羚英的随想日記

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■陸奥国■

2015-07-29 10:09:17 | 風の吹くまま
何年も前にネットで偶然見つけて、いつか詳しく調べてみたいなと思っていたこの記述。
「まなこ青きこと多し」。

そう、東北人・青い目問題。(←「月曜から夜よかし」風に)

そして、それが記述されていたものが 『人国記(じんこくき)』。

いやー、実はあまりこの題名を書きたくないんですけどねー。(←極々小さな声)
訳にまったく自信が無いもので。検索されたらホントはすごーく困るから。
参考にならないかと、あわよくば、の下心を持って書籍を取り寄せたはいいんですが、ところどころの注釈はあっても訳は無し。

世の中そんなに甘くはなかったー (T▽T) 

そんな訳で、他力本願の私の思惑は見事に瓦解し結局自力で訳さねばならなくなり、年齢的にエストロゲンが急速に減少・枯渇レベルで思考能力絶賛低下中の私にとってはこの作業は至難の業でした。
集中力、まだあまり続かないのね。これでもまだ以前より随分マシになったんだけどね。


ま、そんなことよりも。
この人国記の簡単な説明を。

著者・成立年代ともに不詳でありますが、近世初頭の成立とも。
でも近世の定義があいまいだから、いつ頃なのか分からないなぁ。
室町から戦国ぐらいなんでしょうか。

いずれにしても、この記はいわゆる五畿内七道諸国の民俗、風土、地理などを詳しく(独断的に)記した貴重な地誌だったようです。
名だたる武士や為政者たちも、これを参考にしていたとかいないとか。

著者は恐らく1人の人物であろうと考えられるようですが、とにかく辛辣、でも褒めるところは褒める。
さらっと短く解説する国もあれば、詳細に述べている国もあります。

その中で、私にゆかりのある国、陸奥国(むつのくに 今の青森・岩手・宮城・福島・秋田の一部)についての記述を私なりに訳してみました。
現代語訳にするには作者の良し悪しの判断が辛辣・率直過ぎて直訳など出来ない部分もありましたが、まぁそれなりの表現でやってみました。

まずは、試しに読んでみて下さい。
後ほどまた。
(BGMは心の中で もののけ姫 などどうぞ! 笑)





陸奥国の風俗は、日本の辺境にあるために人々の考えは保守的であり気質が偏り気味でその頑なさは堅固な岩壁を見るがのごとく顕著である。

たまたま物事の道理というものを知ったときにも、それを改めて受け入れることは少ない。たとえ知ったとしても、大河の水が滞り塵芥(じんかい)が積もるがごとく保守的であるため変化を疎んじる。

そのような所以で、世の事柄(世情)に精通する熟達者もあまり輩出していないようである。子々孫々変わることないと考える。一方でそのような気質であるため、頼もしくもあり、また惜しくもある。陸奥五十四郡のうち、二つ三つ風俗は分かれるがおおよそ同様の風俗である。

この国の人々は日の本の国(※1)であるゆえ、色は白く青い眼(※2)をしている人が多い。人々の形相(顔つき、姿)は品位なく、話す言葉は劣るけれども、精神が正しく勇ましい様子はこの日本の他のどこの国も並ぶところはないであろう。

それゆえに、朋友のために無益に命を落とす者もいる。このため、主君への忠節に背き、父母への孝行を忘れざるを得ない者たちは数知れない。
そうは言っても、男は身分の上下を問わず勇敢で気骨があり、辺境で偏屈とはいっても心は潔く恥をよくよく知り、これを良しとしている。

この国の女は色白く髪は長く、顔色も良いが、その容姿や声は記すまでもなく良くない。陸奥国の上臈(身分の高い女官)と上方の下臈とを比べるれば、上方の下臈にもついぞ及ばない。しかしその心根は優しく情があり実直であることは上方の男たちよりもはるかに上である。

総じてこの国、出羽、上総、下総、日立、上野、下野の類は、たいがい人の声は上調子で高音明瞭である。(※3)そのため邪(よこしま)な心や狡猾な思いもなく、目の前の義に対して総じて忠勤である。
そのためか、物事に対して思慮工夫し分別をつけることは少なく、千人いればそのうち九百人はそのような気質である。

若い者、または改革の智を持ち合わせる者など、人々のそのような気質の異状(独特な気質)を改めるべきと考え力を尽くす人があっても、その道理に添った積極性は受け入れず、何事にも惑わされない気力強い気質である。

特にこれらの国、牡鹿(おしか 今の宮城県の北東端)・郡載(ぐんき 旧岩手県稗貫郡、今の花巻市あたり)・鹿角(かとの 今の秋田県鹿角)・階上(はしかみ 今の二戸、三戸、九戸のあたり)・津軽・宇多数郡(うたすぐん 今福島県相馬のあたり)の人々は、とかく思慮不十分で向こう見ずである。





