恵一郎は開き直った。だが、『聖ジョルジュアンナ高等学園』に入学して、やれるだけの事をやってやろうじゃないかと言う、勇ましいものとは違う。
どうせ卒業してしまえば、もう二度と中学校とは関わりを持たなくなるんだから、その後に僕がどうなろうと関係は無いだろう。それまでは、せいぜい『聖ジョルジュアンナ高等学園』に行く気満々に見せていれば良いのさ。卒業式が終わってしまえば、そこで手の平を返したって問題なんかないだろうさ。そうさ、『聖ジョルジュアンナ高等学園』なんか行かないのさ。通信制の高校でも、フリースクールの高校でも、何だってやってやる。いざとなったらマグロ漁船だ! 絶対ジョルジュアンナには行かない! 行けば、想像以上の苦しみが待っているに違いないんだ。恵一郎は肉食獣に襲われる草食動物の動画を思い出し、ぶるっと身を震わせた。
良し、腹は決まった。この決意を改めて父さんと母さんに伝えよう。恵一郎は一人うなずき、再び両親を見た。少しは落ち着いたのか、恵一郎を見る眼差しに生気が戻りつつあった。
「……あのさぁ……」
恵一郎が口を開くと、玄関チャイムが鳴った。両親は動かない。仕方なく恵一郎がインターホンを受話器を取る。
「はい?」
「あ、わたくし、寺本と申します」柔らかで丁寧な声が返ってきた。ちょっと年配っぽい声だった。「こちらは岡園様のお宅でよろしいでしょうか?」
「はい、そうですけど……」恵一郎は父親へと振り返る。父親の知り合いかと思ったからだ。「今、父と代わります」
「恵一郎様はいらっしゃいますか?」
「え?」恵一郎は驚く。「恵一郎は、僕ですけど……」
「ああ、左様でございますか。では、大変申し訳ございませんが、玄関までお出ましいただけませんでしょうか?」
お出ましって…… あまりに丁寧な扱いをされて、恵一郎は戸惑っている。だが、いつまでも待ってもらうのは良くない。
「分かりました。今行きます……」
恵一郎は居間を出た。廊下を歩きながら、どこの寺本さんなのかを聞き忘れた事に気が付いた。足を止め、居間を振り返る。今さらインターホンで訊くのも間抜けだ。恵一郎は玄関へと進んだ。
サンダルを突っかけて玄関ドアを開けると、グレーのスーツ姿で白髪交じりの頭をぴたっと撫でつけた年配の男性が品の良い笑みを浮かべて立っていた。黒縁眼鏡から見える目は優しい。右手には年季の入った黒い布製の小さな鞄を提げていた。
つづく
どうせ卒業してしまえば、もう二度と中学校とは関わりを持たなくなるんだから、その後に僕がどうなろうと関係は無いだろう。それまでは、せいぜい『聖ジョルジュアンナ高等学園』に行く気満々に見せていれば良いのさ。卒業式が終わってしまえば、そこで手の平を返したって問題なんかないだろうさ。そうさ、『聖ジョルジュアンナ高等学園』なんか行かないのさ。通信制の高校でも、フリースクールの高校でも、何だってやってやる。いざとなったらマグロ漁船だ! 絶対ジョルジュアンナには行かない! 行けば、想像以上の苦しみが待っているに違いないんだ。恵一郎は肉食獣に襲われる草食動物の動画を思い出し、ぶるっと身を震わせた。
良し、腹は決まった。この決意を改めて父さんと母さんに伝えよう。恵一郎は一人うなずき、再び両親を見た。少しは落ち着いたのか、恵一郎を見る眼差しに生気が戻りつつあった。
「……あのさぁ……」
恵一郎が口を開くと、玄関チャイムが鳴った。両親は動かない。仕方なく恵一郎がインターホンを受話器を取る。
「はい?」
「あ、わたくし、寺本と申します」柔らかで丁寧な声が返ってきた。ちょっと年配っぽい声だった。「こちらは岡園様のお宅でよろしいでしょうか?」
「はい、そうですけど……」恵一郎は父親へと振り返る。父親の知り合いかと思ったからだ。「今、父と代わります」
「恵一郎様はいらっしゃいますか?」
「え?」恵一郎は驚く。「恵一郎は、僕ですけど……」
「ああ、左様でございますか。では、大変申し訳ございませんが、玄関までお出ましいただけませんでしょうか?」
お出ましって…… あまりに丁寧な扱いをされて、恵一郎は戸惑っている。だが、いつまでも待ってもらうのは良くない。
「分かりました。今行きます……」
恵一郎は居間を出た。廊下を歩きながら、どこの寺本さんなのかを聞き忘れた事に気が付いた。足を止め、居間を振り返る。今さらインターホンで訊くのも間抜けだ。恵一郎は玄関へと進んだ。
サンダルを突っかけて玄関ドアを開けると、グレーのスーツ姿で白髪交じりの頭をぴたっと撫でつけた年配の男性が品の良い笑みを浮かべて立っていた。黒縁眼鏡から見える目は優しい。右手には年季の入った黒い布製の小さな鞄を提げていた。
つづく
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