内分泌代謝内科 備忘録

神経因性食思不振症の合併症

神経因性食思不振症の合併症についての総説
Cleve Clin J Med 2020; 87: 361-366

神経因性食思不振症 (anorexia nervosa: AN) は、摂食自制、著しい体重減少、低栄養を特徴とする精神疾患である。進行すると数多くの合併症が全身に現れる。合併症のいくつかは効果的な栄養リハビリテーションと体重増加で軽快するが、その他の合併症については永続的な障害を来たし得る。

要点

·AN では左室壁の体積低下を特徴とする心筋萎縮が起こる。これによりしばしば僧房弁逸脱 (mitral prolapse) が起こる。

·女性ではほとんどの場合無月経となり、思春期前の状態に戻るのでエストロゲン濃度は低下する。男性ではテストステロン濃度が低下する。

·骨密度が著明に低下し、思春期でも骨減少症または骨粗鬆症を来す。この骨密度低下は永続的なものとなり得る。

·一過性の気胸、縦隔気腫、誤嚥性肺炎などの呼吸器合併症も来たし得る。

·脳全体の萎縮も起こり得る。灰白質も白質も障害され、治療後も永続的な認知機能低下を来すことがある。

1. 疫学

AN は思春期での発症が最も多い。主に発症するのは若い女性だが、罹患率は男性でも女性でも思春期で上昇する。統計によりばらつきはあるが、女性の 1%以上は生涯に AN を発症し、罹病期間は平均で 6年である。

AN は精神疾患の中で最も死亡率が高い。死亡率は 5%で、自殺のリスクは 10倍高い。AN 患者の死亡原因の 20%は自殺である。

AN の病因は複雑であり、遺伝、心理、環境·社会的要因が関与する。一親等以内に AN 患者がいる場合、AN 発症のリスクは 10倍高くなる。うつ病や不安神経症、薬物乱用などの精神疾患がある場合も (AN 発症の) リスクは高くなる。

多くの要因が AN 発症あるいは増悪そして維持に関与している。すなわち、社会的要因、やせて見えることが求められること、食習慣、細身である必要がある職業 (スポーツ選手やモデルなど) 、支持体制の欠如、トラウマ (性的暴力、虐待、ネグレクト) などが要因となる。

2. 評価
AN の評価と診断については精神障害の診断·統計マニュアル第5版 (the 5th edition Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM-5) で更新されている。AN の特徴 (hallmarks) は意図的なカロリー制限による体重減少、体重増加に対する強い恐怖、そしてボディイメージの歪み (すなわち、実際には正常あるいはやせてさえいても、醜く太っていると信じている)である。

DSM-5 では body mass index: BMI に基づく重症度指数により、医療者が低栄養の程度を評価し、必要なケアを判断できるようにしている。重症度指数は、軽度 (BMI >17 kg/m2)、中等度 (BMI 16-16.99 kg/m2)、重度 (BMI 15-15.99 kg/m2)、極重度 (BMI <15 kg/m2) の 4つのカテゴリーに分かれている。

DSM-5 では AN を摂食型 (restricting type)、過食/排出型 (binge-eat/purging type) の2つのサブタイプに分けている。摂食型は過食をともなわないのに対し、過食/排出型は過食と自己誘発嘔吐や利尿薬·緩下剤の不適切な使用などによる排出が特徴である。過食排出型と神経性過食症 (bulimia nervosa) の違いは、過食症については体重減少の基準はなく、過食を制御できないという感覚を持っていることである。

3. 治療

治療の選択肢については現在議論しており、経験的なエビデンスは欠けている。患者の身体的な安定性、精神的な安定性、AN 重症度、年齢、支持体制、罹病期間を評価するべきである。米国では、AN 患者診療の場は一般外来での治療から急性期病院への入院までと幅広い。治療内容は年齢とケアの必要度によって異なる。

