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新型コロナをめぐっては、喫煙者は重症化リスクが高くなることが知られている。その一方で、喫煙者はコロナそのものには感染しづらいというデータもある。広島大学原爆放射線医科学研究所の谷本圭司准教授は「たばこは、感染後の重症化リスクを高めるが、感染するリスクを低下させる効果があるのではないか、という仮説を立てたところ、治療薬につながる意外なメカニズムがわかった」という――。
欧米で「新型コロナ感染者に喫煙者が少ない」報告
新型コロナウイルスが世界的に流行して1年以上になります。日本におけるワクチン接種率は全人口の6割を超え(2021年10月現在)、近いうちに国民の希望者全員が完了する見込みですが、治療薬についてはいまだ開発中です。
私は現在、広島大学で「低酸素応答機構」を研究しています。高山など、酸素濃度の低い環境に長期間身を置いていると身体がその環境に順応していきますが、このとき体内で起こる防御反応を遺伝子や分子のレベルで解き明かし、それをがんなどの疾患治療や創薬につなげようという研究が私のテーマです。
新型コロナウイルスによるパンデミックが世界中に拡大する中、私も研究者の一人として何か貢献できないか……。そんな思いから、ウイルス学にあかるい広島大学・坂口剛正教授、坊農秀雅特任教授、関西医科大学・廣田喜一教授の協力のもと、研究を始めました。
これまで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病態に、喫煙が悪影響を与えていることが多くの疫学調査から示唆されています。しかしその一方で、「新型コロナ感染者に喫煙者が少ない」「喫煙者の新型コロナウイルス陽性者が少ない」という報告が英、米、仏などの研究グループから複数報告されていることがわかりました。
非喫煙者は約21%に対して、喫煙者は約10%の陽性率
例えば、イギリスのオックスフォードロイヤルカレッジの研究で、『lancet infectious diseases』という権威ある医学誌に掲載された論文では、PCR検査を受けた3802人のうち、非喫煙者では17.5%、前喫煙者(以前は喫煙していたが現在は喫煙していない)では17.3%、現喫煙者では11.4%が陽性という結果が出ています。
また、アメリカ退役軍人医療システムの電子健康記録データでも、非喫煙者に占める陽性者の割合が20.7%、前喫煙者が20.3%なのに対して、現喫煙者が9.9%と、喫煙者の新型コロナウイルス陽性者が少ないという結果でした。
喫煙と新型コロナウイルス感染の関係について書かれた論文は数多く発表されていますが、中には、研究の組み立てとして質の悪いものも含まれています。そこで、549件の論文の中から質のいい87件だけを選び出しているものを見つけましたので、くわしく調べてみることにしました。すると、ほとんどの論文で、「現喫煙者は、非喫煙者と比べて新型コロナウイルス感染のリスクが低かった」という報告がなされているのです。
そこで私は、「たばこは、感染後の重症化リスクを高めるが、感染するリスクを低下させる効果があるのではないか」という仮説を立て、研究を始めました。
ウイルスが細胞に感染するための「ドア」
ここで、新型コロナウイルスが人体に感染するメカニズムを確認しておきましょう。
新型コロナウイルスがヒトの体内に入ると、表面にある突起状のトゲトゲ(スパイクたんぱく質)を、細胞膜の表面にある「ACE2受容体」にぴったりとくっつきます。これは、われわれの体内にウイルスが侵入するための“ドア”のようなものです。
そして、細胞膜にあるたんぱく質の分解酵素「TMPRSS2」が、ウイルスのスパイクたんぱく質を適切な位置で切断し、やがてウイルスと細胞が融合。私たちは“ウイルスに感染”した状態になります。その後ウイルスは細胞内に侵入し、自らの遺伝物質(RNA)を注入することで、私たちの細胞を「工場」としてウイルスを大量に自己複製するという仕組みです。
今回、研究の対象としたのは、この“感染のドア”となる「ACE2受容体」です。
※イラストはイメージです(一部イラスト=iStock.com/bgblue)
たばこの煙成分が「ドア」を減らす
最初に、ACE2やTMPRSS2が、特にたばこの煙の成分によってどのように変化するのかを調べてみました。たばこの煙成分を抽出し、生理食塩水に溶かし込んだ液体をヒトの細胞にかけてみると、ACE2遺伝子の発現量がぐっと減ったのです。さらに煙成分の濃度を上げて観察してみると、濃度が高いほどACE2遺伝子の発現量が減っていくというデータが確認できました。この実験によって、たばこの煙に含まれる物質によりACE2、つまり「ドア」の発現を抑制することがわかりました。
次に、なぜ「ドア」の数を抑制できるのか、その仕組みを解明する実験を行いました。細胞内の約4万の遺伝子それぞれの増減を観察する「RNA-Seq(RNAシーケンス)」という方法を用いて遺伝子発現量の変化を確認したところ、たばこの煙成分が「AHR(芳香族炭化水素受容体)」を活性化させることによってACE2の発現を抑制していることがわかりました。
しかし、たばこの煙成分そのものを治療に応用することはできません。そこで、「AHRを活性化させる安全な化合物」がないかを探索したところ、ある2つのモノを発見したのです。
胃潰瘍の薬とブロッコリーなどに含まれる成分が効果を発揮
