虚空の夢

散文詩を書くのが好きなので、そこに物語性を入れて
おおげさに言えば叙事詩みたいなものを書く試み

緑の風 2

2021-01-31 14:34:01 | 日記


4 異星人

並木道をさらに進むと、面白いベンチが見つかった。
屋根のあるベンチである。
後ろに、立派なトイレがある。
そのベンチで鹿族の中年の男とうさぎ族の若い男は絵をかいている。
我々は興味を持って声をかけた。
中年の男は自分の家を持っている
けれど、若い男はホームレスだという。
それでも、若い男の方が絵ははるかにうまい。
向こうに見える低い山を描いている。
どこかセザンヌを二人ともまねしているのかと思われる。
このあたりの伯爵は芸術、特に絵を好むという。
白壁に囲まれた町の中央の城のそばに美術館を置いている。
時々、展覧会が開催される。
入選した者には年金が支払われる。
中でも優秀なものには名誉博士を与え、
住宅などの生活が保障されるということだ。
全国から集まる若者には、金のないものも多く、
ホームレスも沢山になり、そういう者のためにも、
ベンチには屋根がつけられ、万一のためにも、泊まれるようにしてある。
この国は大変温暖な気候である。
ホームレスが生きるのに困ることがないように、政治も自然もそうなっているらしい。
中年の男は言った。
「わしは日曜画家になりさがったが、
この男は才能がある」と若い男を指さした。
うさぎ族の男は髭もそり、
耳の長い所でやっとうさぎ族と分かるほど、顔が整っている。
服も小奇麗なブルーのトレーナーを着て、全体に清潔な印象を受けた。
我々は、ホームレスと聞いても信じられなかった。
我々は若者に数日分の食事代になるようにと、この国の通貨を渡した。
これまで書いた数枚の絵を見せてくれた。

その時、空で例の魔ドりがルリ、ルリリと鳴いた。
皆、空を見上げた。
樹木の指に数羽の魔ドリがいる。
「嫌な鳥が来たな」とハルが言った。
「そうですか。」と中年の男は「どうだい」と若い男の意見を聞いた。
「魔ドりは絵をかくには悪い時もあるけど、いい時もあるのですよ。
何かインスピレーショーンみたいなものがわあーと吹き出すようになって、
筆が動くのです。

我々は絵をかいている二人と別れて、
さらに歩いた。
歩いている最中も、今のホームレス画家やゴッホなどの印象派の画家の話に花を咲かせた。
「魔界も物語に必要な時があるということかな」とハルは言った。

ゴッホの話は三人に人気があった。
「それだけの才能があっても、
生きている間、認められない。信じられませんな」とハルが言った。
「それはきっと以前の絵の形式がいいという思い込みがあるからでしょ。
新鮮なイメージで絵が創造されると、
以前の形式しか知らない人には理解できないということはあります。
こういう狭い視野で批判しようとする人はいつの時代にもいるものですよ」と
我は友人の弁護士の理屈を思い出し、同じようなことを言った。

「ゴッホは気の毒でしたな。
この国のような画家を優遇する制度があって、御覧なさい」と
ハルはゴッホに盛んに同情した。
「ゴッホは物自体を見ようとして、それを書きたいと思い、
それが彼の苦悩の一つであったのかも」と吟遊詩人は言った。
「物自体とは」
「物自体とは。例えばそこにある花そのもの、樹木そのものということです。それなら簡単で、分かりやすいかな。それとも、まだ分かりにくいかな」
「確かに花そのものを描く、誰でもやっていること」

「でもね。キリストは野の百合の花は ソロモンの栄華より美しいと言った。その百合の花は、普通に我々が言う百合そのものとは違う。
真理【真如】の世界での百合の花なんですよ。
我々人間は物を見る時、脳の枠をつくり、
それで見ている百合ですから、真理の世界の百合ではない、
禅では主客未分の世界と言いますが、
そうして見られた百合はソロモン王がつくった宮殿やその中のあらゆる豪華で華やかなものよりも百合一輪の方が美しいと言ったのです。」
「ゴッホの描いた椅子はそういう真理【真如】の世界の中での椅子なんですか」
「ゴッホがそれをめざしていたかどうかは分かりませんが、
どちらにしても椅子そのものを描こうとしたのでしょうが、
彼の天才をもってしても、描ききれなかったのではないですか。
それほど、真如の世界に入るということはむずかしいということでしょうね。
昔の偉い僧は修行でそれが出来たということでしょう」

その時、大きさと形がカラスに似た茶色の鳥が
吟遊詩人の肩に何かの液体のようなものを落とした。
すると、不思議や、詩人の服が囚人服に変わってしまったのだ。
小さな穴がいくつもある太い黒い横縞の入った薄汚い黄色い服だ。
「魔ドリのいたずらだ。それにしてもひどい。着替えはないし」とハルが言った。
吟遊詩人はそれほど困った顔をしていない。
「魔界というのはあるようだね」
我々は詩人の言葉に呑気さを感じ、感心した。
しばらくその並木道の所で立ち止まり、
ああでもないこうでもないと話していた。
「どうしたんですか」と言う女の声があった。
吾輩は驚いて、彼女を見ると、見覚えがある。
邪の道を双眼鏡で見た時にブルーの服を着た若い女がいたが、
その女ではないか。
「あら、あなた。川霧さん。
囚人服なんて着て町を歩くと、
皆から、変な目で見られますよ。
この国は囚人には厳しい国ですから」と女は緑の目を光らせて言った。
彼女はいきなりポケットから、横笛を出し、不思議な音色の曲を流した。
不思議や、詩人、川霧の囚人服は消えて、
元の美しい青磁色のジャケットになっていた。
「あたし、知路と申しますの。よろしくね」
我々があっけにとられていると、
彼女は、そばにあった自転車に乗って、さっと消えてしまった。
我々はまた彼女のことをああでもないこうでもないと噂ばなしをして、歩きつづけた。ハルの結論では、あの女は川霧が好きなのかもしれない
気を付けた方がいいという話だった。

やがて、土蔵や焦げ茶色の家が並ぶ所に、
高い時計台があり、その横に案内所があった。そこを我々は中に入った。
案内所の中の壁に、大きな看板がかかっていた。

【異星人  よりの布告
価値観を変える株田真珠党に早急に入ることを歓迎する。 】

「あの看板は何だ」とハルが聞いた。
出てきた初老の鹿族と思われる背の高い男が説明した。
「つまりですね。
株を配当して、金を集める。
あの銅山を株式会社にしようとしているのでしょ。
株主には会社がもうかれば配当が配られるという風ですよ」

「ふうむ。会社組織というのは既にあるというのは知っている。
町のあちこちの看板に、会社の名前のついているのを見た。
しかし、株式会社というのは面白いアイデアではないか」とハルは言った。
「地球では、大変さかんですよ」と我は言った。
友人の弁護士の父親は株で億の単位で儲けて、京都の郊外に豪邸をかまえている。
「株式会社と言えば、我がテラ国ではまだだ。
隣のユーカリ国では、もう採用している」と初老の鹿族の男が言った。
「それを異星人が広めたというのかな」とハルが聞いた。
「そうですよ。そういうのって、異星人が広めたのですよ。
でもね、わが国は伯爵さまがおられるから」
「伯爵さまはそういうの、嫌いと思っているのかね」とハルが言った。
「さあ、好きではないでしょう。我々庶民の多くはそう思っていますよ。
伯爵さまは神々のいる町を理想としていらっしゃるから」
「神々のいる町とは」
「うわさでは、清流に木の水車を置き、町の家々に電気を送るというような自然そのものを大切にした町づくりだそうだ」
「水車で電気をつくる。いいね。
株式会社そのものも面白いアイデアだと思う。
その会社が有望だと思って、お金を投資し、伸びれば自分も配当をもらえる。
経営者は工場をつくったり、機械をつくったりして、会社を大きくするには、資金が必要だ。そういう金は株主から集められる。
中々、合理的ではないのかね」とハルは言った。

