「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

渡英前日

2016-09-11 | 留学するまでの色々
明日の今頃は、機上の人です。
明鏡止水の境地というべきでしょうか――不思議と心はひどく穏やかであり、ワクワクするような昂揚も、ドキドキするような不安も、何もありません。かつて米国に1カ月、英国に3か月研究滞在する前に感じた、動揺はありません。もし明日志半ばで息絶えたとしても、是非もなく受容できるような気がしています。

東日本大震災から今日で5年半が過ぎました。
現在もなお約14万4千人が避難しています。主に福島原発事故の影響でしょう。

いつか故郷に帰る人たちのために、私に出来ることは何か。私がすべきことは何か。

医学者として、放射線被ばく影響の研究をしようと思いました。私に出来ることなんて、それくらいしか見つからなかった。それが真に私が為すべきことなのかどうかは判りません。誰が保証したわけでもなく、ただ、自分で勝手に思っているだけです。自分の想いを押し付けているだけです。偽善なのかもしれません。
しかし、それでも、誰も何もやらないよりは、私だけでも命を賭してやった方が良いでしょう?
やらない善よりも、やる偽善をこそ、私は選択します。

いつか故郷に帰る人たちを支える科学的知見につながるなら。放射線医科学の発展に貢献できるなら。たとえ自分が報われなかったとしても、いつかどこかで誰かの喜びにつながるなら。幸せにつながるなら。笑ってくれるなら。
それでいい。
私は、それでいい。
もし願いが叶うなら、私が大切に想う人たちが、いつか故郷に笑って帰れるといいなって。在りし日の美しい光景がまた見えたらいいなって――ただ、それだけを願っています。

今後の研究の方向性も含めて、もう、ある程度の目途はつけておきました。
そのために布石を重ねました。論文にもある程度までまとめておきました。私と共同研究者たちでゴールへの道筋はもう概ね描いてあるのです。従来の放射線の教科書を書き換えるために、すべきことは判っています。そして、英国ベルファストで私がやるべきことも、ね。
あとは、私がやり抜くだけ。その為だけに、今、私は生きています。
とはいえ、もし明日私が倒れても、きっと、誰かがあとを引き継いでくれると思います。福島原発に近くて若い医療従事者不足に困窮していた公立相馬総合病院で、今日も後輩たちが頑張ってくれているように。誰かがあとに続いてくれるはずです。

だから、心配は要りません