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庭園美術館

2008-03-24 23:37:05 | 東京散歩
 目黒にある庭園美術館。
 目黒駅から数分のところにあるのですが、桜の開花が例年より早かったようで、日当たりの良い場所では桜が咲き、他の花も咲いていました。
 美術館で特別見たい展示がなければ、わざわざ行くほどのところでもありませんが・・・・・








滝廉太郎旧居跡

2006-08-17 20:48:53 | 東京散歩
東京千代田区麹町に滝廉太郎の旧居跡があるのを偶然発見。
地図でいうとここ

正直、この碑をみるまで滝廉太郎の「た」の字も彼の事を考えたことなんてなかった。
なので
僕ん中で彼にまつわる情報って言ったら
「あぁ、荒城の月の人ね・・・」
くらい。
でも、しらべてみたら「花」だとか誰でも知ってる有名な曲を何曲も作っているんですよね。
しかも、若くして結核で亡くなったとか。(23歳?)
まぁそんなわけで偶然その旧居跡を発見したので彼について調べてみようという気になったのですが
それよりなにより
当の僕は何でそんな場所に居たかと言いますと
神田に仕事で行って、帰りにその近所にある某出版社に行ったのですよ。

事前にアポとってわざわざその出版社さんに地図をFAXで送ってもらったのですが
実は
その出版社に行く前、神保町で仕入れをやってる時点でバイクのガソリンメーターがすでに赤いリミットよりさらに下に針があって
いつ止まってもおかしくないなぁ・・・

思いつつもドキドキワクワクしながらバイクを運転。
貰った地図にその出版社さんの向かい側がガソリンスタンドと記されていたので
まぁそこで入れようって思ってたんですよ。

行ってみたらその場所がすでにマンションになってて
ガソリンスタンドがありゃしない。
こりゃいつ止まるのやら・・・

ガス欠ロシアンルーレット
運が良ければ店まで帰れるかも
と思っていたが
西新宿で2車線側を走行中にガス欠。
惰性で路肩に寄せて止まってそこから1キロ先にあるガソリンスタンドまで押して給油。
朝からとっても素敵な運動をしました。^^

東京ジャーミイ

2005-05-04 20:11:17 | 東京散歩
 代々木上原の駅のそばにあるトルコチックな建物。
 いったい何のためにある建物なのか興味はあったが、今までは通りを通過するだけでした。
 今回、自転車でこの界隈を散策したついでにこの建物に潜入。
 建物内にこの施設の関係者らしい外国人が居て、内部見学をお願いすると快く承諾していただけました。
 この建物は
「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」
 といってジャーミイ=モスク=礼拝堂です。

 
 東京ジャーミイ・トルコ文化センターのサイトによると
 
 イスラーム文明の頂点とも言えるオスマントルコの装飾様式と、現代の建築技術の融合のもとに完成した東京ジャーミィ・トルコ文化センターは、伝統と未来をひとつに結び付ける場として、2000年6月30日(金)に開堂致しました。
 とのこと。

 外観からして異国ムードたっぷりなのですが、内部はさらにうっとりするほど美しい。
 特に天井の素晴らしさに圧倒されます。
 
 なんかゴールデンウィークに無料で近場で外国旅行が出来たみたいで嬉しかったです。
 移動手段が自転車だったし・・・(^_^)

 場所はココです。



江戸伝馬町処刑場跡

2005-04-27 23:17:33 | 東京散歩
 東京(江戸)には処刑場跡っていうのが遺っており、江戸伝馬町処刑場跡もその一つ。
 有名な所では鈴ヶ森処刑場、小塚原処刑場っていうのもありました。
 この「江戸伝馬町処刑場跡」の石柱のある大安楽寺というのは、明治15年に建立された寺で、建立費をだしたのは、大成建設の前身大倉組の創立者大倉喜八郎と、みずほ銀行(富士銀行)の前身安田銀行の創立者安田善次郎で、寺名は二人の頭文字をとって付けられたらしいです。

 ここでは約1万人以上が刑死され、その中でも有名なのが「安政の大獄」で捕らえられた吉田松陰・橋本左内、頼三樹三郎らもここで刑死されました。
 隣りにある十思公園には「吉田松陰先生終焉之地」の石碑もあるらしいので、また今度撮って来ます。

 場所はココです。

水天宮の祭神って

2005-03-03 23:57:37 | 東京散歩
 東京都中央区日本橋蛎殻町にある水天宮に行ってきました。
 水天宮は安産の神様として有名で、本日も安産祈願にお参りに来る妊婦さんや夫婦が大勢居たんですよ。
 もぉホント、参拝者の9割は妊婦さん・・・。
 噂に聞いていたが、ホントに安産・子授けの神様としてめちゃくちゃ繁盛してるなぁ・・・
 と思ったら、どうやら本日は「戌の日」で、安産祈祷の受付っていうのをやっていたからなんですねぇ・・・。
 ホント、場違いな人が、場違いな日に来ちゃった感じしたので、写真撮ってものの2分ほどで撤収いたしました。

