緑の風

散文詩を書くのが好きなので、そこに物語性を入れて
おおげさに言えば叙事詩みたいなものを書く試み

緑の風 5

2021-02-16 15:10:16 | 日記
 13     愛
伯爵は異星人の長老に、カント九条の話をしていた。
我らは吾輩と吟遊詩人、川霧とハルそれに伯爵。
向こう側にはリミコが長老の秘書として同席していた。
「異星人は何を狙っているのですか」と
伯爵は細い目を少し押し広げるようにして、
その優しい目の光に幾分の鋭さを含ませながら、
優雅な語り口で喋っていた。
「異星人は銅山と車の会社だけでなく、
あちこちに忍者をはりめぐらしているというではありませんか。
名目はビジネス。
今回のカルナさんの家にリミコさんを送ったのも何かの陰謀ではないのでしょうか。
銅山の幹部の半分は異星人ですね。
国のあちこちの会社に、異星人がみな鹿族に変身して、散らばっている。
それで良い仕事をしているというなら、まだしも、
リミコさんのように、カルナ邸の忍者とは 
鹿族の何を知ろうしているのでしょうか。
カルナさんとアリサさんの二人の話に、
権力に不都合なことがあれば、
新政府に報告し、
何か取引でもしようというのではありますまいか。
カルナさんは政府を批判するエッセイスト。
結果としてそれを弾圧することに手を貸すとは、
この国の市民の基本的人権をこわすことになる。
こういうやり方を卑怯と思われないのですか」
「何も悪いことを考えているわけではない。
サイ族と鹿族は文明と文化があまりに違いすぎる。
良いビジネスをするためには、相手を知らなくてはならないではないか。
それにサイ族が会社に入るのが何故悪い。
民族平等ですぞ。
理解が深まれば、お互いのためになるのではないかな」
「問題はサイ族が鹿族に変身しているということですよ」と
背の高い伯爵は小柄な長老を上から眺めるように言った。
「何。あれはお化粧ですぞ。何が悪い」
「お化粧と変身とは明らかに違う。
例えば、密告のような悪い目的のために、変身するのは詐欺のような気がする」
「それは失礼ですぞ。それに考えすぎ。そういうのを邪推という」


「スピノザ協会の調べたところによると」
「スピノザ協会。
ああ、カルナさんの所属しているグルーブね。
あそこは我らに最初から不信感を持っておるようじゃな」
「そりゃそうでしょ。
リミコさんが忍者というのをカルナさんは感づいていたのですから」
「感づいて、親友扱いとは、中々のお嬢さんですな」と長老は笑った。
「そのスピノザ協会の調査では、
お宅のサイ族が会社の幹部に入っている所では、
過労死、パワーハラスメントによる自殺、税金のごまかし、
こうした沢山の不正があるというではありませんか」
「そういうことは、サイ族のいない会社でも起きていますよ。
この鹿族の国にもともとある構造的な問題ではないのかな。
だいたい法律で時間外労働の限度を月百時間認めるというような作り方を
新政府はやっていることからして、
過労死の問題は新政府の問題で、
サイ族とは無関係だということをご理解していただけるでしょう。
たまたま、サイ族がいた所でも、あったということで。
サイ族は わしの精神的指導が入っているから、そういうことをしないはずだ」
「本当ですか。
だって、銅山と青銅器の車の会社をご覧になったことがあるのですか 」
「いや、ないが。
長老は瞑想という修行があるので。そういう空気の汚い所は行かん。
そういうことはみな司令官にまかせておる」
「瞑想とは迷走ではないのですか」
「何。そういういいがかりをつけるなら、わしにも言いたいことがある。
環境税を我らの車の会社にかけようと運動しているのは、伯爵、お宅だそうだな」
「あの排気ガスはひどいでしょ。
それで儲けようというのだから、環境税は必然的なものですよ」
「わしらの友好的なビジネスを邪魔するつもりなのかな」と
長老は不機嫌な顔をして言った。
「友好的なビジネス」
「わしほど鹿族諸君に友好的な気持ちを持っているものは、そうはいない」
「何か、証拠でも」

「鹿族のアリサを妻にもらいうけたいと願っている。
わしは長老と言っても、まだ。五十代半ば。
科学の力によって、筋肉の総合力はまだ三十代だ。」
なるほど、リミコの忍者活動はアリサの様子をうかがうことかと、我は思った。
リミコは長老の一番の秘書。
長老がアリサをどこで見染めたのか分からないが、
そういうことで、リミコを送り込むことはありうるかもしれん。
なにしろ、長老は司令官に対して、
精神的な支柱となる人物だけに、
男女のことでやたらに動き回ることはできないということは吾輩にも推察できた。

「サイ族の長老と鹿族の娘の結婚。冗談でしょう」とハルが言った。
 
「それに、それはアリサさんのお気持ちがあるではありませんか」と詩人、川霧が言った。
「それで、カルナ邸に秘書リミコを送りこんだというわけか」とハルは徐々に語調が強くなってきた。

「世の中をよくしょうとする話とそういう男女の話とは全く無関係では」と伯爵は微笑した。

「さよう。無関係。 
しかし、わしはそちらのお手代いをするのだから、
そのくらいのわがままも許されるのでは」と長老は言った。
「そんなことはアリサさんが考えることでは」
「それはリミコが説得する」と長老は笑った。


帰りの道々、ハルはアリサへの思いを喋った。
夢遊病者のように、まるで熱に浮かされたように話すのだった。
「異星人の長老がアリサを妻にしたいだと。
ふざけるのもいい加減にしろ。
彼は自国に自分の妻が一人いるではないか」とハルは怒ったように言った。
「長老に妻がいるというのは、
今、あの館を出た時、魔法次元の電波で入れた情報だ。
アリサはわしの理想とする女性だ。
あんな奴に持っていかれてたまるものか。」
「リミコが説得するかもしませんよ」
「わしはリミコの忍者行為も許せないが、
そんな風に長老の手先になってアリサを説得することのないように、
リミコにあの家から出て行ってもらおう」
「それはそうだ。私からもカルナに話しておく」と吟遊詩人が言った。

「ああ、しかし」とハルは言った。
「たとえ、長老が引き下がったとしても、アリサにはボーイフレンドがいる。
彼は紳士だ。彼がアリサに言い寄ったら、わしは負けだ」
「誰ですか。そのボーイフレンドというのは」と我は聞いた。
「山岡友彦だ。
彼は銅山の鉱毒垂れ流し反対の旗手でもある。
この国では伯爵と同じキリン族だが、
芸術家でもあり、鋭くすばしこい。」とハルは言った。
「アリサさんとはどういう関係で」と吟遊詩人、川霧が聞いた。
「姉さんのカルナが山岡友彦と一緒に仕事をすることが多いから、
カルナが妹のアリサに彼を紹介したともいえる」
「山岡さんはカルナさんの恋人が伯爵の息子トミーさんである
ことを知っているのかもしれませんね」と詩人、川霧が
何か寂しげな物言いだったことに我は気づきはっとした。
「カルナさんはエッセイシストだ。
アリサさんはユーカリ語を学習し、
翻訳を仕事にしているから、出版社との交渉が多い。
山岡友彦は絵描きだ。
この国で、画家で飯が食えるのは三人ぐらいしかいないが、彼はその一人。
ことに、出版社との関係は深いから、
そこでアリサさんと山岡友彦の接点が出てきたのかもしれない」とハルは言った。
「山岡友彦さんのアトリエに行ってみませんか」とハルが言った。
「彼がどういう考えなのか知りたい」


山岡友彦のアトリエは湖のそばにあった。
煉瓦づくりの家の二階に広いアトリエがあり、
そこから、庭園と向こうに広がる小さな湖とその向こうの森が見えた。
彼はもともとはユーカリ国の生まれだが、
青年時代にこちらの国の絵の伝統にひかれてやってきた男だ。
背が高く、細面で、首が太くハンサムで、耳が大きい。
表情が豊かで、よく微笑した。
目は細く、中の青い瞳は鋭かった。
「森の向こう側に、和田川が流れている。
異星人の奴らが銅の鉱山を開発しているが、
公害対策をしないものだから、鉱毒が流れっぱなし。
全くひどい話だ。
森の向こうには車の工場もあるというが、
何か得体のしれない正体不明の会社をつくっている。
『株式会社株田真珠』とか。
この国のマスコミを牛耳ろうとしている。
給料はもの凄くよく、学生の憧れの的だが、
この間、新入社員の若い男が過労で自殺した。
いったい新政府は何をやっているのだ。
カルナさんと伯爵の活動は尊敬しているが、
わしは絵を描くのに忙しくてね。
なにしろ、創作というのは魂をうばい、無我夢中になるからね。」
「その絵は」
アトリエの窓の横に大きなカンバスがあった。
絵は風景画だ。
森林に囲まれた銅山のような横穴があり、
その上に車の会社があり、煙突からはもくもくと煙を吐いていた。
「鉱毒事件に反対ののろしをあげる絵画さ」と山岡友彦は言った。
「地球でも、水俣病、イタイイタイ病、四日市のぜん息など
四大公害裁判があった」と吟遊詩人が言った。
「その被害者の心痛は大変なものだ。
それに最近では、原発の事故があった。」
「何だ。その原発というのは」
「原子力で、電気をつくるのだが、
地震と津波で甚大な被害を受けた。
放射能が人体にひどい害をもたらすことは以前から言われていたのだが、
安全だと言う勢力が強かったのでね」
「ううむ。我らの文明段階はそこまで行ってないが、
科学と文明が栄えると、文化も栄えるというのはうそのようだな。
文明と文化は違う。
文明だけだと、人間は傲慢になる。文化の中にある深い精神性を見失うからだと思う」


「コーヒーをのみませんか」と山岡友彦は絵筆を置いて、
テーブルの上のサイフォンに電気を入れた。
そのテーブルから大きな窓が見えて、窓から湖が見える。
湖の真ん中あたりで、ざわざわと大きな波が見えた。
「お、恐竜のうさちゃんがお目見えかな。
この惑星には、恐竜の子孫が一部、残っているのです。
象か小さなクジラ程度の大きさものですが、
草食系のせいか、おとなしいので、みんなうさちゃんと言って、仲良くしているのですよ」
「なるほど、」
「顔を出すと、ひどく首が長いでしょ。
顔もけっこう可愛い。
そういうのだけが生き残ったのです。
この惑星では人間に進化した哺乳類はけっこういますけど、
やはり、隣のキリン族のユーカリ国、
それにこの国テラ国の鹿族とウサギ族、まだ 熊族  リス族の国がありますがね。
僕はこの国が好きでユーカリ国から移住してきたんですよ。
なにしろ、絵画には偉大な先輩がいましたからね。
しかし、最近、騒がしいことに、異星人なるものが銅山のあたりを占拠して、
新政府となにやら交渉しているようですけど、困ったものですな」
「サイ族の長老をご存知ですか」
「ええ、噂は聞いています」
「アリサさんはご存知でしょ」

「ああ、カルナさんの妹の。素敵な人ですな。私は鉱毒事件でカルナさんと話す機会がありましたから、二度だけ、アリサさんにはお会いしましたよ」
「たった二度だけ」
「うん、会う機会はたくさんあったけれどね。わしが遠慮したのよ」
「遠慮」
「なぜなのですか」
「そんなことはわしにも分からん。わしの昔の思い出がそうさせるのかもしれん」
「そのアリサさんを異星人の長老が妻にもらいうけたいと言っているのですよ」
「何」と山岡友彦はけわしい顔をした。
彼はそんな顔をしながら、
サイフォンで入れたコーヒーを
花の模様の入った白い茶碗に入れて、我々に勧めた。
しばらくの沈黙があった。
我々はその沈黙の意味をかみしめながら、コーヒーを飲んだ。
こくのある甘みと苦みの混じった舌にとろけるような味でうまかった。
「あんな異星人は追い出してしまえばいいんだ。
それが出来ない新政府はだらしない」と山岡友彦は言った。
「追い出すと言っても、
そうなると武力衝突ということになって、
とてもかないませんよ。
彼らはミサイルだの、特殊爆弾を持っていて、
我々と文明レベルがちがいますからね」と伯爵は言った。


「それよりも、カント九条をこの国にも、
それから、異星人のサイ族の長老にも
その意味を教えるのです。
そうすれば、争いのないアンドロメダが誕生するではありませんか」
と伯爵は言って、カント九条の説明をした。
「アンドロメダは広いのですよ。
そのカント九条は我が国に適用して、
まず、この向日葵惑星に広めることですな。
異星人には無理でしょ」
「なぜ」
「白隠が言ったように」と山岡友彦は微笑した。
我は彼が白隠を知っていることに驚いた。
白隠の名はこのアンドロメダの惑星にまで響いているのかという思いがあったからだ。
「つまり、彼が言うには、人間は仏であると。
確かにその通りだろう。
しかし、それは悟った人が言える言葉だ。
現実の人間には悪がある。
魔界のメフィストは常に魔の誘惑の手を伸ばそうとしている。
だから、争いが起きるのだろう。
武器を持ちたがる。
戦争をする。
異星人サイ族にはわしは不信を持っている」
「カント九条は人類・ヒト族の理想です。
理想を実現するには、
ヒト族に親鸞の言うような悪の自覚とその克服への努力が必要でしょうね。
大慈悲心に基礎をおいた粘り強い話し合いによる解決こそ、
希望の未来につながる。
その時、ヒトは宇宙の大生命・大慈悲心に包まれていることを
自覚するのかもしれませんね」と吟遊詩人が言った。

