うららかな春の日に心も晴れ晴れ、足取りも軽く、家路を急ぐわたしは、思わずスキップをしていた。
「イテテテテ・・・」公園のまん中で転んでしまった。これだから。楽しい気分って長くは続かない。擦りむいてしまったかと、膝に手をやったが、よかった、なんともなっていない。幸い公園には子供ひとりいない、ヨシ、誰もみていないな、そう思って立ち上がろうとすると、目の前に奇妙な恰好の男が立っていた。
「だいじょうぶですか」手を差し出している男は、銀色、いや光の加減によって色が変わる不思議なスーツ姿をしていた。
「はい」わたしは、すぐさま自力で立ち上がると、膝についた砂を払って、出来るだけその男の方を見ないように立ち去ろうとした。
「見事なスキップでしたね」「え?」
「さっきの、見てましたよ。あれほど見事なスキップをされている方を見るのははじめてです」
ふいを突かれて、変なところを褒められたわたしは、思わず振り返って男をみた。
「わたくし、こういうものでして」と男の長い手が、名刺を差し出した。これまた、角度によってキラキラ輝く不思議な名刺だった。
「ハア?…」と間抜けな声を漏らしながら、よせばいいのに、わたしはその名刺を手に取ってしまっていた。
「タイムスキップエージェンシ―?」無意識に名刺を読み上げているわたし。
「略してTSA。わたくし、スカウトマンでして。素敵なスキップをする女性を探していましたところ、運よくあなた様を見かけたというわけです…」
「わ、わたし!?」素っ頓狂な声を上げてしまって、恥ずかしさに手で口をおさえた。
「い、いけませんか、スキップしちゃ。それを陰で見ていて、からかうなんて。わたし、ふつうにスキップしていただけですよ!」怒りもあってか、なぜかしどろもどろなわたし。
「いやいや、ご謙遜を。ご存知ですか。世の中、スキップが出来ない方というのも結構多いものなんです。スキップが出来るだけでも素晴らしいのに、わたくしの見たところ、その中でも、あなたのスキップは最高の部類に属します。これまで評価されてこなかったのが、あまりに不当だったのですよ。もちろん、あなたの素質もありますが、長年の積み重ねの賜物という感じがいたしました」
平静な顔をして男は言った。なんなんだ、この男は。モロに、やばいヤツではないか。子供の頃から、知らない大人とは口をきいてはいけないと、あんなに言い聞かされてきたはずなのに、すでに一歩も二歩も危険な泥沼に、ずぶずぶと足を踏み入れてしまっているではないか。なにをやっているのだ、わたしは。いったいわたしは、いつまでこんな怪しい男と関わっているのだ。これ以上、話を聞いていてはいけない。わたしは、意を決してかけだした。
「もし、お嫌でなかったらでいいんですが、またここの公園を通ってくださいね。わたくし、明日もここで待っていますから!」
そう叫ぶ男の声が遠くで聞こえた。
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