 さて、水天宮は安産・子授けの神様として有名なのですが、そもそも何で安産・子授けの神様なのか????って疑問に思ったので祭神について調べてみました。

 水天宮のはじまりというのは
 水天宮の発祥は、今から700年前にさかのぼります。
 平清盛の血をひく安徳天皇は、源氏の厳しい追及に京都から西へ西へと逃げていきました。しかし、ついに壇ノ浦(山口県下関市)の合戦で、源氏の軍船に取り囲まれ、祖母の二位の尼に抱かれ、母の建礼門院と共に波間に身を躍らせました。時に1185年、安徳天皇8歳のことでした。
 お仕えしていた官女の按察使局(あぜちのつぼね)は、ひとり源氏の追っ手を逃れ、九州は筑後川に辿り着きました。局も壇ノ浦で共に入水しようとしたのですが、二位の尼に止められ、お前は生きて、われらの霊を慰めよ、との命を受けたのでした。
 局は川のほとりに小さな祠を建て、安徳天皇とその一族の霊を慰める日々を送りました。これが今に続く水天宮の起源と伝えられています。
 その後、有馬忠頼公により、現在の久留米市瀬下町に7000坪の敷地が寄進され、豪壮な社殿が造られました。
 安徳天皇は御年わずか8歳で、犠牲となって海中に沈まれましたが、万民を救う尊い神慮によるとされ、大きな信仰を集めました。

 で、祭神は「天之御中主神」
 と、「安徳天皇」「二位の尼」らしいです。

 まぁ水天宮の起源が上記の所以ならば、「安徳天皇」は分かるとしても、とてもじゃないが安産とは関係なさそう。不幸な死に方してるから御霊信仰の類いなら分かるが、安産はねェだろ。

 で??天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)って何よ???
 そもそもこの水天宮の起源と安産って調べたら繋がってなくて、何も関係ないのか???
 いや、きっとこの「天之御中主神」っていう神様が関係してるに違いない・・・。
 ってことで天之御中主神について調べてみました。

 天之御中主神・・・・造化三神の一柱(神世七代の一神)。
 古事記によると「天と地がはじめて別れたときに、高天原に天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三神が生まれた。天之御中主神は天の中心にある最高の神であり、高御産巣日神は天地を生成する神、神産巣日神は万物を生み出す霊力を持った神である・・・。

 と書いてあります。
 何か宇宙の根源神であるような書き方されててスゴい神様のように思われるけど、でも、結局、言い方変えたら
 とりあえず古事記書くのに創世記を数行書く上でちゃちゃっと神様出しときますか・・・・
 その程度の扱いの神様でしょ・・・・観念的な神って存在だし

 で?????
 何で安産よ?????????

 調べたけど分からなかったので、情報お待ちしております(^_^;

 水天宮の場所はココです。


 ※追記=その後、S先生からメールを頂き、水天宮が安産の神様として有名になったのは

 昔、水天宮の社殿の前の鈴を鳴らすための「鈴の緒(さらし)」のお下がりを貰った妊婦が、そのさらしを腹帯にして安産を祈ったら、とても楽な安産が出来たそうで、その話を聞いた人々の間で評判になり、妊婦たちが競って水天宮の「鈴の緒」のお下がりを欲しがったのが始まりとか・・・
 他愛もない偶然の出来事が、縁起担ぎのきっかけになったみたいで、祭神には関係ないみたいでもありますね。

 という情報を頂きました。感謝!!!

芭蕉庵史跡展望庭園

2005-02-24 20:11:19 | 東京散歩
 深川には松尾芭蕉の史跡が数多くあり、そのうちBlogに載せていきますが、今回は無料で見学出来る施設。
 平成7年に出来た芭蕉記念館分館の屋上にある「芭蕉庵史跡展望庭園」。
 庭園から見える風景は風情なくコンクリートに囲まれた殺風景なモノ・・と、芭蕉が見たら嘆くかもしれませんが、現代人の僕が見ると、ゆったり流れる川に見晴らしの良いこの地に芭蕉は像を建てられて、何とも羨ましいものだと思います。

