わたしは男と並んで公園の端に立っていた。この前、男がスタートを切ったのと同じ位置だ。
後ろ向きでスキップする恥ずかしさより、魔の校則の恐ろしさが勝ったのだ。このへんの事情を関係者以外の人たちに説明するのはすごくむずかしい。
まず、わたしたちはここから水飲み場までの間に障害物がないことを確認した。いわば、それはわたしたちの滑走路だ。
公園の外は道路を隔ててすぐに住宅街なのだが、茂った木々に遮られて向う側を伺い知ることはできない。もちろん向こう側からも同様に。木々の幹の合間から、網目にツタがびっしりと絡まったフェンスが見える。頭上から、姿の見えない鳥の鳴き声が聞こえる。
誰もいないはずなのに、どこからか視線を感じて振り返る。さっきのねこが片足をあげて、おまたを舐めている。ねえ君。関心ないようなふりしちゃってるけど、ほんとは見ているのとちがう?
となりの男のキラキラスーツも気になる。未来から来た男感を出したいんだろうけど。
「いいですか。まずはイメージトレーニングをしてみましょう。まず、前に向かってスキップをしている姿を頭に思い描いてみてください。10メートルほど進んだら一旦停止して、それを巻き戻すイメージで。後ろ向きということからくる恐怖心も取り除きたいですね。間違っても転ぶことを考えてはだめですよ。」
わたしにとってスキップとは、いつのまにか出来てしまっている類のものだった。だから、後ろスキップだって案外出来ちゃうんじゃないかなって気はしてる。
ヘタに足をどうやって動かすのだとか、ひとつひとつ考えてしまうと動作はかえってギクシャクとしたものになってしまうだろう。あくまでイメージするのは全体像だ。わたしは頭の真っ暗な部屋の中で、自分が後ろ向きでスキップする姿を何度も繰り返した。
「いいですか。ホップ・ステップ・スキップ!でいっしょにスタートを切りますよ。」あくまで男は淡々としたものだ。と、いきなり男がわたしの手を持った。え? 手をつなぐの?
変な話だが、男の奇妙な落ち着き感がわたしにも伝染してきて、せっかく鎮まりかけていたものが、いきなりひっかきまわされて、ひっくりかえされたみたい。ああ、スキップなんかでこんなに緊張してどうする。落ち着け、落ち着け・・・。
いや、ちょっと待て。そんなことじゃなくてこれってセクハラじゃないか? いやいやパワハラだよ!そう思った時に、ちゃんと声をあげておかなくちゃ、後で後悔することになるんじゃないか。
わたしは、男に抗議の目を向けた。なのに男は、視線を感じないのか、それとも意識を集中しているとでもいうのか、見上げる大仏の顔みたいに涼しげだ。
「ホップ!」「え?何!?」それは、非情な男のカウントダウンのはじまりだった。「ステップ!」「ええっ!?」
最新の画像[もっと見る]
- シリーズ何も見ないで描く36 1週間前
- シリーズ何もみないで描く 35 4週間前
- モンキークエスト 54話 1ヶ月前
- モンキークエスト 54話 1ヶ月前
- モンキークエスト 54話 1ヶ月前
- シリーズ何も見ないで描く34 2ヶ月前
- シリーズ何も見ないで描く33 2ヶ月前
- シリーズ何も見ないで描く32 2ヶ月前
- シリーズ何も見ないで描く31 2ヶ月前
- シリーズ何も見ないで描く30 2ヶ月前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます