下記の記事をダイアモンドオンライン様のホームページよりお借りして紹介します。(コピー)です。
2008年に公開され、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した日本の映画『おくりびと』の4K修復版が中国で公開され、異例の大ヒットとなっている。13年前の映画が今、中国の人々から高い関心を集めている理由とは何か。背景には、社会の変化に伴って中国人の「死」の向き合い方に生じはじめた変容の兆しが見える。(日中福祉プランニング代表 王 青)
13年前の映画『おくりびと』が
今中国で大ヒットしているワケ
第81回米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した映画『おくりびと』(2008年公開)の4K修復版が、今年10月末に中国各地の劇場で上映開始となった。本作は中国で大きな話題となっている。11月24日現在も、毎日発表される「興行ランキング」の上位に入っており、興行収入は6000万元(約11億円)を上回った。SNSにも映画を見た人の感想が数多く投稿されている。
筆者は仕事の関係で、中国の葬儀関係者らと10年以上の交流が続いている。筆者も入っている彼らとのグループチャットも、『おくりびと』の話で盛り上がっている。
「映画を見てきた!すごく泣いて、本当に感動した!両隣の席の人も皆ずっと泣いていた……」
「今回は2回目。前回見たときとまた違う見方ができた。われわれの仕事は単なる死者の天国への旅立ちをお手伝いするだけではなく、次の新しい命につなぐことでもあることを悟った」
「世間はわれわれの仕事への偏見が大きいが、映画の中の主人公と社長のように、仕事に誇りを持って臨むなら、自分の心も満たすこととなるのだ」
「故人に臨む最後の儀式を厳粛に執り行い、体裁を整えることは、故人への尊厳だけではなく、家族の心の慰めでもあるのだ。映画を見ながら思わず背筋を伸ばした」などなど。
『おくりびと』は、これまでもテレビの放送やネット配信で、中国でもすでに多くの人に鑑賞されていた作品だ。今回は十数年ぶりとなる本格的な劇場版の修復版であるとはいえ、また中国の国産映画や海外作品も豊富にある中で、なぜ『おくりびと』がこれほど大きな話題となり、注目されるのか。
「死」の話題を避ける文化
病状についても話さず
そもそも、中国の伝統文化の中では、「死」の話題が禁忌であり、できれば避けたい傾向がある(詳しくは『中国人が日本のお葬式に驚く理由』を参照)。ゆえに、日常的に人々は遺体安置室や葬儀館などに近づきたくないと考えている。そうすることで、「死から逃げられる」という心理が働いているからだ。
そして、中国の人々は死生観を語ることがあまりない。死の教育は医学部など専門の教育・研究機関でもあまり重視されず、一般の大衆にとってはさらに身近なテーマとはいえない。
葬儀業という職業が差別されていて、従事者の多くは世間に自分の職業を隠そうとしてきた。先述の葬儀関係者のうちの一人である30代の女性は、納棺師の仕事に就くために、親とけんかして家を出たという。彼女は普段、人と握手しないように心掛けていると話す。また、理解のある友人たちの結婚式に誘われても絶対出席しない。
こうした社会的な差別は時代の変化とともに改善されつつあるが、納棺や化粧をする、いわば葬儀の第一線の現場で働くスタッフが、職業を理由に結婚できないケースも少なくないのが現状だ。
そして、「死」に対する恐怖や負のイメージは、中国人の「最期の質」を悪くしているといえる。
筆者は日中の介護事業者が交流するオンラインセミナーを定期的に主催しているが、折しも今月開催したセミナーのテーマが「人生の最終楽章をどう奏でるか、尊厳のある最期とは」であった。そのときに出演した中国の高齢社会問題に詳しい中国高齢者産業協会専門家委員会理事の殷志剛(いん・しごう)氏のプレゼンによれば、中国の約8割の高齢者は亡くなる前に、病状や死後について家族と話し合うことがないのだという。つまり、何も準備がないままこの世を去っていく。