 開園時間は午前9時15分~午後4時30分ですので、ついでの時に立ち寄ってみたらいかがでしょうか??
 ちなみに場所はココです。
 
 芭蕉の場所はココ・・・・ばしょうのばしょは・・・・プッ・・・

 いや、ぜんぜん面白くねぇ・・・って。

のらくろード

2005-02-15 23:17:01 | 東京散歩
 東京都江東区、深川にある「のらくろード」商店街。
 元は高橋(たかばし)商店街=ファミロードという愛称だったのですが、平成11年12月に のらくろの作者田河水泡がこの地で生れ育ったことにちなんで「のらくろード」という愛称に変更されたようです。
 「のらくろ」を商店街のマスコットとするからには、当然のごとく「のらくろTシャツ」やら「のらくろ煎餅」など多彩な「のらくろグッズ」を商店街で販売しております。

 さすがに僕は「のらくろ」を読んだ事がないので、あまり「のらくろ」に興味はありませんが、地元活性化にのらくろには頑張ってもらいたいです。

 とまぁ、普段、この界隈には来た事がないのですが、仕事の関係で中野区-江戸川区を行き来する機会が増えまして、見るものすべてが新鮮で、せっかくですから今後もいろんな発見があるといいなぁ・・・。

 ちなみに、「のらくろード」の場所はココです。

日本野球発祥の地

2005-02-02 22:41:03 | 東京散歩
 日本の野球の発祥の地が何処かなんて考えた事なんて無いでしょうが、どうやらそれは東京都千代田区神田錦町らしいです。
 そこに「日本野球発祥の地」の碑があり、碑文によると・・・

 この地にはもともと東京大学およびその前身の開成学校があった。1872年学制施行当初、第一大学区第一番中学と呼ばれた同校でアメリカ人教師「ホーレス・ウィルソン」氏が学課の傍ら生徒達に野球を教えた。この野球は翌73年に新校舎とともに立派な運動場が整備されると、本格的な試合ができるまでに成長した。これが「日本野球の始まり」といわれている。

 と書いてあったからそうなんでしょう。
 現在は学士会館の敷地内に碑がありますので、この近辺に行かれる機会がありましたらついでに見てください。

 場所はココです。

第四回神田雪だるまフェア開催

2005-01-22 00:11:48 | 東京散歩
 今年もまた神田の路上に巨大な雪だるまが出現いたしました。
 今回で4回目の「神田雪だるまフェア」。靖国通りの歩道に計27基の雪だるまがお目見えするイベントなのですが・・・・
 この主旨について調べたことはないけど、まぁ実行委員に問い合わせれば詳しく教えていただけるのかもしれないけれど・・・・

 
 ただ後援に群馬県嬬恋村の名があるから、きっと嬬恋村から雪を運んでるとは思うんですよね。
 で、思うに・・・
 神田のこの区画はスキー道具を売る店が多く「神田スキー街」って呼ばれていて、15年くらい前は、そりゃもぉスキー道具を買うお客さんで賑わっていたんですよね。ちょうどスキーブームだったし・・・(ついでに言えばバブルでレジャーにお金かける人がたくさんいましたし)
 それが今では冬でもそんなにお客さんが来ないもんだから、こういうイベントをやって人集めをしてるんじゃないか・・・
 つまり
 1-雪だるまイベントをやって人集めをする
 2-来た人達にスキー道具を買って貰う
 3-道具買った人はぜひ群馬県嬬恋村のスキー場に滑りに来てくださいよぉ・・・・

 と、神田と群馬県嬬恋村の利害関係が一致した金儲けなイベントなのですな。
 いや、悪くはないよ。それを悪いとは言わん。やって当然。この二つの町が姉妹都市だって何ら不思議ではない。
 潤うことに何も悪いことはない。二つの町が活性化されるんなら、このイベントは成功なわけですよ。
 ただ、あの純真無垢な真っ白な雪だるまの腹ん中は金儲けをたくらみ真っ黒ドロドロだぁ・・・・
 と、性格曲がってる僕はちょっとだけ思っただけですわ・・・。

 そんなこんなで今年は1月21日から23日まで開催中です。
 詳しくはコチラをご覧ください。

東郷公園

2005-01-14 22:43:15 | 東京散歩
 東郷公園という看板が目に入ったので園内に入ってみると、想像通り東郷平八郎に由来する公園と判明。

 当公園は当初関東大震災の復興計画により、上六公園として昭和4年7月最下段の部分が開園された。当時、東郷平八郎元帥邸が隣接しており、同元帥の没後東郷元帥記念会より寄付を受けて、その地形地物を活かして造成され昭和13年11月東郷元帥記念公園として開園された。

 と、石碑に書かれてある。
 東郷平八郎関連の史跡といえば、原宿の「東郷記念館」やら「東郷神社」しか知らなかったので新鮮。
 東郷平八郎については詳しくは知らないが、明治時代、日露戦争時に活躍された人物ってことしか知らない。
 あまり思い入れはないが、過去の著名人宅跡が公園となり一般に開放されているのは都内に数多くあるので、機会があれば今後も載せていこうと思いました。

 ちなみに、場所はココです。