小児では多くの場合、家族療法 (family-based therapy) が行われるが、成人では認知機能改善療法 (cognitive remediation therapy) 、曝露療法 (exposure therapy)、弁証法的行動療法 (dialectical behavior therapy) 、アクセプタンス&コミットメント療法 (acceptance and commitment therapy) などさまざまな治療が行われる。どの治療もエビデンスに基づいた最適な治療ではなく、考慮するべき多くの問題があることが示唆される。

4. 予後

AN の寛解率は報告により大きく異なる。小児例の報告では寛解率は 17.2-50%であり、成人例では 13-42.9%だと報告されている。

摂食障害自体は十分に治療されず、うつや不安神経障害、薬物乱用、身体的問題など合併症の治療のみが行われているケースが多い。摂食障害があることに気づき、きちんと評価することができれば、効果的な介入および治療を行うことができ、患者に利することができるだろう。

5. 心合併症

最近の AN についてのシステマティックレビューでは、心臓の構造と機能の変化、自律神経系の変化、心臓の再分極 (? cardiac repolarization) が 起こると報告されている。

AN に特徴的な器質的変化である心筋萎縮は左室壁の筋量低下と左室容量の低下によって特徴づけられる。

僧房弁逸脱は AN で多い。病態生理は詳しく分かっていないが、心筋萎縮と左室容量の低下により、僧房弁の弛緩 (laxity) が相対的に低下することによると考えられており、僧房弁粘液腫様変性 (myxomatous valve degeneration) がなくても起こる。

この僧房弁-左室不均衡仮説 (valvular ventricular disproportion theory) では僧房弁組織が過剰でも、左室容積が不十分でも僧房弁逸脱が起こる。AN 患者で体重が戻ると僧房弁逸脱は消失し、体重が減少すると再び起こることはこの仮説を裏付ける。

あるコホート研究では、重度の AN のほとんどでは僧房弁逸脱を認めるが、左室の大きさと僧房弁逸脱との間には関連を認めなかった。一方、心拍数の少なさは僧房弁逸脱と有意に相関した。したがって、僧房弁逸脱の原因はひとつではなく、迷走神経の緊張 (vagal tone) とそれにともなう徐脈も関与しているかもしれない。

心嚢水は体重減少が進むと貯留し、ふつう体重が戻り、血清トリヨードサイロニン (triiodothyronine: T3) が正常化すると同時に消失する。

洞性徐脈、可逆性の洞不全症候群、起立性低血圧は重症の AN で広く認められる。患者の BMI によって心電図を検討することは適切である。BMI >17 kg/m2 では異常所見を認めないことが多いが、BMI <15 kg/m2 では徐脈などの不整脈を認める可能性が高い。BMI が低下するにつれて、徐脈と低血圧は目立つようになる。

AN に特異的な心機能障害はないが、拡張障害はよく認める。また、脈波伝播速度 (arterial pulse wave velocity) の上昇や動脈スティフネス (aortic stiffness) の上昇も報告されている。

AN 患者では運動耐容能は低下しているが、運動時の血圧、運動時の心血管指標 (酸素消費量など)、左室収縮能は保たれている。

心突然死は AN 患者の早期死亡 (premature death) のよくある原因である。心拍の呼吸性変動によって評価した自律神経系の機能障害は AN 患者で報告されているが、系統的に解析した場合には一貫したパターンは得られていない。同様に、12誘導心電図 (12-lead electrocardiography) における補正 QT (rate-corrected QT: QTc) 時間の延長に表れる再分極の遅延も報告されている。しかし、AN 患者を対象にした最も規模が大きい心電図の研究では、QTc 時間の平均は 417 ms であり、AN 患者で QTc 時間が延長することは示されなかった。

摂食障害患者では QTc 延長とトルサードポワンツが起こるが、QTc 延長と、AN と突然死のリスクとの間には、交絡因子として低カリウム血症と遅延整流カリウムチャネル (delayed rectifier potassium channel) を阻害する薬剤の使用が介在している。

