✉Concealed or Exposed ?⚔
剣歯猫の剣歯コンディションについて
新春ご挨拶に代えて
年末にさしかかったタイミングでのミイラ発表で一躍著名になった剣歯猫、ホモテリウム(Homotherium)。シミター型剣歯猫の最後期のタクソンで、上顎犬歯※の長さは後述するダーク型剣歯猫に比して控えめですが、これまで、咬合状態(閉口状態)でも上顎犬歯が下唇の外に露出するよう復元されることが常でした。2022年の Anton et al. の解剖学的分析(論文タイトルは巻末に明記)により、閉口時、ホモテリウムの上顎犬歯が下唇に包摂され、「隠れていた」という仮説が導かれたのでした。
※(以下、上顎犬歯を単に「剣歯」と表記します)
ホモテリウムの場合、上顎骨(maxilla)の幅が狭い上に切歯が非常に大きく、アーチ状に並んでおり、逆に前上顎骨(premaxilla)は幅広で剣歯と切歯間の間隙を欠きます。下顎骨は下顎結合部位(mandibular symphysis)が幅広で剣歯と下顎骨の外縁の間にほとんど隙間がありません。また、下顎フランジ(下顎フランジは、英語でmandibular flangesや、mental flangesと表記します。下顎骨先の下端にみられる突起で、多くの剣歯猫において上顎犬歯にマッチする長さで、「添え木」的な機能をなす)は、剣歯の長さをカバーする長さまで発達している。これらから、口唇や筋肉、軟部組織や毛が加わると、閉口時に剣歯が露出するだけのスペースがないことが判明したのです。
ホモテリウムの場合、上顎骨(maxilla)の幅が狭い上に切歯が非常に大きく、アーチ状に並んでおり、逆に前上顎骨(premaxilla)は幅広で剣歯と切歯間の間隙を欠きます。下顎骨は下顎結合部位(mandibular symphysis)が幅広で剣歯と下顎骨の外縁の間にほとんど隙間がありません。また、下顎フランジ(下顎フランジは、英語でmandibular flangesや、mental flangesと表記します。下顎骨先の下端にみられる突起で、多くの剣歯猫において上顎犬歯にマッチする長さで、「添え木」的な機能をなす)は、剣歯の長さをカバーする長さまで発達している。これらから、口唇や筋肉、軟部組織や毛が加わると、閉口時に剣歯が露出するだけのスペースがないことが判明したのです。
よって、ホモテリウムやアンフィマカイロドゥス、ゼノスミルスといったシミター型剣歯猫においては、閉口時に剣歯を下唇が包摂していた、という結論に至りました。
実際にホモテリウムの幼獣のミイラも咬合状態で剣歯が隠れていたことから、成獣においてもそうであった可能性は高いといえましょう。
実際にホモテリウムの幼獣のミイラも咬合状態で剣歯が隠れていたことから、成獣においてもそうであった可能性は高いといえましょう。
(シミターキャット、ホモテリウム・ラティデンスの復元画)
上顎犬歯が、下唇内部の軟部組織の中に納まる様子を描いてみた
Images and text by ©the Saber Panther(All rights reserved)
そのホモテリウムに続き、今度はスミロドンと並ぶダーク型剣歯猫の代表格、メガンテレオン(Megantereon)の咬合状態での剣歯コンディションを検討する、同じくAnton et al.(2024)による研究が発表されています('Exposed weapons: A revised reconstruction of the facial anatomy and life appearance of the saber-toothed cat Megantereon (Felidae, Machairodontinae)' 2024年12月31日に『American association for Anatomy』掲載。英文。オンラインで閲読できます)。
丁度、ホモテリウムのミイラの発見もあり、化石種の復元の正確さについて問われているタイミングですし、私も参考にしていきたい新知見でもありますから、以下に少しく紹介させていただきたい。
【解説】
ホモテリウムの研究ではヒョウ属の各種との解剖学的比較が行われましたが、今回の研究では、いわゆる「咆哮しない大型ネコ」(ユキヒョウ、クーガー、チーター)、及び咬合状態で上顎犬歯が露出することが知られる、アカギツネとの比較分析も実施されています。現生ネコ科種の下唇の、興味深い「二重リム構造」についてや、ヒョウ属種とそれ以外の大型ネコとの口唇の違い、アカギツネの下唇に関する記述など興味深いものですが、実際に論文に当たり確認していただくとして、ここではそれらは省き、結論から述べていきます。
(「咆哮する大型ネコ(ヒョウ属種)」の絶滅種、Panthera gombaszoegensis の生体復元画)
(「咆哮する大型ネコ(ヒョウ属種)」の絶滅種、Panthera gombaszoegensis の生体復元画)
by ©the Saber Panther(Jagroar)(All rights reserved)
ホモテリウムの上顎・下顎骨や歯形態については上述しましたが、メガンテレオンの形態はシミター型剣歯猫とは大分違っています。メガンテレオンの上顎骨は幅広で前上顎骨の幅は狭く、切歯が(シミター型剣歯猫よりも)小さく現生ネコ科のようにアーチ状ではなく直線的に並ぶため、上顎犬歯と切歯間の間隙が大きくなります。また、下顎結合部位も狭いので上顎犬歯と下顎骨の外縁との間隙も大きい(=剣歯が露出するに十分なスペースがある)。
メガンテレオンの下顎フランジは顕著に(ホモテリウムよりも)発達しているものの、その極度に長い剣歯に比べると短く、咬合状態で剣歯歯冠は下顎フランジの下端より2cm 以上はみ出ます。これでは、仮に下唇が剣歯を包摂する構造だったとすると、下顎の余剰部分の皮膚を剣歯の先が突き破る危険性をはらんでいたことでしょう。
