真夜中の4時頃まで頑張るが、箱詰めは終了できなかった。
汗もかいていたので、朝風呂に入るともう既に朝の6時になっていた。
Y運輸は9:00から12:00なのでもし、早く来れば、まだ準備が終わっていないがと思いながら、眠ってしまった。9時頃奥様からモーニングコールでおこされた。結局その後30分もしない内にY運輸が引き取りに来た。まだ終わってない中でドタバタしながらガムテープ貼りを繰り返し、できてた箱からアットいうまに運び出された。この間おそらく10分ぐらいだと思う。Y運輸さんはドライバー+スタッフ1名で私の住んでいた寮は3Fなのだったが、楽勝で終了したようだ。
早いもので5年も同じところにいると、周辺も変わっている事に再度感慨を新たにした。寮のすぐ隣の一軒家は、売却され新築分譲4件屋分に変わり、反対の隣の公園(実際は家庭農園として近隣の家庭に貸していたと思われるが)は、新築分譲住宅地になり、すぐそばのバス停の青物市場はなくなり、コジマとサミット、高級レストラン?(すきやきしゃぶしゃぶの店:木曽路)は現在取り壊し中。おそらくマンションか他のお店になるのでしょう。ちかくにも西友やクイーンズ伊勢丹等もでき、随分変わったなと思った。実は実の兄がすぐそばにいるのだが結局一回もいくことなく大阪に取りあえず引き上げることになってしまった。
午後2:30分の羽田発→伊丹のJALを携帯で予約し、管理人さんに挨拶と後処理の依頼と、鍵を返却して、寮を出発した。さすがにつかれており、途中の電車等で乗り過ごしそうになったり、JALに乗っても、出発や到着もよく思えていなかった。
伊丹空港について、到着ロビー周辺を歩いているとグループ長(K部長)にばったりお会いした。「あれどうしたの?」とお互い話し、事情を説明すると、「つかれた顔しているな。ここからタクシーで帰れ」とありがたい言葉をかけてもらった。おかげで伊丹から40分ぐらいで家に帰る事ができ、その晩は早晩ぐっすり眠る事ができた。
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