「会社というのは生き物なんですよ。
恐竜みたいになってくると、貪欲になる。
こうやって、よその国の惑星にまで入ってきて、
鉱山や工場では、よその惑星だからと言って、
遠慮もなく、労働者をこき使う」と初老の鹿族の男は話す。
「安い賃金で長時間、働かす。
住宅はひどい所に住まわし、安くこき使う。
もう随分と死者が出ているんですよ。
パワハラなんて日常的にありますし、
過労死も、沢山あります。病気になるものもあとをたちません。
新政府は異星人に何も言えない。なさけないですね。
株式会社は放っておくと、そうやって労働者を人間として扱わない。
その方が会社の利益になりますからね。
そうやって、会社は大きくなり、儲けることを背後の株主も喜び、ギャンブラーのような心境になってしまうのですよ。
株主もそうやって儲かるわけですから。
異星人がわがテラ国に入ってきて、
現にそういうことが、起きているわけです」
「確かに、過度の競争が株式会社を利益第一主義に追い立てることはある。
それは良くないことだ。
しかし、会社は働く人達のためにあるというもともとこのテラ国にあった会社の理念をそのまま引き継げば、そんな心配は法律で規制すればいい」
「しかし、カジノと株式会社をセットして、
異星人はわが国に輸出しようとしている。
異星人はカジノを貴族がやっていた歴史があるが、
わが国はそんなことを許さないアニミズムの伝統がある。
わが国には邪の道と言われている所がいくつもあるが、
議論の的になっている森林地帯がある。
そこは熊族の祖先、熊と言う野獣の住処になっていることもあり、誰もよりつかない。
熊の神様が、我々人間が入ることを禁止しているという信仰がある。
それを異星人は新政府に圧力をかけて、
森林と熊を殺し、カジノをつくれと言っているのですよ。」
「それは魔界のメフィストのささやきのようにも聞こえる」とハルが言った。
「魔界? そこまでは考えていません。
異星人の考えている株式会社と、あなたの考えている理想的なスタイルの株式会社とでは相当な違いがあるということですよ」
「お宅は中々の見識を持っているな」とハルは言った。
「私はスピノザ協会の会員なんです」
「ほお。スピノザ主義。
わたしのもろもろの事物の中に、宇宙の真実が表現されているという信条と似ていて、大変面白い」と吟遊詩人が言った。
「スピノザ主義は拝金主義を嫌う。
大自然の中に神を見るのですから。素晴らしい。
その神の愛の意思の流れが我々人間になり、社会になっているのですから、
我々はこの自然の法則の中で、社会の仕組みを考える必要があるのですよ。
一体、熊の住む森林地帯に通じる道を我々は邪の道だなどと断定している。
【確かにこの国にはいくつも邪の道といわれる所があり、本物の魔界【毒界】へ通じる道もあるかもしれないが、この森林地帯は違う 】
近代化路線が自然の法則にのっとって進化するためには、
大自然にひそむ神の意思をくみとらねばならない。
カジノなんてとんでもない。
大森林も熊も一緒になって、我が国の発展を見守ってくれるような近代化が望ましいとは思いませんか。」

我にスピノザ主義の詩句が耳に響いた。 
「かぐわしい草花があたりに緑のじゅうたんとなる頃、美しい蝶が舞う。
そして、樹木の上には梅の花から、桜の花へと、満開を楽しむと、それはやがてひらひらと地上に降り、土色の大地は雪が降ったように、白くなる。
その白さの中に春のいのちのピンクが見えるのは何という美しさだ。
スピノザの神はこのピンクのようなものだ」

美しい蝶は今、どこ
美しい鳥は今、どこ
ここはまだ平凡な並木道
雲は悠然と動いているが
川の向こうに城の壁が見え、そこに緑の樹木と果物が見える
ああ、その森と湖と町が混在した神秘な町に早く行きたいものだ
日暮れも近い
並木道に日差しにまぎれて夕べの香気がしのびよる
何故か、心は憂愁にひたる
ああ、ワインがあれば。






5 異星人の文化

我々は話に夢中になり、
「魂の出張所」の中にいることを忘れていたようだ。
それほど、その初老の男の語り口は音楽のようで、
表情も魅力に富んでいた。
風景画が天井一杯に描かれていた。
並木道、川、そうした風景を取り囲むような低い山、
そして真ん中に城壁に囲まれた町の中の御伽の国のような湖と城と樹木。
つまり、このあたりの風景そのものが正確に描かれているようだった。
我々は話に夢中になりながらも、その天井をちらりと見ていたのだと思う。
それで、スピノザ主義の詩句が響いてきたのだと、吾輩は解釈した。
我々は男に勧められるままに、テーブルの前の椅子に座り、
グラスにそそがれたワインを見た。
ワインがあればと思ったら、
目の前にワインが出てきたという不思議な気持ちをハルリラに言った。
「わしはそんな魔法は使っとらんぞ。
こちらの方の接待じゃ、飲むがいい。
わしは飲まん。
アルコールを入れると、魔法の力が落ちるという学説が、最近有力になってきたのでな」
初老の男は微笑して、
吾輩と吟遊詩人にワインを勧めた。
赤いワインは上質で、
吾輩は少し飲んでみたが、陶然とした気分になった。

我々はそのスピノザ主義に傾倒する初老の鹿族の男の弁舌に興味を持ったが、
男の後ろから中年のリス族の女が出てきた。
(少数だがリス族もいるとは聞いていた。)
 男の魅力的な発言とは裏腹に、
そのリス族の女は何か陰うつな感じを我々に与えた。
初老の男は用事があると言って、隣の部屋に移った。
リス族の女はやや小太りで、さらに美しい顔立ちをしているようにも思えたが、
一方で納豆のような目をしていて、
暗いねばねばした気を身体全体から発酵させていた。
さらに奥の方の椅子に座って事務をしている若い女がいる。

「案内してくれないか」とハルが少しどもった。
ハルがどもるということは滅多になさそうに思えるので、
心の中に何か嵐のようなものが吹いたのかもしれない。
それが何であるのか、考える間もなく、リス族の女は質問した。
「旅館ですか、ホテルですか」
ハルは「士官したいのだが」と答えた。
「士官って、お城にですか。」
「当たり前でしょ」とハルは答えた。

ハルは相変わらず、
いつの間に百合の花を持っていた。
「花を見詰める。
わしの心を無心にするためさ。
わしの魔法は無心の時に、一番よく働く。
同時に、この花はわしの魔法で長持ちする。
今・ここの百合の美しさを見ることに没頭する。
わしの神経は無心の時に一番働く。
魔法の感受性もよく働く。
そうすると、この『魂の出張所』の雰囲気も隅から隅までよく分かる」
吾輩の耳元でハルはそうささやいたので、吾輩は微笑した。

「そちらの方もですか」と女が聞いてきた。
吾輩と吟遊詩人は顔を見合わせた。
「いや、そちらの方はアンドロメダ鉄道で来た旅人ですよ」とハルが答えた。
「アンドロメダ鉄道」と女は驚いたような顔をして目を大きくした。

「それで、あなたは剣道何段くらいの腕前をお持ちなのですか」
「三段だけど、それはそういう資格を取ったということだけで、実際の実力は相当のものよ」
「でも、あんまり、強そうに見えませんけど」
「俺が猫族だから、そんなことを言うのだな。
猫族はたいてい優しい顔をしている。
あんたはオラウータン族のようだな。
人を顔で判断するものではない。
拙者を侮辱するとただではすみませんよ。
本当を言うと、俺は剣の達人なのじゃ」とハルは言った。
そして、腰の刀に手をかけた。
「乱暴は駄目ですよ。
それに、あたしリス族ですから」
と女はにらむようにハルを見る。
「今、電話機で聞いてあげますから、待って下さい」