「ニュースの時間だな。
ラジオを入れてみよう」
数分、漫才のような会話がとまったと思うと、
太い男の声、アナウンサーが言った。
「新政府のV長官は 異星人の長老と懇談したそうである。
あくまでも平和裏にビジネスを広げていくという大枠は決まった」
鉱毒事件の問題解決の話はまるでなかった。
要するに、この会談では無視されたのだ。
異星人のとの間には、まだ未解決の問題は多いと、
我は感じざるを得なかった。


「君はアリサが好きなんだろう」と山岡友彦はハルに言った。
「どうしてですか」
「これもわしの画家としての直観だ。
君の剣を長老に突き付けて、
アリサを守れば」と山岡友彦は言った。

            


14 黄金のサイのミニ彫刻

ハルがある秘密の行動を企てようとしていたことは
あとで我にも分かった。
ハルは長老がアリサを妻にしたいと言った申し出を侮辱と受け取っていた様子から、
何かしらのことを深くは考えていたのだろう。
しかし、それは想像を上回る大胆な計画だった。

ある日、我と吟遊詩人の前に、ハルは不思議なものを見せた。
それは長老の一番大切な守護神だそうだ。
純金で出来た小さなサイの彫刻だった。
それはネズミか小鳥ほどの大きさであったが、
まるで生きているサイのように見事なもので、
純金で出来ていて、持つとどっしりとした重さを感じた。
「これは何」
「長老の一番大事なものさ。
彼は黄金の魔法次元から来たというから、
彼と会った時から、
わしは彼のことと、黄金の魔法次元のことを調べていた。
そうすると、長老はあの司令官たちを指図する指揮権を託されているが、
その惑星の指揮権の象徴がそのサイの彫刻さ。
金よりもその彫刻に価値がある。
それをなくしたら、長老は切腹ものさ。
それを、わしは密かにあの銅山のビルに忍び込み、盗んできた。
これで、長老と取引しようというわけさ。
アリサを妻にしようなどというふざけたことを払い下げにし、
もう一つ大事なことは鉱毒を流さないことと、
彼らの軍が持つミサイルと特殊爆弾の廃棄による正常なビジネスだな。
これを長老に約束させる」とハルが言った。
「凄いものを手にしましたね」と吟遊詩人、川霧が言った。
「具体的にどうやって、長老と取引するのですか」と我は聞いた。
「ロス邸かカルナさんの家に呼び、そこで話をする」


アリサとの結婚を望んでいる長老の思惑を
ハルから聞いたアリサとカルナはアリサの家に呼べば、来るのではないかと言った。
電話はロス邸のを使わしてもらう。
アリサが直接、長老を電話で誘うという段取りになった。
一人で来て欲しいというアリサの願いを、
異星人サイ族の傲慢な力の過信からだろうか、
長老は、この前の祭りの参加でこちらの様子が分かったということで、
ある日、一人で、アリサ〔カルナ〕邸に来ることになっていた。
その時、ハル達がこの晩さん会に参加することは絶対の秘密だった。
リミコからもれると厄介だと思ったからだ。


晩さん会の用意は出来た。
長老はリミコと一緒に来た。
アリサが玄関で「今日は晩さん会で御友達も呼んでありますの。」と言った。
長老はちょつと笑った。
リミコは何か厳しい顔になった。
「姉のカルナの企画なんですよ」とアリサが言った。

吟遊詩人とハルと我はテーブルの席の所で立って、挨拶をした。
長老の誕生日だった。
これはアリサがリミコから聞き、
知っていたことなのだ。
「お誕生日、おめでとうございます」と我々はカルナと一緒にそう言った。
長老はさすがに、一瞬戸惑った様子だったが、
「ハハハ。わしの誕生日か。
誕生日を祝う習慣はわが惑星ではあまり一般的ではないが、
ま、ありがたく受け取ろう。
この国の文化を尊重するのも大切なことだからな」と言った。

「では長老。これをご覧ください」と
ハルが黄金のサイの彫刻を見せた。
ハルの腰には彼の自慢の剣がさしてあった。
「何だ。これはわしの」と
長老はさすがにぎょっとした驚きの表情をした。
「これを長老に誕生日プレゼントとしてお渡ししたいのですが。
条件があるのです」
「条件」
もうその頃は、みんな多少のワインが回って、
いい気持になっているようだった。
「そうです。
アリサさんはあなたの妻になることは御断りしたいと申しております。
まず、それを承諾していただきたい。
アリサさんには画家の恋人がいらっしゃるのです」
「画家だと」
「山岡友彦か」
「よく知っていらっしやいますね」
「知っているさ。
銅山の鉱毒をなんとかしろとよく言ってきている画家だ」

「それからですね。軍のミサイルと特殊爆弾を廃棄して、
我が国と平和なビジネスに入るように司令官を指導していただきたい」

「ハハハ。ハル。いつから、こんな交渉術を学んだ。
お前のところののどかな、魔法次元でもこんなことを教えるのか」
「いえ、自然に思いついただけで」
「よくこのサイの彫刻を盗みおったな」
「今の話、お受けできますでしょうか」
「アリサのことは分かった。
しかし、ミサイルと特殊爆弾は司令官の管轄にあるのでな。
わしはただの説教師でな」
「巧みな説教師と聞いております」と吟遊詩人、川霧が言った。
「サイ族の魂を動かす術を黄金の魔法次元で習得なさったとか」



長老は苦笑いをした。
「君は無茶な願いをしていると思わんか。
武装解除しろと言っているようなものじゃないか。
宇宙の旅は危険がたくさんあるのじゃ。
惑星の文明段階も色々でな。
わしらのより、強力な武器を持つ惑星がある。
そいつらと素手で交渉なんかしてみろ、皆、監獄行きさ。
そして、いい見世物かさらし者にされてしまう。
強いものの意見が通る、
これが黄金の魔法次元の教科書に書かれていることじゃ」
吟遊詩人は微笑して言った。
「弱肉強食ですな。
しかし、野獣の進化段階ならそれも分かりますけど、
ヒト族に進化したからには、
我々は文化を持ちます。
文化は弱肉強食などという野獣の考えに
支配されていては良いものは生まれません。
優れた文化、芸術は優れた宗教と同じように、優れた価値観を持ちます」
「良い価値観が相手を圧倒できるときはそれも分かる。
しかし、やはり、相手に強い武器を見せつけられては、
その良い価値観ですら、相手の良くない価値観で薄められ、
武力のないために
悪い価値観を受け入れてしまうではないか」

「黄金の魔法次元の価値観というのはどういうものなんですか」と詩人が聞いた。
「なるべく武力は使わず、ビジネスで儲け、みんなが豊かになることじゃ。
みんなが幸福になることじゃ」
「豊かになれば、幸福になる」
「そうではないかな」
「人はパンのみにて生きるにあらずと言う言葉もありますけど」
「それは分かる。
しかし、おぬし。そこまでわしに言うなら、おぬしに聞こう。
おぬしの言う優れた価値観とは何だ」
「言葉では具体的に言うことは難しいでしょう。
私が感じているのはあえて言えば、生命です。いのちです。
神と言っても良い。真如とも言う。
愛とも大慈悲心と言っても良い。
虚空ともダルマとも言う。
人は言葉を言うと、すぐにその言葉にとらわれます。
言葉は絶対の真実を示すことはできません。
言葉は真実を指す指先のようなものです。
その優れた言葉や優れたポエムから、
真実を体得しなければなりません。」
詩人はそこまで言うと、微笑した。
一息つき、長老の目を優しく見詰めて、言った。
「そうした絶対の真実が
我々の生きているこの現実の世界に表現されているということです。
それを見いだすことが、人生修行なのではありませんか」
「心身脱落か」
「よく禅の言葉を知っていらっしゃいますね」
「わしは仮にも長老だぞ。
心身脱落すれば不生不滅のいのちを手に入れることができるというわけか。
君はそれでそれを体得したのか」
「いえ、言葉とイメージでは分かってきましたけれど、
まだ心身脱落は体得できないから、こうやって、旅をしているのです」
「旅が修行か」
「ま、そういうわけです」
「わしもな。よその国とビジネスをする。これが修行だと思っているのじゃ。
貴公は何かビジネスを悪いもののように考えているが、
それは心得違いだと思うがな。
ビジネスがなければ、色々な物や食料が全ての人に行きわたることができないじゃろ。
その公正なビジネスを邪魔する強盗や盗人は追い払わねばならぬ。
そのために、武器は必要なのじゃ。
そして、皆が豊かになる。
これが黄金の魔法の次元の価値観じゃ。
どうだ。素晴らしいだろう」

「で、どうなんです。
鉱毒の垂れ流しを中止することと、
ミサイルと特殊爆弾の廃棄はだめなんですか」とハルが鋭く聞いた。
「それはな。わしもな。
武器などなしに、素晴らしいビジネスが出来れば良いとは思っている。
祭りで踊った時にな、そういう思いがふと湧いたものじゃ。
しかし、無理だな。
ヒトは悪を抱えているから。
魔界の誘惑にも弱い。
そんな呑気なことでは面白いビジネスは出来んよ。
夢物語を語りに、
わしは宇宙を飛び回っているのではない」

「それじゃ、この黄金のサイの彫刻はかえしませんよ」

「かまわんよ。
その代わり、ここと伯爵邸とロス邸、
それに新政府の庁舎を砲撃するが、
そんなことをしてよいのかね。
わしも、長老といわれている身、そんなことはしたくはないのでね」


その時、吟遊詩人がヴァイオリンを取って、
弓を弦にあて、不思議で美しい音色を奏でた。
「ほお、音楽か。やれやれ」と長老は独り言を言った。

詩人の声が響いた。

武器を捨てるなんて夢物語 ?
そうだろうか。
軍拡を進めればヒト族破滅もいつの日か
とため息がつくばかり。
魔界の王者メフィストの高笑いが聞こえてくるようだ。


勇気をもって、武器を捨てよう。
武器を持って、脅してビジネスしても、それは本物のビジネスか。
ヒトとヒトがこの世に誕生し、
言葉を交わし、愛を交換し、
真理の光がまばゆいほどに光るその道を歩く時、
ビジネスも心の通い合いとなる
物と物は多くの人に行きわたり、
食料は多くの人の胃に入る
飲み物は我らを酔わし、
果物は幸福のしるしとなり、
いのちは至る所に輝く
街角はカラフルな豊かな衣服であふれ、
人々の口元には美しい微笑がもどる

だからこそ、話し合い、武器は捨てよ。
優しいビジネスは人に息を吹き返す。
平和は人にいのちの復活を約束する


      



緑の風 4

2021-02-16 14:36:20 | 日記



満月を見たら、美しいと思うように
我らはいのちの美しさをみたら、その衣服につつまれたいと思う。
いのちは虚空のように目に見えない
それでも森羅万象も我らのいのちも
その神秘な虚空のいのちから流れてくる


     
10 文化交流

 トミーが異星人に株主になってもらって、
水耕栽培の株式会社をつくったことを我々はカルナから聞いていた。
我々はその頃、トミーの悪友勘太郎の紹介で、
ある空き家を紹介されて、そこを仮住まいにしていた。
そのそばに、カルナとアリサの姉妹は友人のリミコと三人で、親元を離れ、別邸に住み、それぞれの仕事場に通っていた。
この別邸も勘太郎の紹介だったそうだ。
我々の家とカルナの間には、小さな広場があった。
この広場に、カフェーがあり、外にはさんさんと降り咲そそぐ日差しの中に洒落たテーブルと椅子があった。
ある時、我々はそこのカフェーでお茶を飲んでいると、
そこに、カルナとアリサがやってきて、トミーの話が出た。
「全く、父上のやることを邪魔するようなことではありませんか」とアリサは困ったような表情をしていた。
妹のアリサは姉のようなジャーナリスト風の理屈はないが、自由奔放な性格があるらしい。
「でも、水耕栽培というのは面白いアイデアではありませんか」とハルリラが言った。
「水耕栽培のキットはいいですよ。問題は異星人を株主とした会社をつくったという事実ですよ。」
「株式会社の法律ができたそうじゃありませんか」
「ルールがいいかげんですよ。それもよりによって、ギャンブル好きの異星人を株主にするなんて。
おまけにカジノをつくるなんて」とアリサが言った。
アリサは異星人のサイ族のギャンブル好きの性格がどうも嫌いらしい。
ここの所はカルナと少し違う気がする。
カルナはあくまでも、やっているサイ族の銅山から流れ出る鉱毒などの社会問題に重点を置いている。

「でも、彼らを祭りに誘っているのは、トミーさんとか」とハルリラは言った。
祭りが近づいている。
「トミーさんをそういう風な行動にかりたてたのは勘太郎さんですよ。
あの人はトミーさんの悪友です。あの二人を切り離さないと、トミーさんは父親の伯爵とことごとく対立することになりますわ。」
「勘太郎さんが悪友とは」と吟遊詩人が質問した。
「説明するのは難しいですけど、勘太郎さんはギャンブルが好きなんですよ。
トミーさんはそういう人ではないのですけど。
ですから、勘太郎さんは異星人に警戒心はあっても、
異星人の主張する株主中心の株式会社には大賛成で、
そういう国会議員にも知人がいる人でね。
自分の家は宝石店で、そこの息子ですから、その店もいずれ株式会社にするのでしょう。」
「伯爵とはまるで違いますね」
「伯爵の息子トミーさんが伯爵と意見を異にするようになったのは
トミーさんが勘太郎と付き合うようになってからのことなんです」

カルナはエッセイストだった。
アリサは語学学校に通っていた。
隣のユーカリ国の言語を習得しているようだった。
リミコはカルナとアリサの親友であるが、謎の女でもあった。三人は一緒に生活していた。