おそらく AN と心臓突然死との関連を支持する最近の研究の中で最も説得力があるものは、デンマークで行われた 430名の AN 患者と 123 名の対照を 10年間追跡したコホート研究である。まとめると、AN 患者と対照の間で、QTc 時間や QTc 延長のリスクは差がなかった。しかし、AN 患者では対照と比較して有意に心イベント (心室頻拍、心拍再開した心停止 (aborted cardiac arrest)、または心停止) のリスクが高く (ハザード比 10.4, 95%信頼区間 2.6-41.6, P=0.01)、全死亡のリスクが高かった (ハザード比 11.2, 95%信頼区間 5.1-24.5, P<0.01)。この心血管イベントおよび全死亡のリスク上昇はベースラインの QTc 時間とは関連しなかった。

r 波増高不良もよく報告されているが、心イベントとの関連は示されていない。

AN 患者では上述のような心血管合併症を認めるが、心血管死の詳しい病理は明らかになっていない。

6. 消化器合併症

体重減少と低栄養の直接の結果として、(食物の) 消化管内における滞留時間は長くなる。

AN 患者では胃不全麻痺 (gastroparesis) と便秘が多く、特に体重減少が重度になると増える。症状がある場合は、体重が増えるまでの短期間メトクロプラミドやマクロライド抗菌薬を処方しても良い。

AN 患者では体重減少にともなう腸間膜脂肪織の萎縮により、上腸間膜動脈症候群 (superior mesenteric artery syndrome) が起こる。正常では脂肪織が上腸管膜動脈をつり上げており、上腸管膜動脈と大動脈の間を通る十二指腸水平部 (third portion of duodenum) を圧排しないようにしている。上腸管膜動脈症候群の患者では腹満感 (fullness)、嘔気、嘔吐で軽快する食直後の心窩部痛 (epigastric pain) を訴える。診断は上部消化管撮影 (upper gastrointestinal series, バリウム検査のこと) または腹部 CT によって確定される。治療は液体あるいは柔らかいもので食事を摂らせ、体重が増えて脂肪織が元に戻るのを待つことである。

食事開始後早期は小腸粘膜が萎縮し、吸収部位が減少するために下痢が起こり得る。

AN 患者ではしばしばトランスアミナーゼが上昇している。この原因は二つあると考えられている。栄養を開始する前であれば、飢餓により肝細胞がアポトーシスするためと考えられる。栄養後であれば、炭水化物を制限した食事のために脂肪肝となったためと考えられる。不思議なことに、重症の AN 患者でもアルブミン濃度は正常である。

機能性腸疾患は AN 患者では多い。

7. 呼吸器合併症

長年、呼吸器は AN の弊害を免れていると信じられてきた。しかし、現在私たちはそれは正しくないことを知っている。

AN 患者では一過性の気胸と縦隔気腫が起こる。また体重減少が高度で咽頭の筋力低下と嚥下障害をともなう場合は誤嚥性肺炎を来し得る。これについては嚥下造影で評価できる。

呼吸機能検査 (pulmonary function test) では閉塞性障害のパターンを呈することがあるが、原因は不明である。

8. 血球減少

低栄養が悪化すると、骨髄の膠様変化 (gelatinous marrow transformation) が起こり得る。骨髄の脂肪組織が高度に萎縮すると骨髄脂肪が厚いムコポリ多糖体に置き換わり、血球の前駆細胞が骨髄から出ていくのを妨げる。これにより白血球、赤血球、血小板の 3系統の減少 (triliner hypoplasia) が認められる。血球減少の頻度は白血球、赤血球、血小板の順に多い。

興味深いことに、AN 患者では明らかに白血球が減少しているが、感染症のリスクは増えない。そのため、好中球減少症患者としての感染予防策を講じる必要はない。また、栄養状態が改善すれば速やかに骨髄機能は正常化するので、高価な成長因子は適応ではない。