地球から見ると、かなり古い感じがして、
大正時代の頃のような電話だった。
受話器を手に持って耳にあて、送話器に向かって話しかけていた。
長い事、連絡しあっていた女は電話を終えてから、
地図を見せて、赤い丸印がついた所を指さして、
「この旅館に行って、待機して下さい」と言った。
「何日ぐらい待機するのだ」とハルが聞いた。
「さあ、それは分かりません」

我々が『魂の出張所』を出ようとした。
その時、もう一人の鹿族の女がこちらを向いてにっこり笑い、
「気をつけていってらっしゃい」と言った。
目が宝石のように輝き、美しい笑顔で、まるで観音菩薩のようだった。

「同じ『魂の出張所』に、魂の色合いが違う女性が二人いた」とハルは言った。
「魂の色合いの差。そんなものを僕も感じた。
ハルさんに少し感化されたのかな。」と我は言った。
ハルは笑った。
「わし等、魔法次元のものは、空海の考えを発展させて、
ヒトには魂のレベルがあるということは前にも言ったことだが。
それはともかく、同じ『魂の出張所』に魂の色合いの美しいものと、曇っているものがいる。」
「確かに、同じ『魂の出張所』に顔立ちは綺麗だが納豆のような目をしたリス族の女と
観音菩薩のような女が勤めていた」と、我は言った。
「おそらく、わしの直観では、あのリス族のような女は異星人の可能性がある。
異星人はもうあちこちにスパイを放っている。
彼らは変身の術を持っている。
この惑星では鹿族やウサギ族あるいはリス族にまぎれこむ。
オラウータン族と、わしは少し茶化したが
本当はサイ族の可能性がある。
彼女は銅山の本局に情報を提供しているのかもしれない。
これで、我々のような旅人がこの向日葵惑星にいることが本局に知られる。
我々が彼らにとって利益になる人物か害になる人物か徹底的に調べられるだろう」
「僕と吟遊詩人はただの旅人ですよ。
ハルさんは士官という目的があるから、
異星人に目をつけられるかな」
「わしはこのテラ国がいい国になることを願っているだけさ。
異星人はよその惑星をコントロールしようというのだから、
そして、金とダイヤを儲けようというのだから、
吾輩はもしかしたらにらまれるかもしれないな」とハルは笑った。

「異星人はみんな、あんな魂の色合いをなしているのですか」、
「魔法次元の秘密の教科書には、
同じ人間でも、一日の内に極端な例では五十から百五十まで、経験するという。
普通のアンドロメダのヒトの例では、百ぐらいの所をうろうろしているのだろう。
異星人はよからぬ目的を持って、
よその惑星に来てやっていることを考えると、魂の色合いが美しくなるのは無理だろう。
あの納豆のような目をしたリス族の女は八十か七十ということだろう。」
「血圧なら、貧血で、倒れてしまいますね。
しかし魔界のささやきがあったのかもしれない。
中々こういう問題はむずかしい」
「そうよ。そうなれば、魂の色合いの曇った連中は自分の魂が曇ったことに気がつく。
曇ったまま、気がつかないというのは不幸なことさ。

百七十の高貴な魂のなかにも、三十の地獄のものが混じるとかいう話は聞いたことがある。
二十の地獄の魂のなかにも、高貴な百七十のものがまじるとかいうのも聞いたことがある。」
「それは魔法で分かるのですか」
「魔法でわかる場合もあるし、
言葉で分かる場合もある」
「言葉で」
「言葉をぞんざいに扱ってはならぬ。言葉で魂の色合いが分かる場合があるのだ」
「言葉は神なりきともいいますからね。
それに、魂は進化するものではありませんか。
魂はみがき、学習することにより、進化するのだと思います」と吟遊詩人が言った。
「なるほど、それは面白い。魂は生きものだから、流動的なのでしょう。」

再び、並木道をしばらく歩く。
豪華な喫茶店のような所に来た。

我々はのどが渇いていたし、
疲れていたという気持ちで、中に入った。
入り口にいた女中は刀をあずかりますと言った。
ハルは武士の魂を預けるのは伯爵【殿様】に会う時ぐらいだと思っていた。
「これはわしの魂じや。持って入るぞ」
「いえ、それはなりませぬ。
それではお城からのお達しに違反します。
ここは星印のついた喫茶なのです」
確かに天界から響くような音楽がなり、
美しいステンドグラスに金色の陽光が差し込み、
壁には素晴らしい風景画がいくつもかかって、椅子もテーブルも豪華だった。
「それでは仕方ない」とハルはあずけた。
コーヒーとパンを注文した。
食べて、窓から往来の様子を眺めていた。
ハルのような武士はあまりみかけない。
和服姿の商人風の男とネクタイに背広のサラリーマン風の男が目立つ。

突然、彼の前に半袖の黄色いTシャツを着た大男が現れた。
白熊族なのだろうか、肌が物凄く白い。
大きな顔、大きな丸い目、腕も太い。
しかし、顔の表情は柔和でひどく優しい雰囲気が漂っている男だ。
大男はずっとレストランの中を一通り、眺める。
そして、我々の方に視線を向けた。
空いている席が他にもあるのに、「ここに座ってよござんすか」と言った。
なんだか、毛むくじゃらの大男の癖に、言葉は女っぽい。
「いいぞ」とハルは言った。
「お宅も士官を志しているのですか。
実を言って、わしもそうじゃ。
わしは水車をつくることを得意としている。
ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと言っているそうだ」と大男は言った。
「水車の技術を持っているのか。
それなら、採用されるかもしれんぞ」

「旅は道ずれ、世はなさけ。
一緒に城に行きませんか」
彼は座り、ハルと同じものを注文した。
「腕が太いなあ」とハルは言った。
「そうでしょ。腕相撲なら、誰にもまけません。それに相撲も強いですよ」
しかし、この男はひどく気が弱いのが表情で分かる。
これは猫の秘伝で分かると吾輩は思っていた。
それともハルの魔法が伝染してきたのか判断に迷う。
「しかし、おぬしは腕相撲の力で、城には雇ってもらうのではなく、水車の技術でしょ。
全国版の新聞広告によると、腕に自信のあるものは高給によって雇う」と書かれているのだぞ」
「その通りです。
わしは水車をつくりたいので、ここに流れる川に鉱毒がまじっているのを危惧しているのです。」
「鉱毒」
「そう、銅山があるのですよ。
車と大砲と戦車をつくるために必要なんでしょうけど」
「そんなら、理解のある伯爵【殿様】に頼めばなんとかなるのでは」
「いや、それが鉱山と工場は殿様の管轄の地域を少し離れていましてね。
異星人が占拠しているのですよ」

「異星人については、ペンギン族の老人もそう言っていたな。」
「ああ、あの方」
「知っていますよ。あちこちに、神出鬼没で顔を出します。
私の話も、彼から、得たもので。惑星の温暖化のことを言っていました。
アンドロメダのこの向日葵惑星の近くの惑星で、
温暖化で文明が滅びたという情報が入ったと、
あの例のペンギン族の老人が言っていました」
「何者だい」
「仙人でしょう」
「仙人か。話には聞いていたが」とハルは言った。
「それはともかく、この国は 鹿族が多い。
惑星全体としても鹿族とうさぎ族と温厚な気質の祖先を持っているのが多い。
少数にオラウータン族とか熊族などいる。
この異星人というは一説によると、サイ族ということらしい。
いつの間に住み着いて占拠して、国のあちこちを買い占めている」
「異星人というからには、どこかの惑星から来たのですか」
「いや、それが皆目分からん。なにしろ、向日葵惑星は文明段階がまだ低い。
そこを狙われた アシアン巨大島に秘密の国があって、
そいつらがこちらをねらってきたという説もある。
あそこは寒冷地、国家なぞ昔からないというのが説。
今のところ、あの科学技術のレベルから見ても、よその惑星から来たというのがもっぱらの噂。
なにしろ、秘密のヴェールを閉じて我々に見せないように、隠密裏に行動するのが得意です。
今の所、もめごとを起こす気はないらしく、経済活動を狙っているらしいのです」
「この国の価値観も変えたいらしい」
「価値観」
「競争と金銭がかれらの価値観。
我らの惑星にはアニミズムの素朴な信仰があります。
近代化を進めようとしてはいますが、神々はまだ死滅していない。
ですから、違和感を感じます。
それに、一説によると彼らはミサイルと特殊爆弾を持つとも言われている。
人数は少数でもあなどれないのはここですよ。
彼らはそういう怖ろしい武器を持っている。
それで、よその惑星に来て、あんな勝手なことをしていられる。
これをどうすべきかですよ」

