社会不安障害:SAD、ボランティアとセカンドライフ

SADで会社を休職したが、一年で復帰し、無事定年を務めて、その後の生活とボランティアについて気ままに掲載中

親会社の経営層の考える事・判断する事を予測する

2011-11-11 07:27:29 | 会社の仕事

最近、親会社の経営トップの考え方を予測する事が多くなっている。もちろん経営トップだけではなく、経営トップの考え方に影響を及ぼすと思われる経営企画室(総合企画室と呼ぶ場合もあるが)も含んでいるが。理由は、親会社の当社の担当部門長や部長クラスでは、もはや何も決まらないからだ。次に進む為に部門長が判断する仕組みさえなくなっている為、会社のトップがどう判断するかを予測するしかない為だ。

私が親会社の本社に17年前、転勤してきた時以降、それまでの仕事や仕事の進め方がガラッと変わった。それまでと言うのは自分の力やノウハウと言うのが基本であり、本来の意味での自分の意志や上司や部下の考えや意志と言うのがその根底にあった。そして、年数回ぐらいの数少ない機会で、部門の担当役員に決裁や意見をもらうと言うような事だった。従って役員と言うのは、まさに天上人の方々だった。

しかし、本社の企画部門に来た時に、その仕事と言うのは、大半が最終的に役員会に提案する物だった。そして天上人だった担当役員の専務はすぐ隣に部屋があり、ほぼ毎日顔を合わせ、役員会の報告も取締会直後に直接専務から聞いていた。と何とも精神的に気を使う部署だった。

そして、ここでお会いした上司の方々が私の仕事の進め方を根本的に代えさせてくれた。その上司の方は3人。

一人目は、本社で最初の上司だった室長だが、この方がとてつもなく頭が切れた。普段は、まるで漫才をする気楽さで話できるが、大半の案件や時間をかけてまとめた資料が即座にごみへと変わった。報告も短時間で、10分も報告するまでもなくボツが多かった。何でこんなに結論を出すのが早いのだろうと感心した。しかしこの方の仕事の進め方に慣れる間もなくわずか1年で上司が変わる事になった。

次が二人目の直属の上司だった。この方がおそらく私のその後の仕事の進め方を決定的に変えた方だ。最も影響を受けた上司でもあり、且私を昇進させてくれた最後の方だ。この方は前任の室長が後任に引き抜いた方だったが、何と後任の室長より、更にはるかに頭がきれた。

そう、この方も結論を出すのが早かった。と言うか会議等がまるで会議にならなかった。そう議論を始めても、すぐ結論が出てしまう為、それ以上進まない事が多かった。私が全く知らない恐ろしい程の、多方面のノウハウ・知識を持たれていた。それをベースにしたいろいろな事業の経験も豊富だった。

従って、新しい提案を持ってその方と話すると、即座に結論と言うか落ちを言われる為、かなり頭にくる事も多かったように思う。この辺の是非は別にして、その方が、結論などを導き出す根拠の一つに、役員さんの経歴・背景や考え方をベースにされていた事が上げられる。この考え方が、その後の私の仕事の進め方を決定的に変えた。

そう、社長だったら、どう判断されるだろうか?副社長は?専務は?今までの経歴や発言等から、どう言う結果となるだろうか?どう判断されるかを予測するのだった。流石にこれには最初驚いた。純然たるビジネスの提案であっても、それを提案してもそれがどう判断されるかを予測して、資料を作成するのだ。純粋にビジネスが成り立つかどうかを一生懸命考えるのではなく、役員さんが要求するであろうデータ等やシナリオも予測するのだった。

もちろんビジネスが成り立つかどうかの現場へのヒアリングやデータ収集は綿密には行ったが・・・。関連する役員さんの特徴を把握して、そのシナリオを作る事が重要だったと言う事になる。この仕事の進め方が正しいかどうかは議論する意味もあまりないかも知れない。本来は純粋に判断してもらえれば良いのだが、所詮判断するのも人間な為、これも必要な事と言うより、これがポイントだった。

これを可能にしたのは実は、当時の役員さんの個性にあったような気がする。そう良くも悪くも大変強力な役員さんが多かったと言う事だろう。従ってこの仕事の進め方を採らざるを得なかったし、それだけ、役員会に出て直接役員の意見等を聞く機会が多かったのがこれを可能にしたのも確かだ。その後この様な環境になった事はない。その時代の特殊な環境だったと思う。

何回か役員会を通す為に、関連する役員さんを事前に説得する工作に動き、専務を説得して提案する会議も開催した事もあった。なぜ私がこれをやらなければならないのか?と悩みながら、神経をすり減らしながら・・・。これも本当に特殊な環境だった。そう最初の室長。私を驚かせた方が去られて以降、1年おきに変わった。その室長のレベルは色々だったが、いずれも本社の役員を動かせる方はいなかった。それでもみなさん出世された。私はその後毎回何でこんな方が?と思ったが、そう言う方々程、私を使う能力に長けていた。私の力と言うか時には判断を求められ、時には実行力を期待された。結果そう言う方程、上に行けるのだろうと思った。そう二人目の上司はあまりにもご自分の力がありすぎた為、出世される事はなかったようだ。でも私にとっては、一番人間的にも仕事的にもそして個人的にも将来にわたって付き合える方だったと思う。

その後また新たな上司を迎えた。そう3人目の私に影響を与えた上司だった。これまたこの方も頭が切れたが、更に前の二人の上司より驚いた。

そうこの方は、一日1時間しか仕事をしないと公言されていた。自分の1時間は他の方の1日分に匹敵するからと言われていた。確かに判断もシナリオ作成も早い。資料を作成するのもすさまじく早い。しかし当時は資料を作るのに手書きで下書きを渡された。これを元に資料を作るのだが、文字が読めなかった。

説明してもらいながら、目の前で、文章を手書きで、作成してもらったが、あまりの速さと達筆で、文字が読めなかった。ウーンこれは参った。1日1時間以外は会社で、パソコンでゲームされていた。ソリティアだったような気がするが・・・。

そしてこの方も判断が早かった。大半の方を馬鹿にされていた。公然と・・・。マアー人間性と言うか事の是非は別にして・・・。

いずれにしても、この私に影響を与えた上司の方々はいずれもその判断能力が早かった。確かに普通の方が1日或いは1週間かかる案件でも、即答だった。膨大な知識と判断力。即断の結果がほぼ8割から9割は正しかったのも確かだった気がする。そして同じように、役員の考えを読まれていた。

今更と思いながら、親会社の役員の考えを読む必要性に迫られている。しかし、ここ10年以上役員会に出席していない。そして役員の方々も世代交代した。トップは変わらない為、そのトップの考えはある程度は予測はできそうだが、それにしては今では殆ど無理なような気がする。

いずれにしても、かなり問題な状況だが、組織や議事録・人事上の裏やその意味づけを熟慮していくとある程度予測は可能だが、それにしても情けないと言うかかなり危ない状況な気がする。こんな仕事をしていていいのだろうかと毎日自問したくなっている。


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