最初に思い浮かんだのは、胃潰瘍の治療薬として使われている「オメプラゾール」です。これは個人的なエピソードですが、私が1997年にスウェーデンに留学した初日に、担当教授が「最近、こんな論文を発表したんだ」と見せてくれたのが、「オメプラゾールという胃潰瘍の薬で、AHRが活性化する」という論文でした。
今回の研究でAHRという名称を見た瞬間に当時の記憶がよみがえり、「これは使えるんじゃないか」と考え、実験を実施。結果、「AHRという受容体を介して『ドア(ACE2)』の量を減らす」というところまでは確認できました。
他にもAHRを活性化させるものはないか、論文を調べたり実験を重ねたりしたところ、もうひとつの化合物を発見しました。それが、ブロッコリーなどに含まれる「トリプトファンの代謝物」です。
本当に、新型コロナ感染を抑制するのか
トリプトファンとは、必須アミノ酸(タンパク質を構成するアミノ酸のうち、体内で十分な量を合成できず栄養分として摂取しなければならないアミノ酸)の一種で、ブロッコリーをはじめ、豆や鶏卵などの食品にも含まれています。このトリプトファンが、体内で酵素や腸内細菌によって分解された結果として生じた化合物が「トリプトファン代謝物」で、これがAHRを活性化することが報告されています。
ここまでさまざまな研究を重ねてきましたが、「本当に新型コロナウイルスに感染しにくくなるのか?」という点を明らかにしなくてはなりません。そこで、オメプラゾールとトリプトファン代謝物を用いて、新型コロナウイルスが細胞に感染する(細胞に侵入する)量が抑制できるかどうかの実験を行いました。
実験では、ヒト細胞の培養液にAHRを活性化する化合物(オメプラゾールまたはトリプトファン代謝物)を加えた状態で、新型コロナウイルスを感染させた後、細胞内に入り込んだ(感染した)ウイルス量を比較しました。その結果、化合物の濃度が高くなればなるほど感染ウイルス量が低下することが確認できました。
「オメプラゾールやトリプトファン代謝物によってAHRが活性化することで、ウイルス受容体であるACE2発現量を抑制し、その結果としてウイルス感染量を減らすことができる」ことが証明されたのです。
これらの結果から、新型コロナウイルス治療薬としての可能性が示されました。今後は、今回の研究結果をさらに深化・発展させ、治療薬の開発に応用したいと考えています。ウイルス変異株でも影響しない
現在、新型コロナウイルスに感染した患者の治療には、他の病気の薬で新型コロナへの効果が確認されたものなどが使われていますが、まだ特効薬はありません。また、国内外の製薬会社をはじめ、多くの新型コロナウイルス感染阻害薬の開発が行われていますが、いずれも治験段階です。
現在、開発が進められている治療薬は、「感染しにくくするための薬」と「感染後に重症化するのを防ぐ薬」の2つのタイプに分類できますが、私たちが目指す治療薬は前者のタイプで、「感染予防または感染初期の軽症患者に投与することで重症化を防ぐ薬」です。
最大の特徴は、新型コロナウイルスの感染受容体という「ドア」の数を減らすメカニズムを利用している点にあります。中和抗体など抗体を利用した薬の場合、特定のウイルスに対して効果を発揮するため、変異株などウイルス自体が変化してしまった場合、効果が低下する可能性があります。一方、この治療薬は、「ドア」自体を減らすため、たとえウイルスが変異しても対応することができるのです。
抗ウイルス薬との併用を想定
実際の使用にあたっては抗ウイルス薬との併用療法をイメージしています。「ドア」の数を減らすことでウイルス感染量は減らせても、感染してしまったウイルスの増幅は阻害できないからです。入ってくるウイルス量を減らせれば、抗ウイルス薬の投与量も減らせるため、副作用リスクの軽減が期待できます。
現在は、広島大学が主導する大規模な疫学研究プロジェクトにおいて、実際のコロナ患者で、胃潰瘍治療薬を使っている患者さんを対象に、感染率や重症化率の傾向、その他の有害事象などについて観察を行っています。今後は動物実験モデルなどを用いた評価を経て、臨床研究での効果評価へと進めたいと考えています。
(構成=梅澤 聡)
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* 谷本 圭司(たにもと・けいじ)
広島大学 原爆放射線医科学研究所 准教授
1970年広島県広島市生まれ。1994年広島大学歯学部卒業、1998年同大学大学院歯学研究科にて博士(歯学)取得。埼玉県立がんセンターに研究生として勤務後、スウェーデン王立カロリンスカ研究所ノーベル医学研究所へ留学し、日本学術振興会特別研究員を経て、現在の研究の基盤を作る。2020年より現職。
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脳を鍛えるには運動しかない!「脳トレの権威」が教える7つの極意
ハーバード大学医学大学院准教授・ジョン・J・レイティ氏インタビュー
ターザン編集部
技術の進歩のおかげで運動量と脳の関係が盛んに研究されると、文武両道は脳にとって“あたりまえ”の反応なのだとわかった。運動は脳の機能を押し上げて、感情コントロールさえしてくれるのだ。運動が脳の働きをどれだけ向上させるかを研究し続ける「脳活の権威」ジョン・J・レイティ博士に、7つの問いをぶつけた。(マガジンハウス『ターザン』2021年6月10日号特集「運動は、なぜ脳に効くのか?」より転載)
2021年、レイティ博士が考える
脳と運動の関係とは?