ハルはカント九条の説明をして、
白熊族の大男が感心してポカーンとしているのに、さらに続けて言った。
「カント九条を作っても、警察力は必要だ。
警察の特殊部隊が迎撃用の大砲を持ってはどうかな。
大砲で、異星人の銅山の本局を攻撃できる」とハルは言った。
「それでは異星人と同じことを言っていることにならないかな。
異星人は新政府に銅を売り込み、それで大砲をつくれと勧めているのですよ。
儲かりますからね。
つまり、異星人にとっては、大砲なんか怖くないんですよ。
大砲は隣のユーカリ国相手の武器競争を駆り立てる。
自分たち異星人は儲けようという死の商人の魂胆がありありと分かるではありませんか」
「それなら、気球で銅山の本局に乗り込み、
我ら剣の達人が襲い、彼らを縛り上げる」
「不意打ち作戦ですか。
面白いけど、うまくいきますかね。
向こうだって、そのくらいのことを考えている。
強力な武器で反撃してくるかもしれませんよ。
それに、今、説明してくれたカント九条の理念に反するではありませんか。
カント九条は素晴らしいが、防衛のための力は必要だとおっしゃるのでしょう。
もちろん、必要ですよ。
それと並行して、お互いの文化の交流をすることの方が平和への近道という気がするのですがね」と大男は言った。
「貴公はみてくれと違って、意外に理想主義者だな。
面白い意見だ。で、異星人の文化は」
「彼らは踊りが好きなのですよ。
その踊りの衣装には、莫大な金をかけるらしく、踊りも様々なものがあるらしいのです」
「ほお、それでは接点があるではないか。
踊りの中には、神々がいらっしゃるものだからな」
吟遊詩人がヴァイオリンを奏でた。
レストランにちらほらいる客の目が輝き、うっとりするような顔をした。
そして、詩人は歌った。
「おどれよ。踊れ。
自分を忘れてしまうまで踊ろうよ。
さすれば、もろもろの自然の事物は宇宙の真実が表現されたものとなる
花も 
昆虫も
空の川も
小川も
我を忘れて 夢中で踊れば、全ては友達になる
全ては一個のいのち 全ては友達、一個の明珠
それが分かれば、異星人の価値観も変えられる
そして、鉱毒も消え、清流がよみがえる」




       


緑の風 【叙事詩】

2021-01-27 12:53:04 | 
       叙事詩の前に、私の本の紹介 この長編小説「いのちの花園」という本は悲惨で不幸な東日本大震災と福島原発事故の前に書かれた脱原発小説です。 平成二年八月に書かれ、自費出版されたものですから、もう三十年にもなります。当時、私は仕事を持っていたので、本屋には半年ほど出して売れないと思ったから、自分の本棚にしまい込んでしまいました。そのあとに、小説の中に書いた原発事故が実際に起きたのには驚きました。売れなかったのは宣伝をまるでしなかったのですから、当たり前のことです。 それから、あとにも小説は書きましたけれど、それはアマゾンで電子出版されています。 「いのちの花園」は棚の奥にしまい込まれていましたが、ふと最近あとがきの次の文章を見て、マルシェルに出してみようかという気になっていますが、まだ準備が整いません。 「日本は山紫水明と言われ、源氏物語を読んでも、葛飾北斎の絵を見ても、自然の素晴らしさはたとえようもないものだったと想像されます。それがいつの間に公害列島【この本を出した頃は公害は大問題でした。例えば、東京のバスの後ろから、廃棄ガスを吸うと健康なものでも、気分が悪くなるなんていうのもそうです。今はそういうひどいことはないと思いますが】 などと言われ、海も川も空気も汚れ、水俣病などという恐ろしい公害病に襲われる人達も出てきました。この小説では、最近問題になっている原子力発電所のことも扱いました。~~~~~~又、この小説では恋愛も事件も豊富にそろえ、人生そのもののように、複雑になっています。主人公は真理を追究する芸術家という面に特徴を出してみました。 【2021年11月28日に加筆】 本をマルシェに出して、様子を見ていた所、全く売れないのは何故かと分析する結果となりました。本は書いた人間がどのくらい勉強し、どのくらい人生の修行をしたのかという信用がないと、売れないと気が付きます。本はたいてい、経歴が書いてある。ブログの現場にふさわしいとは思わないが、一方で、中傷があるのだから、経歴を簡単にでも書いた方が良いと判断して、下記に略歴を書きます。        東京都立大学法学部卒業        その後、年金がつくまで、勤務。        体調を崩して退職。        今は前がん状態の萎縮性胃炎と前立腺肥大と血圧に悩まされる。        薬で養生しながら、道元の「正法眼蔵」を中心として、空海や親鸞を学び、日本仏教全体の素晴らしい宝を発見しながら、        執筆活動を続ける。 それから、中傷の中で、武満徹先生 の音楽が多すぎる、「インテリぶってる」という悪口を散歩の途中で耳にしました。そのあとも、色々言っていましたが、見当違いです。 「いのちの花園」を出版した時、武満徹先生から自筆の返事をもらったので、感謝の気持ちをこめて、これを機会に武満徹先生 という偉大な世界的芸術家を皆さんと一緒に勉強してみようと思い、武満徹の音楽の掲載が多くなったのだと思います。 私の文章力をさらにお知りになりたいのであれば、FC2の私のブログ「永遠平和とアートを夢みる」と「猫のさまよう宝塔の道」をご覧になって下さい。 FC2の方に力をとられ、こちらに力を発揮できないのは、誠実な気持ちで来られた方に申し訳なく思っています。今後ともよろしくお願いします。 【パブ―(Puboo)で「森に風鈴は鳴る」を電子書籍にして出版 】 【アマゾンで「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版 】               

緑の風 叙事詩

 

1 ひまわり惑星

 

 あたりは金色の優しい日差しがあふれ、ぽかぽかと温かで陽気がよく、

桜が満開である。

ふと気がつくと、吸う空気もおいしい。

そう言えば何か夢を見ていた。

教会の鐘の音が美しかった。

自分は黒い蝶ネクタイをして上から下まで立派な服装。

横にはオフィリアがいる。

目がねをかけて、白い長い口髭をつけたウサギ族の牧師が結婚の誓いの言葉を読んでいる。

吾輩はひどく満足していた。

「愛こそ、宇宙をささえ、夫婦をささえている。汝らもこの神の愛の前に、愛を誓え」

オフィリアを見た。ういういしい洋風の白い結婚衣装の上にオフィリアの顔が喜びに輝いている。

何故、オフィリアなのか。吾輩は猫であるが、いつの間に猫族のハムレットになっているようだ。

夢のようだ。人生は夢のようで、幻のようで、リアルである。

 

 結局、やはり吾輩の結婚式の夢のようだった。

この前は長いマゼラン銀河を旅した夢を見た。

確か、あの時の最後はアンドロメダ銀河への旅ということで終わった

本当にそんな夢を見たのだろうか。自分の性格が生来、呑気で、いつも朦朧とした気分でいるのが好きである。

敏捷になるのは美しいカワセミを見た時やうまい食い物を見た時ぐらいなものである。

楽しい夢ばかり見る。それだけが生きがいである。

 

