人に誘われ、2つのオーケストラコンサートを聴きに行った。
ひとつは、3月11日(金)夕刻池袋西口公園の野外スタジオで行われた「ウクライナ応援コンサート」(指揮・小林研一郎 主催:豊島区、コバケンとその仲間たちオーケストラ)だった。
曲目は、シベリウスの交響詩「フィンランディア」、ラヴェルのボレロ、アイルランド民謡ダニーボーイ(ロンドンデリーの歌)の3曲。
タイトルからもわかるよう、2月24日にロシアがウクライナに侵攻した戦争への抗議とウクライナを支援する趣旨のコンサートである。
主催者あいさつで知ったのだが、豊島区は1982年に23区初の非核都市宣言を採択した区ということもあり、3月2日、高野之夫区長・磯一昭区議会議長の連名で「核兵器の使用を示唆するようなプーチン大統領の一連の行為に対する厳重抗議」をプーチン宛に発出した。その関連のコンサートである。コンサートの話が持ち上がってから1週間で実現とのことで、 そのスピードには驚かされた。
だから主催が豊島区なのだが、まず高野区長から趣旨説明を兼ねたあいさつがあり、続いてオクサーナ・ステパニュックさんの「ウクライナ国歌」独唱が披露された。この方は藤原歌劇団所属のソプラノで、かつウクライナの民族楽器「バンドゥーラ」の名演奏家だそうだ。
わたしは、基本的には「君が代」をはじめ国歌は好きではないが、ステパニュックさんの「ウクライナ国歌」(このサイトの10:53)は時機が時機だけに迫力を感じた。また開会に先立ち、会場で配布されたウクライナ国旗が青と黄の2色ということはたいていの人が知っているが、青は空、黄は麦を表す、だから「青を上、黄を下」に掲げるようとのアドバイスが、司会の朝岡聡さんからあった。これは聞いてよかった豆知識だった。
いよいよシベリウスの「フィンランディア」の演奏が始まる。金管(トランペット、ホルン(あっ、ホルンは木管だが)各4人、トロンボーン6人、計14人)はステージ上の2階席ひな壇のようなところに1列で座っている。コロナで密を避けるためと考えられるが、朝岡さんから「マエストロ小林じきじきに、いっそう輝かしいサウンドになることを説明するようにいわれた」とのコメントがあった。
2階席に金管、舞台下には男声合唱団が並ぶ
舞台下に30人くらいの衣装はバラバラの男性が並んでいる。警備スタッフではない。フィンランディア賛歌を歌う合唱団で、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団と早稲田大学グリークラブのOB合同合唱団だった。急な話だったので、こういうことになったのだろう。
屋外の演奏で全員立ち見、マイクを通しスピーカーで大音量で流すので、重低音の迫力は感じるものの、演奏内容のほうは判断をつけがたかった。わたしは前から6列目くらいのステージに向かってやや右手で立っていたが、立ち位置や前に背の高い人がどのくらいいるかでも音環境はかなり変わると思われる。
小林さんの姿は、人と人の間から、小さくみえるだけなので、もっぱら舞台上部の大型モニターを見ることになった。
コバケンさんの指揮はたしかに見ものだった。7年ほど前のラ・フォル・ジュルネで小林研一郎指揮、日本フィルハーモニー、合唱・東京音大のベートーベンの「第9」の4K映像を見たことがあるが、「炎の指揮者」と呼ばれるだけあり、たしかに熱い演奏だった。
残念ながら、わたくしがコンサートを聴けたのはここまでで、あとはユーチューブで視聴(このサイトで全体を視聴できる)しただけだったが、やはりプロの指揮者は違うと思った。
なおこの日集まった寄付金は、4月に小林氏がハンガリーを訪問するときに、ウクライナからハンガリーに避難した人たちに直接手渡すとのことだった。
また、目の前の東京芸術劇場1階で「キッズゲルニカ ウクライナ」という絵を掲示していた。ウクライナの子どもたちが描いた絵で、ピカソのゲルニカと同じ3.5m×7.8mのサイズの大作だ。
プログラム(右)は、予定された出演者のままで配布された