ジョン・J・レイティ博士
ハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授。運動と脳の研究領域における世界的第一人者。教育、企業、個々のライフスタイルを運動によって再設計させるという世界的ミッションに携わる
運動することで脳をベストの状態に導くことができる。2000年代以降、神経科学の分野では運動と脳と心の生物学的な結びつきを示す発見が次々に報告された。実験室のラットで計測し、人間で確認した極めて科学的な事実である。
多くの人が知らずにいたこの情報を一般にもたらしたのが2008年にアメリカで上梓された『SPARK』(邦題は『脳を鍛えるには運動しかない!』)、著者は精神科医のジョン・J・レイティ博士だ。
《運動が脳のはたらきをどれほど向上させるかを多くの人が知り、それをモチベーションとして積極的に運動を生活に取り入れるようになること》が当時の執筆の動機。上梓から13年、なお研究を続ける博士に『ターザン』が問いをぶつけた。
運動はなぜ、脳に効くのか?
レイティ博士7つの回答
『脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方』(ジョン・ J.・レイティ、エリック ・ヘイガーマン 他著、NHK出版、2310円)
神経科学の視点から運動と脳の関係を明らかにしたロングセラー。アメリカのとある学区が導入した朝一番の「0時間体育」で生徒の成績が向上した事実に始まり、ストレス、不安、うつ、ADHD、加齢などをテーマに、運動がいかに脳の機能に影響するかを解き明かす。日本では2009年にNHK出版から上梓された
Q.レイティ博士の運動習慣を教えてください。
A.筋トレや有酸素運動、さまざまなことに挑戦しています。
コロナの騒動が始まってからケトルベルの運動を始めました。レジスタンス運動の観点から素早くやると効果的だと考えています。有酸素運動という意味では、妻と一緒に「ズンバ」のクラスに週3回通っています。現在の拠点はボストンですが、カリフォルニアにいたときはハイキングやランニングに親しんでいました。
また、あるときはプッシュアップや200回のスクワット、縄跳びなどさまざまなことにもチャレンジしました。当時も今も、バランスやコーディネーション能力を磨いて心拍数を上げる運動を中心に行っています。
Q.運動によって期待できる脳への効果とは、どんなものですか?
A.新たな脳細胞が増え、既存の脳細胞も活性化されます。
運動自体が脳にさまざまなメリットをもたらすことは、アメリカでは一般常識となりつつあります。神経の活動を高める効果も期待できますし、脳細胞を増やす役割もあります。脳細胞が増えるということは過去20年の研究で発見されました。新しい脳細胞が増えることは非常にセクシーです。
でも、運動がもたらす主要な効果はそれだけではありません。私たちがすでに持っている1000億個の脳細胞が活性化され、運動によって増える成長因子の働きでそれらを成長させることができるのです。これにより、脳よりは多くの新しい情報を取り入れることができます。
Q.ウォーキングのような低強度の運動でも、効果は期待できますか?
