悪性症候群
Curr Neuropharmacol 2015; 13: 395-406
悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome: NMS)は、抗精神病薬 (antipsychotic syndrome) による治療によって起こりうる、まれではあるが生命を脅かす可能性のある副作用である。症状は一般に、発熱 (hyperpyrexia)、筋硬直 (muscle rigidity)、自律神経機能障害 (autonomic dysfunction)、精神状態の変化 (altered mental status) などである。
本総説では、NMS の原因と治療法に関する過去と現在の進展について概説する。NMS の疫学的発生率に関する研究を評価し、Canada Vigilance Adverse Reaction Online データベースから、1965 年から 2012 年の間に報告された薬剤特異的 NMS および抗精神病薬ポリファーマシーによる NMS の症例に関する新しいデータを提供する。
確立された危険因子については、薬理学的および環境的原因に重点を置いて要約されている。NMS の病因論については、ドパミン受容体遮断の影響や筋骨格系線維毒性が寄与する可能性など、主要な理論が議論されている。
臨床的観点からは、NMS の臨床症状と現象論について詳述し、NMS の診断とその鑑別について解説する。現在の治療戦略について概説し、NMS の症状緩和のための薬物療法および非薬物療法について論じる。
はじめに
NMS は、せん妄、筋強剛、発熱、自律神経系の調節障害を特徴とする、まれではあるが生命を脅かす疾患である。精神医学に抗精神病薬が導入された直後の 1960 年に Delay らによって最初に報告されたが、その診断は容易ではない。加えて、その疫学、病因、命名法に関して多くの論争が残っている。本研究の目的は、臨床的観点から NMS に関する最新の文献をレビューすることである。
我々の解析では、非定型抗精神病薬に関連した NMS 症例の約 39%は、複数の抗精神病薬を服用していた患者であった。これらの患者の約 42%では、2 番目かつ/または 3 番目の抗精神病薬が定型抗精神病薬であった。それにもかかわらず、これらの症例が非定型抗精神病薬誘発性 NMS の発生率推定に含まれたのは、i) 報告者が非定型抗精神病薬が被疑薬であるとした、ii) 非定型抗精神病薬が後から開始されたため、症状が誘発されたと推定された、iii) 特定の併用抗精神病薬が記載されていなかった(「他の抗精神病薬」として報告された)、などの理由のいずれか(または組み合わせ)であった。定型抗精神病薬の使用に関連した NMS における抗精神病薬ポリファーマシーの頻度は約 68%であり、これらの症例のほぼ 72%が非定型抗精神病薬との併用であった。したがって、これらの推定にはかなりの重複がある。
1990 年から 1999 年の間、CVARO の解析における定型抗精神病薬投与に関連した NMS の症例は、フルフェナジン (fluphenazine)、フルペンチキソール (flupentixol)、ロキサピン (loxapine)、ペリシアジン (periciazine)、プロクロルペラジン (prochlorperazine)、メトトリメプラジン (methotrimeprazine)、クロルプロマジン (chlorpromazine)、チオリダジン (thioridazine)、トリフルオペラジン (trifluoperazine)、ハロペリドール (haloperidol) などの複数の異なる薬剤に分布していた。しかし、2000 年以降は、ズクロペンチキソール (zuclopenthixol) に関連した 2 例(2002 年と 2009 年)を除き、ハロペリドール (haloperidol) に関連した症例のみが報告されている。症例数のピークは 2009 年で、13 症例が発表された。
逆に、非定型抗精神病薬に関連する NMS の報告数が最も多かったのは 2002 年であり、同年に発表された 62 件の報告のうち 41 件がクロザピンに関連するものであった。NMS が疑われる症例が大幅に増加した理由として考えられるのは、2002 年 1 月にノバルティス社がカナダの医療関係者向け書簡を発表し、クロザピンに関連する心血管イベント(疲労、インフルエンザのような症状、原因不明の発熱、低血圧、不整脈、頸静脈圧の上昇など)を医療関係者に警告したことであろう。NMS も同様に発熱と自律神経失調を特徴とする。したがって、医療従事者は心毒性作用に注意深くなることで、NMS が疑われる症例や NMS と確定診断された症例をより多く把握できるようになったのかもしれない。