AN における貧血はふつう正球性であるが、赤血球指数 (red blood cell indices) が異常の場合はビタミン B12 と葉酸の欠乏がなくても大球性貧血となる。小球性貧血は稀であり、小球性貧血を認める場合は追加の検査が必要である。

9. 内分泌異常

AN 患者ではさまざまな内分泌異常が起こる。

ほとんどの女性で無月経を認める。無月経となっている女性では視床下部-下垂体軸が思春期前の状態に戻り、エストロゲン濃度が低下している。男性の場合はテストステロン濃度が低下している。

月経は標準体重のおよそ 95%まで体重が増えると再開するが、月経再開までには 6-9ヶ月かかる。無月経であっても妊娠はし得ることには注意が必要である。この場合は母体にとっても胎児にとっても危険である。

レプチン濃度低値は栄養リハビリテーションと体重増加によって正常化する。レプチン濃度は正常月経の再開時期と関連するかもしれない。

AN では成長ホルモン抵抗性と血清コルチゾール高値をともなう。ほとんどの AN 患者で甲状腺機能正常症候群 (euthyroid sick syndrome) を認めるが、体重が戻れば自然に治る。

低血糖は重症の AN 患者で、BMI <15 kg/m2 の場合に認めることが多い。低血糖は肝不全、糖新生およびグリコゲン分解の障害を予測する予後不良因子である。

10. 骨密度低下

AN 患者は若いことが多いが、サルコペニアの合併が多く、骨格筋量は低下している。サルコペニアを合併すると危険な筋力低下を引き起こし、重度になると転倒のリスクが増加する。サルコペニアは体重増加と運動療法で完全に回復させることができる。

サルコペニアと関連する深刻でおそらく不可逆的な合併症は骨密度低下である。思春期であっても骨減少症および骨粗鬆症を発症し得る。

骨密度低下の病態生理には、コルチゾール濃度の上昇、レプチンおよび性ホルモン濃度の低下、低体重、成長ホルモン抵抗性など多くの要因が関与していそうである。

AN が寛解してから長い時間が経っても脆弱性骨折 (fragility fracture) のリスクが著明に高い状態が続く。

AN 患者における骨密度低下は閉経後の女性の骨密度低下とは異なる。AN においては、骨密度低下は骨吸収の増加だけでなく、骨形成の低下にもよっている。このように骨吸収の増加しているにも関わらず骨形成が低下することが、AN において骨密度が著明に低下する原因であると考えられている。

AN を発症して 1年以上経っているか、無月経になってから 9-12ヶ月経っている場合は、骨密度を測定することがたいへん重要である。

AN にともなう骨粗鬆症の治療については意見が分かれている。ほとんどの専門家はカルシウムとビタミン D を十分摂取しつつ、体重増加と月経再開を待つべきだと考えている。しかし、一部の専門家は AN にともなう骨粗鬆症に対してはより積極的に治療するべきであり、ビスホスホネートやエストロゲン皮下注射、デノスマブ、テリパラチドによる薬物治療も検討するべきだと主張している。現在のところはいくつかの症例報告でデノスマブの使用が報告されているのみである。AN 患者に骨粗鬆症治療薬を処方する場合は、稀であるとはいえ、副作用について十分に説明するべきである。

AN が活動性である間は 2年毎に骨密度を測定するべきである。

11. 脳の萎縮

AN では脳が著明に萎縮する。脳の中でも特定の領域が特に障害されやすいようである。障害されやすい部位としては、両側灰白質、島皮質 (insula) 、視床 (thalamus) である。

体重が増加すると脳の大きさは元に戻るようである。しかし、脳の萎縮にともなって認知機能障害も進行し、AN の合併症として永続するようである。

脳の萎縮によって重症の AN 患者で見られる味覚、嗅覚、視床機能、体温調節の障害および精神活動全般の不活発 (overall mental slowness) が説明できるかもしれない。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32487556/
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