我々は二つの家の間の広場で、晴れの日はカフェーの外のテーブルで、食事をして色々な話をした。
ちょつと離れたロス邸と城がそこから見えた。
いくつもの家にはばまれた一キロほど先に大きな広場があって、祭りが近いことが熱狂的な太鼓の音で分かった。
「トミーさんが異星人を祭りに誘ったというのは本当かね」とハルリラがある時、聞いた。
「そうよ」
「いいことじゃないか」と吟遊詩人が言った。
「でも、来るかしら。彼らは野蛮だから、文化を理解できるかしら。
私たちの国は文明と言うか武力には弱いけど、
文化には隣のユーカリ国よりも優れているし、
まして異星人の文明だけの文化なしという国とは違いますからね」とカルナが言った。
そんな話をしていると、アリサとリミコもやってきた。

カルナはこの間行った、サイ族の銅山の話を好んでした。
アリサは姉の話を興味深く聞いてはいた。
小柄で思慮深い顔をしていたが、
自由奔放ではあるが、姉には一目置いているようだった。
リミコはセクシーでいつも服を毎日、変え、
フアションに興味を持っているように思えたが、
何か深く考えているようなところもあった。
我々は吟遊詩人とハルと吾輩の三人の男である。
リミコがアリサに質問した。
「ねえ、アリサ。ユーカリ国に研修旅行に行ってきたのでしょう。どんな国だった」
「どんな国って、少なくともわが国よりは文明が進んでいるわよ。」
「どんな風に」
「車が発達してるわ。それにビルも」
「我がテラヤサ国にも変な車が馬車と並んで走るようになったじゃないの。あの車」
「ユーカリの車はデザインもスマートだし、スピードも出るわよ。
ただ、町に時々、装甲車に乗った兵士が巡回しているのよ。
あれは何か、嫌―ね」とアリサが言った。
「それはそうよ。あの国は科学を軍事利用しようとしているのだから。
銃も大砲もつくっているのよ。
それに、一番の欠点は我が国よりも文化レベルが落ちるということ。
我が国のような宝殿もないし、伯爵が勧めているような絵画の文化もないし、
詩の伝統もないし、陶器の芸術も ない。
だから、我が国に対して、独特の羨望感がある。」とカルナが言った。

「それではわしの剣は役に立たんかな」とハルは笑った。
「ユーカリ国はわが国に敵愾心はないようだから、怖いということでは異星人の方が不気味ね」とアリサが言った。
「ああ、あのサイ族の連中。しかし、彼らも我らとビジネスをしたいだけじゃろ」とハルが言った。
「そうよ。彼らはそんな悪い人じゃないと思う」とリミコが言った。

「このテラヤサ国の何が欲しいのかな」とハルは言った。
「宝石よ。わがテラヤサ国はダイヤモンドやエメラルド、それはもう宝石の山がいくつもある。それに金もあるしね」
「でも、今は、銅山を開発して、それで一儲けしようとしているわ」とカルナが言った。
「鉱毒が流れているのにね」
「人の国の一部を勝手に占領して、鉱山を開発するなんて、そんなことは許されんことだよ」とハルが言った。

「ユーカリ国にも狙われそうだね」
「ユーカリ国は倫理があるから。卑怯なことはするなという倫理は深く浸透しているし、
それに、我が国ほどではないけど、宝石の山は少し持っているわよ」とアリサが言った。

「サイ族の異星人は銅山で儲けた金銭で、宝石と金を買っていこうとしているのかな」とハルは言った。
「それだけじゃないわ。我々の産業では陶器ね。お茶碗と皿と花瓶。これは芸術品よ。」とカルナが言った。

「なるほど」
「それから、絹の製品ね。これはユーカリ国も盛んだけど、我が国のはデザインに素晴らしいものがあって」とアリサが言った。

「それにしても不法占拠は困るわ」とアリサが言った。
「そうよ。税金も払わず、あんな銅山も占拠し、青銅をつくって、車の会社づくりに乗り出したわ」とカルナが言った。

「異星人の車を買わずに、ユーカリ国の車を輸入したらどうなのかい」とハルが言った。
「ユーカリ国は高い関税をかけて、我が国に彼らの優秀なのは入れないようにしているのよ」
「何故」
「ユーカリ国はわがテラヤサ国より、文明において先んじていることに優越感を感じていたいのでしょ。
でも、文化の点ではひどい劣等感を持っているのよ。
だから、文明では、常に優越の立場にいたいのでしょ。
なにしろ、あそこは象族が多くて、鼻の長いことを自慢にしているくらいですから。
わが国の絹やお茶には憧れの気持ちがあるのに、科学技術は秘密裏にしたいらしい。」

「どうも、ユーカリ国と異星人の間に、秘密協定があるみたいよ」とカルナが言った、
「だって、異星人は来たばかりでしょう。」
「ええ、でもね。ユーカリ国が自分の国の科学技術を秘密にする政策を歴史的にとってきたことと、
異星人のあの黄金の魔法次元の長老の間にそういう秘密の交信があったのじゃないかと思って」
「どんな」
「わがテラヤサ国をビジネスにおいて食い物にするということよ。
そういう取引がユーカリと異星人の間であったのよ。
証拠はないわよ。このことはわがスピノザ協会が独自に調べたことなの.。
信憑性は高いと思うわ」とカルナが言った。

「人間って、象族にしても、サイ族にしても看板は綺麗にしておいて、
平和にビジネスしましょうなんて言ってきて、裏ではそんなことをするのね。
親念さまの教えは本当なのね」
「なんだ。その親念の教えとは」とハルが聞いた。
「新念さまというのは地球の親鸞さまの生まれ変わりで、
銀河アンドロメダのある惑星で布教しているそうよ。
モナカ夫人の宝殿に出入りしているハリエさんがよく言っている偉いお坊さんよ。
人間には、悪があるが、魔界のささやきがある場合もあるから気をつけなさいと忠告なさっているらしいことよ」とアリサは答えた。
ハリエはロス氏の執事の奥さんだった。
「ああ、ハリエさんって、病気がちのお母さま、伯爵夫人の世話をなさっているとか」
「ええ、そして足しげく宝殿に通っているわ」
「そこでは、神様もいるということを教えるのかい」
「仏さまよ」
「要するに、神仏でしょ」と吾輩はこういうことに口出すことを遠慮していたが、
猫として飼われていた京都の主人がよく言っていた神仏の方がどちらの神様が偉いだとかいう争いがなくていいと思っていた。
それに、隣のスーパーの猫吉がいつもそんなことを言っていたことをふと、思い出した。
ああ懐かしい緑の地球。ああ、懐かしい京都、そんな感情が吾輩を襲った。

「わしはサムライ精神だけで十分と思っている。
卑怯なことはしない。悪口を言わない。強きをくじき、弱きを助ける。」
「座禅も入れて欲しいな」と吟遊詩人が長い沈黙を破るかのように微笑した。
詩人は黙ってはいたけれども、常に口元に美しい微笑をたたえていた。
吾輩は先程、ちょつと神仏だなんて口走った以外はずっとかしこまっていた。
なにしろ、魅力的な女性が三人もいるので、どう話の中に切り込んでいいのか戸惑っていたからだし、
また彼らの話につきない興味を感じていたからでもあった。


「わしはカント九条を伯爵さまに説明したが、そんな状態では無理かな。」とハルは言った。
「どういうこと」
「つまり、今度の新しい国造りに、憲法をつくると伯爵さまがおっしゃるから、わしはカント九条をぜひ入れて欲しいとお願いした。」
「カント九条って」
「カント九条とは」と質問されると、ハルは目を輝かして説明した。
宇宙インターネットによると、銀河系宇宙に、ある惑星があって、カントいう偉人が出て、
永遠平和の惑星をつくるべきだとして平和の提言をして、
その九条がまるでモーゼの十戒のような美しい響きを持っているという。
なにしろ、戦争を否定し、武力による威嚇、又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄すると書いてあるそうだ。
隣のユーカリ国だの、異星人だの、武力にまさる国があって、
このカント九条を絵空事のように思う人も多いと思われるが、
このテラヤサ国がこの惑星の平和のイニシャチブを取れば、
このテラヤサ国だけでなく、ユーカリ国もまたその海の向こうのいくつかの国も武力を最小限にして、
永久平和を宣言することができる。
ただ、異性人はちょつとわしの計算違いではあるが、
今のところ、ビジネスでいけそうであるのだからと、
このカント九条を新政府にのませることが出来るチャンスであると、ハルは言った。
「それは素晴らしい条文ね」
「カント九条をつくり、わが惑星すべてにこの条文がいきわたるように、
武力は警察力程度におさめる運動を展開する。これは夢みたいな話だが、
もう銀河の中には武力で滅びた惑星がいくつあることか、
温暖化で滅びた惑星もある。
地球の恐竜が滅びたのは自然災害だが、
ヒト族は自らを滅ぼす道具を発達させているというのはどこの銀河でも悩みの種になっている」
「そう。その考えは伯爵さまが新政府に伝えているわ。
しかし、異星人だの隣国のユーカリ国だのに対する保守派と改革派の思惑が色々からんで、
そんなにすんなり行くかどうかは今の段階でははっきりしないみたいよ。
ただ、わがスピノザ協会の議員が活動していますから、望みはあるわ。
スピノザの神は密度無限大の特異点から宇宙は始まったという科学とも相性がいいの。
それに理想を目指すのですから」とカルナが言った。
「あら、宝殿の議員も三人いるから、それも加えたほうがいいのでは。ハリエさんが言っていたわよ」
「でも、難しいと思うわよ」とリミコが言った。
「どうして」
「だって、あなたも言っているように、異星人はミサイルを持っているのよ。
それから、ユーカリ国は大砲も新式の銃も持っているのよ。
それで、どうやって、彼らと対抗するのよ」


「文化交流ね。彼らは我らの伝統のある文化を学びたいはず。
かって、我が国は極度に文明が発達し、千年前の戦争によって破壊されたのよ。知っているでしょ。
そういう悲惨な経験のあと、廃墟の中から文化、陶器、絵画、詩、演劇という風に文化の成熟をめざして復活したの。
今にいたったこの長い歴史の中で、古代の文明と復活したあとの努力の結晶の文化の輝きは異星人もユーカリ国もまぶしいような憧れで見ているのよ」
「それではますます、異星人が祭りに来ることが楽しみですな」
と吟遊詩人が言った。
「でも、問題は彼らが来るかどうかよ」とカルナが言った。
「周囲の状況は難しいが、我らが今度、あの異星人の長老と話し合ってみますよ」と吟遊詩人が言った。
「本当」
「本当ですよ。アンドロメダの旅人がお役にたてれば、嬉しいです」

そう祭りが近い。吾輩も楽しみにしている。
異星人は来るだろう。来た場合にトラブルはおきないのだろうか。
そんな思いが吾輩、寅坊の頭をかすめ、詩句が浮かんだ。

祭りがやってくる。祭りがやってくる。
太鼓の音が胸に響く
笛の音は夢の緑のよう
さあ、踊ろうよ。すっかり頭が空っぽになるまで踊ろうよ
美しい日差しから夕方の黄金の空、そして星の輝くまで
全てを忘れて、皆で踊ろうよ。
さすれば、つまらぬ妄想は消え
踊る人はみんな友達になる
見ている人も友達になる
踊れよ、おどれ、向日葵の惑星は珠玉のように輝くだろう。

       



     
 11 いのちに満ちた明珠
 祭りの前日の夜、花火があがった。和田川の河川敷であげたのだろう。
明日は昼間から、山車がでて、昼過ぎから向日葵踊りが始まる。異星人はいつ来るのか。
我々の家から、花火はよく見えた。何も和田川まで行かなくても、よく見えるので、ここは高級住宅地になっているのかなと思ったくらいだ。
ポーンといくつもの音がして、小さなボールのような赤いものが上空に上がると、そこでまたポーンと音をたてて、周囲に丸く円を描くパターンが多いが、その花模様は色々で、中には富士山のような山を山の稜線を小さな丸い花火でつくりあげている花火の技術はたいしたものだ。
何かの御殿のような建物、巨大な向日葵のような花、そんなものすら黒い星空に上がるのだから、その美しさは胸をはっとさせ、頭の中を空っぽにしてくれる美しさだと思った。
しばらく見とれていると、その花火の音の中に、やや鋭い一発の音が近くで聞こえた。我々は花火の音とも思ったが、何か銃声のようにも思えたので、奇妙な違和感をおぼえた。


この国で、こんな鋭い銃声を聞いたのは初めてだし、一般には流布していないものだと思っていたから、不思議に思った。

いつの間に、ハルリラがいないで、吟遊詩人が吾輩と一緒に花火を見ているのだ。ハルリラはトイレでも行ったのだろうと思っていた。
吾輩は花火の方向とは別のカーテンをあけて、そちらの方に視線をやり、凝視した。巨木の陰に、何か二人の人影が向かい合っている。

一人はハルリラだ。相手は最初よく分からなかったが、どうもリミコらしい。
吾輩は静かに、部屋を出て、ドアを開けると、リミコは銃を持っている。
「拙者を光でおびきよせるとは不敵なことをするな」とハルリラが言った。
「気がついた。さすが、魔法を使う人だけあるわ。でもねあたし達の文明に比べたら、あなたの魔法なんて玩具みたいなものよ。それで、何の魔法次元なの」とリミコは聞いた。
「そんなことを言って良いのか。長老は黄金の魔法次元だろ。わしのはバラ色の魔法次元。盾の術。その程度の銃は拙者の魔法の盾で防ぐことが出来る。」

