急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を特徴とする抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の 1例
BMJ Neurol 2019; 19: 19
背景
抗 leucine-rich glioma inactivate 1 (LGI-1) 抗体陽性脳炎は稀な自己免疫性脳炎であり、急性または亜急性に進行する認知機能低下と、精神障害、fasciobrachial dystonic seizure (リンク参照)、低ナトリウム血症が特徴である。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は早期に診断して治療を開始できれば、治療に良く反応し、予後良好な疾患である。
症例
急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を呈した 56歳男性。血清および髄液から抗 LGI-1 抗体を認め、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎と診断した。Mini Mental State Examination と Montreal Cognitive Assessment はそれぞれ 19/30 と 15/30 だった。頭部 MRI では FLAIR および DWI で両側海馬に高信号を認めた。arterial spin labeling による MR 脳血流イメージングおよび 18F-FDG-PET では異常所見を認めなかった。免疫グロブリン療法と糖質コルチコイドで治療を開始すると、患者の症状は著明に改善した。
結論
この症例で示されるように、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は急速に進行する記憶障害主体の認知症を呈する。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎を認識することは、早期診断、早期治療を可能にし、予後を改善させる可能性がある。
1. 背景
自己免疫性脳炎 (autoimmune encephalitis: AE) は最近になって知られるようになった稀な神経炎症性疾患であり、特定の抗体と関連する。自己抗体の種類によって、AE は臨床所見および予後が異なるサブグループに分類される。この中で、抗 leucine-rich glioma inactivate 1 (LGI-1) 抗体陽性自己免疫性脳炎は治療可能な脳炎である。
抗 LGI-1 抗体陽性自己免疫性脳炎は急速に進行する認知機能低下、精神障害、fasciobrachial dystonic seizure (FBDS) 、治療抵抗性の低ナトリウム血症を特徴とする。抗 LGI-1 抗体陽性自己免疫性脳炎はまた、辺縁系脳炎に含まれると考えられており、通常は傍悪性腫瘍症候群ではない。抗 LGI-1 抗体陽性脳炎は免疫グロブリン療法 (intravenous immunogloblin: IVIG) や糖質コルチコイド、その他の免疫抑制剤による免疫療法によく反応する。残念なことに、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎はしばしばウイルス性脳炎や精神疾患と誤診され、免疫療法開始が遅れる。その結果、病態が悪化し、てんかんや昏睡に至る場合もある。
fluorine-18-fluorodeoxyglucose positron emission tomography (18F-FDG-PET) および arterial spin labeling (ASL) は脳局所の血流の変化を感度良く検出できる画像検査である。抗 N-methyl-d-aspartate 受容体抗体陽性脳炎では ASL で局所的な脳の血流増加が特徴であると報告されている。一方、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎において ASL で脳の局所的な血流を評価した例は 1例しかない。そこで、著者らは ASL および 18F-FDG-PET で脳局所の血流を評価した。
2. 症例提示
56歳男性が 3週間前からの発熱と、2週間前からの記憶障害を主訴に受診した。記憶障害は特に前行性健忘 (anterograde amnesia) が目立った。
神経学的評価では、急速に進行する認知機能低下を認めた。Mini Mental State Examination (MMSE) と Montreal Cognitive Assessment (MoCA) はそれぞれ、19/30、15/30 だった。経過中にけいれんは認めなかった。
髄液検査では、軽度の白血球上昇 (19 /μL, 基準値: 0-8 /μL) 、糖上昇 (5.39 mmol/L, 基準値: 2.5-4.5 m mol/L)、クロール低下 (113.5 mmol/L, 基準値: 120-130 mmol/L) 、蛋白正常 (44 mg/dL, 基準値: 20-40 mg/dL) を認めた。
血液検査では、血清ナトリウム 126 mmol/L, 血清クロール 94.2 mmol/L, 血糖 7.26 mmol/L だった。その他の検査項目には異常を認めなかった。
抗 LGI-1 抗体は髄液および血清で強陽性だった。一方、その他の自己免疫性脳炎のバイオマーカー (NMDAR-Ab, AMPAR2-Ab, GABABR-Ab, Caspr2-Ab) 、腫瘍マーカー (CEA, AFP, CA125, CA19-9, CA15-3, CA724, SCCAg, NSE, T-PSA, CYFRA21-1)、傍腫瘍性抗神経抗体 (paraneoplastic