 この日も、京都の銀閣寺のそばの川の所で、

目覚め、少し散策し良い陽射しの中でカワセミを見た。

カワセミは好きな鳥であるが、向こうでは、そう思っていないのかもしれない。

それでも、好きだ。全体にブルーで、腹の方はみかん色がいい。

カワセミを見たあと、何故か、吟遊詩人の面影を追っていた。

どこかに、飼い主の源氏物語に夢中の学生と似ているような気もする。

それでも、やはり、詩人は違う。もっと、ハンサムである。

それに、声がいい。

飼い主は、動作から、がさつだが、詩人は優雅である。

飼い主の顔は四角く、白いが、詩人は細面で、浅黒い。

飼い主の目は、大きく怒ったりするが、詩人はいつも微笑している。

その時、カワセミがないた。

うっとりするような声だった。

吟遊詩人の声に匹敵すると思って、詩人の名前を思い出そうとした。

けれど、思い出せず、美しい陽射しの中で、眠くなった。

 

 気がつくと、アンドロメダ銀河鉄道の中にいる。

「ぼくだよ。詩人のカワギリ【川霧】だよ」という声が聞こえる。

青磁色のジャケットを着た背の高い詩人が立っている。

後ろにいる和服姿の侍を「ハル」と紹介した。

自分の座っている席は空いていたので、詩人は吾輩の前に座った。

ハルは横に座った。

アーモンド型の詩人の優しい目は、きらきら輝き、唇にはほのかな微笑が浮かんでいた。

腰に日本刀をさしているハルは若々しい。

ハルが、童顔を隠すかのように、いかめしい顔つきをしていた。

「ここは」と自分が聞いた。

「おみなえし惑星が近づいてきたよ」と詩人のカワギリはうれしそうに笑った。

何故おみなえし惑星と呼ぶのか、おそらく藤原道長が紫式部に渡した花がこんな夢の惑星となって現れたのだろうか

 

 虚空のいのちにさざ波をたてるかのように鐘の音が鳴り響いた。

東の空から、太陽より少し大きい緑がかった赤い恒星が昇り、

その横に銀色に光る星はダイヤのような宝石に見える。

青みがかった空。

遠くを白い蒸気を吐き出してゆっくりと、逞しく走るSLが小さく見える。

 

アンドロメダの惑星の駅から、その不思議な惑星の地上に降りる。

動く雲のような長い坂を下りる。

いつのまにアンドロメダの宮殿のような駅は金色の雲のなかに隠れた。

その惑星の町の朝が旅人を迎えるかのように、緑と花の多い街角が現われた。

銀杏のような形の赤い花がひらりと落ちてきた。

柔らかな陽射しが平地を光の絨毯のようにする。

東の赤い恒星の下を走るSLは玩具のような郷愁をかなでている。

あちこちに小鳥の声が響き、生命への賛歌が聞こえるようだ。

 

 広場にある巨大な噴水が赤や緑や黄色の光を放つ。

白い澄んだ水の美しさが浮かびあがる。

ここは何という国なのか、

自分は大空のある所からおみなえしのように見えた惑星の姿を思い出した。

噴水のそばで、姿勢をきちんとして、ペンギン族の老人が何やら喋っている。

吟遊詩人の半分ぐらいの背丈の老人だ。

灰色の顎ひげは大地にまで、届きそう。

頭の上はつるつると光っている。

目は丸く小さく、足が気の毒なくらいひどく短いが、杖を持っている。

民族衣装風の赤や黄色や緑そしてブルーが格子じまにまざりあったジャケットをはおっていた。

声はやわらかな歌うような響きのある小声である。

なにやら重要なことを喋っているようだ。

「最近、わが惑星に異星人がきて、権力を手に入れようとしているようだ。

特に、清流の坂瀬川の上流にある銅山に異星人の本拠地がおかれているときく。

新政府には、大砲をつくることを勧め、銅を買うように交渉している。

銅が我が国の発展に重要なことは、わしもみとめる。

最近、馬車と一緒に走っている自動車というのに、

この国では採掘の難しい鉄ではなく、豊富な銅を使っている。

正確に言うと、銅とすずの合金である青銅が使われている。

 

 エネルギーはガソリンだが、排気ガスがひどい。

車の後ろからガスが吐き出される。

それだけで、たいていの者は気分が悪くなる。

それに、銅は下流に鉱毒を流しているというではないか。

あゆが死ぬ、水をひいている田の稲が枯れるというではないか。

わしは予言する。

この芸術を愛する麗しの我らの惑星はどうなるか。

このままいけば、空気と川は汚れ、道は騒音であふれ

景色は美観を失い、人と人の親しみは失われ、人々は神を見失う。

いたる所にいる神々の方でも、そうした惑星には愛想をつかし、姿を隠す」

 

彼の肩には、九官鳥がいて、「異星人に気をつけろ、」と言い、

老人は馬車に乗った。

「もし、異星人とは」と吾輩は思わず、かけより聞く

ペンギン族の老人は、吾輩をじろりと見る。

「今だに鋭いつのを頭にはやしているサイ族だよ。

普通は余計なものは退化するのだが、サイ族だけは違う。今だに頭につのを持っている

わしは、民族平等主義者だが、サイ族だけは、油断がならん

もっとも、魔界から来た連中だという情報もある。

もしも魔界から来た連中とすれば、ことは厄介だ。

何故なら、魔界の連中が何を考えているか、

わしとても見当がつかないからな」

「魔法界とはそんな恐ろしい所ではないぞ。

魔法界の多くは善なる意志が貫かれている」とハルが言う。

「魔法界ではない。魔界だ。魔界とは悪魔メフィストが支配する悪の異界だ。

魔法界と区別するために、毒界という場合もある」

「毒界。うん。それなら、知っている。あそこは悪いことばかり考えている連中が多い、

良いことをしょうとする人を邪魔しようとすると親父から聞いた」

「そうだろう。しかし、あの異星人はやはりサイ族じゃよ」

「何で」

「わしの直観だ。それでも、気をつけた方がいい。

確かな情報があるわけではないのでね」

老人が立ち去る。

すると、ハルはいきなり、大刀をぬいて青空に向けた。

「わしの正義の剣が悪をほろぼす」

ハルは日差しが長い銀色の刃に輝いているのを眺め、

それからさやに納めた。

「おみなえしの惑星も問題がありそうだな。

ともかく、わしにとっても、初めての所だ。

ここがわしの志と合う惑星だといいのだが、

やはりペンギン族の長老が言ったことは気になる」とハルが言う。

「今の所は町は綺麗ですし、あの変な車も滅多に通らない。

それでも、鉱毒というのは心配ですね。」と吟遊詩人が言った。

「坂瀬川といったな。

そこへ行けば分かるだろう。その内、分かるさ」とハルは答える。

 

両側に柳の巨木が立っている砂利道を三人で歩いていくと、

城をつくり、この町の基礎をつくった人の銅像の立っている小さな広場に出た。

そこに鹿族の若者が座っている。

鹿族のつのは退化している。

サイ族のようなごつい顔立ちでなく、卵型のやさしい顔つきである。

彼はよれよれのズボンに、着古した茶色のジャンバーをはおっていた。、

その広場から、二つの道が分かれていた。

右手には花壇の横に、石畳の道がずっと続いている。

左手は普通の砂利道である。

「どちらが城に行くのかい」とハルが聞いた。

鹿族の男は「もちろん。花壇の方さ」と指さした。

「もう一つは邪の道だよ」

「変わった名前だな」

「それはそうだ。行きつく先はサタンのいると言われている洞窟があるからな」

「サタンなんかいるわけないだろう」

「いるんだよ。邪の道を説くんだよ。

愚かさを知る正道を忘れ、

悪を好み、愛語のないレベルの極度に低い邪の道を説くサタン。

そのサタンがその洞窟を出入りしているらしい

だが、その姿を見たものはないと言われる。

ともかく、その洞窟から魔界に通じているという噂がある。

いのちの深さを知ろうとしない産軍共同体の悪への誘惑と同じ道だ、

その邪の道を説くサタンはいるのだよ」

「俺たちは城を目指しているのでね。そんなサタンに興味はないよ」

「それなら、その薔薇の花の咲く花壇のある道を行くことだよ。

そちらには面白い人たちがたくさんいるからね」

「面白い」

「誠実な人。愛に満ちた人、少し意地悪な人もまじっているから気をつけな。

しかし、多くは良い人たちで、心底から平和を願う人達が住んでいる」

そう言って、その鹿族の若者は微笑した。

 