「あたしはあなたの手を狙ったのよ。余計なことをするなという警告を込めてね」
「余計なこととは」
「カント九条をわれらにのませようという策略よ。長老さまはおひとが良いから、私が先手を打っておかないとね」
「お宅は異星人のスパイか。サイ族のくせに、鹿族に変身するとはなかなの魔法だな」
「あら、この程度のお化粧はね」
「カルナとアリサの家に、スパイとして入り込むとは、魔法よりも中々の策略家だな。この国に来て、何を狙っているのだ」
「あたしのような下っ端に、そんなことは分かるはずがないでしょ」

「鉱毒事件が起きているよな。銅山から流れ出る鉱毒が和田川に流れ込み、そして、そこの周囲の野菜畑にしみ込んだ鉱毒はウサギ族の村を襲った。君ら、サイ族はこの国の人達に害を与えにきたのか」
「ビジネスよ」
「なら、何でスパイみたいなことをするんだ」
「これは長老さまの言いつけなのよ。わたしは彼の秘書ですから、そういうことは率先してやらないと」
「何で、カルナさんの家に入り込むのさ」
「だから」
「長老さんのことは分かる。俺が聞いているのは長老さんが何でカルナさんに興味を持つのかということよ」
「カルナさんがスピノザ協会に入って、私たちのビジネスを邪魔しようとしているからでしょ」
「なら、スピノザ協会に忍び込んだ方が情報が得られるのではないか」
「そうね。確かにそれは言えるわ。私もよく分からないの。
でも、あなた方みたいな銀河鉄道の客が来ているという情報も必要なのよ」
「俺が」とハルリラは言った。
「俺なんか、ただの旅人よ」
「あなたは仕官しにきたのでしょう。純粋な旅人は吟遊詩人とあの猫族の男だけでしよ」

突然、「僕も旅人ではあるけど、サイ族の鉱毒事件は賛成できないな」と吾輩は彼らの前に飛び出して、言った。
「危ない」とハルリラが言った。
リミコから銃が発射されたのだ。
ハルリラはそれより早く、虹のような煙幕を吾輩の周囲にはっていた。
吾輩は間一髪でどこかをやられる所だった。「左手を狙っただけよ。余計な邪魔をしないでという意味で」とリミコは言った。
虹が晴れ、夜の中で星がまたたき、いつの間に、広場の四隅にある街灯が広場をうすぼんやり明るくしていた。

大きな花火が上がった。いくつもの向日葵のような花火が色もいくつも描き出し、美しいと思った。
吟遊詩人が下りてきた。
「どうしたのですか」
ハルリラが簡単な説明をした。
「カント九条は何も策略なんかではない。この惑星の平和のために、必要なんだ。
いのちは何よりも尊い。なぜ、そんな武器を使って、大切ないのちを奪おうとするのかな。
ビジネスで来たのならば、紳士道で行くべきではないか。
文化の交流。例えば、互いに互いの国の詩を朗読する。詩の交換だ。音楽でも同じ。
そうすれば、争うという気持ちはなくなる。
ぜひ、異星人の皆さんに祭りに来るように、あなたが帰って、説得してほしい。
特に、長老によろしく。


ほら、鳥の声が聞こえるではないか、何という鳥だが知らないが、美しい声だ。私のヴァイオリンにも負けないような音色だ、魂を引き込むような鳴き声が星の輝く夜空に響く。
これが詩ではないか。こんな神聖な生命のみなぎる所で、いのちに危害を加える武器を持つとは」
「ハルリラだって、持っているではないの」とリミコは言った。
ハルリラは刀を腰から抜いた。そして夜空に、地球のよりかなり大きめの満月の光が銀色の刃にあたり、美しく輝いた。


「この刀はいのちが危ない時しか、使わない」とハルリラは言った。
私は歌う、平和を歌う。カント九条を歌う。と詩人は目を輝かせて言ってから歌い始めた。
「満月の差し込む光の慈愛
どこからともなく吹く霊のそよ風
呼吸の中に感じるいとしの君の声
ああ、わが愛は電波のごとく君の元に届く
さあれ、銀色の輝く刃は何ゆえに、森のざわめくいのちの広場に
慈悲の光よ、刃をおさめてくれ、」


吟遊詩人はそう歌った。ハルリラは刀を鞘に納めた。
リミコは涙を流していた。
「無駄な争いはやめよう。異星人、君の仲間を祭りに呼んで欲しい」と詩人は言った。
「しかし」とハルリラは言った。「異星人の銅山開発は車をつくり、売るというビジネスだけではないようですぞ。銅は大砲になります。こういう武器をつくるかどうかで、新政府は意見が分かれていて、伯爵さまはもちろん、反対しておられるが、新政府の保守派も改革派もこの点に関しては異星人の要求に同意しようとしているのですぞ。
産軍共同体をこの国にも作ろうとしているのです。産軍共同体のアイデアはおそらくメフィストの入れ知恵ということもありうる」
「産軍共同体が出来ると、異星人は儲かるというわけですか。あくまでもビジネスの形をとりたいということですね」と吾輩は言った。
「その通り。隣の国、ユーカリ国では、産軍共同体はできあがっている。あの国は倫理的には良い国だから、積極的に戦争をしかけることはしないが、その裏の産軍共同体は戦争をすると儲かるという仕組みになっている。この間は、向こうの小国で民族問題でトラブルがあった時、つまり、さらに向こうの大国が大砲をぶっ放した。ユーカリ国もぶっ放した。幸い、大きくならず、収まったけれど、結局ユーカリ国の産軍共同体だけが儲かり、一部の金持ちに大金が転げ落ちたという事実がある。そうだろう。リミコ」
「あたしがそんなだいそれた政治的な思惑のことなんか知っているわけないでしょ。長老か、司令官に聞くことね。でも、そんなことは教えるはずもないけれど。あたしの感触では、あたし達はあくまでも、この国とビジネスをしたいだけで、遠い宇宙空間を飛んできたのよ」
「そんなことなら、君をカルナ邸に、スパイにおくる筈がないだろう」
「スパイと言われても、何もただ、カルナとアリサの話し相手になっていただけよ」
「その内容を長老に報告する。そうだろう」
「でも、何も悪いことなんか、言ってないわよ」
「あたし達は何も悪いことなんか、話をしませんから。でも、異星人の噂はよくしたじゃないの」とカルナは言った。


「問題はだね。悪いことをしていないというのは言い訳だということよ。
カルナとアリサという姉妹の情報を知るために、サイ族である君が鹿族に変身し、二人をごまかしてまるで親友のように振舞って、一緒に住むということ自体が既に問題なんだ。」とハルリラが言った。
リミコの唇が歪み、目に涙が浮かんだ。
「異星人である君たちサイ族が祭りに参加するように、君からも言うことだよ。それが実現できれば、真の意味の友好の足掛かりになる。祭りは天からのものだ。その中で、踊りあかせば、変な妄想は消え、ヒトは仲良くなれるものだ。人間社会には、身分だの、役職だの、金銭を持っているか持っていないかだの、成績が良いか悪いかなどということで、互いに偏見を持つ、人間はサイ族も鹿族もウサギ族も猫族も熊族もみんな一個の明珠の中に入るんだ。
祭りは明珠に入ってきたものを仲間として受け入れ、みんなあたかも魂がとけあうかのように、不思議な愛の光に包まれてしまうのだ。
これは宗教の中で言われることではあるが、宗教とはいのちとは何かということだと思う。生命とは何かということを科学とは違った視点から解き明かしたものだと私は思う。そう思わんかね」と吟遊詩人が言った。
吟遊詩人はヴァイオリンを奏でた。まるで、祭りの太鼓と笛のように、いのちの喜びにあふれた音色だった。


つまらぬ妄想を捨てよう
みんな仲間なんだ
レッテルだの偏見だのそんなものに縛られない
素裸の魂に愛の衣服を着せて、
天の恵みの光に包まれて
踊ろう
山車は宝塔のように、神仏をのせた乗り物
その美しい宝石に飾られた山車を引いて
我らヒトは平和と愛に向かって、前に進もう





12 祭りの中の何でも屋
祭りが始まった。そこで、市民の驚きがあったようだ。毎年やっていることなので、ある決まったパターンが祭りの流れにあるが、それでも時々、突拍子もない出し物があって、市民の喝采や驚きがあったようだ。しかし、今度の場合は、その驚きは今までにないものだった。
それはまず、朝の十時から、花火が上がり、数台の山車が町の中央の大きな広場の周囲を回りだした時に始まった。真ん中の山車の一番上に、水耕栽培の果物がその長さ三メートル横二メートルの所に一面にその美しい深紅のものがあふれるようになり、真ん中にトミーが法被姿で太鼓をたたいているのだった。


吾輩が確かに、その素晴らしいあふれるような果物の美しさには驚いたが、トミーそのものにはそんな驚きはなかった。市民は果物以上に、トミーの姿に驚いたのだ。まだ革命をへて、三十五年。伯爵の威光は市民全体に行きわたっていた。その伯爵の息子がこんな姿で、祭りに参加したことに驚きと感動があったようだ。
そして、さらに驚いたことは異星人のサイ族数人が民族衣装を着て、山車の二階にすわり、太鼓にあわせて、楽器を弾いていることだった。
しばらく見なかった白熊族の大男スタンタが先頭の綱を引っ張りあとから、祭りの衣装を着た市民が大人も子供もつながるように引っ張っている。


その山車がゆっくり動き出すと、内側に山車と並んでもう五十名ほどの男女が向日葵踊りを始めていた。
我々は大広間のはじのベンチに座っていた。
「驚きね。でも、これではトミーさんの会社の宣伝をしているようなものだという批判がおきないか心配だわ」
「でも、会社の文字や宣伝めいたものは何もないわね」
「いつの間に、あんな水耕栽培をやっていたなんて、さすがトミーさんね。異星人がこういう形で祭りに参加するなんて全く意表をついているじゃありませんか」


そこに、ひょつこり顔を出したのは異星人の司令官だった。
「どうです。兵士も民族衣装をきせれば、立派な平和の使者。ビジネスマン。いや、われらの神、サラスキー神の使者となりますでしょ。トミーさんは我らの考えを理解して下さる。しかし、我らもあの水耕栽培には驚きました。我らの文明ははるかに進んでいるのに、こういう水による栽培があるとは気づかなかった」
「トミーさんはいつも生命は無限であると言っていましたわ。水と空気と栄養さえあれば、無限に果物がつくられていくなんて、目を輝かせて喋りますわ。そういう視点から言えば、銅の鉱山から流れ出る鉱毒は生命を破壊しますよね。」
とカルナが言った。

「ビジネスは良いことにも使われるし、悪いことにも使われるのですよ」
「あら、そこまで分かっているのなら、即刻、鉱毒をなんとかしてくださりますよね」
「金がかかりますよね。こちらの国の新政府が一銭も金を出さないというのでは、金がないというけれど、彼らは隠し金貨を地下に持っているなんて公然の秘密でしょ。そこから、出せば、いいのです。林文太郎はあの金貨で、我らに対抗するような武力をつくろうという魂胆があるのですよ。無理なんです。文明のレベルが違う。ま、ユーカリ国の武力に対抗するための大砲づくりには、我らも賛成しますけどね」
「死の商人のビジネスでしょ」
「困りましたね。そうかたくなに、我らの方を見てもらっては、むしろ、新政府と交渉すべきことですよ」


食事時になると、トミーは我らの方に来た。
「生命とは何と素晴らしいでしょう。細胞を生命という学者がいますけど、わたしはちょつと新しい考えを思いついたのですよ。細胞が生命なら、この果物をこんな風に無限にさせている力は「自然のいのち」とでもいうべきものです。「自然のいのち」は目に見えません。目に見えませんが、森羅万象にいきわたつているのです。」

「自然のいのちですか。面白い考えだ。魔法学校でもそれに近いことを言う先生がいた」とハルリラが言った。
「それは素晴らしい先生ですね」
「真理は一つなんだと思いますよ。ただ、表現は色々にあるのだと思います。そして、その表現には、真理への到達度の差で、深い浅いがあるのだと思います」と吟遊詩人が言った。「トミーさんの太鼓の音を聞いていて、そう感じましたよ」
背後が洒落たカフェーになっていて、そこから、ボーイが出てきて、昼食の注文を聞いた。

そこに勘太郎がグラスに酒を一杯入れて、「酒はいいね。ところで、詩人の川霧さんの仮装は変わっていますな。囚人服とは。」と言った。いつの間に川霧の服は囚人服になっていた。「いつに間に、魔ドリがやってきたのだな」とハルリラが言った。
そこへ知路が現れて、「笛を吹きましょうか」と言って、微笑した。
「ほほう、仮装ではない。悪の技に引っかかってしまったというわけですか」と勘太郎が言うと、飲み残しの酒を一気に飲み、「だから、わしは言うのです。人間には免疫が必要。人に酒が必要なように、ルールなき株式会社。株主本位の株式会社。これはいいではありませんか。我が国の発展には、競争が必要なんです。投資が必要なんです。ギャンブルが必要なんです」と言った。
「あなた、お酒に酔ってないかしら」
「いいでしょう。祭りなんですから。最近、僕はサイ族に友人をつくった。こいつがこの祭りに異星人を来るように運動してくれたのだと思う。おおい。来いよ」
「いつ、魔ドリがきたのかな。気がつかなった」と詩人がつぶやいた。
「皆、山車や踊りを見るのに夢中でしたからでしょ」と知路は言って笑った。
「知路さん。川霧さんは、あなたがいなくても元の服にできる方法を知っているのさ」とハルリラは笑った。
「ヴァイオリンね」と知路は寂しく言うと、さっと消えてしまった。
「やはり、魔界のやつだ。魔法でもあんな器用なことは出来ん」とハルリラは驚いたような顔をした。