A.強度が高いほど効果は大きい。けれど歩行は入門に最適です。
インタビューはオンラインにて行った。「コロナ禍に生まれた健康やウェルネスに対する意識で、よりフィットネスの素晴らしさを実感できるはず」と、レイティ博士
答えはイエスです。走ることに比べると効果的ではないかもしれませんが、ウォーキングは運動の入門としては最適な方法です。神経伝達物質やホルモンは歩くだけでも増え、脳細胞を増やすことができます。
それだけでなく、最近では恋愛のホルモンといわれる「オキシトシン」と運動についての研究もなされています。運動すると人と繫がりたいという欲求が高まることが分かってきました。ただ、運動の強度が高いほど得られる効果は大きいと言えます。ウォーキングを1時間することで得られる効果を縄跳びなら5分で得ることができるでしょう。
Q.ストレス解消に有効な運動について、教えてください。
A.脳の成長や気分の改善には強弱をつけた運動が有効です。
単調な運動よりもインターバルトレがおすすめです。強弱のあるインターバルトレは心肺機能や代謝を向上させるだけでなく、脳の活動を活発にする方法としても人気があります。インターバルトレで脳やカラダにストレスを与えることで脳の成長を促すことができます。なぜなら強度の高い運動の後に回復期間があるからです。
この回復期間にたくさんのことを考えたり、戦略を切り替えたり、バランスやリズムに気を配ったりすることで、脳内でよりよいことが起こることが分かっています。気分の改善にももちろん効果的です。
Q.新型コロナで運動の機会が減っている状況をどのように捉えていますか?
A.運動はやはり必要。健康であれば免疫力も上がります。
一般論としてコロナの影響で人々は体重が増え、座ることが多くなったと思います。運動していない人はしている人より2.5倍コロナによる死亡率が高く、2.25倍ICUに入りやすいというデータが出ています(British Journal of Sports Medicine、4万8000人のリサーチ結果)。この結果から運動を取り入れるさまざまなプログラムを開発するため、私にとってこれほど忙しい時期はありませんでした。パンデミックが収束した後に、政治家や教育に携わる人々は日常生活の中でより多くの運動を取り入れる働きかけをするべきであると考えています。
関心が高まる
筋トレが脳に及ぼす影響とは
ハーバード大学医学大学院准教授・ジョン・J・レイティ氏インタビュー
Q.筋トレが及ぼす脳への影響について今分かっていることはありますか?
A.認知や学習に影響します。動物による筋トレの実験も。
『SPARK』では触れませんでしたが、非常に関心が高まっている分野です。これまでの有酸素運動の研究は、ラットなどの動物を走らせて脳への影響を分析してきました。近年はそれだけでなく、動物によるレジスタンストレーニング研究も見られるようになってきました。
たとえばマウスの尻尾に重りをつけてハシゴを上らせ、カラダや脳への影響を研究している論文なども出てきています。現在ではレジスタンストレーニングはどちらかというと認知、学習、記憶に大きな影響を与え、有酸素運動は感情面の効果が大きいと考えられています。
Q.具体的には脳のどの部位が成長するのでしょうか?
A.記憶に関わる海馬のほか、前頭葉も成長します。
記憶に関わる海馬の容量が増えることはよく知られていました。現在では毎日あるいは1日に数回運動する動物では、脳の一番上の前頭葉の領域が大きくなることが分かっています。以前は脳細胞が増える領域は限られていると考えられていましたが、前頭葉も成長します。
私は前頭葉のことを脳のCEOと呼んでいるのですが、運動、とくにバランストレなどではその部分が大きく関与し、より繫がりが強くなり、集中力などもアップします。脳の成長は筋肉の成長と同様と考えていいと思います。運動で酷使することでより強くなるのです。
(取材・文/石飛カノ 書影撮影/小川朋央 取材協力/Jim Baugh)
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日本では、2人に1人が人生で一度はがんを経験し、3人に1人ががんで命を落とすといわれる。誰もががんになる、あるいはがん患者を家族に持つリスクを抱えているのだ。
そうは言っても多くの人は健康な時にそうした事態を想像することはないし、あえて考えようともしない。だから実際にがんと直面するとうろたえ、恐怖に苛まれ、悲嘆に暮れることになる。
自分自身ががんになるのもつらいが、家族ががんになり、見送る立場になるのもつらい。そこで今回は、家族ががんのターミナル(終末期)になった時に備えて持っておきたい心構えを、終末期医療の専門医に解説してもらう。
