五月十七日 自分史探索の日

新入社員として勤務が始まった頃
中野富士見町 → 赤坂見附 → 三越前の経路で通勤していました
その頃は現在のようにお店もそれほどなく、三越のみ
それで十分な時代でした
日本橋に住み始めてちょうど一ヶ月が経過した今日
同期のルミと一緒に以前から約束していた室町、日本橋本町の探索に!!
私は物忘れがひどく、少し前にブラっと歩いた時に記憶が飛んでいて……
そこで『昭和のGoogle』のルミに同行してもらう事に
見出しのお写真はその頃の通勤路の地下道
歴史を物語っています
その上は高速道路
『この高速、うちの会社が設計だよね~』
『じゃあもう、壊れどきでは?』
そーだ!そーだ!
橋梁専門の部署が有った!有った!
海外のどこかの有名な橋もそうだった
何せ私達は受付嬢(大笑)だったから社内には詳しかった
それと会社は日本で唯一のスーパーコンピュータのクレイワンというのを保有していてそれが売りだった
展示会もビッグサイトなんてなく晴海の見本市だった
ふる~い、ふる~い サビてる!
『薬の会社が多かったよね~』と言われて
頭の中のゴミ箱をゴソゴソするとボンヤリ記憶が戻り

ギョ!くすりミュージアムまで出来ています
勤務していたビルまで歩いてみると
(°_°) (°_°) (°_°) (°_°) (°_°)
『なかった~スカイツリー』
ビルの前からこんなに見える~

ルミは記憶の中にたくさんのお店がまだ存在するらしく
その記憶に誘われ←私はついて行くだけ
ウロウロとしましたが昭和のお店は殆ど、マンションに変わっていました
ホテルギンモンドだって、なかったよ~
駐車場になっていたよ~
『小津和紙』は元気に営業中

『江戸屋 Since1718』

ほぼ会社の斜め前で何度も通ったと思うけれど記憶全くなし
昭和のGoogleも覚えがないらしい
その頃は多分小売りをしていなかったかと
現在、改めて自然の贅沢と匠のわざが人の心を惹きつけるのかと
結論として我々が勤務していたビルをはじめ
この辺り一帯は伊藤忠村だね!と言う事
そのあと、懐かしの三越でお買い物
ターゲットエイジが高めの店内は心地よい
エレベーターだって、昔のまま


うさぎ命のルミの目的で有る
『札幌の黒羽陶工房』の出店場所へ
擬人化したうさぎのストーリーがある器はどれもこれも魅力的でした

探索の最後は晩餐
予約した処は『ざくろ』
当時、路面の飲食店なんてざくろとトップスしかなかった
上司が女子社員の気を引くために事あるごとに買ってきてくれたのがトップスのケーキだった
あ~懐かしい
昭和の初夏
午後半休で駅に向かう私と客先から戻るあの人と
偶然に遭った道は多分、ここかな~?
しか解らなかった
ただ、その日にあの人が着ていたスーツと私が着用していたワンピースだけは
今も鮮明に覚えている
その頃、オーストラリアに出張に行っていたけれど何をしに???
携帯電話も何もない時代のセピアカラーのお話(笑)
現実逃避はこの位にして!! POPO

新入社員として勤務が始まった頃
中野富士見町 → 赤坂見附 → 三越前の経路で通勤していました
その頃は現在のようにお店もそれほどなく、三越のみ
それで十分な時代でした
日本橋に住み始めてちょうど一ヶ月が経過した今日
同期のルミと一緒に以前から約束していた室町、日本橋本町の探索に!!
私は物忘れがひどく、少し前にブラっと歩いた時に記憶が飛んでいて……
そこで『昭和のGoogle』のルミに同行してもらう事に
見出しのお写真はその頃の通勤路の地下道
歴史を物語っています
その上は高速道路
『この高速、うちの会社が設計だよね~』
『じゃあもう、壊れどきでは?』
そーだ!そーだ!
橋梁専門の部署が有った!有った!
海外のどこかの有名な橋もそうだった
何せ私達は受付嬢(大笑)だったから社内には詳しかった
それと会社は日本で唯一のスーパーコンピュータのクレイワンというのを保有していてそれが売りだった
展示会もビッグサイトなんてなく晴海の見本市だった
ふる~い、ふる~い サビてる!
『薬の会社が多かったよね~』と言われて
頭の中のゴミ箱をゴソゴソするとボンヤリ記憶が戻り

ギョ!くすりミュージアムまで出来ています
勤務していたビルまで歩いてみると
(°_°) (°_°) (°_°) (°_°) (°_°)
『なかった~スカイツリー』
ビルの前からこんなに見える~

ルミは記憶の中にたくさんのお店がまだ存在するらしく
その記憶に誘われ←私はついて行くだけ
ウロウロとしましたが昭和のお店は殆ど、マンションに変わっていました
ホテルギンモンドだって、なかったよ~
駐車場になっていたよ~
『小津和紙』は元気に営業中

『江戸屋 Since1718』

ほぼ会社の斜め前で何度も通ったと思うけれど記憶全くなし
昭和のGoogleも覚えがないらしい
その頃は多分小売りをしていなかったかと
現在、改めて自然の贅沢と匠のわざが人の心を惹きつけるのかと
結論として我々が勤務していたビルをはじめ
この辺り一帯は伊藤忠村だね!と言う事
そのあと、懐かしの三越でお買い物
ターゲットエイジが高めの店内は心地よい
エレベーターだって、昔のまま


うさぎ命のルミの目的で有る
『札幌の黒羽陶工房』の出店場所へ
擬人化したうさぎのストーリーがある器はどれもこれも魅力的でした

探索の最後は晩餐
予約した処は『ざくろ』
当時、路面の飲食店なんてざくろとトップスしかなかった
上司が女子社員の気を引くために事あるごとに買ってきてくれたのがトップスのケーキだった
あ~懐かしい
昭和の初夏
午後半休で駅に向かう私と客先から戻るあの人と
偶然に遭った道は多分、ここかな~?
しか解らなかった
ただ、その日にあの人が着ていたスーツと私が着用していたワンピースだけは
今も鮮明に覚えている
その頃、オーストラリアに出張に行っていたけれど何をしに???
携帯電話も何もない時代のセピアカラーのお話(笑)
現実逃避はこの位にして!! POPO