勘太郎も驚いて、何か浮かれたような歌を歌ったが、その時、一人のサイ族の青年、異星人がこちらにやってきた。
「あいつはギャンブルが好きでね」と勘太郎が言った。「僕の酒みたいなものさ。やめられないという悪の権化。もつとも、酒は上手にのめば、薬。ギャンブルだって、上手にやれば、ヒトは楽しみを得る。なあ、サイ族君」

「そうですよ。なんでも、度をこしたら、いけません」
「それなら、株式会社にきちんとしたルールをつくるべきでしょ」
「それは新政府のお仕事ですよ。わたし達はこの制度が経済を発展させることを知っていますからね」
「わしはきらいだな。わしは神々の住む社会がいい」とハルリラが言った。
吾輩には、ハルリラが言う「神々の住む世界」という意味がいまだはっきりしていなかった。
「神々の住む社会と言うのはシュムペーターの言う、あの資本主義が栄え、栄えることによって、いきづまり、新しい社会主義が誕生するとでもいうことを考えているのかな」と吟遊詩人が言った。
「シュムペーター。そんな人は知りません。私の故郷は魔法次元ではあったけれど、故郷は美しかった。すべての魔法人は人に親切だった。厳しいのは魔法と剣の修行のみ。故郷には美しい清流が流れ、花は目もさめるようなのが様々な色で、あちこちに無数の宝石の塊のようにあるのだった。子供たちの楽園だった。食料は豊かで、人々は質素だが、小ざっぱりした服装で、それぞれの個性を発揮し、どこの家にも愛の灯があった。悪口を言ったり、嫌がらせをする者もいなかった。働く人の喜びがあり、ギャンブルも好きな人がいなかったので、当然カジノもない。それが私の言う神々の住む世界ですよ」

「そんな社会は退屈ですよ」とサイ族の青年が言った。
「パチンコがなくちゃあね。競争して会社を大きくして、金儲けして、こうやって文明が進めば、よその惑星にわれらの神、サラスキーの神を信仰すれば大金持ちになるという価値観を広める、この方が愉快じゃないですか」

また祭りが食事の休憩のあと、始まった。
サイ族の青年とハルリラの喧嘩が始まる。
「わしの神々の世界にけちをつける気か」とハルリラが言った。
「退屈だと言っているだけですよ」とサイ族の青年が言った。

「退屈だと。退屈な中に真珠は光るものだ」とハルリラが言った。
「退屈は退屈さ。俺なんか、あまり退屈になると、喧嘩でもして、退屈しのぎをしたくなるくらい、退屈は苦手よ」
「それじゃ、俺の剣と」とハルリラが言った。
「サイ族はそんな旧式の武器は使わん」


途中で、カルナが「止めなさいよ。あなたたち、向日葵踊りでもやってきなさいよ。そうすれば、退屈なんて吹き飛ぶわよ」
なるほど、向日葵踊りは三台の山車と一緒に、朝の三倍ほどに膨れ上がっている。
太鼓の音も笛もサイ族の楽器もまさに佳境のように、憂愁の音色を秘めた情熱の激しさで青空に響いていく。

「そうだな」とサイ族の青年は走っていき、司令官が踊っている仲間のサイ族の後ろにつき、踊り始めた。

トミーはいつの間に、山車の上に戻り、太鼓をたたいているのだった。
深紅の水耕栽培の果物が上からあふれるようになって、そよ風に揺れると、トミーの頭が隠れる。
そよ風は山車に飾り立てられている金や銀やあらゆる宝石の数珠の飾りを揺らし、かすかな独特の音を出す。
空は青空。
異星人のサイ族数人が民族衣装を着て、二階にすわり、太鼓にあわせて、楽器を弾いている。これも中々の見ものだ。

我々、つまり吟遊詩人とハルリラと吾輩とカルナはまだカフェーでお茶を啜っていた。
「アリサとリミコが仲良く向日葵踊りをしているわ」とカルナが言った。
「我々も踊りますか」とハルリラが言った。
「あたしは見ているのが好きなの」とカルナが言った。
「ああ、あなたはエッセイストだから、観察してあとで文章にするのでしょ。一度、見せて下さいよ。」とハルリラが言った。
「いいわよ。でも、がっかりするかも」
「あなたの書くものなら、きっと気に入りますよ」とハルリラが言った。

「異星人はやはり、この祭りに来ましたね」と吟遊詩人が言った。
「これで友好が深まり、こちら側の言うことに耳を傾けるように異星人がなってくれれば、銅山の鉱毒問題も案外、すんなり解決するという期待が持てますね。どうです。カルナさん」
「ええ、あたしもそういう期待を持ちます」とカルナが微笑した。

そこへ突然、勘太郎が踊りから戻ってきた。
多少、酒が回っているらしかった。
「俺には、踊りは合わない。カルナさん。酒を頼んでくれんか」
「自分でボーイに頼めば」
「ほお、トミーの親友にそんなことをいっていいのかい」
「どういう意味」
「俺とトミーは親友。トミーとカルナさんの中は知っている」
「変なことを言う人ね。ちょつとお酒が入ったくらいで、そんな風にからむ人はあたし、嫌いですよ」とカルナが言った。
勘太郎はカフェーの入口に入るのが面倒なのだろうか、それともカルナにこういう風に話しかけることに快感を感じているのだろうか。カルナは動かないで、静かに紅茶を啜っている。
「もうあなたは飲まない方がいいわよ」
「何で。祭りだぜ。祭りには色々な楽しみがある。ある者は踊りを踊ることに楽しみを見出し、ある者は太鼓をたたくことに。そして俺みたいに酒に喜びを見出すのもいる。人それぞれ自由が一番いいじゃないか」

その時、花火が上がった。広場の奥の指揮台に一人の男が立った。
伯爵だ。人々は熱狂的な拍手をした。急に太鼓の音が勇ましく、伯爵を歓迎する響きの深いものに変わった。
伯爵はそれに答えて、手を振った。

「伯爵は人気がありますね」とハルリラが言った。
「それはそうですよ。普通の貴族はみんな新政府に呼び戻され、中央の役人か、今までと違い地方長官になっているのに、伯爵だけは自分のかっての領地の知事におさまるというのも彼の人気のせい」とカルナが言った。

「伯爵は」と白熊族の大男スタンタは山車の綱を別の人に渡して、こちらに飛んできた。
「伯爵は素晴らしい。私の意見を取り入れて、町の川や小川のあちこちに沢山の水車をつくり、電気をおこし、各家庭に送るようにするという。祭りが終われば、その仕事で忙しくなる。わしはここで働くことに生きがいを感ずる。
それに、又。伯爵はカルナさんの期待に応えて、貴族制度を廃止するように新政府に働きかけているのですよ。内の伯爵みたいに人格高潔な人ばかりなら、貴族も悪くないけれど、わしは諸国を見てきて、民衆の声には、貴族の特権にあぐらをかいた忌まわしい貴族の方が多いという話ですからね。第一、ああいうものが格差社会の土台になっているというカルナさんの持論に、伯爵は賛成なさっている。何と心の広いひとだ」とスタンタは目を大きくして、多少興奮したように喋った。
スタンタの横に最近、彼とよく一緒にいるようになったキツネ族の小柄な中年の男がいた。

「ところで、君は何の仕事をしているんだい」
「わしですか。わしは伯爵のやれということを何でもやる、つまり何でも屋ですよ」とキツネ族の男は答えた。
その時、吾輩寅坊はオペラ「セビリアの理髪師」の中で、理髪師が歌う歌詞を思い出した。
「私は町の中の何でも屋だ。 
どいた。
夜が明けた。店へ急げ
ああ、何と素晴らしい人生~」
           
            



緑の風 3

2021-02-05 14:40:55 | 日記



6 祭りの準備

楕円形の城壁の所に来た。
そして、その土手の下に鉄の門があり、
関所のようなものがあって、旅行者は身分などを調べられる。
「この町に何しに来た」と男が大きな声で言った。
「あのう。わしは水車をつくることを得意としている。
ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと聞いている」
白熊族の大男の唇が震えている。
「仕官だよ。おっさん。ここで何しているのよ」とハルは言った。
「わしのことをおっさんだと。
わしはこのあたりの治安と旅行者を監視するのが任務の役人じや。
ヒトが安全に商売して、国が豊かになるように仕事しているのじゃ。
この国は農業以外に、焼き物と絹織物が盛んでな。名品が多い。
それに、今、祭りの準備で忙しい。
邪魔にならないようにな。
分かったか」
「祭りがあるのですか」
「年に一度の素晴らしい祭りじゃ。
宮殿の近くの大広場を華麗な山車が練り歩く。
その周囲では踊りさ」
「それはいいな。見たいものだ」
「お前たちは旅行者になるから、ここに名前を書いておけ。
住所はないのか」
「我々はアンドロメダ鉄道の乗客だ」
ハルはそう言って、カードを見せた。
「おお、そうか、それは失礼した」
役人はやや驚いたような顔をして、急に親切になった。
それで、ともかく通してもらえた。
 
我々は、役人に礼を言った。
その場を離れると、ハルが早速
「ほお、踊りだとさ。
レストランで話していたことが実現しそうな不思議な話だな」と言った。
「そうだ」と大男が答えた。
「『共時性』というのは科学の事実だと聞いたことがありますよ。
つまり、部屋の中で蝶々の話をしていたら、
窓からその美しい蝶が入ってきたというのかな。
その不思議な一致が宇宙にはあると」と吟遊詩人、川霧が言った。

城は広い丘陵地帯の茶畑が広がっているその上のかなり高台になっている所に見える。
その高台がいわゆる町で、
無数の家とビルが立ち並び、
中心にある城の周囲には広場や貴族の館があるのだという。
小さな湖もある。
その町に行くまでの道のりも中々到達できない仕組みになっている。
これは敵が攻めてきた時に守りやすいという城の掟によって、
つくられた道だろうが、
それにしても奇妙に入り組んでいる。ハルは故郷のと大分違うと思った。

しかし、小高い所にある町に到達するのには、
行けどもいけども、くねくねとまがりくねっていて、
人家と小さい要塞がその道に立ち並び、
その裏に広大な平地は茶畑と野菜畑が広がっている

やがて、寺院が見えた。太鼓の音が聞こえる。
寺院の後ろには座禅道場があった
。ふと、見ると中に座っているのは三十名ほどの十才前後の少年ばかり。
それを大人の坊主が二人で見ている。
ハルと大男に気づいて、一人の小柄なウサギ族の坊主が出て来た。
「どうです。座禅でもやっていきませんか」と坊主は声をかけてきた。
「でも、少年ばかりじゃありませんか」
「確かにね。でも、大人が加わってはいけないという規則はないのです。
むしろ、旅人は色々な地方の話をしてくれるので、
しばらくここにおられると、
わしらもそういう話が聞けて勉強になる」

「異星人の話ですか。
鉱毒の話は地元のおぬしの方が知っておるじゃろ」とハルが言った。
「お坊さんでもそんなことに興味を持ちますか。
わしは帝都ローサに一泊してきてはいるが」と大男は言った。
「わあ、話を聞きたい。
実を言って、わしらは坊主ではない。
侍なのじゃ。
伯爵さまから、子供達を座禅で鍛えてくれと、頼まれているのじゃ。
向こうの方は本物の坊さんだけどな」
「世の中は動いているぞ。
で、伯爵さまはそういうことで、腕のある者をめしかかえようとなさっているのかな」と大男は言った。
「いや、分からん。純真無垢な人での。民族の友愛主義者だ。
人種偏見のような教養のない偏見を嫌う方だ。
国内の経済の発達と民の生活の安定を一番に考えておられる。
ここは神仏のいらっしゃる田舎じゃ。
しかし、わしは国王陛下のおいでになる帝都ローサ市の状況に興味がある」と坊主のように見えるウサギ族の侍が言った。

ハルと大男と吾輩と詩人、川霧は座禅をすることにした。
一時間ばかりという約束で、少年達の端っこに座った。
ハルも座禅をするのは久しぶりだった。
ハルは「座禅は死ぬ気でやらなければな」と笑った。
大男は初めてらしく、不安そうな怪訝な顔をしていた。
坊さんに足の組み方を教わってなんとか、座れたようだった。
三十分もしない内に、大男は寝ている。
頭がふらふらしている。
子供たちは一斉に終わって、立ち上がった。
その時の物音で大男は目をさまし、また足をくみなおしていた。
ハルはみだれずに、足を組んでいたが、
故郷のことが思い出されてならない。

故郷の川で泳いだり、
魚をとったり、女の子に声をかけられたり。
ああ、あの子はどうしているかなと思ったり、
ハルより三つ下の女の子で目が丸く、可愛らしかった。
いつもハルリラに竹刀でうちかかってくるのはまいった。
彼はたいてい、外してしまうのだが、たまに、ごつんとやられる。
「油断大敵では、強い武士にはなれぬぞえ」と笑う。
忘れようと思って、数を数えると、
今度はハルの頭に、別の妄想が湧いてくる。

我は自分でも座禅をした。
そして、吟遊詩人、「川霧」の座禅を何故か良寛のようだと思って見ていた。
そして、吾輩の耳に、良寛の和歌が響いた。
「良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏といふと答えよ」
良寛は禅僧で、道元を尊敬し、法華経、阿弥陀経、荘子、論語を読んだと言われている。
法華経を賛美する漢詩をいくつも書いている。
辞世はちょつと意外な気がしないでもなかった。
でも、これが素晴らしい良寛の教えなのかもしれないと我は思うのだった。

