部屋に戻って、勉強しているのだが、どうにも身が入らない。
それは机の端に置いてある小さな長方形の紙片のせいかもしれない。昼間、男にもらったあの名刺だ。
あろうことか、持って帰ってきてしまっていたのだ。捨ててくるべきだった。いや、ポイ捨てはあり得ないとしても、帰ってきたら、すぐさま部屋のゴミ箱に投げ入れればいいだけのことだ。
ところがどうだ。勉強に身が入らないといいながら、机の上、しかも、視界に、チラチラ入ってくる位置にわざわざ置いているわたし。
どうにも進まなくなって、それでもどうにか問題の区切りのいいところでいったんやめて、その名刺を手に取って眺めてみた。
やっぱり角度によって光の具合が変わるように作られていた。紙かと思ったが、ひょっとしたら何か違う素材かもしれない。
社名に続いて「チーフ・スカウトマン」とある。ふーん、スカウトマンって肩書なんだ。チーフって事は、いくらか偉いのかな。
…万時…万十郎………「マンジ……マンジュウロウ?」また、気づくと無意識に読み上げていた。
なんて嘘くさい名前だ。取ってつけたような。人をだますつもりなら、もう少し普通を装わないか?あの妙に目立つへんちくりんな服装といい。
本気でだます気なら、もう少しは考えたらどうなんだ。やはり、だますというよりは、からかっているとしか思えない。
「見事なスキップ」と男は言った。「最高の部類に属するスキップ」とも。
あの時はテストで、いい点がとれたからスキップが出たのだ。どれほど頑張ってテストでいい点が取れたところで褒められたことはない。たとえ習字で金賞を取ったって。
それなのに、なんでもないスキップを褒めるなんてバカにしている。本当に褒めてほしいのはそんな事ではないのだ。
そうだ、あの男はスカウトマンを名乗りながら、あくまで表面的なところしか見ていないから、あんな口から出まかせが言えたんだ。
しかも、ひとが内心ささやかに喜んでいるところを、おまけに転んでしまって、恥ずかしくって人には見られたくないところを、わざわざ出てきて、からかいの対象にするなんて、いい大人のする事ではない。
「明日もここで待っている」と男は言った。誰がいくものか。明日は、別の道を通って家に帰ればいいだけの事だ。あんな男のために遠回りするのはしゃくだけど。
いくらでも待っていればいい。いざとなったら、こっちは、この特徴的な名刺を、交番にでも何でも届け出てやることだって出来るんだからね。…
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