そんなごねた子どもみたいなことを言って人に(未成年に)誘拐(未成年を)させるのはどうかと思う。
だが、何かわけがありそうなのでひとまず僕は、その子を連れて歩きだした。ゲーセンから出たかったのだ。なにせ、この子を連れていると目立ってしまう。
「えっと…君、名前は?」
「み、美都(みさと)」
「美都ちゃんね」
「ちゃん付けしないで」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「なんとでも」
「ちゃん付けすんなって言ったじゃねぇか」
「ちゃん付け以外って意味だよ」
なんてめんどくさい奴だ。しょうがないので美都と呼ぶことにした。美都は、僕のうしろからゆっくりと、でも確かについてきていた。美都との会話はなんとなく楽しい。相手が無垢な小学生だからか。
「小学何年生?」
「失礼なことを言う人だね。アタシは中学2年生だよ」
「え゛!?」
事実なのだろうか。身長は120センチ程度しかない。中学二年生って、こんなに小さかったか?
それに、服装もおかしい。これはいわゆるロリータというやつだろうか。
髪の毛は毛先10センチほどがピンクに染められていて、残りは黒だ。
服装としては淡いピンクのバルーンスカートにスカートのピンクより少し濃い色のポンチョを着ている。
今は6月だが…暑くないのだろうか?靴は厚底のブーツ。厚底をはいてるのを見るともっと身長が低いらしい。
見た目相応のお人形のような格好といってもいいが、これで中2…。いやはや、見た目にも寄らないものだな。
「お兄さんこそ、名前は?」
「僕は…竜樹(りゅうき)だよ」
「ふーん……何歳?」
「17歳」
「高2か…全然そうは見えないね」
「じゃあ、何歳に見えてたんだ?」
「12歳」
「自分より下に見てんじゃねぇよ!!少なくともお前には下に見られたくない」
「お前って呼ばないで」
「さっきはちゃん付け以外なら何でもいいって言ってたじゃねえか」
「お前はただの三人称単数でしょ?ちゃんと名詞で呼んで」
「めんどくさいやつだな……」
見ると、美都は立ち止まってくすくすと笑っていた。そんなに面白いのか。手に持った熊のぬいぐるみを抱えているものだから、なんか熊の首を絞めているようにも見えるが、体を折り曲げて笑っているようだった。まあ、こんな風に会話を楽しみながら歩いていると、すぐに目的の場所についてしまった。それは、15年ほど前につぶれたボウリング場だった。ここならだれも入ってこないし、入ろうとも思わない。美都の潜伏場所にはうってつけだろう。
「ま、ひとまずここでいいだろ」
「………」
「美都、どした?」
「どうしてお兄さんは、初対面のアタシにこんなに優しくしてくれるの?」
「そんなの決まってんだろ」
「なによ」
「おま……美都が困ってたからだよ」
「困ってたら、誰でも助けるの?」
「誰でもじゃないなぁ…僕の判断基準による」
「ふーん……」
そういって、美都はすたすたと先に入ってしまった。よく分からない奴だ。
中に入ると、割とボウリング場のカタチが残っていた。適当に見つけた椅子らしきものにすわって、美都に向き合った。こうみると、余計に小学生に見える。本当に人形みたいだ……。
「アタシの事、小学生に見えるとか思ったでしょ?」
「な、なぜわかった!?」
「皆最初はそれしか言わないもの」
「僕は言ってないぞ」
「顔に書いてあったもん」
「いや、書いてねぇ」
「アタシが書きましたー」
「自分で証拠作ってんじゃねぇよ!」
「まあ、ともかく。それで、アタシに聞きたいことあるんじゃないの?」
……そうだった。僕はすっかり美都のペースに引っ張られている。侮るべからず、中2。
「なんで家に帰れないんだ?」
「帰ることぐらいはできるよ。家に居たくない…家にはいれないんだよ。分かってない人だね」
「とにかく、なんでもいいからどうしてなんだ?」
「原因……というか、元凶は父だよ」
「お父さん?」
「そう、まあ……ありきたりな話だよ。家庭内暴力ってやつかな」
「へぇ……じゃ、じゃあ…あるのか……?その、えっと」
僕は、つい好奇心で言ってしまったにもかかわらず、罪悪感からか、口ごもってしまった。それでも、美都には通じたようで、ああこれかと見せてくれた。ポンチョの腕の部分を少しまくると、そこには大きな青あざや切り傷、やけどの跡のようなものがあった。ずいぶん典型的な問題だな。
「それで、家出ってことか?」
「家出じゃないもん。最近ゲーセンに来てたのは、家に居たくなかったから。ちゃんと帰ったよ」
「じゃあ、なんで僕に誘拐してなんて言ったんだ?」
「だって、今日は……死ぬつもりで家を出てきたんだから」
「………え?」
「立原(たちはら)美都は、今日で人生が終わるはずだったんだ」
僕は、こういう時に限ってなにも突っ込むことができなかった。