例えば、がん患者の家族交流のサイトがある。だが、そこでは患者本人にがんという事実を隠すため「どうニセのカルテを作るか」「どういう“善意のウソ”を使うか」などの「ノウハウ」がやりとりされているのだという。結局、患者本人が何も知らさられないまま亡くなっていく。約37%の高齢者は、身体的にも精神的にも苦痛のままで亡くなるというデータもある。
「死」と向き合うことを避けようとするために、事前の心の覚悟や準備ができず、結果的に本人は言いたいことを言うチャンスをなくし、家族にも大きな悔いが残ってしまうこととなる。
高齢化で「最期」への関心高まる
『おくりびと』が死生観を考える出発点に
中国では長年にわたり実施した一人っ子政策の影響で、近年、少子高齢化が急速に進み深刻な社会問題となっている。社会制度や死に関する文化や教育などの改革が、高齢化のスピードに追いつかない状況である。「2016年~2021年の中国葬儀サービス産業の市場運行および発展趨勢研究報告」によると、現在中国の毎年の死亡人口は約1000万人で、今後は年々増加していき、20年後は毎年2500万人に上ると予測されている。
このような社会の変化も相まって、今、「尊厳のある死」「人生の最後をどう過ごすべきか」などの問題が中国国内でこれまでになく高い関心を集めている。数年前から、社会、教育、医療分野などの複数の専門家が「死についての議論は一日も早く真剣に行うべきだ」「死の哲学や教育の推進と普及は喫緊の課題で、急務である。新しい時代に合う葬儀文化と礼儀の構築は、故人の尊厳を保つだけではなく、わが国の基本的な価値観を樹立する重要な一環である」と主張している。
こうした中で、『おくりびと』が上映された。中国葬儀協会の幹部は筆者に次のように話す。
「『おくりびと』は(本作が最初に公開された)13年前に、われわれ葬儀業界に一石を投じ、業界は大きな衝撃を受けた。『葬儀サービスとは何か、死とは何か』について考えさせられた。
映画の主人公は故人に尊敬と感謝の念を込めて丁寧に化粧や着衣を施し、それが家族への慰めにもなっていた。日本ならではの『匠の文化』だと感じた。以来、納棺師という職業にもっとプライドを持って臨むべきだと、新人の研修でいつもこの映画を紹介している」
そして、こんなエピソードも明かした。
「実は、スタッフの中で、13年前に『おくりびと』を見てこの職業に就く決心をした女性がいる。それぐらい、この映画の力は大きかった」
また、13年ぶりに公開された4K修復版が葬儀関係者だけでなく、中国国内の観客から大きな反響を呼んでいることについては、「今の中国に死と正面から向き合おうという社会的な変化が生じているからだ」と分析する。「『おくりびと』がわれわれ中国人に、死生観について考える機会を提供してくれたのではないか」と語った。
筆者もまさにその通りだと思う。実際、SNSでは下記のように自ら感じたことをつづった書き込みがたくさん見られた。
「映画は、葬儀従事者だけの物語ではない。死生観、家族愛、夫婦愛のテーマでもある。もう3回も鑑賞したが、毎回泣くところが違う。その都度、新しい発見ができた。本当に素晴らしい作品だ!」
「映画の最後に、主人公の奥さんが旦那さんの仕事を理解するようになって、『夫は納棺師なんです』と話したときのシーンに思わず涙が出た……。これが愛というものだ!」
「一見、重そうな映画だが、ユーモアもあり、笑いもある。哲学的でもある。『死は門だね。死ぬということは、終わりということではなく、そこをくぐり抜けて次へ向かう。まさに門です』という銭湯の常連客であり火葬場職員のセリフは、体が震えるほど心に刻んだ」
先述のオンラインセミナーに、中国から参加した人の多くは若者だった。日本の介護施設のみとりやエンゼルケアの話に感銘を受け、たくさん質問もしていた。
「死は終わりではなく新しい出発だ」――。『おくりびと』が世界に発したメッセージが、中国の人々、特に若者に伝わり、中国社会の死生観を変えていく出発点となるだろう。人口大国である中国が変わるには時間が必要だが、こうした良質な日本映画が人々の意識に投影されていくことは、両国の友好にも良い影響を与えるに違いない。
王 青:日中福祉プランニング代表
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