これらのことから、メガンテレオンにおいては閉口時に剣歯が下唇の外に露出していたであろう、との仮説が出されています。
これらのことから、メガンテレオンにおいては閉口時に剣歯が下唇の外に露出していたであろう、との仮説が出されています。
ダーク型剣歯猫・メガンテレオンは、鮮新世から更新世中期にかけてユーラシア、アフリカの広範囲に分布しましたが、その局部的個体群から、北米にてスミロドンが派生したと考えられてきました。スミロドンでは剣歯が(メガンテレオンよりも)さらに長大化する反面、下顎フランジは短縮し、最後期のファタリス種やポプラトール種においては、ほぼ退化しています。
実は、ネコ科、ニムラヴス科、バルボウロフェリス科を含む全ての「剣歯猫」の進化史において、ダーク型かシミター型かを問わず、剣歯長を「概ね」カバーする長さの下顎フランジが発達し、かつ上顎骨幅が狭く、剣歯と切歯間の間隙が狭くなるという、共通の進化傾向が見られるのです。その数少ない例外がメガンテレオンとスミロドンで、上述のように、メガンテレオンにおいては下顎フランジは発達していながら剣歯長をカバーしておらず、スミロドンに至っては下顎フランジ自体が退化し失われているのです。
下顎フランジは、口腔内で剣歯を鞘のように包摂する軟部組織を支える、謂わば土台となるものでしょう。
つまり、多くの剣歯猫の剣歯が、おそらく閉口時では下唇に隠れていたと考えられますが、スミロドンは珍しい例外であり、メガンテレオンはスミロドンとそれ以外の剣歯猫の中間的(過渡期的)コンディションを示すタクソン、すなわち、「下顎フランジが発達していながらも剣歯は露出していた」、ということが考えられるのです。
(スミロドン・ファタリス Smilodon fatalis 生体復元画)
ご覧のように、スミロドン、及びその祖先筋のメガンテレオンにおいては、上顎犬歯は下唇の外側に露出していただろう
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剣歯が露出する機能的利点について、Anton et al.(2024)は言及しておりませんが、単純に、下唇で覆える範囲を超えるほど長くなり、殺傷力を増す方向で進化した、ということではないでしょうか。
そうだとすると、とある疑問が浮かび上がってくると思います。つまり、スミロドンと同等以上の長大な剣歯を有していたバルボウロフェリス科の最大種、バルボウロフェリス・フリッキの咬合状態でのコンディションは、どうだったのか??と。
バルボウロフェリスもシミター型剣歯猫群と同様、剣歯と切歯間の隙間が小さく、かつ下顎フランジは、その極度に長い剣歯をもカバーするだけの長さがあります。
Anton et al.(2024)は、かつて Naples & Martin(2000)が主張した、バルボウロフェリスの下唇の脇がV字型に裂けたような形状をし、ここに上顎犬歯が露出する体で収まっていた、とする仮説は誤りであろうとし、理由として以下を挙げています:口腔周りの筋繊維の連続性が断たれ、密閉やヴォーカル調節などのために口唇を変形することを、困難にする。また、唇粘膜が常に露出することで、深刻な脱水症を引き起こす。
そうすると、やはりバルボウロフェリスの剣歯も閉口時、口内に「格納」されていたのでしょうか。
そうすると、やはりバルボウロフェリスの剣歯も閉口時、口内に「格納」されていたのでしょうか。
一方で、バルボウロフェリスの下顎結合部は、剣歯が咬合中に収まる部位が著しく狭窄しており、このくびれ部位と剣歯の間に、口唇や口輪筋など収まっていた可能性も指摘されています(Schults et al., 1970)。
果たして、バルボウロフェリスは上顎犬歯露出型だったのか、格納型だったのか・・・ 残念ながら、現状では結論が出ていないのですね。
(バルボウロフェリス・フリッキ Barbourofelis fricki 生体復元画 かなり以前の作品となります)
(Images and text by ©the Saber Panther(All rights reserved)
ともかく、様々な剣歯猫が知られる中で、上顎犬歯露出型はむしろ珍しく、メガンテレオン ー スミロドンの系統(そして、可能性としてはバルボウロフェリスも)に特有 だというのは、事実とすれば目からうろこの新知見ではないでしょうか : これまで全ての剣歯猫は、閉口状態でも剣歯が露出するよう復元されてきたのですから・・・。
⏭ 次回は ⏭
長鼻類、サイ科、クマ科、イヌ科、ネコ科のいずれの愛好家も楽しめるであろう、とっておきの記事を、新しい復元画と共にアップします。Please stay tuned until then.
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【参照学術論文】
Anton et al., 'Concealed weapons: A revised reconstruction of the facial anatomy and life appearance of the sabre-toothed cat Homotherium latidens (Felidae, Machairodontinae)' 2022
Anton et al., 'Exposed weapons: A revised reconstruction of the facial anatomy and life appearance of the saber-toothed cat Megantereon (Felidae, Machairodontinae)' 2024