今回の動画です。
武家諸法度と参勤交代は、260年に及んだ平和な江戸時代、徳川幕府の長期政権の要となった。今回の動画では、史料を元に武家諸法度はどんなことが書いてあったのか、また参勤交代は実際、どんなものだったのかを解説。
大坂の陣によって豊臣家を滅ぼした徳川家康は、諸大名を伏見城に集め徳川秀忠の命という形で諸大名統制のための法令を発布した。これを武家諸法度といい元和令とも呼ぶ。 その後、改訂が続けられ、徳川家光が参勤交代の義務化や大船建造の禁に関する条文を加えた寛永令、徳川綱吉の殉死の禁止や末期養子の緩和などを定めた天和令、最後の改訂となる徳川吉宗の1717年の享保令が知られる。
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