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やっと休めた

2025-02-23 19:02:06 | Weblog

 

昨日、叔父の葬儀に行ってきて

久しぶりに親戚に会ったので激疲れ

今日はダラダラと過ごした

 

葬式では骨を見せられたり拾ったりするけど

「骨を拾う」という風習は何のためにあるのか?

あんな気味の悪い文化は無くなった方が良いと思う

 

それはともかく叔父さんは骨になって骨壺に収められた。

私には優しい叔父さんに思えた。合掌。

 

坊主が初七日法要の意味を説法した

死んでから7日経つと担当する仏様が変わるんだとか

7日以降は不動明王でその後を引き継ぐのが釈迦なんだと・・・

心の中で笑ってしまったが誰がそんな事決めたの?

 

私は遺書に「葬式不要」「戒名不要」

「焼いて私が植えた木の近くに散骨してください」

と書くつもり。罰当たりだろうか?

釈迦の教えは有りがたく頂戴してそれを実行するので

立派な仏教徒であると言えるかもしれないけど

後のことは何も信じていない。

 

葬式は得度式であり剃髪をする習わしがある地域もある

でも死んだらなぜ仏門に入らなければならないのか?

仏様に帰依する誓いを立てなくとも

生きている内にその有りがたい教えを実行すれば

それ以外に何が必要というのだろう。

 

教えもそれを忠実に守る原理主義者では無く

現代の暮らしの中で有効に取り入れて生きると言うこと。

持ち物やお金を手放せば、それは執着も無くなるだろうが

生きて行くためにはある程度の財産も必要だろう。

何も持たなければ税金も滞納してしまうし

食べるものも食べられなくなる。

それは結果的に大きな欲望という名の執着を生む

飢えて思考停止状態になり、食べ物を探して野山を彷徨い

他者の家に行って施しを求める事になろう。

本能的な危機を迎えたとき、人は執着の塊に変貌すると思う

望んで即身仏になる思考があれば別だが

私は貧乏でも自分を失わない程度の貧乏が良い。

 

伍長の役が回ってきた(面倒

49日、役員の顔合わせ、運が良いことに両日とも休みの予定。

 

暮れの葬式の時、ズボンがきつくて具合が悪くなりそうだったが

今回ズボンを穿くときに、ある仕掛けがあるのに気づいた

ウエストを緩く出来る機能がズボンに備わっていた(驚

さっそく緩めたらなんと楽々なズボンに(感動

よく見ないからそんなことになるんだが

私には奇跡に近い幸運に思えたw

 

明日は普通に勤務

まだ寒いだろうから温かくして出かける