定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に関連した NMS の症例は、患者背景の点でも異なっていた。定型抗精神病薬による NMS 患者の平均年齢は 45.1 歳、非定型抗精神病薬による NMS 患者の平均年齢は 47.2 歳であった。非定型抗精神病薬では 88%、定型抗精神病薬では 63%が男性であった。非定型抗精神病薬による NMS 発症前の抗精神病薬曝露期間の中央値は 23 日であり、定型抗精神病薬による NMS 発症前の抗精神病薬曝露期間の中央値は 6 日であった。死亡率は非定型抗精神病薬による NMS で 11%、定型抗精神病薬による NMS で 12%であった。
当初、NMS は抗精神病薬による治療を受けた精神病性障害の患者のみが罹患する病態として報告されていたが、最近では、抗精神病薬の適応外使用の増加に伴い、様々な精神疾患や他の医学的疾患においても報告されており、抗精神病薬による治療後だけでなく、他の向精神薬による治療後においても報告されている。NMS は統合失調症 (shizophrenia)、統合失調感情障害 (shizoaffective)、その他の精神病の患者において最も多く報告されているが、双極性障害 (bipolar disorder)、せん妄 (delirium)、精神遅滞 (mental retardation) などの他の精神疾患においても観察されている。抗精神病薬はパーキンソン病、脳炎、認知症などの神経疾患と関連することもある。NMS の症例に関与する薬剤としては抗精神病薬が最も多いが、他のクラスの化合物でも NMS 様症状を引き起こすことが報告されている。リチウム (lithium) やカルバマゼピン (carbamazepine) などの気分安定薬、パロキセチン (paroxetine)、セルトラリン (sertraline)、アミトリプチリン (amitriptyline) などの抗うつ薬、メトクロプラミド (metocloplamide) などの制吐薬などである。
危険因子
NMS は、ドパミン拮抗薬やその他の化合物の投与に関連した特異的で予測不可能な反応であるとみなされることが多いが、NMS 発症の可能性を高める危険因子は数多く存在する。これらの危険因子は、薬理学的危険因子(薬物の種類、薬物動態、ポリファーマシー)、環境的危険因子(高い周囲温度、拘束、脱水)、人口統計学的危険因子(年齢、併存疾患)、遺伝的危険因子(NMS の既往歴、緊張性障害 [catatonic disorder] の家族歴、チャネロパチー [channelopathy])の 4 つに分類できる(表 1)。
表 1. 悪性症候群の危険因子
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T1/
薬理学的要因
NMS は薬物治療中いつでも起こりうるが、治療開始後数ヵ月間や用量変更後に起こることが多い。抗精神病薬の高用量投与は NMS 発症のリスクが高いことと相関している。さらに、非経口投与(筋肉内投与または静脈内投与)の場合もリスクが高い。とはいえ、NMS はすべての標準用量、すべての投与経路で発現し得ることが報告されている。抗精神病薬の種類に関しては、定型抗精神病薬(または「第一世代」抗精神病薬)は非定型抗精神病薬(または「第二世代」抗精神病薬)に比べて NMS 発症リスクが高い。この仮説の一般的な根拠は、定型抗精神病薬のドパミン D2 受容体親和性が高く、受容体との結合解離定数が低いことに関連している。この仮説は魅力的ではあるが、それを支持する疫学的証拠は現在のところない(前述)。最後に、ポリファーマシーが NMS の危険因子であるとい う逸話的報告もある。特に、複数の抗精神病薬による治療、または抗精神病薬とリチウムやカルバマゼピンの同時投与は、NMS の症例いくつかに関与している。
環境因子
NMS に関連する環境因子としては、身体拘束、高い外気温、水分摂取不足による脱水などがある。これらはいずれも熱放散を妨げ、図 3 に示す病態生理を構成する。
図 3. 悪性症候群の病態生理
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/figure/F3/
患者背景
高齢、精神疾患、内科的合併症は NMS 発症リスクに重要な影響を及ぼす可能性がある。また、NMS エピソードの既往歴、カタトニアの個人歴および/または家族歴のいずれかが NMS 発症の危険因子であることはよく知られており、これはおそらく遺伝的な起源が不明な NMS の遺伝的素因を反映していると考えられる。
病態生理
