NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

2、ある日の古いボウリング場

2012-05-04 | 海の向こうの家の事情。


そんなごねた子どもみたいなことを言って人に(未成年に)誘拐(未成年を)させるのはどうかと思う。
だが、何かわけがありそうなのでひとまず僕は、その子を連れて歩きだした。ゲーセンから出たかったのだ。なにせ、この子を連れていると目立ってしまう。

「えっと…君、名前は?」

「み、美都(みさと)」

「美都ちゃんね」

「ちゃん付けしないで」

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「なんとでも」

「ちゃん付けすんなって言ったじゃねぇか」

「ちゃん付け以外って意味だよ」

なんてめんどくさい奴だ。しょうがないので美都と呼ぶことにした。美都は、僕のうしろからゆっくりと、でも確かについてきていた。美都との会話はなんとなく楽しい。相手が無垢な小学生だからか。

「小学何年生?」

「失礼なことを言う人だね。アタシは中学2年生だよ」

「え゛!?」

事実なのだろうか。身長は120センチ程度しかない。中学二年生って、こんなに小さかったか?
それに、服装もおかしい。これはいわゆるロリータというやつだろうか。
髪の毛は毛先10センチほどがピンクに染められていて、残りは黒だ。
服装としては淡いピンクのバルーンスカートにスカートのピンクより少し濃い色のポンチョを着ている。
今は6月だが…暑くないのだろうか?靴は厚底のブーツ。厚底をはいてるのを見るともっと身長が低いらしい。
見た目相応のお人形のような格好といってもいいが、これで中2…。いやはや、見た目にも寄らないものだな。

「お兄さんこそ、名前は?」

「僕は…竜樹(りゅうき)だよ」

「ふーん……何歳?」

「17歳」

「高2か…全然そうは見えないね」

「じゃあ、何歳に見えてたんだ?」

「12歳」

「自分より下に見てんじゃねぇよ!!少なくともお前には下に見られたくない」

「お前って呼ばないで」

「さっきはちゃん付け以外なら何でもいいって言ってたじゃねえか」

「お前はただの三人称単数でしょ?ちゃんと名詞で呼んで」

「めんどくさいやつだな……」

見ると、美都は立ち止まってくすくすと笑っていた。そんなに面白いのか。手に持った熊のぬいぐるみを抱えているものだから、なんか熊の首を絞めているようにも見えるが、体を折り曲げて笑っているようだった。まあ、こんな風に会話を楽しみながら歩いていると、すぐに目的の場所についてしまった。それは、15年ほど前につぶれたボウリング場だった。ここならだれも入ってこないし、入ろうとも思わない。美都の潜伏場所にはうってつけだろう。

「ま、ひとまずここでいいだろ」

「………」

「美都、どした?」

「どうしてお兄さんは、初対面のアタシにこんなに優しくしてくれるの?」

「そんなの決まってんだろ」

「なによ」

「おま……美都が困ってたからだよ」

「困ってたら、誰でも助けるの?」

「誰でもじゃないなぁ…僕の判断基準による」

「ふーん……」

そういって、美都はすたすたと先に入ってしまった。よく分からない奴だ。
中に入ると、割とボウリング場のカタチが残っていた。適当に見つけた椅子らしきものにすわって、美都に向き合った。こうみると、余計に小学生に見える。本当に人形みたいだ……。

「アタシの事、小学生に見えるとか思ったでしょ?」

「な、なぜわかった!?」

「皆最初はそれしか言わないもの」

「僕は言ってないぞ」

「顔に書いてあったもん」

「いや、書いてねぇ」

「アタシが書きましたー」

「自分で証拠作ってんじゃねぇよ!」

「まあ、ともかく。それで、アタシに聞きたいことあるんじゃないの?」

……そうだった。僕はすっかり美都のペースに引っ張られている。侮るべからず、中2。

「なんで家に帰れないんだ?」

「帰ることぐらいはできるよ。家に居たくない…家にはいれないんだよ。分かってない人だね」

「とにかく、なんでもいいからどうしてなんだ?」

「原因……というか、元凶は父だよ」

「お父さん?」

「そう、まあ……ありきたりな話だよ。家庭内暴力ってやつかな」

「へぇ……じゃ、じゃあ…あるのか……?その、えっと」

僕は、つい好奇心で言ってしまったにもかかわらず、罪悪感からか、口ごもってしまった。それでも、美都には通じたようで、ああこれかと見せてくれた。ポンチョの腕の部分を少しまくると、そこには大きな青あざや切り傷、やけどの跡のようなものがあった。ずいぶん典型的な問題だな。

「それで、家出ってことか?」

「家出じゃないもん。最近ゲーセンに来てたのは、家に居たくなかったから。ちゃんと帰ったよ」

「じゃあ、なんで僕に誘拐してなんて言ったんだ?」

「だって、今日は……死ぬつもりで家を出てきたんだから」

「………え?」

「立原(たちはら)美都は、今日で人生が終わるはずだったんだ」

僕は、こういう時に限ってなにも突っ込むことができなかった。