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お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

妖魔始末人 朧 妖介  19

2008年07月27日 | 朧 妖介(全87話完結)
 葉子はジーンズに黒のTシャツ姿で寝室から出て来た。葉子なりに活動しやすい服装を選んだつもりだった。・・・これから何が起こるか分からないわ。出来るだけ足手まといにならないようにしなくちゃ。
 妖介は居間のソファに座り込んで、牛乳の一リットルパックから直接中味を飲んでいた。空になって横倒しになったパックが二本、小テーブルの上に転がっている。
「淫乱女にしちゃ、おとなしい格好だな」
 妖介は三本目の牛乳を飲み干すと言った。
「・・・」
 葉子はむっとした表情で妖介をにらんだ。・・・この人、他に言い様ってものを知らないのかしら。
「お前の冷蔵庫、碌なものが入っていないな。唯一あったのがこの牛乳だ」洋介は空を横倒しにして少テーブルの上に置いた。「美容と健康なんて考えているようだが、買い溜めだけじゃ、意味がない」
「それはどうも、ご忠告ありがとうございました!」
 葉子は精一杯の皮肉を込めて答えた。しかし、通じなかったのか、妖介は返事もせずに立ち上がった。
「出掛ける」
 そう言うと、さっさと玄関へ向かった。
「あっ、待ってよう!」葉子は慌てて後を追った。玄関に来て、バッグの無い事に気が付いた。妖介の後ろ姿に思わず声をかけた。「わたしのバッグ、どこ?」
「何?」妖介は苛立たしそうに振り返った。「知らないな」
「知らないって・・・ だって、鍵を開けてここに入ったんでしょ?」言ってから葉子ははっと気が付いた。「鍵は・・・ 予備を使ったの?」
「そうだ。玄関ドア前のマットの裏側に貼り付けて、隠したつもりだったようだな。まったく馬鹿女らしいぜ」妖介が残忍な笑顔を浮かべた。「ま、こんな部屋じゃ、せいぜい盗まれても、お前のあの色とりどりの下着くらいなもんだが」
「じゃ、じゃあ・・・」葉子は妖介の言葉を無視して続けた。「わたしのバッグは・・・」
「さあな」妖介は犬歯を覗かせた。「もしあるとすれば、昨日の反吐と小便を撒き散らした公園だろうが、可能性はゼロに近いな」
 葉子は座り込んでしまった。・・・あの中には財布も免許証もメモ帳も携帯電話も、わたしの必要なものが全て入っていたのに。
「泣いている暇はない」妖介は冷たい声で言った。「行くぞ」
 妖介はドアを開けて先に出て行った。葉子は座り込んだまま動かなかった。ドアが葉子の目の前で閉まった。
「いい加減にしろ!」再びドアが開き、不機嫌な顔を覗かせて妖介が怒鳴った。「オレが居なくなると、ヤツらが湧いて出てくるぞ。後ろを見てみろ」
 言われるままに葉子が振り返ると、居間の小テーブルの上の空間に、黒い靄のような物がかかり始めていた。葉子は反射的に立ち上がった。
「言っただろう。お前はヤツらの格好の玩具なんだよ。隙があると、すぐに出てきやがる」
 妖介は背後に手を回し、ベルトに挟んであった『斬鬼丸』を抜き出した。先端を靄に向ける。
「はぁーっ!」
 妖介の口から裂帛の気合が轟いた。『斬鬼丸』から青白く細長い光が勢い良く伸び、靄に突き刺さった。靄は霧散した。
「いいか、こんなつまらない事でオレの力を使わせるな!」
 妖介は言い捨てると、葉子の右手首をつかんだ。葉子の顔が苦痛で歪んだ。
「途中で公園に寄ってやる。さっさとするんだ」
 妖介は葉子を引きずるようにして玄関を出た。

      つづく




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