NMS の病態生理に関しては、主に 2 つの仮説が提唱されているが、これらは必ずしも相互に排他的なものではない。第一に、NMS は中枢神経系におけるドパミン作動性 D2 受容体遮断の結果であると考えられてきた。DA 受容体が遮断されると自律神経系の調節に異常を来たし、体温上昇、筋硬直、意識障害といった一連の反応を引き起こす。第二に、NMS は薬物の筋線維に対する毒性作用の結果であり、さらに別の要因が加わって完全な症候群を引き起こすという説が最近提唱されている。NMS の病因に関するこれら 2 つの有力な説に加えて、最近では、急性期反応蛋白と炎症反応が NMS に果たす役割についても注目されている。現在のところ、炎症反応が NMS の原因なのか結果なのかは不明であるが、鉄欠乏は NMS および炎症反応の程度と相関している。
ドパミン受容体遮断仮説
ドパミン神経伝達は、視床下部の体温調節中枢、特に視索前核 (anterior pre-optic nucleus) を介する体温調節において中心的な役割を果たしている 。したがって、体温調節中枢のニューロンにおけるドーパミン受容体を介したシグナル伝達に対する定型抗精神病薬の拮抗作用は、体温調節障害を引き起こす可能性がある。
ドパミン受容体を介したシグナル伝達の障害が NMS を引き起こすという仮説は、パーキンソン病患者でドパミン作動薬による治療中止直後に NMS を発症することがあることを説明できる。さらに、カテコールアミンを減少させる薬剤で治療を受けた患者で NMS を発症することがあることは、NMS の病態生理として、ドパミン神経伝達の阻害があることを示す傍証となっている。したがって、1. シナプス後受容体の遮断、2. シナプス後受容体刺激の急激な減少、3. 神経伝達物質の不足のいずれにせよ、共通する要因は、体温調節系におけるドパミン作動性神経伝達の欠如であり、これが NMS の最大の特徴のひとつである高体温を引き起こす。加えて、運動協調や筋緊張を調節する皮質下核群である大脳基底核におけるドパミン神経伝達の変化も、NMS の他の症状の原因となっている可能性がある。
パーキンソン病(Parkinson's disease: PD)では、中脳 (midbrain) の黒質 (substantia nigra) にあるドパミンニューロンの神経変性により、ドパミン作動性伝達が失われ、筋緊張の亢進、硬直、振戦が起こる。したがって、PD 患者はドパミンシグナル伝達を回復させ、臨床症状を緩和するためにドパミン受容体作動薬で治療される。逆に、定型抗精神病薬で治療を受けている患者は、振戦、硬直、筋緊張亢進といったパーキンソン様症状を発症するリスクがある。したがって、大脳基底核におけるドパミン受容体の遮断が、NMS で観察される硬直、振戦、筋緊張亢進の根底にある薬理学的メカニズムであるという仮説が成り立つ。さらに、NMS の二次的症状として筋緊張の亢進がみられ、視床下部におけるドパミンシグナル伝達の障害によって生じる中枢性高熱の一因となって、体温がさらに上昇するという仮説もある。
筋線維毒性仮説
NMS が筋線維の毒性によって引き起こされる病態であるという見解は、NMS と悪性高熱症との臨床的類似性、NMS におけるダントロレンに対する治療反応、骨格筋線維のカルシウム調節に対する典型的な抗精神病薬の作用から得られた証拠によって支持されている。悪性高熱症 (malignant hyperthermia) は、ハロゲン系麻酔薬の投与後に発症する高体温を特徴とする非常にまれな疾患である。この病態を発症した被験者では、ハロセン (halothane) やカフェイン (caffeine) への曝露に反応して、in vitro で骨格筋線維の異常収縮反応が見られるのが非常に特徴的である。NMS を経験したことのある患者から採取した筋線維をハロタンやカフェインに曝露すると、同様の結果が得られる。
ダントロレン (dantrolene) はヒダントイン (hydantoin) 誘導体であり、リアノジン受容体 (ryanodine receptor) に結合することで筋細胞の興奮-収縮結合を抑制し、細胞内カルシウム濃度を低下させる 。当初は、痙縮を引き起こす神経症状に対して筋弛緩作用があるとして使用されていたが、悪性高熱症の治療に有効な唯一の薬剤であることがわかり、その後、NMS の治療に有効であることがわかった。このように、骨格筋線維にカルシウムが大量に入り込むことが、持続的な収縮、ひいては硬直と体温上昇の主要因であると推測されている。これを裏付けるように、クロルプロマジン (chlorpromadine) やフルフェナジン (flufenadine) などの典型的な抗精神病薬には、カルシウムを筋小胞体へ輸送する作用があることが、いくつかの in vitro 研究で示されている。
臨床症状と診断
NMS の典型的な臨床症状としては、高熱、筋硬直、せん妄、自律神経失調症がある(図 3)。
