留任決定の翌日、出勤するチョン・ホンウォン首相(6.27)
前々回のコラムで紹介したように、朴槿恵大統領がムン・チャングク氏(元『中央日報』主筆)を次期首相に指名したことに対し、野党と市民団体、そして広範な国民から指弾の声が高まっていた。そして「国会聴聞会で国民の了解を得たい」と就任への意欲を見せていたムン氏だったが、6月24日、ついに自ら“辞退”を宣言するに至った。
ムン氏は当日の記者会見で、自身の首相就任が挫折した責任を国会に転嫁している。「大統領が首相候補を指名すれば、国会は法律に則って聴聞会を開催する義務がある。聴聞会法は国会議員の総意で成立したはずなのに、その法律を順守せず私に辞退せよと圧力をかけた」と、憤懣やるかたない様子だ。
朴大統領もムン氏の会見直後、「国会の人事聴聞会は検証を通じて国民の判断を仰ぐための場だ。聴聞会まで行けなかったのを極めて残念に思う」と述べている。あたかも、国会が聴聞会の開催を阻止したかのような発言である。
しかし、これは朴槿恵大統領の特技である「責任回避」話法にほかならない。なぜなら、国会の人事聴聞会は、大統領の任命同意案が提出されてこそ開催されるからだ。朴大統領がムン氏を首相候補に指名したのは、6月10日だった。ところが、ムン氏が辞退する前日の23日まで、任命同意案は国会に提出されていない。世論の糾弾に加え、与党内部からも反対の声が上がり、大統領はムン氏の任命同意案提出を躊躇したのだろう。
参考までに関連法を概観してみよう。国会法第46条の3と人事聴聞会法(2000年改正)によると、先ず、大統領が首相任命同意案を国会に提出する。同意案には任命承認要請書と、当人の学歴・経歴・財産・納税・犯罪歴などの関連資料が添付される。任命同意案を受けた国会は、13名からなる「人事聴聞特別委員会」を構成し、20日以内に審査を終えなければならない。その後、委員会の審査報告書に基づき任命同意案が国会に上程され、承認投票の手続きを踏むのである。
以上でわかるように、全過程の出発点は大統領の任命同意案提出である。今回の事態は、野党が人事聴聞会を拒否したのではなく、朴大統領がその開催を国会に求めなかったのが真相なのだ。ムン氏には同情を禁じ得ない。大統領官邸は、鳴り物入りで宣伝した次期首相候補を擁護しなかった。朴大統領も、自身の人選能力が問われる「指名の撤回」ではなく、ムン氏が自ら「候補を辞退」するように圧迫した。
ところが、今回の人事騒動はこれで終わらない。26日、朴大統領が次期首相に指名したのはチョン・ホンウォン(鄭烘原)氏だった。彼はセウォル号惨事(4月16日)が発生した当時の首相であり、その責任を取り、4月27日に辞意を表明している。つまり、朴槿恵大統領はチョン氏の辞表を受理しないことに決め、そのまま留任させることにしたわけだ。
大統領周辺に国民の承認を得られる適材がいないのか、あるいは、人事聴聞会の煩わしさを回避するためなのか、「更迭した首相の留任」という前代未聞の結末は、少なからぬ波紋を呼び起こすだろう。4月27日付『ハンギョレ新聞』はその社説で、「ギャグにしては余りにも荒唐なギャグ、コメディというには余りに情けないコメディ」と歎いている。
チョン首相の留任という決定からは、国政運営の責任を担う大統領の意思が感じられない。首相を選任し、国会の聴聞会で検証を受けるのは大統領の義務である。その義務を回避するなら、“首相に相応しい人物を一人も選べぬ無能な指導者”だと自認することになるまいか。
何よりも、チョン首相が辞表を提出したのは、セウォル号惨事への引責からだった。その首相を留任させるというのは、惨事を招いた政府の無能と無責任を不問に付し、この辺りで“区切り”をつけようとの意思表示ではないのか。「遺家族の悲しみを決して忘れない!」という大統領の誓いは、やはり“涙のショー”に過ぎなかったのだろうか。
韓国の政界では「人事が万事」と言われる。首相人事における相次ぐ漂流は、ややもすると政権の沈没を引き起こしかねない。6月27日、『韓国ギャロップ』が発表した週間世論調査(24日~26日に実施)によると、朴槿恵大統領への支持率は42%、不支持率が48%だった。先週の調査で初めて支持率と不支持率は逆転したが、今週はさらにその差が拡大している。不支持を選択した最大の理由は「人事の失敗」(38%)である。
時間的なタイミングから、今回の世論調査にチョン首相留任の事態は十分に反映されていないだろう。それでも、ソウル市民の回答では支持率が37%に過ぎなかった。韓国の政界では一般的に、現職大統領の支持率が30%台まで低下すると、“レームダック(末期症状)”化したと分析するようだ。政権出帆から1年4ヶ月にして早くも末期症状を呈するとしたら、朴大統領だけでなく、韓国民にとっても極めて遺憾な事態である。
韓国人には、日本人以上に四文字熟語を好む傾向がある。朴槿恵政権を規定する四文字を選ぶなら、「厚顔無恥」が適切かもしれない。現政権に対し、強く自省と自戒を促したい。(JHK)