寺院では住職が歓迎してくれた。
子供達を指導していたもう一人の禅の坊主は副住職のようだった。
さきほどのウサギ族の侍も夕食の誘いを受けて、
ハルさんたちの話を聞きたいと言った。

「帝都ローサ市では、坂本良士というのが活躍していてな」とハルは言った。
「おお、わしの所まで、そやつの名前は轟いているぞ。
どんな奴じゃ。
改革派なのか、それとも保守派なのか、どちら側なのか」とウサギ族の侍が聞いた。
「坂本良士は両方を結び付けようとしているようじゃ」と大男は答えた。
ため息をついてから、またしゃべり始めた。
「国の中で争っていてはユーカリ国や異星人につけこまれるからな。
改革派の哲学はニヒリズムなんだ。
良士は理解できるが好きにはなれんと言っているようだ。
なにしろ、改革派は金銭至上主義で、
ルールのない株式会社とカジノを導入すべきと異星人と同じような主張をしていた。
良士は心情的には
保守派に共感しているのかもしれんな。
今までどおりの働く人のための会社で良いとしている。

異星人は改革派を応援しているが、中身が違う。
金もうけ大いに結構という特殊宗教も押し付けてくる。
そうだ。地球でもあったろう。
安土桃山時代にキリスト教が入ってきた。
信長・秀吉は歓迎した。
秀吉は途中から、キリスト教の目的は自分の国を占領することにあると思う。
家康は鎖国をした。
あれを思い出せば、異星人のビジネスとこの特殊宗教はセットになっていると誰でも思う。
この惑星は金と銅が豊富。
鉄は海の下。
宝石特にダイヤは豊富―異星人は商売でこの金とダイヤを手に入れたいらしい。
銅はビジネスだな。
大砲と戦車と車を銅でつくれと言っている。

一応、彼らのビジネス宗教からすれば、
戦争でものを奪うのはダメだから、
ビジネスでということになる。
そういう考えを広めようという魂胆なのだろう。
すでに銅山を占有して、
政府の許可が下りていないのに、株主を募集し、
銅山の株式会社とその関連会社を軌道に乗せている」
「新政府はそれで黙っているのか」とウサギ族の侍は聞いた。
「分からん。政府の役人、林文太郎が今は実権を握っているが
いつこの二つの勢力に追い落とされるかしれない。
日和見でなんとか、政権のトップにいるような男じゃ。
異星人とはうまくやっているが、
まあ、別の言い方をすれば、異星人の言いなりということではないか」
「改革派と保守派はことごとく意見が違い対立することが多いという噂も聞いているぞ」
とウサギ族の侍は言った。
我々はそんな話をしながらも、めしを食べていた。
玄米食だった。
玄米食と言うのは初めてだった。
よくかんだ方がいいという話は聞いていた。
ハルは大男が喋っている間、三十回ぐらい数を勘定してかんで食べていた。
大男は時世についてよく喋っていた。
ハルが思うに、玉石混交の情報のようで、
どれが正しい情報なのか、ちょつと考えてみたが、
ふと気がつくと、太鼓の音が聞こえる

ハルはそこの寺院の窓から見える城を見ながら、
ぼんやりと夢想に耽っていた。

白い壁に金色の筋が入った立派な城は大きな白鳥を連想させたが、
つやがあり、斜めから射すやわらかな日差しに
美しく青空に伸びて、今にも飛び起つようだった。
「時代が変わるのかな」と侍が独り言のように言った。
「時代は変わったばかりじゃないか、
革命からまだ三十五年しかたっていない。
帝都ローサ市が動揺しているようじゃ、
異星人につけこまれる」
と白熊族の大男が大きな口で言うのをハルリラは見た。
大男が初めてまともなことを言ったような気がした。
「それじゃ、改革派と保守派の綱引きは当分続くということか」とウサギ族の侍は言った。
「ハルさん。おぬしは、どう思う。
坂本良士が何かやらかすか。
彼はどちらにも属していないからな。
そしてどちらにも仲間が沢山いるという不思議な奴じゃ」と大男は聞いた。
「色々、噂はあるけどな。
どれが正しいのか分からん。
それより、わしはここの城に仕官に来たのじゃ。
お前さまは取次が出来んのかな」とハルは答え、侍に取次のことを聞いた。
「もう城は昔と違う。
ただの役所よ。
伯爵さまも知事と中央の議員をかねておられる」と侍は答えた。
「でも、お宅は仕官している。立派なものじゃ 」と大男は言った。
「わしか。わしはここの城という名の役所では、自慢じゃないが、一番の下級武士よ。
サムライはまだ廃止されていない。
そんな取次が出来るくらいなら、
自分の帝都ローサ市行きを交渉しているよ。
住職なら、少しは力があるから、彼に取り次ぎを頼んでみたら」

食事が終わって、ハルと大男は住職の部屋を訪ねた。
「仕官したいとおっしゃるか」
「ここで、座禅の本格的な修行をしてから、
行った方がいいのじゃございませんか」
「禅の修行、わしらはそんな悠長なことを行っておられんのじゃ。
第一、あんな風に座っていて、何年したって、同じじゃありませんか」と大男は言った。
「それじゃ、わしからは城に取り次ぐことは出来んな。
しばらく先に行くと、村長がいる。
祭りの支度に忙しいが彼が取り次ぐだろう」

庭に出て、座禅道場の近くを通ると、
先ほどよりも年齢の高い男の子たち、
十五才ぐらいかが二十人ほど集まっていた。
午後の部の座禅らしい。
さきほどの侍もいて、にやにや笑っている。
侍は男の子数人と話している。
どうやら、一人の背の高い少年に
我らを村長の所に案内するよう命じているらしい。

「君達は武士か」
「ぼくは百姓です。
でも、伯爵さまがこれからの男子は百姓も武士もない。
腕のある奴はめしかかえる。
座禅と剣をみがけとおっしゃるので。
でも、今は祭りの手伝いをしています」と彼は言った。
「村長さんとこにか」
「ええ、公民館の横に、
山車を組み立てる建物があるんです。
そこへ皆さんを案内しろといいつけられました」

「それはありがたい。村長さんがいらっしゃるのじゃろ」
「はい」
「案内してくれ」
我々は林の中を突き抜けて、
三十分ほど歩くと、
公民館らしい白壁のビルと横にそれよりも少し大きめの煉瓦づくりの建物があった。
少年の話によると、その建物が山車を納めて、
祭りが近づくと組み立ての作業をする場所なのだそうだ。

「村長に会う前に、祭りの準備を見たいな」と大男が言った。
少年はうなづき、中に入った。
体育館のような広い空間の中に、焦げ茶色の美しい材木が並べられていた。
既に、何度も使用したものらしく、壁側の置き場に、整然と並べられ、
それを数人の男たちが取り出し、組み立ての作業をしているらしかった。

「向こうに村長さんがいらっしゃいます」と少年が言った。
「おお、わしらのことを紹介してくれ」
少年は村長の所にひと走りした。
村長はこちらに軽く、頭を下げたので、礼儀正しい人だと思った。
彼が近づいてきて、「ようこそ。アンドロメダ銀河のお客さんとか」と言った。
「それに、わしは仕官が目的じゃ」とハルは言った。
「仕官ですか。わたしが伯爵さまにご紹介しましょう」と村長は微笑した。
「今は祭りの準備が忙しくてね。
もう夕方も近いですから、今晩は近くの宿も手配しますよ」と村長は言った
しばらく我々は 山車の組み立ての作業を眺めていた。
「素晴らしい祭りですよ。
もう広場では踊りの練習が始まっていますよ。
本番では、この山車が大きな広場をぐるぐる回り
その中を人々が踊りを熱狂的に踊るのです。
あなた方も踊ると良いです。」

吾輩は京都の祇園祭と阿波踊りを思い出した
祇園祭は友人の弁護士と一緒に行き、一度だけ見たことがある。
阿波踊りは銀行員の家のテレビで、見た。
なんでも、パリにまで行って踊ったという有名な踊りなんだそうだ。
テレビで見ていたら
阿波踊りなら、自分でも踊れると思い、
ひそかに、一人になった時
阿波踊りをやってみた記憶がある。
しかし、あれはやはり、沢山の人と一緒にやるのが楽しいのだろう。
そう思って、やめてしまったことを思い出した。

その後、我々は一杯のお茶をご馳走になった。
そのうまかったこと。
天にものぼる心地というのはこのことをいうのかという思いが吾輩の脳裏をかすめた。
      
 




7 大慈悲心
宿屋に着いた時は、すっかり夜になり、降るような星が輝いていた。

吾輩と吟遊詩人とハルは大男が風呂に入っている間、庭の蛍を見ていた。蛍の黄色い光がたくさんあちこち飛び交い、その淡い光に照らされた花や植物や灯篭がなんとなく、もうろうとした墨絵のようで、楽しめると思っていた。詩人が吾輩の耳にかすかに聞こえるように口ずさんだ。

「何の花か知れぬが、大きな黄色や赤の花弁の花が灯篭の明かりで浮かび上がる
満月よりも青みを帯びた白い月が庭の隅々にまで淡い光を投げかけ、
わたしは故郷を思って、ヴァイオリンをかきならす。
遠く向こうに低い山が遠巻きに黒い稜線を見せている

おお、その時、蛍であろう、この惑星のいのちの灯のように明滅している
庭は静寂の中に、わが故郷を思うヴァイオリンの音色に蛍が活性化したようだ
いま、このアンドロメダの旅は神秘な道に足を進めている
人生と同じように、
一瞬の中に永遠の浄土を垣間見る者は幸せだ。」

白熊族の大男が帰ってくると、
「ニュースを聞かされた。
この近くの林で、昨夜、自殺者がいたそうだ。
それが何と帝都の使者だそうだ。
伯爵が新政府に来て、色々提案するのを控えるように、交渉しに来たらしい。
特に、銅山の件で、伯爵の質問状に答えるということらしい。
なにしろ、伯爵はこの国では一番の勢力があった大貴族だ。
他の貴族は帝都に移り、帝都の役人になったり、
昔と違う場所に飛ばされて地方長官になったりしているのに、
伯爵は帝都には貴族院議会に出るだけで、
直ぐに元の古巣に戻り、知事として勢力を振るう。
そしてこちらから、色々質問状を出すものだから、
新政府は困っている。
それに異星人からも銅の商売を突き付けられている。
それに伯爵が鉱毒問題で、質問状を出したことにたいする使者だが、
彼は異星人から、大金を受け取り、鉱毒問題に言及しないことになってしまった。
そのことを号外で暴露された。
それを苦に自殺したらしい。」


  【 8 大慈悲心】
翌朝は良い天気だった。
 我々は伯爵の重臣ロス氏への紹介状を村長から受け取り、
かなりの坂をいくつものぼり、高台になっている町に入った。
町の道は馬車が通れるほどであったが、
けっこう入り組んで、あちらこちらで曲がっていて、
商店や背の高い家や低い家が立ち並んでいたが、
多くの家は黄色い感じで、二階のバルコニーには洗濯物以外に、
鮮やかな花が競うように咲いていた。
その時、例の魔ドリが我らの行く手をふさぐように、飛んできた。
ハルリラが気をつけた方がいいですよと詩人に声をかけた。
詩人はブアイオリンをさして、「大丈夫。これがあるから」と言った。
魔ドリは詩人の肩に例のものを落とした。
詩人の服が囚人服に変わった。
すると、詩人はツイゴイネルワイゼンをかなでた。
甘くとろけるようで、気品のある音色が響いた。
そうすると、元の青磁色のジャケットに戻った。
あまりにも早い変化に、ハルリラも驚いたらしく、「まるで魔法ではないか」と言った。
ふと、気がつくと知路が遠くにブルーの姿で立っていた。
彼女はちょっと微笑してから背中を向け、
自転車に飛び乗り、去った。
我々がしばらく歩いていると、
町の中央の方には、立派な城が見え、
そこからニ百メートルほど離れた所にロス氏の大きな邸宅があった。
我々は執事によって食堂のような広間に案内された。
外は祭りの太鼓の音がする。
透き通った大きな窓から祭りの準備の様子が見える。
窓の下の庭の向こうに、すぐそばから、斜面になり、
大きな広場になり、真ん中に屋根のついた休憩所があって、
そこに、祭りの道具が置いてあるらしい。
もう数名の人達が踊りの練習をしているらしい、そういう人の動きが見える。

邸宅の主人であるロス氏は丸い顔をした黄色い顔の中年の男である。
彼はブルーのカーディガンを着て、広いテーブルの上を見ている。
テーブルの上には、豪勢な食事が並べられ、
両端には、大きな花瓶に豪勢な花がいけられている。
男の横には、娘と思われるカルナがいる。
シックな灰色の毛織物を黒で引き締めたワンピースを着た若い女である。
猫族であるようだが、
何かすばしこい目の動きと全体の機敏性に富んだ表情の動きから、
我はチーター族と考えた。
珍しいのとその細身の身体とすばしっこい機敏な身のこなしに圧倒されて、
我は挨拶を忘れるところだった。
そんな吾輩の気持ちとは裏腹に、
左横に立つ吟遊詩人は鷹揚な会釈をし、
ハルは右横から度肝をぬくようにさらりと帽子をとって、挨拶をしている。 
吾輩はいつのまにハルがその素敵な帽子を宿屋で仕入れたことを思い出した。
我々が食卓について、簡単な自己紹介をしている最中に、
帝都ローサ市の使者の自殺のニュースを執事が持ってきた。
しかしこの話は宿屋で白熊族の大男スタンタから聞かされているので、
驚きはしなかった。
使者は伯爵の行動をいさめるために、
派遣されたらしいが、
背後に異星人の方から多額のわいろを受け取ったという噂を号外によって暴露されたということが、中心の話題となった。
しばらくの間は、そこにいたカルナという娘とロス夫妻と執事が
我々というアンドロメダの客を忘れたかのように、その話に、夢中になっていた。
我々も内容は知っていたが、
この話がこの人たちに動揺を与えている様子に興味を持って見ていた。