 どこからともなく、吾輩の耳に聞こえた。

「旅が始まる 不思議な旅が

アンドロメダの街角は善があるのか悪があるのか

春のような日差しがわが心を天にのぼらす

鳥の声、青空にたなびく白い雲

地球とどこが違うというのか

けれども、どこからか魔法の笛が聞こえてくる

目の前に、巨大な美しい花が蜃気楼のようにたちのぼり、

何と、赤い唇がほほえんでいるではないか」

吾輩は砂利の道がちょっと気になって、

双眼鏡を出し、サタンの道の向こうを見ると、

女が立ってこちらを見ている。

眼鼻だちの整った美人であるが。眼が緑でどこの民族か分からない。

年は三十には届かない感じで、肌は白く、髪は金色に輝いていた。

ハルが吾輩の様子を不審に思ったのか、双眼鏡を奪うように取る

ハルは、自分で見て、「興味ない」と言った。

ハルは吟遊詩人に双眼鏡を渡そうとすると、

詩人は受け散らず「出発」だと言った。  

       

 

 

 

 2 プラタナスの街角

 そこの町は楕円形の城壁に取り囲まれていた。

十万人ほど住むというその旧市街に入る前にも、

旧市街のあるその丘陵地帯に達するまでのより低い平地を我々は歩かねばならなかった。

馬車はあるが、そこの田園と住宅と街角のいりまじる中を歩くのも良い

並木道や花壇のある美しい道が整備されていた

それで、我々はずっと歩く方針だった。

 

