バセドウ病
JCEM 2020;105:3704-3720
1.ラジオアイソトープ治療 (RAI)
RAI は 1. 抗甲状腺薬(ATD)で12-18ヶ月治療しても寛解に至らない、2. 再発、3. 服薬アドヒアランス不良、4. ATD の副作用出現、5. 患者の希望で検討。禁忌は 1. 妊娠・授乳中、2. 活動性の眼症、3. 甲状腺癌が疑われる結節がある、4. 眼症のハイリスク(TRAb 高値、喫煙者など)。
RAI を行うと、TRAb が上昇する結果、15-20%の頻度で眼症の増悪または新規発症が起こる。また、甲状腺機能亢進症が増悪し、甲状腺クリーゼを来すことがある。
ATD はRAI の効果を妨げるので、RAI の1週間前に中止、RAI 後数日経ってから再開。妊娠は男女ともに RAI 後6ヶ月以上経過してから許可する。
甲状腺癌の患者にRAI を行うと2次性の癌の発生が有意に増える。バセドウ病に対する RAI では結論は出ていないが、25年以上の縦断的観察研究では乳癌、腎癌、胃癌の増加を認めた。
2. 甲状腺摘出術 (TX)
TX は 1. ATD で寛解に至らない、2. 甲状腺癌疑い、3. 甲状腺腫(容積 50-60 ml 以上または圧排症状あり)、4. 甲状腺結節および眼症あり、5. 妊娠中期で検討する。
周術期合併症を減らすために 術前は ATD が必要。さらに経静脈的にヨウ化カリウムを投与しておくと、甲状腺への血流が減るので術中の出血が減らせる。
起こり得る合併症としては喉頭浮腫、反回神経損傷、低Ca血症、副甲状腺機能低下症、出血がある。あらかじめ Ca 補充をしておくと、周術期の低Ca血症を減らせる。
熟練した耳鼻科医が手術すると、低Ca血症は10%以下、反回神経損傷は1%以下。
術後は体重に基づいて LT4 を補充する。
3. 抗甲状腺薬(ATD)
チオナミド抗甲状腺薬(MMI, PTU) はアジア、欧州、南米ではポピュラー。米国は RAI がポピュラーと言われていたが、最近はそうでもない。ATD が60%、RAI が 35% である。理由は RAI は眼症が増悪したり、新規発症したりするから。
甲状腺に取り込まれた無機ヨウ素は濾胞上皮に発現しているサイロペルオキシダーゼによって酸化されて有機化される。ATDはこのステップを阻害して甲状腺ホルモンの合成を抑制する。
PTU は 活性が MMI の 1/10 だが、末梢でのT4 から T3 への変換を抑制する作用がある。そのため、甲状腺クリーゼの治療では PTU が好まれる。
MMI は甲状腺への移行性が高く、甲状腺内の濃度は投与から22時間は安定している。だから、1日1回投与で良い。
米国および欧州のガイドラインでは ATD の治療期間は 12-18ヶ月とされる。甲状腺機能が正常化し、TRAb が陰性化すれば、ATD 中止を検討する。欧州のガイドラインではATD開始から 18ヶ月後に TRAb 陽性ならもう1年低用量で ATD を継続するか、RIA または TX を検討する。
ATD で完全寛解に至るのは 5割に過ぎない。18ヶ月 ATD を継続して寛解導入できない場合は通常は RIA または TX が検討される。
しかし、最近は低用量で ATD を継続するのも悪くないのではないかと言われている。長期ATD(95ヶ月)と標準ATD(19ヶ月)を比較したランダム化比較試験では標準ATDの方が長期ATDの4-5倍累積再発率が高かった。また、低維持量(MMI 5-2.5 mg/day)では、重度の副作用の頻度は 1.5%と低かった。さらに、長期ATD と、標準ATDまたはRIA とを比較したランダム化試験では、長期 ATD の方が甲状腺機能が安定していて、コストは低く、甲状腺機能低下が少なく、ATD の副作用が少なかった。さらに、寛解率(63%)も優れ、体重増加、眼症悪化が少なかった。
4.ATD の副作用
ATD の副作用で最も多いのは軽度の皮膚反応(皮疹、掻痒、蕁麻疹)で、服用開始早期に多く、頻度は数%。重度の副作用としては無顆粒球症、肝障害、血管炎がある。
無顆粒球症は0.2-0.5%の頻度で出現し、服用開始から3ヶ月間で多い。突然の発熱と激しい咽頭炎で発症する。MMI については高用量で発症頻度が増えるが、PTU については用量と発症率の間に関連はない。
肝障害は MMI では 0.3%、PTU では 0.15% と MMI の方が多いが、肝不全に陥るのは PTU の方が多い。PTU の副作用としての ANCA 関連血管炎は PTU 服用開始後数年経過してから出現することが多い。
5.妊娠中の管理
MMI も PTU 胎盤を通過する。ATD に関連する奇形は MMI で 3-4%、PTU 2-3%。MMI に関連する奇形としては、皮膚欠損症、食道閉鎖、後鼻腔閉鎖がある。PTU に関連する奇形としては鰓瘻と腎嚢胞がある。
感受性がある時期は妊娠5-6週から10週まで(妊娠に気づいた時には感受性のある時期は過ぎている。計画妊娠が必要)。
ガイドラインでは妊娠初期の ATD としては PTU を勧めている。妊娠前に MMI 10 mg/day 以下で甲状腺機能正常な妊婦なら、妊娠5週で休薬して毎週 free T3、free T4 を確認しながら経過を見ても良いかもしれない。リスクが高い(MMI 10 mg/day 超、眼症あり、TRAb 高値)なら、最低量のPTU (50-100 mg/day) に切り替えて経過を見る。妊娠中期以降は PTU に関連する肝障害のリスクを回避するために MMI に切り替える。
自己免疫性甲状腺疾患と診断されている全ての女性は妊娠前と妊娠中に TRAb を測定するべき。再発の恐れがない患者(RAI, TX 後)でも測定するべき。なぜなら、お母さんは再発しなくても、赤ちゃんが甲状腺機能異常に陥るかもしれないから。
6.バセドウ眼症
TRAb だけでなく TSH も TSH受容体を発現している眼窩組織を刺激するので、甲状腺機能低下も眼症を悪化させる。
TSH 受容体が刺激されると、親水性のムコ多糖と炎症性サイトカインが放出される。糖質コルチコイドは炎症をともなう場合は疾患の活動性を抑えるのに有効。しかし、既にある眼球突出や複視の症状を改善させる効果は乏しい。そのため、眼球運動障害をともなう場合は球後照射や眼科手術が必要になる。
眼窩組織の線維芽細胞には TSH 受容体だけでなく、IGF-1 受容体が発現しており、両者が協調してはたらくことで眼症が起こると考えられている。
最近、米国で抗 IGF-1受容体モノクローナル抗体であるテプロツムマブがバセドウ眼症の治療薬として承認された。活動性のバセドウ眼症患者に3週間毎に8回投与すると、24週後の評価で眼球突出、臨床的活動性スコア、複視、QOLのすべてがプラセボ投与群と比較して有意に改善していた。
テプロツムマブは日本では未承認。大変高価で、ステロイドパルスとの比較も行われていない。また、活動性のない眼症への効果は期待できないので、手術の代わりにはならないだろう。
軽症の眼症ではセレンが有効。
テプロツムマブの臨床試験
https://www.nejm.jp/abstract/vol382.p341
セレンの臨床試験
https://www.nejm.jp/abstract/vol364.p1920
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7543578/