がん終末期のケアは患者さんだけのものではない)
東京・大森にある「鈴木内科医院」は、創業者である先代院長(鈴木壮一医師)の時代から、いまでいう在宅医療、むかし風に言えば「往診」に力を入れてきた、地域密着型の診療所。中でも在宅型のがん緩和ケアにおいて全国的な知名度を持つクリニックだ。
二代目の現院長・鈴木央医師も、これまで600人に及ぶ終末期のがん患者の在宅緩和ケアに当たり、看取ってきた経験を持っている。
そんな鈴木医師に、家族ががんの終末期になった時にどうすればいいのかを訊ねた。
「医療は本来患者さんのためのものですが、がんの終末期医療は患者さんだけでなく、同じくらいにご家族のケアが重要。それだけに緩和ケアに当たる医師や看護師などの医療スタッフは、ご家族とのコミュニケーションを図ろうと努力します。そこで私が常々言うセリフは、『できることを、無理のない範囲でやりましょう』ということ」
「終末期」はどういうものなのか
核家族化が進み、人の臨終に接する機会が極端に減った現代の日本では、人が死んでいく過程を見て知っている人は少ない。このことが、家族が終末期になった時に、必要以上に慌てさせ、また混乱させることになる。
「終末期のがん患者が辿っていく最後の病態を知っておくだけでも対応は違ってきます」(鈴木医師、以下同)
そもそも「終末期」とは、手術や抗がん剤などによる標準治療が効果を示さなくなった状態を指す。現状の日本の健康保険制度では、ゲノム診断を経て臨床試験に進む道が残されているとはいえ、そこに進める確率はまだ低い。現実的にはこの時点で、人生の幕を閉じる準備に取り掛かることになる。
長く一緒に暮らしてきた家族にとって、この状況を受け入れることは簡単ではない。というより、これは人が人生で経験し得る最もつらい決断であり、ここでうろたえない人はまずいないだろう。
しかし、愛する家族の人生の最後を少しでも心安らかに過ごしてもらうためには、ただうろたえているわけにもいかない。そこで知っておきたいのが、鈴木医師の言う「最後の病態」なのだ。
急激な変化が起こる「曲がり角」
「標準治療を終えた、つまり『これ以上の治療法はない』という段階に至った時点での患者さんは、見た目は元気なことが多い。しかし、その後数週間から数カ月経つと、急激に身体機能が低下することになる。こうなると残された時間は長くありません。それまで月単位で考えてきた余命を、週単位、日単位で考える必要性が出てきます」鈴木央医師
この「身体機能が急速に低下する時点」を、ここでは「曲がり角」と呼ぶことにする。曲がり角を曲がった患者は、ゴールテープを視野に捉える。
鈴木医師の経験では、終末期と診断されて在宅に戻った患者が亡くなるまでの平均期間は2カ月ほど。しかし、全体の半数は約1カ月で亡くなっている。
1カ月で亡くなる人も、曲がり角までの2~3週間は、見た目は元気なことが多い。
鈴木医師は、「この期間を利用して、患者がやりたいことを実現したり、家族との思い出づくりにあててほしい」というのだが、中々うまく行かないことが多い。それは、家族がこの状況を正しく理解していない、あるいは理解できないほど悲嘆に暮れてしまうことによる。
「患者さんにやり残した仕事があるなら、この時期に集大成として仕上げることもあるでしょう。気丈な人なら自分がいなくなった後の指示を同僚や部下に伝えることもできます。もちろん、家族と短い旅行や食事に出かけることも可能です」
しかし、そうしたことをするには、家族にも身近に迫った死を受け入れる覚悟が必要だ。その覚悟が持てないと、貴重な時間はあっという間に過ぎて、曲がり角に到達してしまう。
残された時間をどう過ごすのか
終末期のがん患者が人生の最後に持つ要望は様々だ。
以前取材した北陸地方のある民間病院では、病院スタッフが手弁当で終末期のがん患者の「最後の願い」を叶えるための取り組みをしていた。
その願いとは、お花見をしたい、お墓参りをしたい、行きつけの店で食事をしたい、パチンコに行きたい……。
中には当時開通したばかりの北陸新幹線に乗りたい、という望みを持つ患者もいた。その望みを叶えるべく、医師や看護師らがJRに相談し、列車に酸素ボンベを積み込んで一駅区間を往復し、患者の願いを叶えたという話も聞いた。その患者は新幹線に乗ったことに満足して、2週間後に穏やかに息を引き取ったという。
こうした望みを、愛する家族と一緒に叶えられたら、患者にとっての喜びはひとしおだろう。
「どこかに行く、何かをする、誰かと会う……。患者さんとご家族が同じ目標を持つことが重要。それが双方にとっての生きがいになるから」がんの病態では、終末期でも「見た目は元気」なことも多く、そこから一気に身体機能が悪化するため「残された時間」に気を向けきれない場合も