通常、発熱は非常に高く、日内変動や日差変動はなく、悪寒を伴わない。筋硬直は全身性、左右対称性で、軽度の筋緊張亢進から弓なり緊張 (opisthotonos) のような極端な全身硬直までみられる。
弓なり緊張
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK559170/
局所的な筋緊張の亢進は、眼瞼痙攣、眼球上転発作 (oculogyric crisis)、開口障害 (trismus) の形で現れることもある。眼振、嚥下障害、構音障害、失声症も筋緊張亢進の結果として現れることがある。精神状態に関しては、意識レベルの典型的な変動、見当識障害、精神運動興奮を伴うせん妄がこの病態の特徴的な症状である。自律神経失調症では、心拍数の不安定、不安定な高血圧、極度の発汗がみられる。後者の症状に関しては、多量の汗が「脂っぽい」質感を示すことがあり、発汗がみられる他の疾患とはかなり異なる。また、顕著な唾液漏と尿失禁がみられることもある。
検査では、ふつう >600 UI/L のクレアチンキナーゼ高値(creatin kinase: CK)と白血球数高値を認める。C 反応性蛋白(C-reactive protein: CRP)、フィブリノゲン、赤血球沈降速度(erythrocyte sedimetation rate: ESR)の上昇などの炎症マーカーの上昇は、非特異的な所見であるが、ほとんどの場合認められる 。鑑別診断のために他の検査が行われることがあるが、ふつう、大型血小板比率分析 (large platelet ratio: P-LCR) 、CT スキャン、Zn2+ および Mg2+ 濃度については有意な所見を認めない。筋電図検査と筋生検では非特異的な所見を認めるのみで、NMS の存在を確認したり、他の疾患を 除外したりすることはできない。
NMS の評価、臨床検査
NMS の正確な診断に最も重要なことは、病歴の聴取と詳細な身体診察である。特に、詳細かつ包括的な薬歴を収集し、すべての薬剤について、投与期間、投与量、 投与経路、投与順序に関する情報を収集する ことが非常に重要である。
病歴、身体診察に加えて、臨床検査も必要である。臨床検査は、感染症や炎症性疾患など中枢神経系(central nervous system: CNS)に影響する重篤な疾患を除外するために必要な情報を得ることが目的である。しかし、腰椎穿刺かつ/または CNS についての画像診断を「セカンドライン」の検査と考える研究者もいる(表 2 参照)。また、臨床検査では、他臓器への影響(腎機能検査や肝機能検査、pH や電解質バランスなど)など病態の重症度を評価すべきである。さらに、臨床検査は診断に役立つだけでなく、病態の経過をモニターするものでなければならない(例:血算[complete blood count: CBC]、クレアチンホスホキナーゼ[creatine phosphokinase: CPK])。基本的なワークアップを表 2 にまとめた。
表 2. 悪性症候群のワークアップ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T2/
ワークアップに関連するいくつかの問題を考慮することは価値がある。第一に、NMS を発症した場合、CPK の上昇 は通常 1,000 UI/L 以上(実際には 100,000 UI/L まで上昇することがある)であることに注意すべきである。特に、身体拘束や薬剤の筋肉内注射などによっても CPK が上昇することがあるため、この点は重要である。すなわち、身体拘束や薬物の筋肉内注射では、CPK の上昇は通常 600 UI/L 以下である。注目すべきは、CPK のモニタリングは診断目的だけでなく、病態のモニタリングにも役立つということである。
筋生検は NMS の診断には役に立たず、 筋障害の原因として別の疾患が強く疑われる場合にのみ実施すべきである。
合併症
適切な管理が行われていれば、合併症を発症しない限り、NMS は通常 3-14 日で治癒する。NMS は重大な合併症を伴う疾患であり、驚くべきことに死亡率は 10%である。この高い死亡率は、NMS の結果として起こる重篤な合併症が原因である。最も頻度の高い重篤な合併症は、誤嚥に起因する肺感染症、およびミオグロビン尿症に起因する急性腎不全である。播種性血管内凝固症候群や多臓器不全も報告されている。さらに、自律神経系が侵された結果、たこつぼ心筋症が起こることもある。
診断基準
NMS に特徴的な徴候や "ゴールドスタンダード "と呼ばれる診断テストがないため、NMS は診断基準に従って診断される。1980 年代半ば以降、NMS の診断基準を標準化する試みがいくつかなされてきた。これには、Levenson ら、Pope ら、Addonizio ら、Adityanjee & Aderbigbe、そして最近では DSM-5 による基準がある。表 3 に相違点と類似点を詳しく示す。