「分かった。お前は戻れ、
今は大事なお客様が来ている」
とロスは秘書に言った。
秘書はうやうやしく頭を下げて、広間から出ていった。
「いや、失礼しました。
面倒な事件が起きて、ちょつと驚いたものですから」
「そのニュース、宿屋で聞いて知ってました」と白熊族の大男は言った。
彼は途中の洋品店で、服を新調していたので、まるで人が違ったように紳士に見えた。
「そうですか。問題は異星人からの圧力ですよ。
新政府のトップは首相の林文太郎という異星人に弱い男。
ガンと跳ね返せないのでしようね。
彼らの武力が怖いのですよ。」とロスは言った。
「それだけではありませんわ」
とカルナは若さをぶつけるように話した。
「林文太郎には ドル箱になるという思惑もあるのですよ。
金をとるか、鉱毒を流すのをやめさせるために、
鉱山を閉めるかという選択の場合、彼はドル箱をとるでしょう。」
ハルが吾輩にしか聞こえない特殊な魔法の小声で、
「カルナはスピノザ協会に所属し、それに、週刊誌に寄稿するこの国一流のエッセイストだそうだ」と言う。

「せっかく、革命をへて、三十五年」とカルナは言った。
「議会も始動し、
隣国との外交も軌道に乗り出したところ、
鉱毒事件で異星人とトラブルを起こしたくなくない気持ちも分からないわけではありませんが、
鉱毒は清流を汚し、農民の持つ田畑を汚しています。
放っておくなんてそんなことができますことでしょうか。」
「伯爵さまはどうするつもりなんですか。」とハルが聞いた。
ロスは長い口髭をなで、咳払いをしてから話した。
「伯爵さまは右目が見えないということもあって、
自分からは中々動けないというハンディを背負っておられるが、
純真無垢でおおらかで惑星の平和とこの国の問題解決に前向きの姿勢を持っておられる。
何よりも、市民の人気が高い方です。祭りがありますが、祭りを見れば、分かりますよ。」
「でも、サムライ復活論者というのは変わっていますでしょ」とロス夫人が言った。
「飛び道具は卑怯という考えの持ち主ですし」
ハルは夫人の解説を聞いて、伯爵の考えが気に入っていってしまった。
ロスは伯爵の側近で、政界にも大きな影響力をもつている。
そして、伯爵に色々入れ知恵をつける男として、
新政府の改革派と保守派の両方ににらまれているらしい。
そのためか、いのちをねらわれているという噂が飛ぶ人物でもある。
ロスは自分もいずれ貴族になろうと思っている男であるが、
娘は貴族廃止論者というのも、吾輩は話の流れの中で猫族の直感で推測した。

しばらくすると、執事が伯爵夫妻の到着を告げた。
伯爵と夫人が入口から入ってきた。
そして、主賓席になる、右横の豪勢な椅子に座った。

伯爵は席につくと、ロスは日常の挨拶の言葉を丁寧に繰り返した。
伯爵はただ、微笑してうなづいていた。
伯爵夫人は華麗な衣装に身を包んで、やはり微笑していた。
伯爵がワインに口をつけてから、みんなを見回すと、しゃべり始めた。
「異星人は和田川上流の銅山をいつの間に占有しましたね。
彼らの技術が大きな銅山を発見し、そばには錫もあるから、これで青銅器が出来る。
わが向日葵惑星のテラ国は銃も大砲も今つくり始めた車も青銅が主要な材料になっている。
国を富ますには、銅が必要というのが新政府のお偉方の考えです。
そういうわけなので、銅山から流れ出る鉱毒の問題をわしが抗議したら、使者に手紙を持たせて、わしを説得しようとしたのです。
首相の林文太郎の手紙を読みました。
私はただ 稲に被害が出ているということを抗議しただけなのです。
その結果が、村の農民は早い時期に立ち去れですって。
ひどいじゃありませんか。
農民は先祖伝来の土地をそんな風にされれば、怒りますよ。
でも、あのままですと、鉱毒が田畑に流れてきて、稲が育たなくなるのでね。
新政府もそんな愚かなことをやらないで、
鉱毒を流さないという方法を考えるのが先決ではないのですかね。
そうですよ。利潤追求ばかりで、そこに住んでいる人のことを考えないなんて。 」
伯爵はそこまで言うと、ワインに再び口をつけた。
伯爵はワインに陶然としたようなそぶりで、しばらく沈黙した。
邸宅の主人であるロスが「使者の手紙には何か特別なことが書かれていたのでしょうか」と言った。
伯爵は「今、話したし、皆さんが知っている他のことは何もありません。
新しい客人がおられるのでくどいと思いましたが、
号外も見ましたので、
わしの感想と主張を知ってもらいたいと思い、喋ったのです。
アンドロメダ銀河からのお客さんだそうだね。」
「はい、そうです」と吟遊詩人が丁寧に答えた。
「ま、私の講釈は気にせず、食事をしてくれたまえ」と伯爵は言った。
カルナは「伯爵。あたしにもしゃべらして下さい」と言った。
「どうぞ。私がカルナさんが喋るのが好きのは
ご存知でしょう」と
伯爵は口にワインを持っていきながら、言った。
カルナは言った。
「皆さん、ご存じのように、
銅を精錬する際に出てくるのは恐ろしい鉱毒です。
それが、我らが誇る清流に流れ込むわ。
異星人は金儲けのためにきたので、文化交流が目的ではありません」
「しかし、そこを話し合いで、良い方向に持って行くのが大切」と
伯爵は微笑した。
伯爵の殿様は痩せていて、
キリン族のせいか背の奇妙に高い人で、
顔も首も長く、目は瞳が見えないくらい細く、
こちらを優しく見つめている。
しゃべり方は優雅でゆったりとして、まるでショパンのピアノ曲のようだった。
カルナは伯爵に微笑を送り、喋った。
「異星人の銅山には、鹿族の労働者が集められ、
安い賃金でひどい労働がおこなわれています。
川の中流には銅の車の会社がつくられ、
彼らの惑星では地球型の高性能の水素自動車が走っているというのに、
我らの国を文明の低い惑星と見下し、
あのようなへんてこな車の製造をして売りつけている。
排気ガスは出るし、
車の騒音も相当だし、
あれなら、まだ馬車の方がはるかにいいですよ」
「まあ、買う連中がいるからね」と父親のロスが言った。
「それに、車の工場の中身は鉱山にまけず劣らず、
労働状態はひどい。
労働時間は長い。
残業代は出ない。
トイレに行くことすら、監視されている現場もひどいのです」とカルナは言った。
「異星人だけでなく、隣の国ユーカリ国の動きも気になりますな}と大金持ちのロスは言った。
「わしはな、」と伯爵は言った。
「銃も大砲もいらない。
剣だけで十分だ。
改革派と保守派が占拠している新政府のように、
軍拡を進めることばかり考えていると、
結局、新式の銃の開発、大砲と武器はどんどん発達していくばかり、科学は軍に奉仕することになってしまう。
金は軍に奉仕するだけで、庶民のための福祉にまわらない。
こちらの福祉を豊かにして、
文化を高めれば、ユーカリ国にも異星人にも尊敬されるようになる。
そうすれば、彼らと文化交流が出来て、彼らもむやみな要求をしなくなるのではないかな。
我らの文化の価値を彼らに認めさせるのだ。
向日葵惑星のテラ国にはこんな素晴らしい文化があると異星人が知り、
自分の国に報告する方がどれだけ素晴らしいかを教えてあげることの方が、お互いにうまくいく。
もしかしたら、彼ら異星人はみかけは経済・経済と言っているが、
もしかしたら、あの秘密の宝殿と中に収められている経典を知りたがっているのかもしれない。
そうではないか。」
「宝殿と経典とは何ですか」とハルが聞いた。
「いや、わしらも詳しいことは知らん。
彼女が知っているよ。
宝殿のモナカ夫人。会ってみるかね。
彼女の考えは中々、独特でね。
宝殿の主人でもある。」
「会いたいですね」と吟遊詩人が言った。
「明日、お連れしよう」と伯爵が言った。
「先程の話の続きだが」と伯爵は言った。
「隣のユーカリ国の動きも気になるというロスの話ももっともではあるが、
その結果は戦争だ。何十万という若者が死ぬ。
わしは剣だけで、国はおさまると思っている。
あの剣には、サムライの倫理がある
しかし、銃や大砲やミサイルにそんな高貴な倫理がないではないか。

外国勢との戦いをどうするかということだが、
ここに、わしが発明研究所をつくった意義がある。
とびきり優秀な気球を沢山つくるのじゃ。
真夜中、空から敵の背後にサムライ達を回し、
そこから銃を持つ彼らを奇襲し、銃や大砲を奪い、

彼ら兵士を傷つけないで、彼らの飛び道具を廃棄するのじゃ。
そのためには、優秀な剣士がたくさん必要だ、わしの考えは妙案と思わんか」

ハルは神妙に聞いていたが、こんなことを言う人は初めてだったので、
面食らっているようだつたが、
自分の剣の腕が役に立つ場が見つかった喜びがあるようだった。
カルナが厳しい表情をした。
「伯爵! ユーカリ国は、かなりの飛び道具を持っていますよ。
夜中でも気づかれれば、気球など、高性能の銃で撃ち落とされてしまいます。
そして、その次に来る反撃は今までの平和とビジネスから一転して、
怖ろしい武器の攻撃がわがテラ国に襲い掛かり、テラ国は亡びるでしょう」
「カルナさんの言う通りかもしれない。
ま、何事も話し合いだな。
先程も言ったように、文化交流が大切だ。
ユーカリ国とて、本音はわが国の文化を知りたがっている。
相互の誤解で戦争になる。
戦争は愚かな人間の行為だ」と伯爵が微笑した。

翌日、宝殿に行った。
それは金と銀と宝石で作られた正方形の巨大な建物で、入口が小さかった。
中から、現れたのは三十代半ばの女で、モナカ夫人だった。
モナカ夫人は語った。
「ここにある経典は天下の法典であります。私は毎日、読んでいるが、理解するのが大変」
「何でそんな素晴らしいものを外の人にも読んでもらうようにしないのですか」とハルが言った。
「理解できないと思うからです」
「それは出版して、多くの人に読んでもらえば、
理解できる人も増えるのではありませんか。」
「カンスクリットで書かれているので、
これを翻訳する作業はいまの向日葵惑星の文化と経済力では無理でしょう」
「それではあなたが死んだら、それを読める人がいなくなるではありませんか」
「そんなことはありません。
私の親族はたくさんいますが、その中でこれを読めるのは二十人います。
みな優秀な人材で、親族の中から選ばれ、代々、この宝殿を二十人で守ってきたのです。この人たちはこれをみんな習得して、
この宝殿を守るのに、長いこと尽力してきたのです」
「率直に言って、どんなことが書かれているのですか」と吟遊詩人が言った。
「アンドロメダ宇宙と人間の真理が書かれているのです」
「具体的に言って下さい」
「無理なことをおっしゃる。
あえて分かりやすく言うならば、
物と人がこの世界に存在している神秘を宇宙のいのちの働きと見て、
そのいのちの表現を知ったヒトがさらに自らの精神を進化させ、
神々の住むような美しい町を作っていくにはどうしたら良いかということだ。
我々の街には伯爵さま歴代の善政のおかげで、神々のいる町は守られてきた。
小川にはいくつもの水車がまわり、そこから家庭に電気が送られている。
そして、水。未来に目を向ければやはり、水から、水素エネルギーを作り出すことをめざす」
「水車!」
大男スタンタは伯爵の前では、不思議なくらいおとなしく沈黙を守っていたが、
水車の言葉に歓喜の声をあげた。
皆は一瞬、スタンタの赤い顔に輝く大きな目を見た。
モナカ夫人は一瞬、微笑して、さらに話し続けた。

「柳や緑の樹木や、ベンチにはいつも人に美しい優しい声がささやかれているような趣がある。
道端の花は微笑している。
困っている人がいた場合には、親切に教えてあげる言葉に、人の心は癒される。
つまり、そういう風に導いたのは、経典に愛が書かれているからです。
慈悲が書かれている。虚空が書かれている。
この宇宙を創造したのは大慈悲心であると。

「慈悲 」
「それから、あなた方の経典に法華経というのがあるでしょう。
あの中に人は如来の室に入り、
如来の衣を着、如来の座に座して、
しこうして広くこの経を説くべしと書かれていますよね。
如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心、
これは悪口を言ってはいけない。人を傷つけることをしてはいけない。
人に嫌がらせをしてはいけない。
つまり、ハラスメントをしてはいけないということです。人に親切にするということです。
それから愛語です。守られているのでしょうかね。
「如来の室」の意味を地球の方は子供に、そう大人にも言い伝えているのでしょうか。
そういう基本のことを知らないようでは、法華経の神髄に入ることは難しいのではないでしょうか。