しかし、がんの最後の病態を知らず、また患者の置かれた状況を理解できない家族の中には、「見た目が元気」ということもあり、抗がん剤治療の継続を要望したり、科学的な根拠のない民間療法などに踏み込んでしまう人が一定数いる。結果として、最後に残された貴重な時間を消費してしまうのだ。
「患者さん自身がそれを希望しているなら別ですが、多くは家族の意向が強く働いてしまっている。ただ、家族も善かれと思って、藁にもすがる思いでそうした判断をされるので、真っ向から否定することもできない。悩ましいところです」
残された時間を有意義に過ごすためにも、がんという病気から目を背けるのではなく、希望する最期を話し合っておくべきなのだろう。
ストレスの症状は人それぞれ
緩和ケアの技術が進んだ現在、がん性疼痛の多くはコントロールが可能になってきた。それは病院の緩和ケア病棟やホスピスなど専門の施設だけでなく、在宅でも苦痛の多くを取り除くことはできる。
一方で問題になるのが、家族にのしかかる大きなストレスだ。
「大切な家族が次第に弱っていく姿を見つめるつらさ、刻々と迫る別離への恐怖、そして介護によって積み重なる疲労――。こうしたストレスは決して甘く見ることはできません」
しかも、このストレスが引き起こす症状は、同じ家族でも違いがある。疲れが表面に出る人もいれば、内に閉じ込めてしまう人もいる。そのため、「私がこんなに苦しんでいるのに、息子は平気な顔をしている」などと考えて、軋轢が生じることもあるという。
患者が亡くなった時に備えて、兄弟や親戚が銀行預金や生命保険の手続きなどを進めるように患者の配偶者や子どもに声をかけることがあるが、それに反発して揉め事になることもある。こうした事務的な手続きは重要で、あとで落ち着いて考えれば感謝に値することなのだが、人によっては“薄情”に映ることがあるのだ。精神的に余裕がなくなるからのことなので、責めることはできない。
家族のフォローまで含んでの緩和ケア
がんは老衰などに比べて終末期が比較的短いため、家族は最期まで頑張り通してしまうことが多い。結果として患者が亡くなり、葬儀など一連の行事も済んだところで、強烈な喪失感に襲われることになる。
「まず頭の中が真っ白になり、悲しみとつらさに襲われる。次に周囲の人間を責める時期が来る。それを過ぎると『あの時にああしてあげればよかった』と自分を責めるようになる。そうしたプロセスを経て本当に諦められるまでに、数年という時間がかかると言われています」「ケア」は患者だけのものではない iStock.com
じつはがんの緩和ケアは、患者が亡くなったあとの家族のフォローまでを対象としている。在宅診療であれば担当していた訪問看護師が遺族に声をかけ、話を聞き、必要があれば医師の受診を勧める。病院や施設で亡くなった患者の家族には、遺族会への参加を呼び掛けることもある。
「遺族会には“先輩遺族”がいて、悩みや苦しみに耳を傾け、体験談を語ってくれる。そうして内に秘めていた苦しみを吐露することで次第に心が落ち着いていくのです。一種の集団療法のような役割があるので、つらい時には積極的に参加してほしい」
患者と家族の「がん医療」
現代のがん医療は、病める患者だけでなく、患者をサポートする家族をも対象としたサービス提供体制を整備している――ということを知識として持っておくだけでも、精神的な負担は軽減される。
そして、つらい時、困った時には、遠慮しないで医師や看護師、医療スタッフに相談してほしい。眠れない、食べられないなどの症状が出ている人には、それに応じた治療が必要になるし、治療によって状況は改善に向かうはず。
一人で悩まなければならない理由はない。
あなたの悩みを聞いてくれる人が、必ずいます。
長田 昭二
ジャーナリスト
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「この木なんの木」(’73年)や「パッ!とさいでりあ」(’91年)等のCMソング、『魔法使いサリー』(’66年)や『ターンエーガンダム』(’99年)等のアニソン(主題歌)、さらに『寺内貫太郎一家』(’74年)の主役・寺内貫太郎役等俳優としても活躍した、作曲家・音楽家の小林亜星さんが去る5月30日に亡くなった。死因は心不全。享年88。奇しくも「この木なんの木」(正式な曲名は「日立の樹」)や「さいでりあ」等でコンビを組んだ、名作詞家の伊藤アキラさんも本年5月15日の、同じ時刻に亡くなっており、勝手ながらお二人の強い繋がりが感じられてならない。小林亜星さん
一度聞いたら忘れられない!『魔法使いサリー』の主題歌を考案
