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高齢者問題=都市部の問題になる
先日、厚生労働省が2040年までの社会保障費用の推計を公表した。
日本社会はこれから前人未踏の少子高齢社会に突入していく。40年までのわが国の人口動態を見ると、団塊の世代が全員75歳以上となる25年に向けて高齢者人口(特に75歳以上人口)は急速に増加するが、その後は緩やかになっていく。一方で、すでに減少に転じている生産年齢人口は25年以降さらに加速し、40年までの15年間で1000万人以上の減少が生じる。
この結果、人口構造の変化、つまり高齢化が医療・介護費の増加に及ぼす影響は40年にかけて逓減していく。特に医療費に限ってみれば、人口減少による費用減効果が高齢化による費用増大効果を上回るようになるという。
要するところ、今後も日本の高齢化は進んでいくが、日本全体で見れば、それは「高齢者人口の増加」ではなく、「生産年齢人口の減少」によってもたらされる、ということだ。今や時代の課題は、増大する高齢者の「高齢化」問題ではなく、減少する現役世代の「少子化」問題にどう対応するかに移っていくことになる。
しかしながら、人口構成の変化、すなわち高齢化と少子化の波の到来は地域によって時間差があり、その様相は大きく異なる。
地方の中山間地域はいわば高齢化・少子化の先進地域で、もはや高齢世代の人口さえも減少局面に入っている。すべての世代で人口減少が進み、「限界集落」「自治体消滅」という言葉さえ生まれているほどである。他方、都市部は高齢化の後進地域で、現役世代や年少世代の人口が減少する中、高齢者人口はなお増大し続ける。結果、都市部は少子化と高齢化のダブルパンチをもろに被ってさらなる高齢化が急速に進行していくのである。
都市圏での高齢者人口増大のインパクトとはどんなものか。
40年までに増加する高齢者人口の実に75%(約400万人)は、東京など9都道府県に集中する。特に東京圏の高齢化の進展は急速で、10年から40年までの75歳以上人口の増加率は東京23区で60%超、千葉県西部、神奈川県北部、埼玉県中南部などの「東京近郊市」の大部分で100%を超えると予想される。
かつて高度経済成長期に都会に移住してきた団塊の世代の高齢者は25年までに一気に後期高齢者となる。その数、1都3県で総計約150万人。彼らが90歳になる40年には生き残った高齢者の半数が要介護状態になる。21世紀の高齢者問題は、都市部の問題といっても過言ではないのだ。
すでに高齢者人口すら減少に転じている地方では、もはやこれ以上の医療介護サービスのインフラ整備は必要ない。現に地方では特養ホームが空き始めている。もちろん医療介護を支えるマンパワー不足は深刻だが、それは地方に限ったことではない。
他方、都市部では、今後も施設介護、在宅介護、地域医療、病院、ありとあらゆる医療介護サービス需要が膨大に発生し続ける。増大する高齢者人口を支えるための医療介護サービスインフラの整備をさらに進めていかなければならないのだ。
実は現在でも、東京23区の医療介護サービス、特に施設介護サービスは充足していない。その不足を周辺近郊都市がカバーする形でなんとか帳尻を合わせているのが実態である。しかし前述のように、今後は近郊都市でも高齢化が急速に進行する。しかも近郊都市の医療介護サービス需要の伸びは23区以上に大きい。早晩、近郊都市には、23区から溢れ出た高齢者を受け入れる余力はなくなる。結果、東京圏の1都3県全体が大幅なサービスインフラ不足という事態に陥る。冗談ではなく、その可能性は極めて高いのである。
かつて特養ホームは「億ション」だった?
読者各位は、00年の介護保険創設前、1990年代に実施された「ゴールドプラン」「新ゴールドプラン」という計画を覚えておられるだろうか。
来るべき高齢社会の到来に備え、施設・在宅を通じた介護サービス基盤の抜本的な拡充を目指して国が策定・実施した、介護サービス基盤整備計画である。実は89年の消費税創設、そして97年の3%から5%への税率引き上げはこの計画を達成するための財源確保の方策だった。この計画があったおかげで、不十分ながらもなんとか介護サービス基盤の整備が進み、介護保険は「保険あってサービスなし」に陥ることなくスタートできたのだ。
当時、高齢化問題はどちらかといえば地方の問題だった。当然のことながら高齢化の進行は地方のほうが速い。東京や大阪の高齢化率がまだ一桁だった頃、たとえば秋田や鹿児島の高齢化率はすでに15%を超えていた。財政力のある都市部では、高い地価もなんのその、50億、60億というお金をかけて老人ホームを建設していた。その金額は、1室(1床)で約1億円。高齢者介護を担当していた厚労省の役人は、ため息交じりに「23区の特養ホームはワンルームの億ション」などと揶揄したものである。それが可能だったのも、そもそも高齢者の数がまだまだ少なかったからだ。
当然ながらいかに東京都といえども、もうそんなことはできない。東京都は今後25年間で90万人以上の高齢者人口の増加がある。仮に全国平均並みの高齢者人口の3.5%相当の介護施設をこれから追加でつくるとして、今までと同じようなことをやっていたら約3万人分。そもそもそんなまとまった土地が見つけられたとしての話だが、土地代と建設費だけで、単純計算して3兆円の金がかかることになる。
さらに言えば、足りないのは施設サービスだけではない。デイサービスも、訪問看護サービスも、小規模特養もグループホームも、往診してくれる在宅支援診療医も、とにかくあらゆる医療介護サービスが不足するのだ。
大量の介護難民を発生させないために
多くの高齢者は、できれば自分が住み慣れた地域で老後を過ごしたいと考えている。施設には行きたくない。その気持ちは都市部の高齢者とて同じである。だからこそ、厚労省も各自治体も、ホームヘルプサービスやデイサービスといった在宅ケアの充実を積極的に進め、認知症グループホームや小規模多機能型居宅介護といった新しいサービスも用意して、地域で住み続けられるための取り組みを進めてきた。
近年、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)や小規模の有料老人ホームといった、住宅型サービスが急速に増えている。「特定施設入居者生活介護」と呼ばれているもので、バリアフリーなどの配慮をした住宅(=ハード)に介護サービス(=ソフト)が付帯している共同住宅である。基本は「住宅」なので供給主体は福祉事業者に限定されないし、民間デベロッパーも参入しやすい。ケアの質の確保などの課題もあるが、持ち家率が低く地価の高い都市部に適したサービスと言える。
こういった様々な在宅支援サービスを一人一人のニーズに合わせてパッケージにし、切れ目なく提供するためのネットワークが「地域包括ケア」だ。地域の限られたリソースを効果的に活用するという意味でも、専門家は「地域包括ケアはこれからの都市部にこそ必要な取り組み」と断言する。
このまま手を拱いていれば20年後の東京は数十万人規模の介護難民の発生で身動きが取れなくなる。20年の東京オリンピックも大事かもしれないが、「街としての東京の持続可能性」を考えたら、21世紀前半最大の東京の政策課題は間違いなく「高齢者介護問題」である。一刻も早く、それこそ「東京都版21世紀のゴールドプラン」でも策定して、ヒト・モノ・カネを集中的につぎ込まなければ間に合わなくなる。
※本稿は個人的見解を示したものであり、外務省ともアゼルバイジャン大使館とも一切関係ありません。
香取照幸(かとり・てるゆき)
元・内閣官房内閣審議官 駐アゼルバイジャン共和国大使
1956年、東京都生まれ。東京大学卒。厚生労働省で政策統括官、年金局長、雇用均等・児童家庭局長を歴任。内閣官房内閣審議官として「社会保障・税一体改革」を取りまとめた。
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