neuronal antibody) (抗 Hu 抗体、抗 Ri 抗体、抗 Yo 抗体、抗 Ma/Ta 抗体、抗 Amphiphysin 抗体、抗 CV2 抗体、抗 SOX-1 抗体、抗 Tr 抗体) はすべて陰性だった。
脳波は正常だった。
頭部 MRI では FLAIR と拡散強調像で、両側の海馬に高信号を認めた。12日後に撮影した MRI でも同様の高信号を認めた (リンク参照)。
胸部 CT と 18F-FDG-PET では腫瘍性病変を認めなかった。認知機能低下出現から 1か月後に行った ASL および 18F-FDG-PET では、海馬の血流低下や代謝異常は認めなかった。
患者は抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎と診断され、メチルプレドニゾロンと IVIG で治療を開始された。その後、6ヶ月間プレドニゾロン内服を継続した。入院 15 日目には明らかに症状が改善し、軽度の認知機能低下を残した状態で退院した。免疫治療開始から 30日以内に完全寛解し、MMSE では 30/30 に改善した。
3.議論
今回、著者らは急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を呈した辺縁系脳炎の症例を報告した。臨床所見、血清および髄液から抗 LGI-1 抗体を認めたこと、画像所見、免疫療法によく反応したことから、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎だと診断した。
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は稀な疾患で、認知機能低下、FBDS、てんかん発作、精神障害、低ナトリウム血症を認める。低ナトリウム血症は抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎に特徴的な所見で、60-88%で治療抵抗性の低ナトリウム血症を認めると報告されている。低ナトリウム血症の病態生理としては不適合抗利尿ホルモン分泌症候群が想定されており、視床下部と腎臓に LGI-1 が発現し、抗利尿ホルモンの分泌を刺激するのではないかと考えられている。今回の症例でも、血清ナトリウム 126 mEq/L の低ナトリウム血症を認め、治療抵抗性だった。
認知機能低下、特に短期記憶の障害も抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎によく見られる症状である。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の最大 15%で急速に進行する認知機能低下を認める。しかし、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にともなう認知機能障害に特徴的な画像所見や長期予後については不明な点も多い。
認知機能障害は抗 LGI-1 抗体が海馬の構造を障害することによるのかもしれない。日本の研究者らは LGI1-ADAM22-AMPAR 系の障害が抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にととなう記憶障害において重要なはたらきをしているかもしれないと報告している。
幸い、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にともなう記憶障害は早期に免疫療法を行うことで予防できる可能性がある。
18F-FDG-PET は脳炎の治療への反応性を評価するのに有用なツールである。最近は自己免疫性脳炎の補助診断としても利用される。自己免疫性脳炎では頭頂葉と後頭葉の代謝が低下し、基底核の代謝が亢進するのが特徴である。自己免疫性脳炎の PET 所見を検討した別の観察研究では、急性期は両側の辺縁系で FDG の取り込みが著明に亢進し、治療後は緩やかに低下して正常化することが報告されている。
ASL は非侵襲的に脳局所の血流の変化を高感度でとらえることができる。ASL で血流亢進は急性期または亜急性期の局所の炎症を反映していると考えられている。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎で ASL 所見を検討した研究は 1件あり、急性期に海馬および扁桃で血流亢進を認め、治療後は正常化したと報告している。
今回の症例では、18F-FDP-PET および ASL では有意と取れる所見は認めなかった。これは発症から 4週間経過した時点で撮影したからかもしれない。
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の ASL 所見について前向きの観察研究が必要だろう。
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の MRI 所見
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6366039/figure/Fig1/?report=objectonly
fasciobrachial dystonic seizure
https://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/observation/020.html
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6366039/#__ffn_sectitle