もうひとつ3月5日(土)午後、こちらも人に誘われて目黒パーシモンホールでフレッシュ名曲コンサートを聞いた。曲目はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と交響曲7番、指揮・太田弦、オケ・東京交響楽団、ヴァイオリン独奏・高木凛々子というメンバーだった。じつは指揮・鈴木優人、独奏・戸澤菜紀で予定されていたのが、「公演関係者がPCR検査の結果陽性であることが判明したため、濃厚接触の可能性がある出演者を変更」した結果、ピンチヒッターで出演者が差し替えになったものだった。外国人アーティストが入国できず交代ということはよくあるが、主演の2人とも急な変更というのは、いかにもコロナ禍のできごとだった。
それでも無事に開催できたのは、お二人のおかげだろう。もしかすると、オケのメンバーでも感染者なり濃厚接触者で出演不能ということもありうることだ。
フレッシュ名曲コンサートは、東京都歴史文化財団が区市町村の団体と共催して行うコンサートで、2021-22年のシーズンではくにたち市民芸術小ホール、なかのZERO、ルネこだいら、練馬文化センターなど22の会場で22回開催している。東京都歴史文化財団は東京文化会館、東京都現代美術館、東京都江戸東京博物館など12の都の文化施設の指定管理者で芸術文化を振興する財団である。この日は目黒パーシモンホールの指定管理者・目黒区芸術文化振興財団の主催というかたちになっていた。
わたくしがプロオケを聴くのは、何年ぶりだろう。オペラの伴奏なら昨年の藤原歌劇団「ラ・ボエーム」の東京フィルハーモニー、新国立劇場オペラ研修所「悩める劇場支配人」の新国立アカデミーアンサンブルなどがあるが、まともなコンサートを聞いたのは相当昔のように思う。11年前のベルリンフィルまで遡るかもしれない。
予想通りといえばそのとおりだが弦の厚み、充実したハーモニーがアマオケとかなり違う。管はアマもかなり高いレベルだと思っていたが、ホルンやフルートの重奏部分を聴くとここまでピッタリ合わせるのはアマには難しい。さすがだった。そして管弦打全体のバランスがよい。やぱりプロの楽団だと改めて発見することが多かった。
アマは人数の関係で、3管編成になることが多いが、この日は2管、それも金管はトランペットのみ、ヴァイオリン協奏曲はフルートも1本だけ、ティンパニも2台という簡素な編成だった。おそらくスコアどおりなのだろうと思うが。
太田弦さんの指揮は、交響曲7番でとりわけ光っていた。東京交響楽団とも過去演奏した経験ありとプロフィールにあったが、息がぴったり合って、終盤に近付くほど生き生きした演奏を聴くことができた。いつ緊急出演が決まったのかわからないが見事だった。高木さんのヴァイオリンは、落ち着いた演奏で、カデンツァも派手なところがなかった。ハーモニクスがとても美しい音色だった。ドラマティックさはないが、そういう奏者なのだろう。貸与のストラディヴァリはさすがで、よく鳴っていた。これだけでも聞きにいった価値があった。
アンコールでバッハの無伴奏パルティータが演奏されたが、これは名演だった。こういう曲が得意なソリストなのだろう。
開演30分前から15分ほどウェルカムコンサートが開かれた。プログラムはベートーヴェンの弦楽四重奏曲1番op18-1の1・4楽章、メンバーはオケから1stヴァイオリン田尻順、2ndヴァイオリン水谷有里、ヴィオラ小西応興、チェロ伊藤文嗣だった。
本番前のロビーコンサートや本番30分前の「解説」は聞いたことがあったが、舞台上の演奏は初めて聴く。これもコロナ対策で、ロビーでは聴衆が「密」になるからかもしれない。
演奏も4人の息が合ったよい演奏だった。なぜか2ndの水谷さんの音が目立って聞こえた。プロフィールをみると、まだ芸大の院生のようだが、大物なのかもしれない。
生の弦楽四重奏を聴くのも、数十年前の東京カルテットや巌本真理カルテット以来のはずなので、満足した。
めぐろパーシモンの大ホールには、15年ほど前の冬、高田馬場管弦楽団の定演を一度聴きにきたことがあった。1200人規模の大きさで、なかなかいい響きのホールだった。
前半に書いた「ウクライナ応援コンサート」がを反映していることはいうまでもない。フレッシュ名曲コンサートも、新型コロナ流行の影響を大きく受けている。そういう点で考えると、案外オーケストラのコンサートも社会情勢に影響され、社会情勢を反映したものだといえそうだ。
1945年敗戦のアジア太平洋戦争時の軍楽隊やオーケストラと同じ道を進まないことを祈りたいのだが・・・。
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