お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

続々々々 診療所日記

2020年12月06日 | 怪談
○月×日

 一反木綿がふわふわと漂いながらやって来た。約一反(長さ約10.6メートル、幅約30センチメートル)の立派な体躯だが、いわゆる、肩を落としたようにしんみりとしている。
「どうしました?」私は洗濯物を畳みながら言った。「元気がありませんね」
「そうなんですよ、先生…… 最近は空気が汚れているので、この白い肌もくすみがちで……」
 一反木綿はそう言うとため息をついた。
「そうですか? 見たところ、真っ白で、きれいですけど?」
「実はね……」一反木綿は畳まれている洗濯物を見る。「市販の洗剤やら漂白剤やらを使って、自らを洗っているんですよ」
「それは立派ですね」
「でもね……」一反木綿はまた大きくため息をついた。「その洗剤や漂白剤が問題でしてねぇ…… 今のは、何ですか、その、香り長持ちって言うんですか、そんなのばかりなんです。実はわたし、それがダメでしてねぇ。頭が痛くなったり湿疹が出たりするんですよ……」
「化学物質過敏症ってヤツですか?」
「はい。香り成分の薬品に弱いみたいですねぇ…… それらの含まれない洗剤はちょっと値段が高いので、手が出ないんですよ……」
「そうなんですか」私は畳んだ洗濯物を示した。「……これもダメでしょうか?」
「……はい」
 一反木綿は申し訳なさそうに言った。
 妖しの皆さんも生きにくい世になったものだと、私は思った。


○月×日

 フランクが重い足取りでやって来た。どっかりと椅子に座る。
 彼の素性は「フランケンシュタインの怪物」だ。名前が付いていないのが気の毒で、造り主の名前をもじって私が付けたものだった。
「フランク、どうしたんです? いつもにも増して憂鬱そうですが?」
「先生、この大きな誤解はいつになったら晴れるんでしょう……」
「と言いますと、やはり……」
「そうです」フランクはため息をつく。「わたしが『ふんがー!』しか言えない大柄で乱暴な怪人との誤解が、いまだに蔓延しております……」
「それはお辛いでしょう……」
 フランクは元来、優れた体力と人間の心、そして知性を持ち合わせて造られたのだが、その容貌がちょっと(と言うか、かなり)残念なものだったので、その一点をもって後々に実際とは真逆のキャラが定着してしまったのだ。
「そんな訳ですから、わたしが『フランケンシュタインの怪物』と名乗っても信じてもらえません。『お前がそんな知的な話が出来るわけない』『あら、ふんがー以外にも喋れるの?』『思ったより小柄だな』など、言われ放題で……」
「人は、一度張られたレッテルを容易に変えないですからねぇ……」
「1931年の映画がすべての元凶です……」フランクは言うと立ち上がった。「ま、そこまで言われているんなら、皆さんのお望みに怪物になってやりましょう!」
 フランクは言うと、両腕を左右に大きく広げ、「ふんがー!」と叫びながら出て行った。
 マスコミ恐るべし…… 私はフランクの後ろ姿を見つめて、そう思った。


○月×日

 珍しい客が現れた。アマビエだった。
「これはこれは、お初にお目にかかります」私は挨拶をした。「今は大忙しなのではりませんか?」
「ええ、世に知られて以来の忙しさですよ。正にてんてこ舞いで……」アマビエは言うと、全身を覆っている長い毛をばさばさと振った。「海の中でのんびりもしていられません」
「でも、今は皆さんの励ましになっているじゃありませんか。『病流行早々私シ写シ人々二見せ候得』とおっしゃって書き写させたそのお姿が、皆さんの支えになっていますよ」
「ええ、それは知っていますし、それ故に大忙しになったのです」アマビエはそこまで言うと、大きく溜め息をついた。「でもねぇ……」
「おや、何か心配があるのですか? 今ではアイドルか、大スター並みの人気じゃないですか」
「でもね、先生……」アマビエは肩を落とす。「世のアイドルやスターってのは、流行り廃りってものがあるでしょう? わたし自身もそんな気がするんですよ」
「と言いますと?」
「来年の今頃には、『アマビエ? なんだそりゃ? アマエビの言い間違いじゃないのか?』なんて言われそうで……」アマビエは泣き出した。「こう言っちゃなんですが、今の様に大きく扱われることが気持ち良くってね。もう止められないんですよ。でもね、病気が治まりゃ、わたしなんかお払い箱だ。それが怖いんです……」
 アマビエは長い毛を震わせながら泣いている。言い間違いならまだ良いけれど、「何だそれ?」と言われる可能性もあるだろうなと、私は思った。


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