とにかく小林亜星さんの業績はすさまじい。万城目学原作の映画『鴨川ホルモー』(’09年)でも印象的に使用された、レナウンのCMソング「ワンサカ娘」(’61年/歌:弘田三枝子)が亜星さんの出世作だが、この卓越したセンスには半世紀を経てなお驚かされる。
その数年後、“魔女っ子アニメ”の偉大なる元祖『魔法使いサリー』の主題歌はじめ音楽全般を担当。「マハリクマハリタ ヤンバラヤンヤンヤン♪」のフレーズは生涯、耳から離れることはないだろう。また昭和42年生まれの筆者には『超電磁ロボ コン・バトラーV』(’76年)や、フィリピンでまさかの実写映画化もされた『超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)』(’77年)等の巨大ロボットアニメの主題歌や音楽も忘れられない。というか体の一部と化している。『コン・バトラー』は特にエンディングが鮮烈で、「身長 57メートル 体重 550トン♪」というスペック歌詞により、主役メカの基本設定を学習できてしまうシステムは画期的という他はない。この歌のお陰でコン・バトラーVだけは身長と体重が一生ものの知識となってしまった。「魔法使いサリー」DVD BOX(販売元:ユニバーサルミュージック)超電磁ロボ「コン・バトラーV」VOL.1(販売元:東映ビデオ)
そんな亜星さんの偉業は、他の有識者の方たちが綴られることと思うので、ここからは亜星さんのもうひとつの顔である、“俳優”という側面にスポットを当てて、故人を偲ばせていただく。
向田邦子さんも脱帽。寺内貫太郎の名演技
なんといっても驚いたのは、TBS系往年の傑作ドラマ『寺内貫太郎一家』の主人公、老舗石材店の主人で、典型的な頑固親父の寺内貫太郎役だろう。当時小学2年生だった筆者は、芝居の良し悪しも満足に分からぬまま、「この人、なんかすごいな……」と肌で感じつつ毎週『貫太郎一家』を楽しみに観ていた。小林亜星さん
ある夜、いっしょに観ていた母がひと言。「この人、ホントは作曲家なんだよね」。「えっ!?」と驚いた私は瞬時に奇妙なデジャ・ビュ感に襲われた。いつもオープニングの「小林亜星」というクレジットが気になっていたからだ。「この名前どこかで……」と思ったらそう、先の『サリー』や『科学忍者隊ガッチャマン』(’72年)等々の主題歌や音楽欄でよく目にするお名前。「こんな人があのかっこよくってオシャレな歌をいっぱい作ってたんだ!?」と驚いた。向田邦子さん
この驚きは決して間違ってはいなかったようで、『貫太郎一家』の原作者・脚本家である向田邦子さんは当初、小林亜星さんが実の父親をモデルにした貫太郎役を演じると聞き、「父のイメージとかけ離れすぎ。父がかわいそう」と漏らしたそうだ。ところが実際のドラマを観て、その思いは消し飛んだという。そこには、頑固者でまるで融通が利かないながらも、誰よりも家族を愛し、誰にも温かく接する亡き父親の面影が見事に宿っていた。向田さんは亜星さんを抜擢した久世光彦プロデューサーの慧眼に感服し、以後、プロデューサー(番組スタッフ)のキャスティングには信頼する姿勢を貫いたという。
『太陽戦隊サンバルカン』では、息子のためにゲスト出演
その亜星さんの実の息子さん、小林朝夫さんも俳優となり(現在は引退)、東映スーパー戦隊シリーズ第5弾の『太陽戦隊サンバルカン』(’81年)で、黄色い豹の戦士・バルパンサーとなって戦う豹朝夫役を演じた。そんな息子のためにと亜星さんもなんと、父親役で第38話にゲスト出演。サブタイトルもズバリ「豹朝夫のおやじ殿」だった。
サンバルカンの秘密は親にも内緒、てっきり東京に出て真面目に働いていると思った息子がプータローまがいの生活を送っていると知った、亜星さん演じるバルパンサーのおやじ殿は怒り心頭。実家に連れ戻そうとする。だが、息子の真剣なまなざしを信じたおやじ殿は、黙って訳も聞かずにひとり実家へ帰……ろうとしたところを、敵組織・ブラックマグマに捕らえられ……という展開。結局最後は、バルパンサーはじめサンバルカンに助けられ、秘密はバレてしまうものの、再び父子の絆を取り戻すという同作屈指のハートフルなエピソードとなった。「太陽戦隊サンバルカン」VOL.3(販売元:東映ビデオ)
亜星さんの中に息づく、“古き良き日本の父親の魂”
後年、本話脚本を執筆した上原正三さんにこのお話について伺ったところ、当然のことながら亜星さんが父親役を演じることはあらかじめ決まっていたとのこと。上原正三さん
「僕の父と亜星さんは、外見もイメージも全然違うんだけど、“最後まで息子を信じる父親像”はいっしょ。僕の父も、作家になりたいという僕の夢と想いを信じてくれて、30近くになってもパチンコ暮らしを続けていた僕を、文句も言わずに養ってくれた。“自分のやりたいことをやりなさい”というのが父の口ぐせだったね。亜星さんは、そんな僕の父の想いを見事に演じてくれたし、亜星さんの中に父の面影を見出すことができた。あのお話は僕にとっても忘れられない1本ですよ」と上原さんは語った。小林亜星さんと梶芽衣子さん
