ホロヴィッツと蓄音機

2023年10月29日 | オーディオ談義

 

 10月22日に上野の藝大(第6ホール)で開催された「蓄音機で聴くウラディミール・ホロヴィッツ」という企画に参加して来ました。

 このイベントでは、SPレコード時代に活躍したホロヴィッツの貴重な音源によるレコードコンサート、そしてホロヴィッツの愛用したスタインウェイ(器体番号)CD75の実物展示と、そのアクション・チューニングの秘密の解説、CD75によるデモ演奏、という充実した内容でした。稀に見る好企画で、ホロヴィッツの音楽を堪能させていただきました。

 CD75についての解説は所有者の高木裕氏が行い、ホロヴィッツについての解説やデモ演奏は藝大教授の江口玲氏が担当されていました。

 

※ 当日展示されていたスタインウェイ・CD75の実機(↑/↓)

※ 分かりますか? ハンマーの高さがデコボコになっています。

 

 ところで、1983年のホロヴィッツ来日コンサートでは、ニュース番組で酷評されて、当時何も知らない若かった私は何となく食わず嫌いになってしまい、聴いた事がありませんでした。その様な訳で、今回は奇しくもホロヴィッツの初体験ともなりましたが、誠に素晴らしい演奏で、近代、これに並ぶピアニストはいないと言われる事には大いに納得しました。超絶技巧ということではなく、その音楽性の高さに私もすっかり魅了されてしまいました。

 さて、ホロヴィッツは専用のピアノを持ち込まないと演奏会を引き受けなかったので、生意気な人物と思った人が多かった様です。しかしながら、写真のCD75のアクション調整の解説を聞いて納得が行きました。鍵盤の発音ストロークは通常の1/2で、簡単に言えば、ホロヴィッツの超絶技巧に素早く反応出来る様に特別に調整(というよりも改造?)されているとの事でした。即ち、ホロヴィッツと専用ピアノは人馬一体のもので、切り離す事が出来ないという訳です。

 因みに、上の写真のハンマーの高さがデコボコ(ありえない!?)しているのは、和音を打鍵した時に、各音高が完全に同時に発音する様に微調整してあるからとの事。デモ演奏では、確かに澄んだ美しい和音が聴けました。高木氏によれば、一般のピアノはオートマティックの乗用車の様な物で、誰が演奏しても程々に鳴るように出来ている(そのかわりに音もつまらない)との事。

 他にも、ホロヴィッツの美しい音楽のための調律について色々な興味深いお話が聞けました。そして、それを実際にCD75で再現演奏して下さった江口教授による極上の響きも体感する事が出来ました。今回は、素晴らしい企画として評判になっている模様なので、再度同じ企画があるかも知れません。その際は是非参加なされると良いと思います。参加費は無料ですが、最後に運営費の寄付を募りますので、沢山寄付しましょう!

 「東京藝術大学附属図書館所蔵SPレコードコレクションによる蓄音機コンサート」の案内 → こちらから

 

※ 蓄音機の名器「クレデンザ」

 

 さて、「オーディオ談義」のカテゴリーに入れましたとおり、ここからは蓄音機の温故知新です。ホロヴィッツの素晴らしい演奏を如何に再現できるのか、という視点で考察してみたいと思います。

 ところで、今日のオーディオの常識では、良い音とは「フラットで歪みの無い音」と言われます。そうすると、高音も低音も出ない、フォルテでビリビリ歪むし、針雑音だらけ、つまり蓄音機の音質は零点ですね? ところが、実際にはホロヴィッツの生き生きとした演奏が再現されますし、今日のオーディオでは再現出来ない演奏表情が克明に聴きとれます。しかも、クレデンザを聴いた後で、生のピアノデモを聴いても違和感がありません。即ち、今日の音質評価の方法には、何かが欠けていると言わざるを得ませんし、そのせいで本来の音楽性が失われている、という危機感を持ってしまうのです。クレデンザによる音楽再生で感心した点を列挙します。

・ 音が澄んでいる(針雑音に騙されてはいけない)

・ 音数が増えても濁りが生じない(即ち分解能が高い)

・ 音の立ち上がりが良く、エネルギー感がある。

・ ダイナミックレンジが大きい(雑音レベルの高い低いではなく、演奏の強弱が生演奏と違和感のないレベルで再現される)

 私は、これらは今日のオーディオで失われていて、且つその事が認識されていない重要問題だと思っています。高音がどうの低音がどうのといった事ばかりを気にしていると、肝心の「音楽性」を見失ってしまう、という事です。「フラットで低歪み」は勿論それで結構ですが、しかし死んだ音楽しか再生されないとしたら、それこそ「零点」です。

 

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