コーイチはドアの前に立ち、丸い形をしたノブに手をかけた。とたんに内側からドアが勢い良く開けられた。ドアノブがみぞおちに命中し、コーイチは屈み込んでうめいた。
しかし、ドアを開けたどこかの会社の女子社員はそんな事には全く気付かず、今日解散した「KinKira Bondz」の一方の堂下津予樹の「エンジョリケロロ・エンジョリケロロ」名義のソロ曲「レインジャー・スター」を鼻唄で歌いながら出て行った。
ドアは静かに戻り、閉じた。コーイチはやっと立ち上がった。
どうもボクは人の多い所に来るといつもこんな目に遭うなぁ。ドアが開いたときに洩れて来た会場内の騒がしさからすると、かなりの人数が集まり、あちこちで歓談をしているようだな。……本当、人ごみって苦手だよなぁ。このまま帰っちゃおうかな。
腹の虫が文句を言うように大きく鳴った。そうだな、とりあえず食べるだけは食べておこうか、あの娘も言っていた事だし……
コーイチは再びドアノブに手をかけた。ノブを引く。しかし、ドアはびくともしない。いや、内側からも誰かが引っ張っているようだ。さっきの女子社員は押し開けたんだから、ボクの方が正しいはずだ。コーイチは両手をノブにかけ、力任せに引いた。ところが、向こう側の相手も同じ事をしているのか、引っ張る力が増してドアはまたびくともしない。
ひょっとして、このドアは引いても押しても開くように出来ているのかもしれない。なんたって、超高級レストランなんだものな。コーイチはそう考え、向こう側の人に開けさせて、入れ替わりに入ろうと思い、ノブから手を放した。とたんに内側からドアが勢い良く開けられた。またみぞおちを打った。また屈み込んでうめく。
「もっと早く言ってくれよ。このドア押して開けるって」
「いや、お前が必死になっている様子がおかしくて、つい見ていたんだ、悪い、悪い」
どこかの会社の男子社員二人が笑いながら出て行った。
やっぱり帰ろう。帰る途中で弁当でも買えばいいさ。それに、あのノートも気になるし…… コーイチはみぞおちを押さえながら、ドアに背を向けて歩き出した。エレベーターの前に立ち、昇降ボタンの下向きボタンを押し、エレベーターが上がって来るのを待った。「ジャラララン、ジャラララン」とハープをかき鳴らすような到着音がして、エレベーターのドアが開いた。
タキシードに蝶ネクタイのままの林谷が降りて来た。コーイチが目の前に立っているのに少し驚いたような顔をした。
「おやおや、コーイチ君、どうしたんだい。ここまで来て迷子にでもなったのかい。会場はそこのA広間だよ」
「いえ、西川新課長、どうしたのかなぁと思って……」
コーイチはごまかした。帰るなんてやっぱり林谷さんに失礼だよな。
「なんだ、新課長を探しに行こうとしてたのかい。実は、スタッフのお嬢さんたちが妙に張り切っちゃってね、もう少し時間をかけたいと言ってるんだ。ま、終われば、お嬢さんたちがここまで連れて来てくれるから心配しなさんな。それよりも会場に入ろう」
林谷はコーイチの背を押しながら並んで歩き出した。
「今日は何だかもの凄い数の人たちが集まっちゃったようなんだ。ボクはこういうのが大好きだからワクワクしてしまうね」
「いいですねぇ、林谷さんは…… ボクはちょっと苦手です」
林谷はコーイチの背をバンバンと軽く叩いた。
「何を言ってるんだよ、コーイチ君。ボクが今日一番楽しみにしているのは、清水さんの言っていたコーイチ君の彼女なんだよ。もちろん、招待してくれたよね?」
「えっ?」
コーイチの脳裏に例の彼女の笑顔が浮かんだ。しかし、すぐに消えた。……とてもそんな話を出来る相手じゃないよな。
「いいえ、それはその……」
「なんだ、来ないのかい?」
林谷はがっかりした声で言った。がっかりされても、第一、勝手に現われて勝手に消えるんだから、ボクには手に負えないよな。
「あらあら、コーイチ君。お・ま・た・せ!」
可愛い声が背後からした。コーチと林谷は同時に振り返った。
例の彼女が例の服装で微笑みながら立っていた。