向田さん、上原さんもその演技に、それぞれの父親の面影を見出したという小林亜星さん。亜星さんの中には脈々と受け継がれてきた“古き良き日本の父親の魂”が息づいているのだろう。亜星さんは朝夫さんやバルパンサー、そして西城秀樹さんや梶芽衣子さんだけの父親でなく、日本人全員の父だったのだ。そう考えると子供の頃、さんざん聞いていた『サリー』などのアニソンの数々は、亜星さんが我々子供たちに聞かせていた“日本の子守唄”だったといえよう。
亜星さん、素敵な歌の数々、そして、いつの時代も変わらぬ、温かくって厳しい“日本の父親”像をありがとうございました。ゆっくりじっくり天国で骨休めしてください。
岩佐 陽一
いわさ よういち
下記は日刊ゲンダイヘルスケアオンラインからの借用(コピーです
日本で大腸がんは増えており、臓器別の患者数では男性で3番目に、女性では2番目に多い(2017年)。死亡数では男性3位、女性では1位(19年)だ。「18年の死亡数予測は男女ともに米国を抜いています。日本人の大腸がん死亡率は世界トップレベルであり、その対策は十分ではありません」――こう指摘する京都府立医科大学生体免疫栄養学講座教授の内藤裕二医師に大腸がん予防と早期発見のために知っておくべきことを聞いた。
大腸がん予防のポイントは2つだ。
「日本人を対象とした8研究に基づいて『大腸がんのリスクを下げることが、ほぼ確実』と評価されているのが運動です」
運動で骨格筋から分泌される生理活性物質マイオカインは、脳神経系や代謝系などにさまざまな影響を及ぼす。
マイオカインのひとつで、運動によって分泌量が増え、加齢や不活動で量が低下するものに「SPARC」と呼ばれるものがある。SPARCは「ACF(Aberrant crypt foci)」(異常陰窩巣)のアポトーシス(細胞の自殺)を誘導し、大腸がんの発現を抑制することが分かっている。ACFとは、肉眼的には正常に見える大腸粘膜だが、大腸がんの前がん病変と考えられているものだ。
13年に内藤医師らによって発表された研究内容では、発がん物質を与えたマウスに、高強度・短時間・間欠的運動を実施したところ、大腸がんの前病変ACFの数が、運動をしていない群の半分以下になった。健康な若年男性を対象とした研究でも、高強度・短時間・間欠的運動を実施したところ、SPARCが増加した。
「これ以外にも、運動習慣が大腸がんに与える影響について研究した論文は複数あります。どのような運動をすべきかは、その人のそれまでの運動経験によって異なるので1種類には決められません。自分の体力に合った継続できる運動を選ぶようにしてください」
もう1つのポイントが食事だ。
国立がん研究センターなどの研究グループによる「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」では、大腸がんに関して、飲酒が「確実に」、肥満が「ほぼ確実に」、リスクを上昇させるとなっている。赤肉(牛、豚、羊)はリスクを上昇させる可能性ありだ。
一方、食物繊維、カルシウム、魚由来の不飽和脂肪酸はリスクを下げる可能性がある。
「肉の中でも、加工肉は腸の中の硫黄代謝細菌に関係し、硫化水素を増加させ、炎症や遺伝毒性を引き起こして大腸がんのリスクを上げます。最近、注目を集めているのがブロッコリーやキャベツ、カラシナなどアブラナ科の野菜に含まれる成分グルコシノレートで、生物活性を持つイソチオシアネートといった化合物を形成し、その抗炎症作用で大腸がんを抑制します」
ブロッコリーやキャベツは比較的リーズナブルで、一年を通して手軽に手に入る。大腸がん予防に大いに役立てたい。
■早期発見のためには検査が不可欠
大腸がんは、予後が良いがんだ。早期発見、早期治療で95%以上が「完治」する。
「大腸がんは進行するまで自覚症状がないので、早期発見のためには大腸がん検診の受診が不可欠です。便潜血反応では早期がんは発見率が落ちるので、大腸内視鏡検査を強くお勧めします。40歳以上で、異常がこれまで見つかったことがない人であれば、5年に1度が理想的です」
現在は検査技術が向上し、「大腸内視鏡=痛い」ではなくなってきている。
「人工知能(AI)で内視鏡の画像を解析し、検査中にリアルタイムでがんを高精度に判別するソフトも登場。がんの認識率は格段に上がっています」
女性では、大腸がんはがん死亡率1位だが、大腸内視鏡検査を受ける人が増えれば、この数字は簡単に塗り替えられるだろう。早期発見・早期治療の術があるのだから、その恩恵が受けられる機会を逃すのは損だ。