寺本は恵一郎に丁寧に頭を下げた。恵一郎もつられて頭を下げる。
「岡園恵一郎さまでございますね?」寺本は笑みを浮かべたままで柔らかく言う。「この度は『聖ジョルジュアンナ高等学園』への御入学、おめでとうございます。実はわたくし、テーラーを営んでおります。篠目川理事長から直々のお電話がございまして、岡園恵一郎様の制服のための採寸に伺ったのでございます」
「……そう、何ですか……」
「はい、生徒様方は皆様、オーダーメイドでございます」
またやられた! あの理事長、どうあっても僕を逃がさないつもりなんだ!
「あの…… 岡園様……」
「え? あ、はい……」
「お差支えなければ……」寺本は右手の鞄を自分の顔の近くまで持ち上げて振って見せた。「採寸をさせて頂ければと……」
「はぁ……」恵一郎は居間の方に振り返る。「ちょっと、両親に訊いてきます……」
「あ、そんな。お手を煩わせるような事は……」寺本が、居間へと向かいかけた恵一郎を呼び止める。「この場で充分でございますよ」
「……そう、なんですか……」
恵一郎は、玄関ドアが開いたままの三和土で、寺本の言うままに両手を左右に拡げたり、背中を向けたりなどをしていた。
すると、そこへまたダークブルーのスール姿の恰幅の良い男性が現れた。取り込み中なのを察してその場に控えている。
「ああ、これは申し訳ございません……」寺本は男性に言って頭を下げる。「もう終わりましてございます。申し訳ございませんでした」
「いえいえ、お気になさらずに」男性は不快感など微塵も無い笑みを浮かべた。「採寸、お疲れ様でございます」
「痛み入ります」寺本は素早く道具を片付けると、男性と入れ替わった。「どうぞ、お話を」
「ありがとうございます」男性は寺本に頭を下げると、恵一郎へと顔を向けた。「あなた様が、岡園恵一郎さまでございますか?」
「はぁ、僕が恵一郎でずけど……」
「わたくし、帝王出版の田沼と申します」田沼はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出して、中の一枚を恵一郎に渡した。名刺には『帝王出版代表取締役』とあった。「この度は『聖ジョルジュアンナ高等学園』への御入学、おめでとうございます。篠目川理事長より直々にご連絡頂き、一学年目の教材をお持ちいたしました。お納めくださいませ」
田沼が外に振り返ると、外に居たスーツ姿の若い男性(多分社員の人だろう)が、大きな紙袋を田沼に渡した。田沼は礼を言ってそれを受け取ると、紙袋を恵一郎に差し出した。
「どうぞ、お納めを……」
「は、はい……」
恵一郎は受け取った。なかなかに重い。
「では、制服の仮縫いが終わりましたら、ご連絡を差し上げます」寺本が恵一郎に言った。「一週間ほど時間を頂戴いたしますが、よろしいでしょうか?」
「はぁ…… よろしい、です……」
「篠目川理事長から直接にお渡しようにと仰せつかっておりました」田沼が笑む。「大役を果たせて安堵いたしました」
「はあ…… ありがとう、ございます……」
二人の紳士はともに帰って行った。
……あああ、終わったぁ! 僕はもう『聖ジョルジュアンナ高等学園』から逃れられないんだぁ! 恵一郎は三和土に座り込んでしまった。
つづく
「岡園恵一郎さまでございますね?」寺本は笑みを浮かべたままで柔らかく言う。「この度は『聖ジョルジュアンナ高等学園』への御入学、おめでとうございます。実はわたくし、テーラーを営んでおります。篠目川理事長から直々のお電話がございまして、岡園恵一郎様の制服のための採寸に伺ったのでございます」
「……そう、何ですか……」
「はい、生徒様方は皆様、オーダーメイドでございます」
またやられた! あの理事長、どうあっても僕を逃がさないつもりなんだ!
「あの…… 岡園様……」
「え? あ、はい……」
「お差支えなければ……」寺本は右手の鞄を自分の顔の近くまで持ち上げて振って見せた。「採寸をさせて頂ければと……」
「はぁ……」恵一郎は居間の方に振り返る。「ちょっと、両親に訊いてきます……」
「あ、そんな。お手を煩わせるような事は……」寺本が、居間へと向かいかけた恵一郎を呼び止める。「この場で充分でございますよ」
「……そう、なんですか……」
恵一郎は、玄関ドアが開いたままの三和土で、寺本の言うままに両手を左右に拡げたり、背中を向けたりなどをしていた。
すると、そこへまたダークブルーのスール姿の恰幅の良い男性が現れた。取り込み中なのを察してその場に控えている。
「ああ、これは申し訳ございません……」寺本は男性に言って頭を下げる。「もう終わりましてございます。申し訳ございませんでした」
「いえいえ、お気になさらずに」男性は不快感など微塵も無い笑みを浮かべた。「採寸、お疲れ様でございます」
「痛み入ります」寺本は素早く道具を片付けると、男性と入れ替わった。「どうぞ、お話を」
「ありがとうございます」男性は寺本に頭を下げると、恵一郎へと顔を向けた。「あなた様が、岡園恵一郎さまでございますか?」
「はぁ、僕が恵一郎でずけど……」
「わたくし、帝王出版の田沼と申します」田沼はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出して、中の一枚を恵一郎に渡した。名刺には『帝王出版代表取締役』とあった。「この度は『聖ジョルジュアンナ高等学園』への御入学、おめでとうございます。篠目川理事長より直々にご連絡頂き、一学年目の教材をお持ちいたしました。お納めくださいませ」
田沼が外に振り返ると、外に居たスーツ姿の若い男性(多分社員の人だろう)が、大きな紙袋を田沼に渡した。田沼は礼を言ってそれを受け取ると、紙袋を恵一郎に差し出した。
「どうぞ、お納めを……」
「は、はい……」
恵一郎は受け取った。なかなかに重い。
「では、制服の仮縫いが終わりましたら、ご連絡を差し上げます」寺本が恵一郎に言った。「一週間ほど時間を頂戴いたしますが、よろしいでしょうか?」
「はぁ…… よろしい、です……」
「篠目川理事長から直接にお渡しようにと仰せつかっておりました」田沼が笑む。「大役を果たせて安堵いたしました」
「はあ…… ありがとう、ございます……」
二人の紳士はともに帰って行った。
……あああ、終わったぁ! 僕はもう『聖ジョルジュアンナ高等学園』から逃れられないんだぁ! 恵一郎は三和土に座り込んでしまった。
つづく
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