 花壇のある石畳の道をしばらく歩くと、

小さな池のある所に出た。

池には、鯉が泳いでいた。

赤や黄色や黒いのや色々あって、

空気は穏やかだった。

そこからプラタナスの並木が続いている。

池のそばのベンチにタヌキ族の男が座っていた。

目が大きく、その上に丸いメガネをかけて、丸顔である。

温厚な青年だった。

膝から下が細い美脚に見せるブルーのデニム風パンツをはいている

長袖の緑のジャケットを着ていた。

彼は我々を見ると、立ち上がった。

「あのプラタナスの並木は美しい。

それに、いたる所に、ベンチがあるし、

地下水のあふれる水道がついているので、歩くのが楽しくなります。

道に沿って、大きな川ではありませんが、

清流が流れ、水車も見かける。

これで電気を起こすのです。

季節ごとに咲くこの土地ならではの花も沢山咲いていますからね、

馬車でいくことも出来ますが、このアンドロメダ並木は健脚の人にはお勧めです。

城壁まではかなりありますけど、途中で一泊するホテルや宿屋もありますし、」

我々は礼を言って、プラタナス並木の道を歩く。

しばらく歩くと、「あのタヌキ族の青年の魂は色合いが明滅して、不安定ですね。

青年期にはよくあることです。

外見は普通でも、魂は進化しているわけですから、

悩みごとがあれば、嵐にあった難破船のように揺れが激しくなり、

色合いも変化するわけです」とハルが言った。

「魂に色合いがあるのですか」と驚いて、ハルを見た。

「あると言って良いのでは」とハルはにやりと笑った。

「七色のスペクトルのように、赤、緑、黄色、茶、白、黒とあるだけでなく、

同じ赤でも咲き始めたカンナの赤のような綺麗な赤、

薔薇のように魂を吸い込むような華麗な赤、

よどんだ赤、輝いている緑、くすんだ緑」

「赤はカンナと薔薇だけなんですか。」

 「そんなことはありませんよ。これは譬えですからね。

私はたまたま好きなカンナと薔薇を思い浮かべただけで、

紅葉の赤も綺麗でしょ。

夕日の赤もあるし、色々あるから、色合いというのです。

色というよりは、綺麗に輝いている魂とか、

どんよりしているとか、宝石のようだとか、

花のようだとか、それはもう色々たとえでしか、

魂というのは表現できないのですよ。

やはり嫌なのは汚い色合いのもが混じっているのは困りますよね」

「そんなものが見えるのですか」

「見える時もある。見えない時もある」とハルは笑った。

「外見で判断するのはやさしい。外見ではまず言葉ですな。

あとは礼節のある態度があるかないか」

その時、カラスがかあかあ鳴いて、飛び立ち、

ハルの目の前に何かを落とした。

 「あのカラスは駄目だな」と言って、太刀を抜いた。

一瞬空を切ると、又、太刀を腰におさめた。

カラスのことよりも、ハルの会話に少し、戸惑ったが興味も持った。

「私は綺麗な順に、魂をとりあえず百七十に分けていますよ。

普通の人はだいたい百ぐらいのレベルを上下している。

もちろん、同じ百でも、色合いは色々違いますよ。

緑から、茶色、ブルーまで、あるのですよ。」

「そんな話は初めて聞いた」

「ただ、これも難しいことがある。

魔界がいたずらに人の魂の中に入り、つぶやくことがあるのです。

本人は自分がそういう悪いことを自分が思っていると,

勘違いするのですが、実際は私の最も嫌う魔界の連中の独り言ということがある」

「悪魔のささやきというのは比喩としては聞くが、

それにキリストも釈迦も悟りに入る寸前に悪魔の誘惑にあわれ、

それをはねつけたという伝説も知っている。

しかし、だからといって、そんな魔界を信じたことは一度もない」

「そうでしょうよ。私も魔法次元で学んだことですよ。

ですから、宇宙インターネットで知ることの出来る

地球の空海のような高尚な分け方ではありませんがね。

我々の魔法次元でもこういう魂も分け方に反対する人も少数ですが、います。

この百七十の分け方が一般的なんです。

噴水の所にいたあのタヌキ族の若者の魂は

百三十から九十の間を揺れ動いています」

 「まるで血圧みたいですね」

「血圧ね。いいかもしれませんね。

ただ誤解してもらっては困るのは、血圧は血圧計ではかることが出来ます。

魂のレベルは器械ではかれないということです。

原理的に目に見えない数字なのです。

それに魂は百とか綺麗に線で切れるものではありません。

ある種の厚みがあるのが普通です。」

「なるほど」

「私が何故、こんなことを持ち出したかというと、

あの青年は外見は高雅でしょう。

まあ、魂レベル百三十以上はあると思われるのに、

何かそうでないものでひどく不安定に見えたので、

そういう推理をしているわけです。

この惑星の人たちの最初の人物観察ですよ。

だって、この惑星にどんな人達が住んでいるかで、

我々の旅の様子も変わってくるわけですからね」とハルは言った。

それに対して、吟遊詩人カワギリが厳しい表情で、反論した。

「私はそういう風にいのちを見るのは好きではない。

いのちを数字で見るなんて、とんでもない。

確かに、魂は明滅しているというのはたとえとしては面白い。

あるようなないような存在ですし、消えたと思ったら、

どこか別の所で、花を咲かせるということもあるのかもしれない。

綺麗に咲いたものはそうやって、移動する時にさらに輝いて移動する。

これもポエムとしては素晴らしい。

魂には確かに優れたのと、そうでないという差はあるかもしれない。

それは固定したものではないのですから」

「それはそうです。ですから、

わしも血圧の数字に変動があるように

魂にも変動があると言っている」とハルは笑った。

  「いのちというのも、魂も数式であらわすべきでない。

数式が作る魔訶不思議な世界をさらに超越した

不可思議なカミのようなものだ。

魂は若々しく光のように輝いているのが良い。

確かに、ハルさんの言うように、灰色の雲におおわれているとか、

時に黒くなるとかなるのはまずい。

ともかく、数式であらわすのは、魔法次元の文化ではないかな。」

「吟遊詩人といえども、わし等を侮辱するとは、ためになりませんぞ」</p>

ハルは刀に手をかけた。

吟遊詩人は笑った。

「おぬしは仏性だぞ。それに気づかないで、まだ、刀なんかを振り回す愚か者か」

「私が刀に手をかけたのは冗談ですよ」

ハルははっとしたような顔をした。

「仏性とは、何だ。それは。初めて聞く」

 「不生不滅のいのちとでもいうのかな。

本来、言葉で言い表せない。

人間と大自然そのものですよ。一個の明珠です」

吟遊詩人は古びた木のベンチに落ちていた赤い実を指さした。

ベンチの背後に巨木があって、そこに沢山の赤い実がなっていた。

「今、私とあの赤い実は分離していない。

ですから、あの赤い実は仏性なのです。私のいのちなんです。

つまり、赤い実の赤もその間の空間も小鳥のさえずりも

皆、一個の明珠で、仏性なんですよ。いのちなんです。

これは数式で現わされると、骨だけになってしまう」と吟遊詩人が言う。

「世界は数式であらわされるという考えもある」とハルは言う。

「そうではない。物質系だけみていれば、そう見える。

しかし、ひとの大いなるいのちは数式ではあらわせない。

いのちは仏性だから、不生不滅で、もっとしなやかな愛に満ちたものさ」

「魔法次元では、そういうことは教わらなかった。やはり旅はいいものだ。

おぬしみたいな人間に出会えるからな」

 我は珍しい議論を聞いて、胸がときめくのを感じた。

 

 並木道の外側の広い道路には、時々何かが走り去る音がする。

その内に馬車の他に、車のような大きな不格好な四角い物が走る。

灰色のガスをもくもく出しているのをみかけて、ハルは言った。

「まずいな。あんな物が走っているとは」

確かに、馬のいない馬車のような乗り物が動いているので奇妙だ。

 

地球の今のスマートな自動車とは大違いである。

その車の窓から見えるのは、

野球帽をかぶったウサギ族のおっさんが物凄く金持ちなのか、

指にダイヤの指輪をして、首には宝石のいくつもついたネックレスをしている。

目は丸く、この世の極楽という顔をして鼻歌を歌いながら、運転している。

「神々がいるような美しい町もよほど対策をきちんとしないと、

小悪魔の沢山住みつく嫌な町になってしまう。」とハルは言う。

「車もいずれ進化しますよ。

はやく移動できて、いいじゃないですか」

あの快適さと速さに感心した記憶はワインの味に似ている。

「発達のしかたと、町のつくりかたによるよ。

 地球でもうまくやっているところと、そうでないところの差はかなりある。

うまくいってない所は、空気が汚れて、息をするのも大変な町もある。

それに、交通事故もね」

  「日本を知っていますか。あすこはうまくいっていますよ」。

「それは、猫だから、そんなのんきなことを言っていられる」とハルは言った。

吾輩が猫。驚くべき偏見。猫族の人なのに。

ハルだって、猫族のくせに。

彼の先祖は猫でも、ヤマネコかチーターに属しているのではないか。

彼の敏捷な身体の動きは普通の猫を上回る。

それで、ハルはそんな妄想を抱いたのかもしれない。

アンドロメダ銀河の惑星では、多くの動物はヒト族に進化していると聞く。

どの惑星でどんな動物がヒト族になりどんな民族をつくりあげているのか、

どんな風に生活しているのか、興味あるところである。

「地球という惑星には静けさ、澄んだ空気があるのかね」とハルが聞いてきた。

「山や里山には、ありますよ」

「車はね、排気ガスを出す。

それに、ここの惑星の車は青銅でできているから、

鉱毒の問題も起きる。

確かに、車は便利な乗り物になる。

ただ、量が多すぎると、交通渋滞や事故。

歩行者、特に子供は常に車を意識しないと道を歩けない。

これは子供の精神の健康にも何らかの影響をおよぼす。

わしは、ここの為政者にそれを進言する。今なら、まだ間に合う」

 「最近は地球でも、歩行者天国の良さがみとめられてくるようになってきましたね。

科学技術はプラス面とマイナス面がありますよ。

便利というのがプラス面だとすると、

核兵器などはやはり、廃止に持っていかねばならないマイナス面でしょう。

私が銀河の旅に出たのも、広島に行って資料館を見てショックを受けたことにあるのです。

アメリカ人の祖父があの太平洋戦争で何をやったか、聞かされてしまいましたからね。

ショックでした」と吟遊詩人が言った。

吟遊詩人は日本人の母とフランス系アメリカ人の父の混血だった。

その時、例の青銅の車がプラタナスの並木の外側の道を通り過ぎた。

「そうさ。マイナス面。

銅そのものは貨幣にもなる。便利なものだ。

しかし、掘り出す時に、鉱毒をだす。

困ったことに、このおみなえし惑星のテラ国では、

鉱毒を出す大銅山を異星人が占拠しているというからな」とハルがぼやいた。

 

 青空の下には、木造のビルが見える。

高くはないが、三階、五階、時に十階ぐらいの木造のビルだ。

多くがブルーや赤や緑や黄色の壁であるが、

木目がはっきり分かるので、木造と分かる。

低いビルはたいていバルコニーが付き出て、

薔薇などの華やかな花のある花壇が見える。

そうした家並みの向こうに、緑の丘陵地帯が見える。

茶畑や野菜畑が広がっているようだ。

その上が城壁に囲まれた町だ。

突然、吟遊詩人がヴァイオリンを奏で、微笑してベンチに座った。

彼は歌いだした。

 ああ、波うつ丘も畑も緑に包まれて

 青い空に緑のじゅうたんの町は 今 我らの歩く道

 さあれ、城壁の向こうには 君待つという声あり

 人生は一瞬、薔薇の花のように、

城壁の門が美しく開くと良いが

ああ、神々の愛の哄笑が聞こえてくる

  

 

 

 

 

3 高邁な志

  

吾輩と吟遊詩人とハルが郵便局とパン屋のある所まで来ると、

そこは薔薇の花に囲まれた小さな広場になり、

三つの方向に石畳の路地が広がり、

路地の周囲は赤や黄色や青や緑の壁と色とりどりの家が並んでいた。

 

さらに、並木道を歩くと、美術館ともホテルともとれるような建物の前に、

地下街への入り口があった。その入り口の所に、

レストランやカフェがいくつかあるという看板が立っていた。

そこに二人の若い女と中年の女が並んで立っていて、

どこの店が一番うまいか、どんな風にうまいかなどいう会話をしていた。

それが歌うように会話するのだから、面白い。

中年の女が「ここの蕎麦屋はうまいよ。

のどにするすると入る時のうまさは極楽。そばは天下一品だよ」と言う。

その歌うような声に答えるような顔をして、若い女が言った。

「わたしの所のカレーはインドにも負けない」

「そば屋に並ぶのは中華。ラーメンは胃の中に入ったら、胃がウマ―イと言うほど」

「何。何。カレーと並ぶのはすしだな。ここのすしは海を泳ぐまぐろが目に浮かぶほど、新鮮。口の中にとろけるように入るのは最高」

こんな風に二人は歌うように会話して、宣伝しているのだ。

 

 我々は腹が空いていたので、

赤い葉の樹木に取りかまれた建物のことも気になった。

ともかくめしだということで、地下街に降りて行った。

そして、おしゃれなレストランを選び、中に入り、テーブルの前に腰かけた。

みな、それぞれ、自分の好きな食品を選んだ。

吾輩の前に出たのは、柿に似た赤い果物と、

ほうれん草に似た野菜のいためものと、

魚はさんまのようなもので

京都の秋の味覚のさんまを思い出した。

ごはんには栗が入っていて、この味はカボチャに似ているような気がした。

地球では食べたことのないという感触もあった。

吾輩の好きな果物は主食の合間にも少しずつ口に入れた。

味は地球で食べたりんごとも言えない、柿とも言えない、

しかし両方に似ているような甘いかりりとするものだった。

ハルが注文したのは カレーだが、吾輩のイメージするのとは違っていた。

色は緑色がかっていて、中には小魚が入っているみたいだった。

詩人はスープの中に野菜や魚が料理されているものを食べていた。

 

