『MJ無線と実験10月号』島津スピーカーの技術解説記事 にて、DSS振動板の制振装置が特許の都合で未開示となっていた件について手続きが済みました。先日の予告通り、ここで本邦初公開をさせていただきます。
この制振装置の名称を「ピュア・ビスカス・ダンパー」(以下PVダンパー)と命名しています。
< PVダンパーとは何か >
従来のコーン形振動板(リブ等で補強された物を含む)では、実際にはそれほど剛性が高くなく、内部損失も多い為、分割共振によるピークはそれほど大きなものにはなりません。ところが、非常に剛性が高く、且つロスの無いDSS振動板の場合は、分割共振の開始周波数が非常に高く出来る代わりに、少々大きなピークが生じます。
いずれにせよ、従来型コーンもDSS振動板もピークの制御は必須です。しかし、強い制振をかけると「音が死ぬ」問題が生じます。通常の制振材(例えばブチルゴム)は、「重さ+粘性抵抗」で共振を抑えるという動作原理になっています。音が死ぬ原因は、「重さ」が振動板の負担(※1)になり、動作が鈍くなるからです。
そうしますと、重さ≒ゼロの粘性抵抗だけの制振装置が欲しくなります。しかし従来の常識では不可能です。(粘性材のみをベタ塗りしても、重くなる割には効果がありません) ところが「必要は発明の母」です。DSS振動板ならではの上手い手段を見出しました。それが「PVダンパー」です。極めて軽量で、純粋な粘性抵抗だけで振動板を制振する手法です。これが Pure Viscous Damper という名称の由来です。
その構造ですが、上の概念図にある様に、DSS振動板の内部に浮かせて設置した「中子」と「外殻」の間の狭い隙間に少量の「粘性材」を充填しています。ここで分割共振が生じると、外殻が変形を起こす事を意味しますので、中子と外殻との隙間(距離)が変化する事になります。そうすると、アンコになっている粘性材が圧縮(又は伸張)され、これが熱エネルギーに変換されて、即ち制振される事になります。
さてここで問題となるのが、極めて軽量で剛性の高い「中子」をどの様に実現するのかという事です。下の写真に現物のカットモデルを示します。
実際の中子は、中身の詰まった物体ではなく、中空の殻構造となっています。(写真右側に中子の単体、写真左側は中子を6個組み込んだ状態)そして、中子外周の縁(※2)に沿って粘性材が塗られて、外殻の中に組み込まれています。中子は殻構造で非常に軽量かつ高剛性であり、粘性材をガッチリと支えますので、極めて強力な制振効果を発揮してくれます。
DSS振動板の高性能は、高剛性な外殻、そして軽量且つ強力なPVダンパーという二つの要素が車の両輪となって支えているのです。
※1. 薄く軽く作られた振動板外周の剛性の低い部分に制振材の「重さ」が加わる事で、共振開始周波数が下がってしまう事が最大の問題です。
※2. 写真では、中子が厚肉な素材で出来ている様に見えますが、厚みに見える部分はプレス成型によって作られた縁(耳)です。中子の素材は、ハードドーム・トゥイータ等と同じレベルの極薄アルミ合金です。
追伸(2023/10/03)
技術的な新しい試みの概念などを、技術に詳しくない方にもなるべく分かり易くお伝えするべく務めております。しかしながら具体的な振動板の厚みや重さ、ユニットの動作パラメーターといったものは、ご質問を受けても敢えて申し上げない場合があります。悪しからずご了承願います。特許にならないノウハウや塩梅に関わる部分は非公開としております。そして何よりも「音(或いは数字)ではなく音楽」を聴いていただきたいのです。