表 3. 悪性症候群の診断基準の比較
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T3/
例えば、Levenson の基準は抗精神病薬投与を基準としていないが、Lazarus の基準は抗精神病薬投与を基準としている。いずれの基準も、類似の症状群を呈する他の疾患を除外する必要があることを示しており、 ほとんどのグループは、筋硬直と高体温を鑑別診断の重要な症状とみなしている。
DSM の基準を満たさな いNMS、特に高熱や筋強剛を完全に欠くか軽度の NMS は「非定型 NMS」に分類されることが多い。非定型症例は、クロザピン (clozapine)、アリピプラゾール (aripiprazole)、パリペリドン (paliperidone) などの非定型抗精神病薬の使用により頻繁に起こることが報告されている。非定型 NMS の診断基準と抗精神病薬の有害作用のいくつかにはかなりの重複があり、心血管や代謝の合併症も含まれる可能性があるため、非定型 NMS を独立した病態とする考え方は従来から疑問視されてきた。しかし、Picard らは、1980-2000 年に発表された多くの症例報告から、非定型 NMS の診断的妥当性を支持する証拠が得られており、ほとんどの場合、病初期の定型 NMS と真の非定型 NMS を区別することが困難であると論じている。
鑑別診断
前述のように、鑑別には筋硬直および/または高体温が顕著な疾患を含める必要がある。したがって、中枢神経系感染症、リチウム中毒、ヒートショック、悪性カタトニア (lethal catatonia)、中枢性抗コリン症候群 (central anticholinergic syndrome)、および悪性高熱症は、鑑別診断で除外すべき疾患の一部である。これらの病態の違いと対比を詳しく示すために、比較表を示す(表 4)。
表 4. 悪性症候群と鑑別すべき疾患
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T4/
セロトニン症候群 (serotonin syndrome: SS) は、鑑別診断に関して特に注意を要する。セロトニン症候群は、過剰なセロトニン作動性ニューロンの興奮により、精神状態の変化、激越、クローヌス、反射亢進、および高体温の存在を特徴とする病態である 。NMS と同様、臨床的に診断するものであり、診断に有用な検査はない。臨床症状が重複していることから、SS が NMS と間違われても不思議ではない。このことは、抗うつ薬治療の結果として NMS を発症したとする報告があることの説明にもなる。さらに、抗うつ薬と抗精神病薬の同時投与は、セロトニン作動性伝達がドパミン作動性伝達を阻害するため、NMS のリスクを高める可能性が示唆されている。
SS の最も効果的な治療薬は、セロトニン受容体拮抗薬であるシプロヘプタジン (cyproheptadine) であり、SS の治療においてはダントロレン、ビペリデン (biperidene)、ブロモクリプチンの効果はなく、逆もまた同様である。したがって、発熱と筋硬直を呈し、抗精神病薬と抗うつ薬の両方の治療歴がある患者は、NMS と SS の治療方針が異なるために鑑別することが重要である。しかし、NMS と SS の鑑別に有用な診断基準は、まだ開発されていない。
NMS の病像
NMS を独立した病態とみなすべきか、それともカタトニア (catatonia) の悪性型(すなわち、緊張病症候群の極端な重症型)とみなすべきかは、議論の分かれるところである。前者の主張は、ドパミン受容体の遮断が NMS の病因であると考える著者たちによって支持されている。一方、Taylor と Fink ら多くの研究者は、NMS は悪性カタトニアの一種であると主張している。
この主張は、NMS が緊張病症候群の臨床的特徴に重篤な自律神経系の調節障害を加えた病態を呈し、緊張病症候群と同じ治療法(例えば ECT)に非常によく反応すること、抗精神病薬が開発される以前から NMS 様の病態がよく報告されているという事実によって裏付けられている。
治療
非薬物療法
病歴や臨床所見から NMS が疑われる場合に最も重要なのは、被疑薬を中止することである。CPK などの検査結果を確認するために、中止を遅らせてはいけない。NMS が疑われる場合には、直ちに有害な可能性のある薬物を中止すべきである。
