1983年に入ってからは一部の撮影にポジフィルムが用いられている。
多分ネガカラーも使っていたが、なぜかED16の撮影ではほとんどネガカラーの記録がない。
そして一気にポジフィルムに飛んでいる。当時からカラーの王道的なポジに移行して
写真撮影できることが、なんとなく大人に近づけた感じが漂っていた。ガキが静かに
息がっているようなものでしかなかった。ネガに比べて、フィルムや現像代も高額で
そうそう白黒ような連写ができない貴重なものだった。
すでに装備はモータードライブを装備した機材をつかっていたが、いまのデジタルのような
1撮影何十カットもばしゃばしゃ撮影できるようなものでなく、36コマを大事に撮影した
ように思える。それだけ1撮影にかける想いは違ってたようにも思える。
今様に撮影結果をリアルに認識できない時代で、フィルムや機材や天候、光など
様々な条件に経験と勘が織りなす結果だったといえよう。
カラー初登場は、多摩川を渡る単機と、どこかの駅撮りの上り貨物。
ともにオリジナルはコダクローム64である。
複写コピーであるが、若干色合いがオリジナルと違う気がする。下のカットは
オリジナルはドアンダーなので修正している。枕木がまだ木製であることもわかる。
多摩川を渡るカットは、どうしてこんな場所から?的ですね。たぶんロケハン中に
ああ、、きちゃった的な1枚だと思います。ポジは退色がほぼなく、当時のフィルムがいかに素晴らしいものだったか、が証明されている。
1983年頃
多分ネガカラーも使っていたが、なぜかED16の撮影ではほとんどネガカラーの記録がない。
そして一気にポジフィルムに飛んでいる。当時からカラーの王道的なポジに移行して
写真撮影できることが、なんとなく大人に近づけた感じが漂っていた。ガキが静かに
息がっているようなものでしかなかった。ネガに比べて、フィルムや現像代も高額で
そうそう白黒ような連写ができない貴重なものだった。
すでに装備はモータードライブを装備した機材をつかっていたが、いまのデジタルのような
1撮影何十カットもばしゃばしゃ撮影できるようなものでなく、36コマを大事に撮影した
ように思える。それだけ1撮影にかける想いは違ってたようにも思える。
今様に撮影結果をリアルに認識できない時代で、フィルムや機材や天候、光など
様々な条件に経験と勘が織りなす結果だったといえよう。
カラー初登場は、多摩川を渡る単機と、どこかの駅撮りの上り貨物。
ともにオリジナルはコダクローム64である。
複写コピーであるが、若干色合いがオリジナルと違う気がする。下のカットは
オリジナルはドアンダーなので修正している。枕木がまだ木製であることもわかる。
多摩川を渡るカットは、どうしてこんな場所から?的ですね。たぶんロケハン中に
ああ、、きちゃった的な1枚だと思います。ポジは退色がほぼなく、当時のフィルムがいかに素晴らしいものだったか、が証明されている。
1983年頃
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