心配するほど、よくばりでハードな旅をする私。

この日も半日歩き回り、

日が暮れたら絶対に何かが出てきそうな道で迷いそうになりながら

日没ぎりぎりに、かろうじて電車の駅につながるバスに乗る事が出来た。

 

降りる人の少ない駅に降り立ち

駅から5分と書いてあるが、ゆうに10分以上かかって

ようやく目的のホテルの看板を見つけた。

 

駅から離れたホテルの周りには、お店もほとんどなく

小さな信号機と、コンビニの灯りが灯っているだけだ。

この頃はまだ、一人で食堂に入れない私の夕食はもっぱらコンビニ。

この日も、コンビニで買い物をしてからホテルに入った。

 

中はとても薄暗く、シャンデリアが飾りもののように天上からぶら下がっている。

灯してあるのは、小さなスポットライトだけだ。

フロントには誰もいない。

 

「すいません」と、フロントの奥の方に声をかけると

白髪を中途半端に茶色に染めた、小柄なおばあさんが出てきた。

「はいはい」

「予約した、カメノツルコです」

「はい、ありがとうございます。お部屋は3階の5号室でございますだ。

 階段でおあがりください」

おばあさんから古い型の鍵を受け取り

小さな荷物とコンビニの袋をぶら下げて

下手をすると躓くほど薄暗い階段を、足もとを見ながら上る。

 

ネットでは「空室残りわずか」となっていたが

人の気配は全くない。

 

2階まで上がって、3階へと方向を変える階段の踊り場で

ふと、10数メートルの廊下の先をみると

付きあたりにある物入れのスペースのような所の入口が

扉の代わりに、黄ばんだ白い布のような物で被われている。

隙間から、古ぼけた椅子が天井まで積み重ねられているのが見える。

ちいとばかり、やばい、と感じる。

 

305号室に入る。

入ってすぐの左手には、お風呂場とトイレのドアが別々にある。

お風呂場のドアを開けると、昔ながらのタイル張りのお風呂だ。

トイレも和式であった。

 

部屋の入口のふすまを開けると、

畳の部屋に大きくないテーブルが置かれ

その隣に、布団が敷いてある。

 

薄暗いお風呂場でさっとシャワーだけすませ

バリバリして着心地のよくない浴衣を着てテレビをつけると、

馴染みのない地方のテレビ番組が流れている。

 

缶ビールをプシュッとして、テレビの音だけ聞きながら

コンビニの晩ご飯を食べる。

 

夜中3時過ぎに起きて、家事を済ませてから新幹線の始発に乗り

半日ほとんど座る事もなく歩き回ってくたくただった私は

テーブルの隣に敷いてあった布団の上で

いつの間にか、電気をつけたまま眠ってしまっていた。

 

何時頃のことだろう。

ふと目が開いたその時、

入口の襖からおじいさんが、すーっと入ってきた。

白い半そでのシャツに、ベージュのズボンをはいている。

ふっくらとした体型である。

つやつやした丸顔、穏やかな表情。

少なくなった白髪が、きれいな櫛目をつけて頭になでつけてある。

 

あ、いけない。。

着なれない浴衣の前をはだけて寝ていた私は

反射的に、蹴飛ばしていた布団を、肩まですっぽりと掛け直した。

 

おじいさんは、私に一瞥する事もなく

そのまま静かに窓の方から出て行った。

 

は?

窓の方から出て行った?

 

不思議な事に、恐怖を感じて飛び起きるどころか

再び眠りに落ちた。

 

朝になって正常に目覚めても

私の中には「こわい」という感情がなかった。

あれは夢だったのだろうか、という漠然とした想いだけが

頭の中で、風のない朝の霞のように、静かに流れている。

 

チェックアウトしようと降りて行くと

天気の良い朝のロビーは、昨夜とは別世界のように明るかった。

朝食の用意されたスペースのドアが開けられていて

人の世界の匂いがする。

 

相変わらず他の従業員は見当たらなかった。

おばあさんに鍵を返し、お礼を述べてホテルを出る。

 

深まる秋の朝の、キンと冷たい風の中を駅に向かって歩く。

昨日歩き回った足の裏がかなり痛い。

 

足を気にしながら、あのおじいさんは誰だったのだろうと考える。

何より不思議なのは、少しも怖いと思わなかったことだ。

 

あれは、あのホテルのおばあさんの亡くなったご主人だ。

おじいさんが若き日に建てたホテル。

お嫁に来たおばあさんは、とても働き者で

いつもにこにこしながら、おじいさんを支えている。

しかし後継者になるはずのひとり息子は、

親が稼いだお金で、遊びまわる。

おじいさん亡き後は、おばあさんが一人で切り盛りしている。

おばあさんが亡くなったら、どこかにいた道楽息子が帰って来て

ホテルを売り払い、大金を手に入れる。

そんな親不幸な息子のせいで

消えて行くのもそう遠くない、おじいさんの大切なホテル。

今では滅多に客の来ないホテルに来てくれた私に

ありがとう、どうぞごゆっくりと挨拶に来たのだ。

それにしても、断りもなく女性の部屋に入ってくるなよ。

ゆっくりできないではないか。

 

電車に揺られて妄想が続く。どこまでも。

 

私の母方のルーツは、奈良の方だと聞いた事もあるし

父方の親戚の蔵からは、藤原鎌足から始まる系図が出てきたと聞く。

たどっていくと、どこかで繋がる縁だったのかもしれない。

 

いずれにしても、気配は感じるが見た事のないものを

ずいぶん大人になってから初めて見てしまったものだ。

 

 

もしかしたら

あの場所に、もともとホテルなどなかったかも知れない。

 

いにしえの奈良の都の

ある秋の夜のできごと。

 

藤原鎌足が中大兄皇子とクーデターの相談をしたと言う場所に建つ

談山神社。

この日の夜に、おじいさんが出たぜ。

 

 

 

 

お盆にはご先祖様に想いを馳せましょう。

感謝をこめて                                つる姫


私の好きなものは笑顔。笑顔は世界を救うと信じるつる姫のブログです。

コメント一覧

つる姫
メグランさん
ご訪問とコメントありがとうございます。
おお・・・つる姫がイケメン好きだと言う事を
ご存知で(笑)
楽しんでいただけて良かったです。
お盆もお忙しいのですね。
また、お立ち寄りくださり
笑ってやってください
メグラン
お~見えちゃったのですね~、おじいちゃんが。。まだ、イケメンなら良かったのに(笑)
それにしても、お盆忙しくて疲れた時につる姫さんところに来ると癒されますって、何より面白い
疲れが吹っ飛びましたありがとうごじゃりまする
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