制服担当の寺本と教材担当の田沼の二人の紳士が去った後、再び電話が鳴った。玄関に居た恵一郎は、さすがに両親が取るだろうと思っていたが、電話は鳴り続けている。
恵一郎は慌てて居間に戻る。両親は鳴っている電話をじっと見つめているだけだった。
「どうして出てくれないんだよう!」
恵一郎は文句を言う。それでも両親は動かない。恵一郎はため息をつきながら受話器を取った。
「はい……」恵一郎は警戒する。また『聖ジョルジュアンナ高等学園』関係かも知れないと思ったからだ。「どちら様でしょうか?」
「おお、岡園君!」校長だ。「さっきはいきなり切れちゃったのでね、掛け直したのだよ」
「……何でしょうか?」
「今日はともかくだ、明日は登校できるね?」
「え?」
「ほら、何たって特待生なのだよ、あのジョルジュアンナの! 我が校の自慢なのだよ!」
興奮した校長の声が、いつもより甲高い。いや、きんきん声になっている。……うわぁ、行きたくないなぁ。恵一郎は思った。とっさにげほげほと咳をしてみせた。
「何だね?」電話の向こうの校長の声が心配そうなものに変わる。「風邪でひいたのかね?」
「……はい、そうみたいです」恵一郎はわざと苦しそうな声を出す。「何だか、急に…… 熱もあるみたいです」
「ほう、それはいかんねぇ」校長が言う。「大事にしなさい。何しろ特待生なのだからね」
「はい、と言う訳なので、明日は行けそうにありません……」言いながら、恵一郎はべえと舌を出した。「治ったら行きます」
「おいおい、岡園君!」校長の笑い声がする。「そんな事を言わずに、是非来たまえ」
「でも、僕は風邪ですよ。みんなにうつしたら大変です」
「ふっふっふっふ、岡園君」校長は言う。恵一郎は昔読んだ怪人対名探偵物の一シーンを思い出していた。「岡園君の風邪なら、みんなはうつっても、逆に喜ぶだろう。ありがたがるだろう。どんどんうつしに来たまえ! では、いつもの登校時間でな!」
電話が切れた。つうつうと鳴る受話器を恵一郎は見つめる。恵一郎は大きくため息をついて受話器を戻した。振り返ると、両親がやっともぞもぞと動き出した。
「あの……」恵一郎は両親に声をかける。やっと両親が恵一郎をしっかりと見た。「明日、中学校へ行って来るよ」
「あ、そう……」母親が言う。声がかすれている。「さあ、わたしも着替えなきゃ。そろそろお昼の用意でもしようかしら……」
母親は言うと立ち上がった。父親もつられるように立ち上がった。
「オレも着替えるか……」父親がつぶやく。「そうだな、昼飯にしてもらおうか……」
両親の会話はなんだかぎごちない。
「あのさぁ……」恵一郎が両親を交互に見ながら言う。「さっきさあ…… 寺本さんって言う人と田沼さんって言う人が来てさぁ、制服の採寸をされて、教材ももらったんだ……」
「さあ、着替えて来よう」父親は、恵一郎の話を聞いていないかのように言う。「さあ、母さんも着替えようか?」
「そうですね」母親は父親に向かってうなずく。「お父さん、お昼は何が良いですか?」
「そうだなぁ、うどんが良いなぁ」
「じゃあ、熱々のうどんにします」
「嬉しいねぇ」
二人は言いながら寝室へと着替えのために入って行った。恵一郎はぽつんの居間に残された。
……完全に無視された! 恵一郎はむっとした。……でもなぁ、父さん母さんもこれから大変だよなぁ、こんな現実は受け入れたくないよなぁ、僕でさえ、やっとなんだからなぁ…… 恵一郎はそう思うと、諦めたような笑みを浮かべた。
つづく
恵一郎は慌てて居間に戻る。両親は鳴っている電話をじっと見つめているだけだった。
「どうして出てくれないんだよう!」
恵一郎は文句を言う。それでも両親は動かない。恵一郎はため息をつきながら受話器を取った。
「はい……」恵一郎は警戒する。また『聖ジョルジュアンナ高等学園』関係かも知れないと思ったからだ。「どちら様でしょうか?」
「おお、岡園君!」校長だ。「さっきはいきなり切れちゃったのでね、掛け直したのだよ」
「……何でしょうか?」
「今日はともかくだ、明日は登校できるね?」
「え?」
「ほら、何たって特待生なのだよ、あのジョルジュアンナの! 我が校の自慢なのだよ!」
興奮した校長の声が、いつもより甲高い。いや、きんきん声になっている。……うわぁ、行きたくないなぁ。恵一郎は思った。とっさにげほげほと咳をしてみせた。
「何だね?」電話の向こうの校長の声が心配そうなものに変わる。「風邪でひいたのかね?」
「……はい、そうみたいです」恵一郎はわざと苦しそうな声を出す。「何だか、急に…… 熱もあるみたいです」
「ほう、それはいかんねぇ」校長が言う。「大事にしなさい。何しろ特待生なのだからね」
「はい、と言う訳なので、明日は行けそうにありません……」言いながら、恵一郎はべえと舌を出した。「治ったら行きます」
「おいおい、岡園君!」校長の笑い声がする。「そんな事を言わずに、是非来たまえ」
「でも、僕は風邪ですよ。みんなにうつしたら大変です」
「ふっふっふっふ、岡園君」校長は言う。恵一郎は昔読んだ怪人対名探偵物の一シーンを思い出していた。「岡園君の風邪なら、みんなはうつっても、逆に喜ぶだろう。ありがたがるだろう。どんどんうつしに来たまえ! では、いつもの登校時間でな!」
電話が切れた。つうつうと鳴る受話器を恵一郎は見つめる。恵一郎は大きくため息をついて受話器を戻した。振り返ると、両親がやっともぞもぞと動き出した。
「あの……」恵一郎は両親に声をかける。やっと両親が恵一郎をしっかりと見た。「明日、中学校へ行って来るよ」
「あ、そう……」母親が言う。声がかすれている。「さあ、わたしも着替えなきゃ。そろそろお昼の用意でもしようかしら……」
母親は言うと立ち上がった。父親もつられるように立ち上がった。
「オレも着替えるか……」父親がつぶやく。「そうだな、昼飯にしてもらおうか……」
両親の会話はなんだかぎごちない。
「あのさぁ……」恵一郎が両親を交互に見ながら言う。「さっきさあ…… 寺本さんって言う人と田沼さんって言う人が来てさぁ、制服の採寸をされて、教材ももらったんだ……」
「さあ、着替えて来よう」父親は、恵一郎の話を聞いていないかのように言う。「さあ、母さんも着替えようか?」
「そうですね」母親は父親に向かってうなずく。「お父さん、お昼は何が良いですか?」
「そうだなぁ、うどんが良いなぁ」
「じゃあ、熱々のうどんにします」
「嬉しいねぇ」
二人は言いながら寝室へと着替えのために入って行った。恵一郎はぽつんの居間に残された。
……完全に無視された! 恵一郎はむっとした。……でもなぁ、父さん母さんもこれから大変だよなぁ、こんな現実は受け入れたくないよなぁ、僕でさえ、やっとなんだからなぁ…… 恵一郎はそう思うと、諦めたような笑みを浮かべた。
つづく
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