食べていると、耳の長いウサギ族の女の子が盆を持って、出てきた。

それを落としてしまった。

コップがいくつも載っていたから、かなりの音がして、ガラスが飛び散った。

その時の音が我の耳に友人の弁護士のよく聞いていたオペラ「セビリアの理髪師」

のある場面を思い起こさせ、その舞台よりもオペラ全体の不思議な音色が耳に響いた。

オペラの中の女の「ああ、何の音でしょう」という声。

男の皿八枚に、カップ八枚われてしまったというイタリア語の声を吾輩は思い出した。

そして、何故か、映像に映った指揮者の外観の面影が我の頭にちらりと浮かんだ。

何故か、目の前にいる吟遊詩人と似ているような気がしたのだった。

 

白いブラウスと紺のガウチョパンツ姿の女の子はあわてて、目の前のガラスを拾った。

その時、ハルリラは不思議なことをした。

一種の呪文を唱えると、飛び散ったガラスがみんな元にもどった。

完全に回復して、盆の上に元のガラスのコップが並んだ。

女の子は驚いたような顔をしていた。

 

 

 「不思議だ」

「うん。でも、完全ではありませんよ。割れたひびが模様になって残ってしまっている」

我々は見せてもらう。

不思議だ。確かに ガラスのコップはひびが入っていて模様のようになっているが、元のコップになっている。

「使えるの」

「使えますけど、長持ちはしませんね。しばらく使ったら、廃棄した方がいいと思いますよ」

「それにしても不思議だ」

「何をしたのですか」

「魔法ですよ」

 

 

 プランターに植えられた観葉植物の緑の葉がさわさわと揺れ動いていた。

「風もないのに」と吾輩は葉を指さした。

「わしの魔法ですよ。ハハハ」

「どうしてそんなことが出来るのですか」

「僕は魔法次元から来た男ですから。

でも、これ、他の人に言わないでください。

銀河鉄道のお客さん、特に地球から来た方へのプレゼントで言っているのです。

一般的には喋らないんです」

「秘密。何故ですか」

「紳士道です。礼節が大切なのです」

「礼節ですね。確かにね。でも、この惑星ではまだ旅の始まりですからね」

 

「魔界の連中は姿が見えないのですか」

「わしのような正義をめざす剣士の邪魔をするのが好きな連中。

わしの魔法レベルがまだ三段ですからね。

メフィストの子分は透明人間で姿が見えないことの方が多いです」

「それでは魂が綺麗とかそうでないとかいうハルさんの錯覚ということですな」

「いや、わが魔法界ではそういう判定法がはやっているのですよ。

特にアンドロメダの惑星の旅に出た時はね。

魂の色合いには、固定的なものはないけれど、

常時輝いていて美しい人と、常時よどんでいる人とかあると思いますよ。

美しい人も怒ると曇る。

よどんでいる人も親切にしたり、微笑したりすると輝く」

「ふうん、面白い理屈だね」

「これは宇宙インターネットによると、

地球では空海なんか魂が異生羝羊心という善悪をわきまえない迷いの心と動物的な所から、

真理のあることを知り、人に親切にするようになる愚童持斎住心という第二段階へとのぼり、

さらに学び、階段を昇っていくように魂をみがき、

浮揚していくとやがて自我に実体がないという第四段階になり、

そうやって階段をのぼっていくと、

最高の悟りの秘密荘厳心に至るという話が書いてあったけれども、

これと符合するのではないかな」

 

 ハルはそう言って、美しい微笑をした。

 

城の周囲の町に入った途端の偶然のハプニングに、

なんとなく変な気持ちを味わいながらも、外に出た。

 

並木道の道々、ハルは自分の志を話した。

これは銀河鉄道の中でも、聞いた話だが、

この道の話には彼の情熱がこもっていた。

平和な国づくりだった。

銃も大砲も戦車もない国が理想だった。

何故か、刀だけはいいようで、サムライ精神の重要性を言った。

そして、革命によって時代が変わり、新政府が憲法をつくっている。

それは良いことで、その中に平和の宣言とカント九条を入れるべきだと主張した。

「カント九条とは」と質問されると、ハルは目を輝かして説明した。

アンドロメダ宇宙インターネットによると、多少の誤差のある情報ではあるが、

天の川と言われている銀河系宇宙に、ある惑星があって、

カントという偉人が出て、永遠平和の惑星をつくるべきだとして平和の提言をしている。

噂によると、そのいくつもの提言の中の九条が

まるでモーゼの十戒のような美しい響きを持っているという。

なにしろ、戦争を否定し、武力による威嚇、

又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては

永久に放棄すると書いてあるそうだ。これを俗にカント九条という。

宇宙でもハルリラの知る限り珍しい考えである。

ハルリラの希望は これをおみなえし惑星のテラ国の新政府にのませることだという。

 

それから、格差のない社会だった。

ワーキングプアのない社会だった。

価値観が金銭や競争にあるのでなく、いのちの美しさにある社会だった。

エネルギーは自然エネルギーを応用するのを夢見た。

風力エネルギーと太陽エネルギーが理想だった。

神々が感じられる町。神々が小川にいる、

道端にいる町、そんな国がアンドロメダ銀河にあったら、

そこで仕官し、結婚相手を見つけ、家族をつくり、

その惑星の発展に貢献して、またいずれ、魔法次元に返る気持ちだった。

それがハルに託された使命だと思っていた。

 

 

 「カント九条は素晴らしい話だ。私はそれに福音を伝えたい。」と吟遊詩人が言った。

「福音とは」

「人間や宇宙の色々なことを考察していくと、空しいと思うことが多い。

最終的に人は死にますしね。でも、人生には真実のものがある。」

「それは何ですか」

「そうですね。そこの薔薇の花を見なさい。

自分がこちらにいて、客観的に薔薇があると見るのでなく、

自分が薔薇になったと思うまで、じっと見ることですよ。

そうすれば、本物の薔薇のいのちが見えるかもしれません。

それは一人一人が見つけるものです。

私が言えるのは永遠に確固とした価値のあるもの。

それは不生不滅のいのちと言っても良いのでしょうけど、

そういう風に言うだけなら、簡単なんですけど、

それは物凄く奥が深く、理性がとらえられる範囲を超えているという意味で、

人生そのものの航路の中で見つけるものでしょう。

私が言えるのはそういう素晴らしいいのちの実在があるということだけです。

それは愛に満ちているのだと思います。

それをこの目でしっかり確認したいために、

私はアンドロメダの旅に出たのです」

「いい詩が生まれるといいですね」

「そうです。優れた芸術の多くはこの福音を表現したものだと思っています」

「では、セルビアの理髪師もそうですか」

 

 我は友人の弁護士がこのオペラが好きで年中聞いていたことを、

あのコップの割れる音で思い出したからだ。

「セビリアの理髪師」と吟遊詩人はつぶやいた。

「理髪師って、何でもできるというか、何でもやなんです。

彼が出入りしている金持ちは姪の両親の死のあとの遺産と彼女との結婚を狙っていた所、

若い伯爵がこの姪に恋をする。

伯爵は伯爵というブランドのない生の自分をこの女性が愛してくれるかという不安があった。

彼女の誠実な人柄を知りたくて、貧乏な男に変身し、求愛して成功するという物語だった。

こんなどこにでもあるような喜劇の中に神秘な音色が流れる。

これはたとえ音楽がなくても、我々の生きるという生活の中に既にある神秘ないのちが目にも見えず耳にも聞こえない音色が響いているということかもしれないね。

それを音楽でプッチーニが表現したものではないのかね」

「平凡な生活の中に、既に永遠の神秘ないのちが流れているというわけですね」

「そう」と言って、吟遊詩人は笑った。