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「6・4統一地方選挙」が示す韓国社会の民意

2014年06月07日 | 三千里コラム

「また成功!」“涙の仮面”を脱ぎ捨てる大統領(6月6日付『ハンギョレ新聞』風刺漫画)



 6月4日、韓国で統一地方選挙が実施された。韓国では地方自治体をその規模によって二分する。17の「広域」自治体(各道とソウル特別市など大都市で構成)と、226の「基礎」自治体(市・郡および大都市の各区で構成)である。今回の投票率は56.5%で、前回(2010年)の54.5%をやや上回った。今回、全有権者 4129万 6228人のうち、2346万4573人が投票している。

日本の統一地方選挙と違うのは、「広域」と「基礎」の両方で、各政党への支持票数により比例代表議員が選出されることだ。また、「広域」自治体では、地域における教育行政機関の責任者である教育監も、同時に選出する。ただし、教育監は政党の公認や推薦を受けない。

国政との関連で言えば、「広域」の首長をどの党が多く取るのかによって、統一地方選挙の勝敗が左右されると言えよう。とりわけ、人口の集中する首都圏(ソウル市・仁川市・京畿道)の行方に最大の関心が集中せざるを得ない。首都圏には、全有権者の約50%が居住しているからだ。

開票の結果、与党・セヌリ党は「広域」で8、「基礎」で117の首長が当選した。一方、第一野党の新政治民主連合は「広域」9、「基礎」80だった(「基礎」の残り29は無所属の首長)。そして、統合進歩党・正義党・労働党などの進歩政党からは、「広域」と「基礎」を問わず、一人の首長も選出されなかった。

「広域」の当選分布を見ると、与野党はほぼ互角だったといえるだろう。だが、実質的には“野党の敗北”(“与党の勝利”とはいえないまでも)と断定せざるを得ない。セウォル号惨事の責任を追求され、政権与党は極めて厳しい立場で選挙に臨むしかなかった。逆に野党は、これまでのどの選挙よりも有利な立場だったが、与党を下回る得票に終わったからだ。

投票結果をもう少し踏み込んで分析してみよう。野党はソウル市長の再選を果たしたものの、首都圏の仁川市と京畿道を失った。与党は全敗も予想された首都圏で善戦し、釜山市も掌握した。17の「広域」自治体のうち、200万人以上の有権者が居住する7大「広域」(京畿道、ソウル市、釜山市、慶尚南道、仁川市、慶尚北道、大邱市の順)を見ると、ソウル市を除けばすべての地域で与党が勝っている。

「基礎」自治体でも、与党は過半数の首長が当選した。ちなみに、前回の「基礎」自治体は与党(ハンナラ党)82、野党(民主党)92という結果だった。今回、野党はソウル市長選挙に勝利したこと以外には、これといった成果を達成できなかったといえるだろう。

セウォル号惨事の悲しみは無能な政府への怒りとなり、朴槿恵政権を審判する選挙になるものと予想された。選挙の最終局面で与党は大統領の写真を前面に掲げ、国民に支持と信任を泣訴する「朴槿恵大統領を救え!」キャンペーンを大々的に展開した。そして「朴槿恵キャンペーン」の効果は期待以上だった。一部有権者の同情心を引いただけでなく、保守層の危機感を刺激し与党票の結集力を高めたからだ。

投票結果をあるがままに解釈すれば、今回の選挙に反映された民意とは、「セウォル号惨事の責任を問うが、政権の崩壊や大統領が早期にレイムダック化するのは望まない」ということのようだ。

政権の出帆からまだ15ヶ月しか経っていない。“涙の記者会見”で国民に謝罪した朴槿恵大統領への期待も、まだ残っているのだろう。何よりも有権者にとって、セウォル号の惨事から選挙に至るまで、これといった争点や対策を提示できなかった野党は、存在感の薄い無能な政党でしかなかった。野党の掲げる“政権審判論”が広範な共感を得ることができなかったのは、野党が有権者の信頼を失ったからに他ならない。

“野党の敗北”と評価される首長選挙とは対照的に、政党が関与しない教育監の選挙では、「進歩派」13人に対し「保守派」4人という結果になった。所属政党ではなく候補者の経歴や主張を判断基準にしての投票だっただけに、セウォル号惨事に対する有権者の意識が端的に反映されたといえるだろう。

セウォル号の惨事を体験した国民は、これまでの開発・成長といった経済偏重の価値観や、自主性を欠いたエリート主義の競争教育に懐疑を抱くようになった。韓国社会には根本的な変化が必要だと痛感しているのだ。多数の高校生が犠牲となったセウォル号の惨事は、まさに教育の内容が問われる問題でもあった。

朴槿恵大統領をはじめ政権与党は、今回の選挙結果をどのように評価しているのだろうか。
どうやら、勝利の美酒に酔い、従前の公安的な政局運営を継続するように見受けられる。首相と一部閣僚の更迭、行政部署の改編でこの危機局面を乗り切ろうとするなら、一時的に猶予された有権者の審判は、より厳格な形態で必ずや執行されるだろう。

今回、首都ソウルの市長選で与党候補が得た得票は43%に過ぎない(野党候補は56%を得票)。ソウル市の歴代選挙(大統領選挙や国会議員総選挙を含め)で、野党候補に13%もの大差で敗れたのは異例の事態といえる。これが真の民意なのだ。そして、与党が勝利した「広域」のうち、京畿道・釜山市・仁川市の得票率差はそれぞれ、0.87%、1.31%、1.75%という僅少値だった。まさに“辛勝”であり“薄氷の勝利”といえよう。いずれの地域も、無効処理された投票数よりもはるかに少ない票差で、勝敗が決している。繰り返すが、これが民意の実態なのだ。

あまり重視されてはいないが、仁川市では統合進歩党の市長候補が1.83%を得票した。第一野党の新政治民主連合が政権のアカ狩り攻勢に怯むことなく、前回のような野党連帯を組んで統一候補を出していたなら、勝利は野党の側にあっただろう。新政治民主連合には、与党以上の猛省を促す次第である。

以上で見たように、今回の統一地方選挙に現れた民意は、複雑で微妙な様相を帯びている。即時的な政権審判には同意しなかったが、決して現状を容認したわけではない。政権与党の責任を問い、野党の覚醒と奮起を促すメッセージが込められている。筆者としては、進歩政党の冷徹な自己分析と再起への準備を期待したい。

痛嘆の惨事を体験した民衆が、その深い悲しみを怒りに変え、さらには体制変革と政権交代への動力に昇華させるには、いくつかの契機を必要とするのだろう。今回の選挙は、間違いなくその最初の契機だった。知る人ぞ知る。韓国社会に“怒りの葡萄”が熟しつつあることを。(JHK)