つづく
しかし、ドアを開けたどこかの会社の女子社員はそんな事には全く気付かず、今日解散した「KinKira Bondz」の一方の堂下津予樹の「エンジョリケロロ・エンジョリケロロ」名義のソロ曲「レインジャー・スター」を鼻唄で歌いながら出て行った。
ドアは静かに戻り、閉じた。コーイチはやっと立ち上がった。
どうもボクは人の多い所に来るといつもこんな目に遭うなぁ。ドアが開いたときに洩れて来た会場内の騒がしさからすると、かなりの人数が集まり、あちこちで歓談をしているようだな。……本当、人ごみって苦手だよなぁ。このまま帰っちゃおうかな。
腹の虫が文句を言うように大きく鳴った。そうだな、とりあえず食べるだけは食べておこうか、あの娘も言っていた事だし……
コーイチは再びドアノブに手をかけた。ノブを引く。しかし、ドアはびくともしない。いや、内側からも誰かが引っ張っているようだ。さっきの女子社員は押し開けたんだから、ボクの方が正しいはずだ。コーイチは両手をノブにかけ、力任せに引いた。ところが、向こう側の相手も同じ事をしているのか、引っ張る力が増してドアはまたびくともしない。
ひょっとして、このドアは引いても押しても開くように出来ているのかもしれない。なんたって、超高級レストランなんだものな。コーイチはそう考え、向こう側の人に開けさせて、入れ替わりに入ろうと思い、ノブから手を放した。とたんに内側からドアが勢い良く開けられた。またみぞおちを打った。また屈み込んでうめく。
「もっと早く言ってくれよ。このドア押して開けるって」
「いや、お前が必死になっている様子がおかしくて、つい見ていたんだ、悪い、悪い」
どこかの会社の男子社員二人が笑いながら出て行った。
やっぱり帰ろう。帰る途中で弁当でも買えばいいさ。それに、あのノートも気になるし…… コーイチはみぞおちを押さえながら、ドアに背を向けて歩き出した。エレベーターの前に立ち、昇降ボタンの下向きボタンを押し、エレベーターが上がって来るのを待った。「ジャラララン、ジャラララン」とハープをかき鳴らすような到着音がして、エレベーターのドアが開いた。
タキシードに蝶ネクタイのままの林谷が降りて来た。コーイチが目の前に立っているのに少し驚いたような顔をした。
「おやおや、コーイチ君、どうしたんだい。ここまで来て迷子にでもなったのかい。会場はそこのA広間だよ」
「いえ、西川新課長、どうしたのかなぁと思って……」
コーイチはごまかした。帰るなんてやっぱり林谷さんに失礼だよな。
「なんだ、新課長を探しに行こうとしてたのかい。実は、スタッフのお嬢さんたちが妙に張り切っちゃってね、もう少し時間をかけたいと言ってるんだ。ま、終われば、お嬢さんたちがここまで連れて来てくれるから心配しなさんな。それよりも会場に入ろう」
林谷はコーイチの背を押しながら並んで歩き出した。
「今日は何だかもの凄い数の人たちが集まっちゃったようなんだ。ボクはこういうのが大好きだからワクワクしてしまうね」
「いいですねぇ、林谷さんは…… ボクはちょっと苦手です」
林谷はコーイチの背をバンバンと軽く叩いた。
「何を言ってるんだよ、コーイチ君。ボクが今日一番楽しみにしているのは、清水さんの言っていたコーイチ君の彼女なんだよ。もちろん、招待してくれたよね?」
「えっ?」
コーイチの脳裏に例の彼女の笑顔が浮かんだ。しかし、すぐに消えた。……とてもそんな話を出来る相手じゃないよな。
「いいえ、それはその……」
「なんだ、来ないのかい?」
林谷はがっかりした声で言った。がっかりされても、第一、勝手に現われて勝手に消えるんだから、ボクには手に負えないよな。
「あらあら、コーイチ君。お・ま・た・せ!」
可愛い声が背後からした。コーチと林谷は同時に振り返った。
例の彼女が例の服装で微笑みながら立っていた。
つづく
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