かめよこある記

~カメもタワシも~
To you who want to borrow the legs of a turtle

スキップ・ガール 7

2017-08-04 15:30:00 | かめよこ手のり文庫

 公園の端まで到達した男は、こちらを振り返ると、こちらを制するように片方の手のひらを向けて「そのままで。そこで見ていてください」と言った。距離を測っているのだろうか、爪先だって遠くをのぞきこむようなしぐさ。そして、目を閉じて深呼吸。片手を高く上げ「いきます!」と宣言して、男はスタートを切った。
 スキップをした男がこちらに向かって近づいてくる。徐々に速度を上げ、わたしの前を通過した時には、大きく振りまわした手の先がわたしの鼻先をかすめていった。キラキラと虹色に光るへんてこなスーツを来た男のスキップ姿がみるみる遠ざかっていく。虹色の残像が尾を引いていく。それを見ているわたし。それは、なんとも奇妙な光景だった。
 前方には、水飲み場の蛇口の長方形の土台が地面から突き出している。男にもそれは見えているはずなのに、男にとまる気配は感じられない。そのまま、ついに男と水飲み場の固い石の土台との位置が重なりあったかと思ったその瞬間、男の姿は、すっとわたしの視界から消えた。あの虹色の残像も、するすると吸い込まれていった。
 それはまるで、いままでバレバレのネタを見せて、ゆるい笑いをとっていたマジシャンが、最後にはちゃんと鮮やかにマジックを決めて見せた瞬間のようでもあった。
 あまりわたしは驚いていなかった。すべてのネタが終わったんだな、なんとなくこういうもんだと思ってしまっている感覚。驚きにたいしての、たいがいの予行練習は済んでしまっている。わたしはもうこれ以上、何も起こらないことを、あたりを見まわして確かめてから、その水飲み場まで近づいてみた。
 そんなところに隠れられるわけもないのに裏側をのぞきこんだり、土台の石の感触を手でなぞったり、意味もなく蛇口を緩めて水をちょっと出してはまた閉めてみたりと、どうせタネや仕掛けがあるんだろうと思いつつ、それを見抜くことまでは出来てないわたし。
「おねいちゃん。」消えいるようなかぼそい声に振り返ると、1メートルほど先に、見知らぬちいさな男の子が立っていた。
「おじちゃん、どこいったの?」男の子は言った。わたしは、しゃがみこんで男の子の顔をのぞきこんだ。「キミもオジサンが消えたようにみえたの?」
「みえたんじゃなくて、みたの。」まっすぐわたしを見て男の子が言った。わたしは、その言葉の違いを噛みしめていた。「そうだね。みたんだよね。」そう言って、彼の頭をなでようとした時だ。
「だーくん!だめじゃないの!」声のしたほうへ目をやると、男の子の母親であろう女性が公園の入り口に立っていた。
「いつもいってるでしょ!ここはオニがでるんだからって。はいっちゃいけないのよ。」
 男の子は、かけだしていって彼女の足にギュッとしがみついた。なにか、すごく怖い目にでもあったかのように。
「どうもすいません。」女性は、愛想笑いとともに小さくおじぎをすると、男の子の手を引いて、わたしの視界から消えていった。
 ソッカ。この公園には鬼がいるのか。そんな公園では、子供たちは間違っても鬼ごっこなんか出来ないよね。いつもここを通っていたけど、子供たちの姿なんて見かけたことなんかなかったから、ずっと、この辺りには子供がいないんだと思っていた。
「どうでした?」後ろから肩をポンとたたかれたわたしは、ぎょっとした。しゃがんだ姿勢のまま浮き上がってしまいそうだった。一瞬、鬼につかまってしまったような気がしたのだ。
「10分前の世界から10分後の世界にスキップしてまいりましたよ。」見上げたそこには、すました顔の男が立っていた。


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