「あなた方の経典にはそういうことが書かれているのですか」
「はい、書かれています。
それが一番大切なことで、その基本を忘れてはまずいです。
宇宙の大真理は銀河系宇宙に行こうがアンドロメダ宇宙に行こうがみな同じです。」
 「春のそよ風が吹く
  そよ風にのって、慈悲の心も運ばれてくる
  花に、樹木に、空の雲に、慈悲の種はまかれていく
  愛語は惑星のいたる所に、音楽のように響いていく
  いたる所にある深いいのちの真理が
われらにほほえんでいく」
そう、モナカ夫人は小声で詩句を朗読して
「これが、最近、私の翻訳した向日葵惑星の経典の一部ですわ。
いかがですか」と彼女は美しく微笑した。
     
 
9 不思議な長老

異星人サイ族の銅山に行く前に、ひと悶着があった。
伯爵の息子トミーが伯爵の交渉についていくと言い出したのだ。
これはロス家のおしゃべりの秘書夫人がもらしたことで、
我々は知ったのであるが。
夫人によると、
トミーの行動は父親の伯爵の価値観とあまりに違うことで悩みの種になっているらしい。
トミーは以前、伯爵から資金を借りて、
自転車をつくる会社を起こしたのだが、
失敗した。
新しい車に若者の人気が集中した結果のようだった。
今度は家庭用水耕栽培のキットだそうだ。
伯爵はこの地域は大きな農場が多いから、
そういうものははやらないとして、
資金を出すことは出来ないと突っぱねたらしい。
そこで仕方なく、異星人の言う株式会社をつくろうとして、
父親と意見が合わず、ロス氏から幾分か資金をかりて、
さらに欲しいと思っているところに、この異星人との交渉を耳にしたらしい。


トミーはキリン族で背か高く、
偉丈夫で、ハンサムで、
どこかモディリアニという画家の描く憂愁な人物像を思わすものがあるが、
父の伯爵のような理想主義を軽蔑し、
実利主義を尊ぶところがあり、もう貴族を廃止すべきだと思っているから、
カルナともその点では意見が合い、カルナに好意を持っている。
カルナに対しては、ハルもほれているらしいので、
この火花を吾輩、寅坊ははたから見て心配することになった。

いつの間に、ハルとトミーは話がはずむ仲となっていた。
「おやじはかなり変わっているだろう。
俺は今度家庭用水耕栽培のキットの株式会社をつくろうと思っているのだが、
おやじは株式会社そのものに反対しているのだから、まいるよ。
おやじは株主本位の株式会社に反対しているらしいが、
働く人のための株式会社もあると思うのだが、
俺が説明しても、前の会社で失敗しているものだから、話を聞こうともしない。
とても金は出してもらえんだろうな。
異星人のサイ族は金を出すんではないかな。
なにしろ、株式会社の価値観を広めたがっているのだから、
確かに親父の言う通り、異星人のサイ族の言う株式会社は株主本位だということは分かる。
しかし、そういうのはカルナさんの言う働く人のための会社という風に、
徐々に法律で変えられるんじゃないか。
異星人が金を出してくれるなら、
俺は彼らを株主として歓迎し、それで会社を立ち上げることができるかもしれん。
そういう期待を持つのだが、
親父はなにしろ最初から純粋主義で行かないと駄目らしい、融通がきかん。
だから、ことごとく俺と意見が対立するのよ。
おぬしはどう思う。ハル」


「わしか。
わしはそういうことに関しては何か言うほど、そういう方面の情報を集めておらん。
最近の新政府の借金、百兆ギラということから、
増税という話がどうもおかしいというのも、最近知ったばかりだ。
新政府は革命前の政府から引き継いだ隠し金、八十兆ギラを
地下に持っているというじゃないか。
それはともかく、トミー。
おぬしが異性人から金を借りるということには賛成できんよ。」とハルは言った。
我々は祭りの準備で、
広場にいる人たちと、向日葵踊りの練習をしたあと、
サイ族の銅山に行くことにした。
その練習の時に、
トミーもカルナも吟遊詩人もハルリラも吾輩もこうした若くて時間のある連中が集まったから、
練習とはいえ、愉快な経験だった。
笛と太鼓でリズムをとり、その二拍子のリズムにのって、
両手をあげ、右、左と、手と足を動かす。
その楽しいこと。阿波踊りによく似ている。


翌日、我々はついにサイ族の占拠する銅山の本局に向かった。

馬車で、森林地帯の道を通り過ぎると、
金色の禿げた土がむき出しになった銅山が巨大な山のようにあり、
その下の平地に小さな町があった。
異星人がつくった町だった。
色々な色の小さな家が沢山並び、広場もあり、広場には大きな彫刻と噴水があった。
カーキ色の軍服を着たサイ族の兵士がうろうろしていている。
案外だったのはサイ族は意外に小柄な感じがするのだった。
鹿族の方が背が高いような印象だった。
鹿族には吟遊詩人ほどの百八十センチぐらいのがけっこういる感じがしたが、
もっとも、低いのもかなり、いる。
ところが、サイ族はだいたい背が低いが太っていて、腕が太い。


本局は華麗なビルだった。
受付には兵士が三人いて、こちらに一人が銃を向け、一人が刀をぬいた。
何も持っていないベレー帽をかぶった男が我々の前に来て、「何者だ」と怒鳴った。
「知事だ」と伯爵が前に進み出た。
「テラ国の政府の役人ならば、身分証明書を出せ」
伯爵はそれを見せた。
「何の御用で」
「こちらの司令官に会いたい」
「ご用件の向きは」
「川に鉱毒が流れて、農民が困っている 」
「分かりました」
中に入ると、青銅で出来た車が三台とまっていた。
「ほお、青銅の車」
「青銅をつくるには錫がいるよな。すずはどこでどれるのだ」とハルが言った。
「銅山の向こうの地下に錫がたくさんありますよ」

広間を通り、司令官の執務室に入った。
我々は吾輩、寅坊と吟遊詩人とハルと あの大男と伯爵と秘書官だった。


「銅が和田川に流れ、その鉱毒が田畑をあらし、
農民が困っています。なんとかなりませんか」と伯爵が言った。
「わたしは貴公たちの向日葵惑星を強い富のある国にして
貿易をしたいと思ってきたのです。」

「しかし、銅山は勝手にそちらで占拠したと聞いています。
新政府の許可を得ていない」

「お宅はどういう身分なのか」
「伯爵です。貴族院議院の議員であり、そこの町の知事でもあるのです。
そういう責任ある立場から、申し上げているのです」

「資源は先に見つけた者が活用するのは当然というのが、
我らサイ族の長い間の慣習法でしてな」

「しかし、ここはあなたの国ではない。向日葵惑星のテラ国の
領土です」

「領土。そういう概念はわが惑星にはありませんな。
わが惑星はサイ族がみんな仲良く暮らしておる。
自分の領土に線を引き、国どおしが争ったのなんていうのは
千年も前にあった昔の歴史の話でしてな。
そんな慣習はアンドロメダ銀河では通用しませんぞ」

「どちらにしても、鉱毒が民衆に被害を与えているという事実をどう考えるのですか」

「銅の鉱毒を別のルートを使って
山の地下に埋める方法がないわけではない。
しかし、それにはそちらもそれなりの金貨を出してもらわなければなりませんな」

「いくらですか」
「百億サラ」
「それは直ぐには払えない。
政府の財務局に申請書を出して審査してもらわないと、それだけの大金は無理だ。
それにそんな大金を我が国が出さなければならない義務があるのか、
疑問があるし、新政府の中で議論して結論を出さねばならない」
「それでは、今のままでいくしかないでしょう」
「しかし、その問題とは別にあなた方がここを不法占拠しているという問題がある。
ここは向日葵惑星のテラ国の領土で、
ここで銅山を開発して仕事をするには、法務局の許可を受け、それなりの税金を払い、」
「ちょつと待って下さい。
そういう問題は政府と話し合うこと。
一議員と話し合うことではありません。
もう既に、そういう話し合いは、新政府の高官と話し合いが進んでいる」
「誰ですか。その高官と言うのは。」
「首相補佐官ヨコハシ殿です」
「なるほど」

「そちらの方はご家来か」
「いえ、アンドロメダ銀河鉄道の乗客とカルナさんです」
「そんなら、話が早い。
こうしたことはサイ族の言い分が通るというのがこのあたりの銀河では慣習法になっている。
それを知らないテラ国というのは随分と文明の遅れた国ですな。
一発、帝都の郊外にある軍事訓練所に我らの優秀なミサイルをぶっ放してみせましょうか。
私としては、そういうことはしたくないですし、
わが指導者の長老が文化の交流と言いますからな。
しかし伯爵のような無知な方にはこれが一番きくことは確かなことです」
「長老とは」
「我ら遠征隊の精神的指導者だ。
わしは軍人として司令官で軍を動かす最高責任者だが、
長老はサイ族の惑星の高貴な方の直属の使命を帯びている方での。
わしも、長老のご意見は尊重しなければならぬ。
だからこそ、長老の意向に沿うように、
平和裏に向日葵惑星とビジネスをしたいと思っているのじゃ」

「その長老の方にお会いしたいですな」と伯爵が言った。
「長老に。今は堂にこもっていますよ。」
「いつお出になるのです」
「いや、わしども俗人には分からん」
「何をされているのですか」
「軍人にそんなことを聞かれてもね。
何か高貴なことをされているのだと思いますよ」

その時、その長老が出てきた。
あごに長い髭が三角形の銀色の飾りのように伸びていた。
浅黒い肌の顔はしわだらけで、茶色の目の眼光は鋭かった。
「わしに会いたいとな」
「はあ、そう言っておりますが」と司令官は言った。
「おい、ハル。わしを知らんか」

「いいえ、存じておりません」
「お前の所の魔法はバラ色の魔法次元。
わしの所は黄金の魔法次元」
「ああ、それは聞いたことがあります。
魔法次元にもいくつかの種類があるというのを。
しかし、黄金の魔法次元については名前ぐらいしか、知りません」        
「うん。わしはな。
このあたりの銀河は黄金の魔法次元の価値観で統一されるべきだと思っているのだ。
何か異存はあるか」
「と言われても、その価値観がかいもくわかりませんので」
「ふうむ。バラ色の魔法次元みたいな呑気でだらしのない所とちがうからな。
平和なビジネスとそれを守る武力。
これが我らの看板だ。
奥は深いから、こんなところで喋っても意味はないが、
つまり皆が豊かになる。これほど、良いことはあるまい」
「武力といっても、ミサイルがあるのでしょう。
魔界で開発されたという噂があるけど」とハルにしては珍しいほど小声で言った。
「魔界?メフィストは人の心をあやつるのだ。
魔界では、物はつくらん」
「なるほど」

「ところで吟遊詩人。お宅はどんな音楽をかなでるのかな」
「出来れば、宇宙の大真理を表現するような音楽を作曲して、演奏してみたいですね。
いつもはその時の気分で、あるいは好きな曲を演奏しますけど」
「宇宙の大真理。
それなら、わが黄金の魔法次元の価値観を作曲してみたら、どうだ。
そして、この向日葵惑星で演奏するんだ。
客は入るぞ。大金持ちになることは間違いなしだ。どうだね」
「ごめんこうむりますね。
ビジネスと宇宙の大真理は一致しません。
魔法次元の価値観がどういうものか知りませんが、
あなたの言葉とあなた方がこの向日葵惑星にやってきて、
やっている行動を見て、真理とは全く一致しないということが分かりますから、
そんなものは音楽にしたくありませんね」

「あんたが考えていることは幾分キャッチしておるわ。
地球の方だから、キリスト教とか仏教とか、
それから、わしらの科学から見たらチャチな科学を使って、何か追い求めている。
どうだ。当たっているだろう。
だいたい、アンドロメダ銀河鉄道で旅する奴にはそういうのが多い。」
「いけませんか」
「地球で、わしが興味を持つのは維摩経だな。
あの主人公は大商人で、文殊菩薩をいいまかしてしまったではないか。
しかし、黄金の魔法次元の価値観は最終的に黄金をもたらしてくれる。
そこが維摩の言うことと、わしらの次元の価値観と違うところだ」
「この向日葵惑星の宝殿にある経典には興味はないのですか」
「宝殿のモナカ夫人、うん、名前ぐらいは聞いている。
向日葵惑星はテラ国の文明が低いから、レベルは知れている」
「文明は低くても、文化は高いということはありますよ」と吟遊詩人は言って、
モナカ夫人で経験したことをかいつまんで話してみた。
「それが本当なら、少しは興味を持つな」と長老が言った。
吟遊詩人はヴァイオリンをかき鳴らし、声を張り上げた。
「わたしは野獣になりたくない。」
「野獣。 
それは魔界の話ではないかな。
魔界はわしも嫌いだ。毒界といわれるメフィストの住むところ」
「そのメフィストにあなたがあやつられるということはないのですか」
「失礼なことを言うな。あんなのはわしに近づくことさえ出来ぬ。
ああいうのが近づくのは心の未熟なものだけよ」
「しかし人の心に忍び込む魔界の連中がいると聞きますよ」
「わが黄金の魔法次元の価値観は素晴らしいもので、我らを豊かにする」

吟遊詩人は再びヴァイオリンをかきならした。
ある種の情熱とこころをかきならす恋慕の情がヴァイオリンの音色の中に感じられる。

食欲、性欲、金銭への欲も欲張りすぎないことが大切
人の肉体のいのちははかない
しかし、不生不滅の形のない「いのち」もある
あの銀河が教えてくれる
あの花が教えてくれる
野獣になったら、その見えないいのちを見失う
満月をみたら、美しいと思うように、
我らはいのちの美しさをみたら、その衣服につつまれたいと思う。
いのちは虚空のように目に見えない
それでも森羅万象も我らのいのちも
その神秘な虚空のいのちから流れてくる