その他の非薬物療法として考慮すべきことは、前述した危険因子に関連するものである。病態を悪化させる可能性のある環境条件を排除すべきである。具体的には、環境温を 21-23℃ 以下に保つことで、熱放散が改善する。冷やした湿潤な貼付剤など、温度調節のための物理的手段については体系的に評価されていないが、低コストでリスクの低い対策である。もう一つの重要なことは、栄養および水分状態を評価し、適切に補充することである。さらに、意識レベルの変動は、嚥下反射の障害を伴うため、死亡率の高い誤嚥性肺炎のリスクが高まることを念頭に置くことは非常に重要である。誤嚥性肺炎のリスクを有意に減少させる低コストかつ低リスクの対策は、半臥位(頭部を 45 度まで挙上させることと定義される)を採用することであることが実証されている。身体拘束は必要かもしれないが、前述のように NMS のリスク増大と関連しているため、慎重に行うべきである。
支持療法
被疑薬を中止し、前述の非薬物療法を展開した後、一般的な支持療法を行う。まず、鼻カヌラで24-28%の FiO2 で酸素を投与する。水分および電解質の不均衡や pH の変化は是正する必要がある。pH を弱アルカリ性に保つことは、ミオグロビン尿の排泄に有効であり、ループ利尿薬を投与するとさらに効果的である。筋毒性仮説に基づくと、骨格筋線維にも有益な効果を及ぼす可能性があるため、不安定な高血圧をコントロールするためには、カルシウム拮抗薬を選ぶと良い。さらに、肺血栓塞栓症の発生を予防するために低分子ヘパリンを投与する。
薬物療法
NMS の薬物療法については、ランダム化比較試験は行われておらず、推奨はコンセンサスと専門家の意見に基づいているため、議論の余地がある。この点に関して、ある研究グループは、NMS を支持療法で治療することを重視している。一方、薬物治療を早期に開始することが必要だと訴えている研究グループもある 。
様々な治療を支持するエビデンスは、ケースシリーズと専門家の意見とコンセンサスに基づいている。薬物療法の選択肢は、ダントロレン、ブロモクリプチン、ビペリデンの 3つである。ダントロレンはヒダントイン誘導体であり、小胞体からのカルシウム放出を阻害することにより筋弛緩を引き起こす。ダントロレンは、1-10 mg/kg 体重を静脈内投与するか、50-600 mg を 1 日 1 回経口投与する。
NMS の病因としてのドパミン遮断仮説に基づき、ブロモクリプチンや、L-ドーパ、アマンタジン、 アポモルヒネ、リスリドなどのドパミン受容体作動薬が臨床試験で使用されている。研究の大半はブロモクリプチンで行われており、他の薬剤については散発的な症例が報告されている。ブロモクリプチンの推奨用量は 2.5 mg 1日3回から開始し、最大 45 mg/日まで 1 日あたり 2.5-7.5 mg ずつ増量する。嘔気、嘔吐、精神状態の悪化などの副作用のモニタリングを行う必要がある。
抗コリン薬はドパミン作動性神経伝達を増加させるため、NMS に対する有用性が検討されているが、筋硬直や高体温への影響はほとんどない。一連の症例研究によると、NMS を最も早く寛解させるのはブロモクリプチン、続いてダントロレンだった。両薬剤とも、単独で支持療法を行うよりもはるかに早く NMS の寛解をもたらした。さらに、両薬剤の同時使用を支持する研究者もいる。
その他の治療法として、ロラゼパム (lorazepam) や電気けいれん療法 (electroconvulsive therapy: ECT) が試みられているが、これらは NMS が緊張症候群のスペクトラムの中の特殊な症例であるという考え方を支持するものである。
NMS と再発
NMS 患者のほとんどは、継続的な抗精神病薬治療を必要としている。したがって、NMS 発症は重大なジレンマを引き起こす。なぜなら、NMS を発症した場合は、NMS 再発の危険因子となるからである 。そのため、低力価のドパミン受容体拮抗薬の処方が勧められ、ゆっくりと増量したり、抗精神病薬の注射薬を避けることが推奨されている。使用できる薬剤の選択肢は多いことから、同じ薬剤を再投与することは避けるべきであり、治療の選択肢として維持 ECT (chronic ECT) も考慮すべきである。
結論
NMS は比較的まれな疾患であるが、生命を脅かす危険性があるため、迅速かつ正確な診断と治療が必要である。特に抗精神病薬治療を始めたばかりの時や、抗精神病薬から別の抗精神病薬に切り替えた時には、臨床医が NMS の症状をよく認識し、モニタリングすることが必要であり、患者が NMS を呈した場合には、基礎疾患である精神病性障害と NMS の両方に対する薬物療法および非薬物療法を考慮すべきである。最後に、この重篤な疾患に対する理解を深め、患者に対するケアやサービスを向上させるため、臨床医には全国的な公的データベースの更新を奨励し、すべての精神保健医療従事者がこれらの経験から利益を得られるようにすべきである。
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/