けちょんけちょんに貶しているかとおもいきや、結構素直に褒めるところは褒めてますね。
まるでツンデレのように(笑)

これはどうやら武士たちの風俗を記しているようですが、さて、当時の感覚と今の感覚とは異なりますので、それってどう?と思わざるを得ないところもあります。



その前にまずは(※1)について。

「日の本の国」。
時代によって変りますが、だいたい陸奥国含め東国のことをこう呼んでいたようです。
日高見国と同義語でしょうか、詳しいことは分かりませんが。

もとの文章(いろいろ加筆・修正されているようで原文は定かじゃありません)にも、この日の本という言葉と日本という言葉が混在します。
使い分けされていたことが分かりますね。



そして本題、(※2)の青い目についてです。

東北人ってそんなに青い目の人いたっけかな?
私は一度も見たことないけど。
かつて研究データではそういう瞳を持った人がいたとあるようですが…。

大陸(コーカソイド系)との混血による先祖帰り説とか、目の色素の異常説とか、いろいろあるみたいですね。

で、ここで忘れてはいけないこと。
当時の青って、どんな色のこと?

ということで調べてみると、うんうんなるほど。
Wikiによると、

「古代においてこれは、現在の青色・緑色・紫色・灰色のような非常に広い範囲の色を総称して(漠色)用いられていたと考えられている」
「日本語の青を表す言葉の色度範囲は緑~青緑~青~青紫」
「各地方言で「あを」は黄色まで指していたとされ、『大日本方言辞典』によれば、青森・新潟・岐阜・福岡・沖縄といった地方では、青は黄も意味した」

だそうです。
それならば納得がいきます。

これを書いた人は信濃の人ではないかということですが、「青」とこの人が表現した色合いは恐らく今で言うところの、たとえば灰色がかった茶色だったり、はしばみ色の薄い眼の色だったり、虹彩の近くが緑がかった眼であったり、それに加えて歳を召した人の虹彩の外側が薄い灰色になっている眼であったり(老人環といいます)、そういったことなのではないかと。

私の母方の実の祖母は、当時多分私とそう変らない年齢でしたが、眼の色がとても薄く青灰色がかっていました。
そういった綺麗な薄い色の目の人は東北に、私の知ってる範囲では結構います。

「青」は今の我々の感覚の青とは少し異なるようですね。
コーカソイドにあるような青い眼、ではないように思います。



さて、もうひとつ。

当時の美的感覚について。
これが書かれた、と思われる時代は、どのような顔が美しいとされたのか。
うりざね顔に細い眼・おちょぼ口、およそ目鼻立ちがハッキリしているとは言えないのっぺり顔でしたよね。
それが美人とされていた時代ですからね。

今とは顔に関する美的感覚は違っていたということです。
まっ、今でも個人の好みというのもありますが。


ちなみにこの作者の陸奥国に関しての記述はえらく辛口だと思われるでしょうが、これでも他の国々に関する記述に比べると特に高評価なんですよ。

陸奥国の存在はそれだけ重要で、かつ注視すべき国だったということなのでしょうね。



最後に(※3)についてです。

「たいがい人の声は上調子で高音明瞭である。そのため邪(よこしま)な心や狡猾な思いもなく、目の前の義に対して総じて忠勤である」
とあります。

そのため…という接続詞があり、文の前後を繋げていますが、よく通る高音の声の持ち主=真面目実直で忠節に励む人?といささかその図式に疑問が生じます。
そうとは言えないでしょって。

そんなことを呟いて困惑していたら、文系の羊子がひとこと。

『お母さん、現代の感覚で考えちゃ駄目よ。きっとそれが書かれた当時は声の高めな男の人はそういう風に思われて、括られていたんでしょ、きっと。あるある的な感じで。』 と。
『じゃ、声の低ーい人は腹黒くって油断がならないとか?』
『そうそう、そんな感じだったんじゃない?』

なるほど。
一理あるかも。

真偽のほどは判りかねますが、そういう考えもありだなと思いました。
ちなみに人国記が書かれた後の時代と思われますが(武田信玄がこの人国記を参考にしていたとのこと)、織田信長は甲高い声の持ち主だったそうな。
ルイス・フロイスが確かそう記録していたはずです。

信長って、ステレオタイプの人間ではやっぱりなかったということですね(笑)
あっ、でもフロイスは 「正義において厳格であった」 と書いているからなぁ、うーん。


以上、『人国記 陸奥国』 からの考察でした。
後に加筆修正された 『新人国記』 の方には、陸奥国のそれぞれの地域の気候なども詳しく記されています。


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