本日(7月24日)はスポーツの日。体育の日が改称されるとともに、東京五輪2020に合わせて今年のみ7月24日に変更されました。新コロなかりせば本日は東京五輪開会式が華やかに行わなわれていたことでしょうが、来年に延期されてしまい、スポーツと関係のないスポーツの日になってしまったように思います。代わりに新コロで冷え切った観光需要の起爆剤としての「Go To キャンペーン」スタートで盛り上がる目論見だったのでしょうが、こちらも迷走しているようで・・・。

本日は「市川ふれあい七社巡り」の途中で目にした「一本松跡」です。甲大神社から稲荷大神社へ向かう途中、京葉道路をくぐった脇の一段高い場所にありました。「跡」の通り、松は1メートル程度の高さで伐採され、トタンでフタがされていました。

(一本松の隣は延命地蔵尊 -市川市稲荷木 2020/06/17-)
説明板によると、慶長年間(1596~1615)に徳川家康の命により伊那備前守忠次(いなびぜんのかみただつぐ)が上総道の改修にあたった際、八幡と行徳を結ぶ新たな道(八幡新道)を設けその分岐点に松を植えたのが、由来とのことです。
しかし京葉道路の開通による排ガスの影響などで枯れてしまい、1973(昭43)年に伐採されてしまいました。

(京葉道路と一本松 -同上-)
京葉道路のルートがどのように決められたのか知る由もありませんが、一本松を避けて選定されたことでしょう。しかし排ガスには勝てなかったのですね。説明板に載っていた在りし日の一本松の写真を見ると、後方に京葉道路の土台が写っていましたが、現在のような防音壁は写っていませんから、排ガスをそのまま受けていたのかもしれませんね。

(ありし日の一本松 -説明板より-)
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過去の7月24日・・・こちら

本日は「市川ふれあい七社巡り」の途中で目にした「一本松跡」です。甲大神社から稲荷大神社へ向かう途中、京葉道路をくぐった脇の一段高い場所にありました。「跡」の通り、松は1メートル程度の高さで伐採され、トタンでフタがされていました。

(一本松の隣は延命地蔵尊 -市川市稲荷木 2020/06/17-)
説明板によると、慶長年間(1596~1615)に徳川家康の命により伊那備前守忠次(いなびぜんのかみただつぐ)が上総道の改修にあたった際、八幡と行徳を結ぶ新たな道(八幡新道)を設けその分岐点に松を植えたのが、由来とのことです。
しかし京葉道路の開通による排ガスの影響などで枯れてしまい、1973(昭43)年に伐採されてしまいました。

(京葉道路と一本松 -同上-)
京葉道路のルートがどのように決められたのか知る由もありませんが、一本松を避けて選定されたことでしょう。しかし排ガスには勝てなかったのですね。説明板に載っていた在りし日の一本松の写真を見ると、後方に京葉道路の土台が写っていましたが、現在のような防音壁は写っていませんから、排ガスをそのまま受けていたのかもしれませんね。

(ありし日の一本松 -説明板より-)

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